学位論文要旨



No 216651
著者(漢字) 中野,不二男
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,フジオ
標題(和) 衛星開発技術の定量評価法
標題(洋)
報告番号 216651
報告番号 乙16651
学位授与日 2006.11.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16651号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は,衛星あるいは衛星技術を,多角的な視点から定量的に評価するための,新しい指標作りの試みである。また技術試験衛星と実用衛星など性格の異なる衛星を,たんに自主開発の比率や運用によってもたらされる経済的波及効果だけで評価するのではなく,その時代の政治的状況や社会状況との関連性も含め,横断的かつ総合的に定量評価し,これによって今後の衛星あるいは衛星技術の開発における,優先順位の判断材料を示すことを目的としている.

 評価は,以下の5条件の観点にもとづいておこなう.各条件には,自主技術と社会的効果という異なる要素を持たせ,それぞれに強弱の差をつけて設定している.

○評価条件A「国産技術化率」:自主技術を強く重視する要素

○評価条件B「ミッション重量比」:自主技術を重視する要素

○評価条件C「ミッションの優良性」:中間的な要素

○評価条件D「政治的貢献度」:社会的効果を重視する要素

○評価条件E「経済的・社会的貢献度」:社会的効果を強く重視する要素

 評価条件Aの「国産技術化率」は,本定量評価法で提案する新しい評価軸である.我が国の衛星開発に望まれるのは,重要な技術・コアとなる技術を自主開発し,宇宙実証の機会を増やすことにほかならない.したがって衛星全体に対して自主技術が占める割合を,技術的評価の判断材料として重視するもので,5段階評価としている.

 評価条件Bの「ミッション重量比」は,そのバス機器の能力を示すパラメータに注目する.衛星の技術として重要なのはやはりバス技術であり,これを5段階の技術評価による判断材料としている.

 評価条件C「ミッションの優良性」は,いわゆる衛星運用としてのミッションに留まらず,技術的な面と社会的効果の双方に関連する,いわば中間的な部分に注目する.すなわち産業への波及効果のほか,技術の継続性の有無,あるいは計画の遅延など,衛星開発から運用,その後の波及効果にいたるまでの広い領域での優良性を,5項目の該当数により評価する.

 評価条件D「政治的貢献度」は,いわゆる安全保障から技術の安全保障,国際貢献等における衛星あるいは衛星技術の貢献度を,5項目の該当数で評価する.

 評価条件E「経済的・社会的貢献度」は,衛星あるいは衛星技術による産業・雇用創出の有無や利便性の向上,教育的効果などをやはり5項目の該当数で評価する.

 衛星あるいは衛星技術の評価はこれら5つの条件によっておこなうが,各評価条件の重要度は時代により,あるいは経済状況や国際社会の動向によって変化する。そこであらかじめ各評価条件の重要度シェアを、AHP(Analytic Hierarchy Process 階層分析法)によって設定する.AHPは,数値に置き換えることがむずかしい判断材料を,一対比較によって定量的に評価する手法で,意志決定法等に活用されている.各評価条件の重要度の設定について,本研究では9名の衛星関係者を対象にアンケート調査をおこない,その結果から2006年の重要度シェアを導き出した.

 衛星あるいは衛星技術の評価作業は,判定用に作成したチェックリストを使用し,各評価条件の5段階評価と5項目該当数の結果に,重要度シェアによる重み付けをして評価値とする.

 本定量評価法により,過去の気象観測衛星GMS-5や技術試験衛星ETS-7等と,現在も運用されている衛星についての評価をおこなった.また評価結果の検証のために,宇宙開発に対する一般社会のニーズや期待度を便益計測によって調査した結果とも照合し,概ね一致していることを確認した.

 また本定量評価法をベースにした優先技術課題の抽出として,複数の導入された衛星と導入された技術にかんし,国産技術化した場合の評価値を比較している.その結果から,国産技術化した場合の評価値の増加分が他と比較して大きい衛星あるいは衛星技術が,優先的に自主開発されることが望ましいと判断している.

 さらに本定量評価法を利用し,2012年の国際情勢と政治状況を想定し,その状況で求められる衛星あるいは衛星技術の抽出を試みている.また2010年の世界と日本の宇宙開発状況を想定し,そこで求められる衛星あるいは衛星技術の抽出を試みている.

 なお,本文中の2012年を想定した衛星あるいは衛星技術の優先課題の抽出においては,軍事にかんする国際情勢について触れていますが,あくまでも例として述べているにすぎず,他意はありません.

審査要旨 要旨を表示する

 中野不二男提出の論文は,「衛星開発技術の定量評価法」と題し,全8章から成っている.

