学位論文要旨



No 216647
著者(漢字) 篠田,有子
著者(英字)
著者(カナ) シノダ,ユウコ
標題(和) 家族の就寝形態 : 共寝と家族の情緒構造
標題(洋)
報告番号 216647
報告番号 乙16647
学位授与日 2006.11.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第16647号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 苅谷,剛彦
 東京大学 教授 白石,さや
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 教授 亀口,憲治
 東京大学 助教授 恒吉,僚子
内容要旨 要旨を表示する

 家族の内部構造としては役割構造、権力構造、情緒構造が区別されるが、情緒構造は最初の二つに比して、これまで日本の家族社会学では必ずしも十分に光が当てられてこなかった。本論文は、"家族の就寝形態は、家族の情緒構造、その表現型としての情緒パターンを反映している"という仮説の下、目に見えない"家族成員間の情緒的関係"と観察可能な現象としての"家族の就寝形態(sleeping arrangement)"との関連の諸相を分析し、日本の家族における情緒構造・情緒パターンの特徴を解明するものである。用いるデータは、共同研究を含めて、筆者が約20年にわたって行なってきた就寝形態に関する調査研究で得られたものである。

 本論文は、以下の5章によって構成されている。

 序章では、就寝形態に関する日米の主な先行研究を検討し、本研究の意義と課題、及び、方法論的視座と枠組みについて論じている。この領域の先駆的業績となったW.コーディルとD.プラースによる日本の家族の就寝形態に関する文化人類学的調査研究(1966年)は、日本の家族には、他に空き部屋があってもかたまって寝る"共寝(co-sleeping)"の習慣が広く見られることを明らかにし、それは、家屋の空間的狭さによるというよりも、親子一体性といった日本の家族の情緒的パターン(emotional pattern)によると論じた。しかし、就寝形態は同一社会内でも多様である。しかも、その多様性は、各家族の人間関係・情緒関係と密接に関連しており、もう一方で、子どものこころの育ち(情緒的発達やパーソナリティ形成)にも少なからず影響を及ぼしていると考えられる。コーディルらの研究は、就寝形態と家族成員の情緒的関係との関連を指摘しているが、欧米の規範を前提にして評価するというエスノセントリズムに陥っているために、当該文化の文脈に即して就寝形態の意味や機能を解釈・評価するという点で限界を抱えている。また、 日本での先駆的かつ代表的な研究である森岡清美の社会学的研究(1973年)も、就寝形態の多様性とその情緒的・発達論的な意味や機能を扱ってはいない。ここに、本論文の意義がある。

 先行諸研究では、就寝形態を同室寝と別室寝に区別して考察しているが、本論文では、同室に寝る者同士の空間的位置関係の違いも重要と考え、就寝形態をその位置関係によって、同室隣接寝、同室分離寝、別室寝の3タイプに区別し、かつ、誰と誰がどういう位置関係で寝るかについても注目し、その両者を含む就寝形態の諸相とその意味を、家族時間の変化(子どもの増加や加齢とそれに伴う家族の変化)を踏まえて考察している。それらの区別が重要なのは、そこに、身体的接触/非接触や空間的距離の持つ象徴的意味が"非言語コミュニケーション"として展開しており、そして、そうした多様な非言語コミュニケーションが、家族成員間の情緒的関係や子どもの発達に影響を及ぼしていると考えられるからである。そこで、その影響関係を明らかにし、日本家族の情緒パターンの特徴を考察することが、本論文の主要課題となる。なお、本論文における"情緒パターン"の概念は、家族成員間の情動的・感情的な関係・かかわり合いのありよう(emotional involvement)をあらわすとともに、それぞれの文化に埋め込まれた人間関係のありよう、その心的傾向をも含意している。

