学位論文要旨



No 216649
著者(漢字) 柳原,聖
著者(英字) Yanagihara, Kiyoshi
著者(カナ) ヤナギハラ,キヨシ
標題(和) 場の制御と再生技術による機械加工工具の長寿命化に関する研究
標題(洋)
報告番号 216649
報告番号 乙16649
学位授与日 2006.11.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16649号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 助教授 割澤,伸一
 東京大学 助教授 土屋,健介
 立命館大学 教授 谷,泰弘
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は,機械加工工具資源の有効利用を目的として着想されている.具体的には環境問題を考慮して,機械加工用の加工油剤の利用を無くした場合に,どのようにして工具の長寿命化を図れば良いのかを検討している.

第一章では序論として,本論文の着想に至った背景と本論文の目的,そして各章の構成を述べた.1990年代以降,産業界では環境問題のために産業廃棄物を低減することが重視されるようになってきた.このため機械加工の分野においても,加工油剤を低減し乾式加工へと移行しようとする動きが加速している.しかし,加工油剤の利用を削減すると工具への負担は増加し,工具の寿命を確保することが難しい.

 一方,機械加工工具の主原料の多くはレアメタルと呼ばれる稀少資源であり,その多くを海外からの輸入に依存している.このため,その供給が産出国の政情に影響を受けやすく,加工貿易を主体とする我が国ではその供給状況によっては製造業に重大な影響を与える恐れがある.

 したがって,このような背景の下で,環境に配慮しながら工具資源を有効に利用するためにも新たな長寿命化の方策が求められていることを詳述した.

 第二章では,従来機械加工技術において,工具の長寿命化をキーワードに従来取り組まれた代表的な研究課題を振り返り,その動向を調査した.調査の結果,これまでの研究においては,強靱な工具コーティング技術の研究と加工油剤の供給に関する研究が技術開発の大部分を占めていることが明らかになった.

 一方で,工具と加工雰囲気に関して研究が比較的行われてこなかった領域があることも明確になった.そこでこれらの従来研究が疎であった3つの領域に関して研究戦略を考えると,大きくは,場を能動的に利用する場の制御技術と,補材を強化して切れ刃の役割を担わせる工具再生技術が立案できた.そこで,3つの領域に関した技術開発をして,工具の長寿命化を達成することを提案した.

 第三章では,場を利用して工具の強化と難削材の一時的な快削化を行うことで工具の長寿命化を図ることを検討した.その結果,本実験の範囲において,次のような磁場の効果が認められた.

(1)磁場を超硬工具の切削加工点近傍に印加することで,比較的負荷の大きい粗加工切削条件下では,切れ刃に5〜7mT程度の磁場を印加しておくと,工具寿命が1.2〜1.5倍程度向上する.(図1)

(2)(1)の結果は,前者は磁場により工具バインダであるCoの滲み出しが抑制されたためと考えられる.

(3)オーステナイト系ステンレス鋼に磁場援用切削を行うと,軽切削条件では工具への被削材の凝着が減少して,切削抵抗の変動が小さくなる.その結果,工具びびりが生じにくくなり,工具への負担が低減できる.(図2)

(4)上記(3)は,オーステナイト組織を有する被削材に磁場援用切削を適用するときだけに生じ,磁場誘起マルテンサイト変態がその原因である.

(5)加工後の被削物の表層部に対しての組織の変化や磁化といった磁場の影響は,今回の実験で用いた磁場強度では全く見られなかった.

 以上の結果から,切削油剤の使用を低減しても場を利用して,工具の寿命を向上させることができる新しい加工方法が見出された.

 第四章では,場と補材の利用を目的として,切削剤を効果的に加工点に導く潤滑供給方法を検討した.本研究で得られた結果を下記に記す.

(1) シリカ微粒子を分散させたコロイド溶液を用い,微粒子の静電特性を利用することで,潤滑剤となるシリカ微粒子を工具に能動的に吸着できる.これにより切削抵抗を低下させて工具寿命を向上できる.ドリル加工などにおいては,バリを低減させることができる.

(2)(1)の潤滑効果は工具表面の粗さより小さい粒子を使うと得られる.

(3)(2)の潤滑効果の要因を把握するため,高速度カメラによる撮影画像と切削抵抗を連動させて切りくずの流失を観察した.その結果,オーステナイトステンレス鋼の切削抵抗変動の原因は,切りくずの工具すくい面への周期的な凝着により引き起こされており,切りくずの凝着が生じたとき,加工抵抗が通常の2倍程度になることが明らかになった

(4)上記の結果は,オーステナイト系ステンレス鋼の切削においては,旋削のような連続切削においても,断続切削のように切れ刃に負荷がかかり,工具摩耗を促進し易くする可能性を示唆する.

(5)(2)の潤滑効果は工具に付着させたシリカ微粒子の滑りあるいは転がりといった固体潤滑作用により切りくずの凝着が抑制されて,その排出が促進されるために生じている.