 衛星あるいは衛星技術は,自主技術による開発が理想であるが,現実には予算等の制約があり,すべてを実現することは困難である.したがって,開発検討の対象が予算を投じてでも自主開発すべきであるか否か,あるいは低コスト化のために当面は他国から導入しても差し支えないか否かを判断し,開発に優先順位をつける必要がある.近年,そうした判断の目安となりうる評価法確立の要求が,効率の良い衛星開発計画の立案という観点から高まりつつある.しかしながら,現在では放送・通信衛星等は経済的波及効果を指標とし,また技術試験衛星等は技術的波及効果を指標としているように,分野別に異なった指標を基に評価されているのが実状であり,共通した評価法は存在しない.このような背景から,本論文においては,性格の異なる衛星あるいは衛星技術を,横断的かつ総合的に定量評価する手法を確立し,優先順位決定の判断材料を得る評価法として提案している.

 第1章は序論であり,我が国の衛星開発における技術的,政治的な課題を整理している.また技術の安全保障が強く要求される宇宙開発の特殊性について述べたうえで,衛星開発に求められる技術評価法のあり方を指摘し,本研究の意義と目的を明確にしている.

 第2章では,国産化率をはじめ,現状の衛星評価の問題点について述べている.そのうえで評価に必要な視点として,経済的あるいは技術的な波及効果だけではなく,計画の遅延をも含むミッションの優良性,政治的貢献,社会的貢献等も考慮すべきであると指摘している.

 第3章では,国産化率に代わる新しい指標として,衛星に占める自主技術の比率に注目した国産技術化率を提案している.そのうえで技術評価の観点として,国産技術化率,バス技術(ミッション重量比),ミッションの優良性,政治的貢献度,経済的・社会的貢献度をあげている.

 第4章では,これらの観点を評価条件とし,さらに各条件を5項目に分類して,項目の該当数による5段階評価を提案している.これにより,バス技術(ミッション重量比)など数値による絶対評価が可能な評価条件と,政治的貢献度など数値には置き換えることが困難な評価条件を融合させ,技術試験衛星や気象観測衛星等を区分しない,総合的で横断的な定量評価を可能にしている.

 第5章では,同一の衛星あるいは衛星技術であっても,自主技術の獲得を優先する時代と経済的波及効果を優先する時代,あるいは政治的貢献度を優先する時代においては,評価が異なることを指摘している.そのため衛星開発関係者を対象にしたアンケートにより,2005年末時点での評価条件の重要度シェアを求め,これをもとに技術試験衛星や気象観測センサなど6機8件を題材にした定量評価を試みている.また宇宙利用に対する日本社会の期待度を調査した便益計測の結果との比較により,本定量評価法の妥当性を確認している.そのうえで本定量評価法の特徴が,評価条件に自主技術を重視する要素,社会的効果を重視する要素という異なる観点にもとづいた性格を持たせてあること,かつ重要度の差をつけて評価条件を設定したことにあることを指摘している.

 第6章では,現在運用中の放送衛星BSAT-2cと運輸多目的衛星MTSAT-1Rを題材にして定量評価をおこない,国産技術化すべき優先技術の抽出を試みている.その結果,両衛星の本体の比較において評価はほぼ同等であるが,MTSAT-1Rのコア技術である気象センサとBSAT-2cの衛星本体を比較した場合は,BSAT-2c衛星本体の国産技術化が優先されるべきであり,MTSAT-1Rの気象センサは,当面は他国から導入しても差し支えない技術になるという結果を得ている.

 第7章では,本定量評価法を利用して衛星開発戦略を立案する手法を,二つの社会的状況を想定したうえで提案している.一方は2012年には宇宙開発に対して政治的貢献がより強く求められるという想定であり,他方は2010年には自主技術獲得をめざした開発がより重視されるとした想定である.それらの状況を反映した重要度シェアを設定し,これにもとづいて既存の衛星技術を定量評価することで,その時代に求められる衛星技術の抽出を試みている.

 第8章は結論であり,本研究において得られた知見を要約している.

 以上要するに,本論文は,衛星あるいは衛星技術を技術的あるいは経済的な要素だけではなく,政治状況,社会状況という要素をも取り込み,総合的かつ横断的な観点から評価し,数値として示す手法を提案するとともに,すでに開発された衛星および衛星技術の評価を実施することで本評価法の妥当性を確認している.また,社会的状況に応じて優先度の高い衛星技術の抽出を行うことが可能であることを示し,本評価法が今後の衛星技術の開発戦略を立案するうえで有用であることを明らかにしたものであり,宇宙工学および衛星工学上貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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