 次いで第1章〜第5章では、それぞれ、方法論的枠組みと分析に用いるデータの説明をしたうえで、実質的な分析を行っている。

 第1章では、まず、第1回〜第3回の就寝形態の縦断的調査データに基づいて、"就寝時の家族成員間の空間的距離(就寝形態)は、当該成員間の心理的距離(情緒関係)を反映している"という第1の作業仮説の下、母(M)・父(F)・子(C)間の空間的距離の違いから、就寝形態の諸類型を析出・整理した。次いで、それらの諸類型について、その構造的特徴と家族時間の変化に伴うダイナミックな動きを検討した。それらの分析により、(1)3人家族の主要な就寝形態は、子どもをベビーベッドに寝かせる「FM・C」(C分離型)、母親が真中に寝る「FMC」(M中央型)、子どもが真中に寝る「FCM」(C中央型)、母子と父親が別れて寝る「MC/F」(F別室型)、子どもが別室に寝る「FM/C」(C別室型)などの5類型(カッコ内は呼称)であること、(1)C分離型を除くすべての就寝形態は子ども数が増えない限り定着性があること、(2)乳幼児期の主流はM中央型とC中央型であること、また、情緒関係に関連して、(3)父・母・子の三者間が同時に均等な距離関係になることは就寝形態の構造上あり得ないこと、(4)きょうだいは出生順位によって可能な就寝形態が構造上不可避的に決まってくること、等を明らかにした。

 第2章から第4章では、"家族関係の表出態としての就寝形態は、家族成員間の心の育ちに少なからぬ影響を及ぼしている"という第2の作業仮説の下、第1章で析出された就寝形態の諸類型とその構造的・動態的特徴を踏まえて、就寝形態が家族関係及び成員のこころの育ちとのあいだに持つ発達論的な意味と機能について、すなわち就寝形態と家族関係とこころの育ちの三要素間の複合循環的関係を、それぞれ調査データに基づいて実証的に分析・考察している。

 第2章では、きょうだい関係に焦点を当てて、第2回就寝形態調査の縦断的データと女子大生の回想的データを用いて、家族時間を10年〜20年に拡大して就寝形態を考察している。それらの分析を通じて得られた主な知見として、(1)長子が経験した寝かたが、次子、第3子へと反復的に繰り返されていく傾向のあること、(2)この就寝形態の反復性と第1章で明らかにされた就寝形態の定着性とを踏まえて、家族には"一定の家族関係のパターン"すなわち"情緒パターン"があり、それが家族の就寝形態に反映している可能性のあること、また、(3)出生順位によって生じる不可避的な親子間の距離の違いが、きょうだいの性格差や情動的・情緒的な矛盾を孕んだきょうだい関係を形成する傾向があること、その反面で、(4)親から分室後のきょうだい寝がきょうだい間の親和性を育む可能性のあること、等が示唆された。

 第3章では、夫婦間のコミュニケーションの実態(愛情表現からセックスまで)とその変化に焦点化して、婦人公論読者調査のデータに基づき、就寝形態を考察する。それらの分析により得られた主な知見として、(1)乳幼児を育てる若年夫婦の夫婦間距離が全期間で最も遠いこと、(2)若年夫婦の生活と意識は子ども優先でお互いの親密性を育てることに不熱心なこと、(3)データから析出された夫婦の親密性のタイプには伴侶型、父母型、同居人型、破局型の四つがあること、(4)子育て期の就寝形態と夫婦の親密性の育ち(現在の情緒的関係)とのあいだには統計的にも連関性が認められること、等が明らかになる。

 第4章では、幼児を育てる若年家族の就寝形態に焦点を絞り、就寝形態調査のほかに幼児・母親調査や婦人公論読者調査など4種の調査データに基づき、各就寝形態と家族の人間関係・情緒関係との関連、及び、各就寝形態と幼児の発達との関連について、質的分析と統計的分析により検討している。それらの分析により、(1)M中央型とC中央型が、他の形態に比べて、母子間・父子間・夫婦間の距離が近く、情緒的に安定した関係が見られること、(2)M中央型とC中央型の幼児の方が、母子間は近いが、父子間・夫婦間の疎遠なF別室型や、夫婦間は近いが、母子間・父子間の疎遠なC別室型の幼児より、幾つかの側面(自発性・認知性・言語性・社会性)で好ましい発達をしている傾向があること、さらに、(3)就寝形態と家族関係と子どものこころの育ちとの三要素間に、複合循環的関係のあることが示唆されるが、家族関係では個々の二者関係ではなく、家族システム全体としての情緒関係すなわち"情緒パターン"が重要であること、等が明らかになる。