(6)本方式をオーステナイトステンレス鋼の小径ドリル加工に用いたところ,乾式加工の5倍,MQLと同等の工具寿命が見込めるという結果が得られた.(図3)

上記の結果から,場と補材を利用して工具の長寿命化が図れることを実証した.

 第五章においては,加工点で工具と被削材の間に介在する補材に対して考え方を一歩進めて,介在層自身の強化を行い,切れ刃としての役割を担わすことを検討した.その中で,工作機械上で速やかに切削工具を形成および再生を可能にする工具機上再生技術の提案を行い,その手法を検討した.この工具機上再生技術では,工具母材ではなく機上で成膜した複合めっき膜で切削加工を行い,膜が摩耗して母材層に達する前に電解剥離を行い,再度複合めっきを施して再生をする.得られた結果を下記に記す.

(1)Ni-P-SiC複合めっきと電解剥離技術を利用して,5分以内に切削工具上に硬質膜を生成し,剥離する技術を開発した.そしてこの技術を利用して超硬チップ上にめっき膜を成膜し,切削試験を行ったところS45Cが切削できることが確認された.

(2)剥離技術においては,硫酸電解剥離を利用した.この剥離技術においては,めっき膜の剥離と同時に超硬母材表面に不働態被膜が形成される.この膜が形成されると電流が流れなくなり,剥離のプロセスが自然に収束する.したがって,電流の挙動を監視すれば適切な剥離処理の停止時間を検出でき,自動化において有利と言える.

(3)下地処理なしで超硬合金に成膜するとテープの粘着力程度で複合めっき膜が剥離していたが,NaOH電解とストライクめっきを行うと,15秒の切削試験においても剥離がなかったことから,その有効性が確認された.そして再生を10回行っても同様に剥離が見られなかった.(図4)

(4)一回のめっきや剥離の操作程度では,析出させたり,剥離する膜の体積が少ないために薬液を劣化させて品質を低下させることはない.

(5) 上記の工程を基に,複合めっきと電解剥離を利用した機上再生装置の開発を行った.装置は,エンドミルおよびドリル等の回転工具を再生することを想定し設計した.そして,マシニングセンタ機上にてNi-P,およびNi-P-SiC複合めっき被膜の析出を試みた.その結果,試作装置が要求機能通りに動作することが確認され,機上再生の概念を具現化することができた.(図5)

 第六章では,工具資源の有効活用と高精度化,そして使用済み研削砥石の削減を目的として,第五章で提案した機上再生技術の考え方を拡張し,研削工具の機上再生技術の確立を検討した.得られた結果を下記に記す.

(1)工作機械上に設置可能な小型の急速加熱装置を利用して,フェノール樹脂,ポリイミド樹脂,ならびに低融点ガラスを利用したビトリファイドボンドの軸付き砥石を,15分から30分程度で形成・再生できる技術を開発した.(図6)

(2)(1)の工程においては,軸に結合材を塗布してから砥粒を塗布し,それら塗布層を機上で加熱し砥粒層を形成するという工程を開発した.この工程においては型を用いる必要がなく,素早く砥粒層の形成ができる.なお,砥粒層を形成するためには,結合材の粘性を150Pa・s程度まで高くし,ペースト状にしたほうが形状の崩れが少なくて良い.

(3)樹脂の焼成においては,結合材中の水や有機溶媒の沸騰を抑制しつつ,溶媒を蒸発させてから加熱制御すれば,良好な砥粒層が得られる.

(4)上記の工程で形成した砥粒層を利用してマシニングセンタ上でガラスの研削加工を行ったところ,主軸剛性が確保されていないマニシングセンタを利用したにもかかわらず,ポリイミド工具で研削比が100,仕上げ面粗さが1.48μmRzという性能が得られた.(図7)

 第七章においては,切削加工中に生じる工具・被削材間熱起電力に着目して,工具の摩耗や異常をその熱電流の変化から検出できるようにするために,その特性を調べた.得られた結果は以下になる.

(1)一つの切れ刃と工作物の間で生じる熱起電力については,工具の摩耗が進行するほど切削開始時の熱起電力の立ち上がりが遅くなる.

(2)二枚の切れ刃による切削では,二枚目の切れ刃の切削開始時に工具・被削材間に大きな熱電流が流れる.このとき,二つの切れ刃で発生する起電力は合成されたものとなり,この波形は工具摩耗の進行とともに大きく変化する.

(3)工具切れ刃と被削材を含む微小な回路抵抗の閉ループ回路を構成すると,工具摩耗の増加により,熱起電力を電源として回路に流れる熱電流の立ち上がり時定数と定常熱電流値が大きく増加する.(図8)

(4)上記の特徴は軽切削ほど顕著に現れる.これは原理的に端子間の接触面積が大きいほうが接触電気抵抗が0に近づくため,摩耗にともなうmΩオーダの微小な接触抵抗変化が重切削になればなるほどわかりにくくなるためである.

(5)実験から得られたデータを用いて,等価回路による数値計算を行った.その結果,一枚目の切れ刃が加工している際に二枚目の切れ刃が工作物に接触し加工を開始し始めてからの過渡的な状態において,その過渡応答が接触電気抵抗の変化によることが明らかになった.