 最後の第5章では、これまでの各章で得られた知見を踏まえて、本論文の基本的仮説である家族の就寝形態=情緒パターン概念について、総括的に整理・検討している。まず、日本の家族の主要な4類型についてその構造と動きの特徴や、夫婦関係・親子関係、子どもの発達などに関わる特徴を整理し、それらの就寝形態が家族の情緒構造の表現型としての"情緒パターン"であるとすると、それぞれの特徴から、現在の日本の家族には、M中央型=母中心型、C中央型=子中心型、F別室型=父不在型、C別室型=子放任型という四つの情緒パターン−が想定できること、また、それらの情緒パターンの特性や分布状況を明らかにする。次いで、家族関係学の新しい視点として、就寝形態=情緒パターン概念を用いて、日本の家族の課題を整理し、その動向ついて推論する。就寝形態の約20年間の調査データからは、共寝(親子同室寝)の傾向は根強く、日本の家族の情緒構造は親子一体性ということで当分変わらないと予想される。そこで最後に、文化としての共寝の機能を、総括的に論じて終っている。

審査要旨 要旨を表示する

 家族の間で、「誰が誰とどのような位置関係で寝るか」。本論文は、日本の家族の就寝形態に焦点を当て、家族間の情緒面を中心にした人間関係と子どもの発達との関係を社会学的に究明しようとするものである。乳幼児を持つ日本の家族の就寝形態は、どのようになっているのか。子どもの成長や子ども数の変化に応じ、どのように変化していくのか。就寝形態のパターンは、幼児の発達にどのような影響を及ぼしているのか。また、これらの関係は、時代の変化とともにどのように変化したのか。1960年代にアメリカの人類学者によって、日本の家族が共寝という特徴を持つことが指摘されているが、家族の就寝形態とその変化、さらには幼児の発達への影響という問題については、教育社会学においても家族社会学においても、これまで十分な検討が行われてこなかった。本論文は、20年以上にわたる様々な調査データの分析を通じて、これらの問いに実証的に答えるものである。

 本論文は、6章で構成される。序章では、コーディルらの先行研究の批判的検討を通じて、「誰が誰と寝るか」に加え、「どのような位置関係で寝るか」がより重要な問いであることが、論文を貫く基本的な問題として設定される。1章では、乳幼児をもつ若年家族の就寝形態について、その実態を縦断的調査により明らかにし、5つの類型と、それらが時間の変化に伴いどう変化していくのかを解明する。2章では、子ども数が増えても、就寝形態に反復性があることが示され、その知見をもとに、家族成員間の関係には、家族ごとに情緒面での一定のパターンがあることが指摘される。3章では、夫婦間の就寝形態に焦点を当て、それが夫婦間のコミュニケーションや親密性と関係していることが示される。4章では、質的分析と統計的分析を併用して、就寝形態と乳幼児の発達の関係の解明に迫る。その結果、母子間、父子間、夫婦間の距離がそれぞれ近い家族類型において、自発性や社会性の発達に好ましい傾向があると指摘する。5章では、1980年代から現代にいたる就寝形態の変化を分析し、日本の家族に多く見られる就寝形態が大きくは変化していないことがまず示され、この知見と4章までの分析結果をふまえ、本論文のまとめと理論的考察を行っている。そこでは、共寝という、家族の就寝形態が家族の情緒構造の表現型であるという視点から、日本の家族の情緒構造は、親子一体性を基本としていることが指摘され、その功罪について検討が行われる。

 以上のように、本論文は、長年にわたり著者が実施してきた調査の分析を通して、家族成員間の関係、子どもの発達への影響、その変化を、就寝形態に着目して解明したという点で、すぐれた独創性をもつ。統計手法や理論的検討においては、さらなる工夫の余地があるとの指摘もあったが、実証分析をもとに、就寝形態に焦点づけて家族の情緒面の関係を解明した点で、教育社会学のみならず、今後の教育研究に広く貢献するものと評価された。このような点から、博士(教育学)の学位論文として十分な水準に達しているものと認められる。

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