(6)上記の結果を利用してDLCコーティング工具とアルミ被削材間の接触抵抗の変化を観察した.その結果,DLCコーティング膜の残存状況を監視できる可能性が得られた.

 以上のような各章の結論のもとに,本研究では場の制御技術と再生技術を利用しながら,これまで研究提案の疎であった領域に新たな長寿命化の手法を示し,そしてそれを具現化した.

図1 工具摩耗抑制効果

図2 磁界の強度と振動抑制効果

図3 静電場とシリカを利用した固体潤滑法における工具寿命比較(ドリルによる小径加工)

(a)再生1回目 (b)再生10回目

図4 再生した工具切れ刃の状態

図5 工具機上再生実験の様子

図6 再生研削工具

図7 各種再生研削工具の性能比較

図8 工具摩耗と熱電流の立ち上がり時定数の関係

審査要旨 要旨を表示する

 近年,産業界においては環境問題から機械加工油剤の使用を削減することが望まれるようになっている.一方,加工油剤の削減は工具の負担を増加させて摩耗を助長する.また,最近では工具資源の価格高騰が顕在化しており,加工油剤に依存しない新たな視点での工具寿命向上の技術が望まれるようになってきた.本研究は「場の制御と再生技術による機械加工工具の長寿命化に関する研究」と題して全八章からなり,工具コーティング技術と代替加工油剤の開発に依存してしまっている現在の寿命向上技術に新たな技術開発の視点を提供している.

 第一章「緒論」においては,上記で述べたような動機付けの下に,本研究の背景と目的,および本論文の構成が述べられている.

 次に第二章では「機械加工工具の長寿命化を目的とした遠隔場利用技術と再生技術の提案」と題して,従来機械加工技術において,工具の長寿命化をキーワードに取り組まれた研究課題を振り返り,その動向を調査している.その結果,工具の長寿命化に関して,場の利用と,場と補材の利用に関して取り組まれた研究がなく,新たな長寿命化のための戦略が提案できることが明らかになった.そこで,本研究においては,一つの戦略として,場を制御しながら工具を構成する成分の拡散を抑制する戦略と,被削物の一時的な快削化を行う戦略を提案している.次に,場を制御して加工を補助する物質,すなわち補材を効率よく加工点に供給する戦略を提案している.

 これらの戦略において,場の利用においては,まず,第三章「場を利用した工具強化と被削材の快削化」において,外部から磁場を加えて工具成分の流失を抑制し長寿命化を図る手法や,あるいは工作物の組織変態を促進させて一時的な快削化を図る手法を考案している.

 次に,第四章では,「場を利用した潤滑物質の吸引」と題して,場を制御して潤滑物質を能動的に加工点へ吸引する手法を考案している.機械加工においては,加工油剤を低減するために,加工油剤の噴霧供給法や代替加工剤の様々な供給法が提案されているが,そのいずれもが効果的に加工剤を加工点に導くための手法について検討がなされていない.本研究では,新たな試みとして静電場と固体潤滑物質を利用して新たな潤滑手法を提案している.

 次に,本研究ではこれまでの補材利用の考えを一歩進めて,補材を強化し切れ刃としての役割を担わせることを検討している.供給する補材が切れ刃並に強靱になり,工具母材表面に固定化されればそれを利用して切削加工,研削加工が実現できる.そして,その強化された補材層が摩耗しても,摩耗が母材層に達する前に強固な補材層を繰り返し再生できれば工具を交換する必要がなく,工具の寿命が永遠になる.このような考えの下で,工具機上再生技術の概念を提唱し,第五章ではその概念の実現のために,「切削工具の部分補修と再生技術」に取り組み,第六章では,補材層を砥粒層に転換し「研削工具の部分補修と再生技術」を検討している.

 また,補材層を効果的に再生するためにも,補材層の状態をインプロセスで監視する技術が必要となる.そこで,第七章では,「工具・被削材間熱電流による工具状態の監視」と題して,切削工具と被削材との間に生ずる熱起電力に着目し,その熱電気特性を利用して工具の異常が検出可能かどうかを検討している.

 そして,第八章は本研究のまとめとして得られた成果から長寿命化の指針を得ている.そこで得られた結論は,工具の長寿命化のためには,工具と被削材の直接接触を加工点で,できうる限り最小に抑えることが重要ということである.この結論から類推すれば,エンドミルによる高速切削や,工具に振動を付与した振動切削において工具寿命が向上する原因をも明快に説明することができる.

 本研究は,このように工具コーティング技術の向上や,加工油剤ならびにその供給方法の開発に力が注がれていた従来の工具長寿命化技術に対し,場や補材を駆使して寿命を向上させるという新たな開発の視点を提供している.さらには,そこから得られた工具長寿命化の知見を昇華させて,工具機上再生技術という新しい加工技術の概念を提案し,具現化するにまで至っている.それらの試みから技術は工業的に有用であるだけでなく,研究を通して得られた知見は,工学的にも極めて有用である.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38176