学位論文要旨



No 216653
著者(漢字) 佐々木,孝浩
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,タカヒロ
標題(和) 宇宙初期天体によって行われた元素合成の特徴について : 第一世代大質量星における重元素生成の理論的予言
標題(洋) Nucleosynthesis Signature of the First Stars : Theoretical Prediction of Heavy Elements from the First Generation Massive Stars
報告番号 216653
報告番号 乙16653
学位授与日 2006.11.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16653号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 茂山,俊和
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 東京大学 教授 久保野,茂
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、5章からなり、第1章は導入部で、現在の宇宙元素合成史の成功と問題点について言及した後、本論文の主要テーマである第一世代大質量星が及ぼす重元素合成と金属欠乏星の組成比との関係について、歴史的背景、モデル構築、および本論文の概要と目的が述べられている。

 第2章では、第1章の導入部を受け、第一世代星の進化についての具体的なシナリオを提案し、構築したモデル(コラプサーモデル)の詳細を説明する。大質量星(20太陽質量以上)の終焉であるコラプサーモデルと、銀河形成初期の時代に相当するhigh redshift(高赤方偏移)で観測されているガンマ線バーストについて、それぞれ、研究の歴史を追いながら他の研究者による研究のレビューを加え、本研究の位置付けを行った。さらに、宇宙論の観点から、両者の関連性を明確に記述し、超金属欠乏星(金属量約-5)に影響を与える現象は、ガンマ線バーストを伴うような大爆発であり、その起源は、宇宙初期に誕生した大質量星にある可能性が強いということを論理的に導いた。

 第3章では、2章を受け、コラプサーモデルの中で元素合成が行われる二つの重要なサイト(降着円盤と円盤流)について具体的なモデルを与える。円盤流は、コラプサーにおいて、速い中性子捕獲過程(以下、r-process)が最も起こりやすい場所であり、超金属欠乏星の重元素に与える寄与が大きいと考えられている。また、降着円盤は、円盤流の初期速度と初期元素組成を与えるという点で重要な部分となっている。降着円盤については、定常流近似から、基礎方程式を解析的に解き、円盤の中心からの距離の関数として温度、密度、圧力、回転速度等の物理量を導き、その力学構造を決定した。円盤流については、断熱自由膨張近似を施し、過去に行われたシミュレーション結果を定量的に支持するようなモデルを構築した。

 第4章では、宇宙現象モデルに沿って元素合成をシミュレーションする際に必要となる大型計算機用ネットワークコードを開発し整理した。中でも特に、重元素合成にとって重要な反応領域と示唆され、かつ最近実験的に反応過程データが成熟しつつあるHeからCまでの領域の元素に関わる各核反応について、r-processを経て産出される最終重元素量にどの程度影響を与えるか、感度(sensitivity)という概念を構築して定量的に明らかにした。これにより、観測精度と比較して、r過程重元素合成を検証するのに必要な精度を実現するために許容される核反応の実験誤差及び精度についてのデータベースを提供することができた。さらに、r過程が有効に実現する爆風環境について、物理的パラメータであるエントロピーs/kと爆発タイムスケールτ(dyn)に要求される関係について考察し、従来の関係式を修正して新たに定式化した。これにより、数多く提案されている爆発モデルについて、定量的な制限をかけることができた。

 第5章では、第2章から第4章の内容を総括し、コラプラーから生成される元素を理論計算により見積もった。考察の結果、最近相次いで観測された金属量約-5という超金属欠乏星の大気組成の観測データを再現できるパラメータがあることを発見し、モデルの実現可能性について言及するとともに、まだ観測されていない重元素組成について理論的予言を与えた(図1)。超金属欠乏性は、Ba, Srの組成に特徴があり、これらの特徴は球状星団の星の組成にも見られ、銀河形成の初期の段階に行われた元素合成の影響を反映しているものと推定されている。コラプサーモデルは、分光学的な観点から、従来からγ線バーストの説明に用いられてきた。しかし、γ線バーストが本当にコラプサーによって引き起こされるものか、決定的な証拠はまだない。本研究は、上記の問題について、元素解析という観点から取り組める可能性を与えた。

 第6章では、本研究と今後の展望についてまとめを行い、最後に詳細精密な天文観測が宇宙初期元素合成を覗く新しい窓となると期待して、本文を結んでいる。

 本研究の特色は、

1. 基礎物理である素粒子物理学、原子核物理学を土台に、元素合成過程を徹底的に追求し、天文学的に可能性のある現象モデルを構築してそれに応用することで、宇宙初期の現象について斬新な提案と問題解決の手法を切り出した点

2. その理論定式化のみならず、問題解決のために必要な数値計算コードの開発を通じて定量的な観測量として理論的予言を提示した点

3. 宇宙論的な現象であるγ線バーストについて、元素解析という新しい視点から実証的に検証できる可能性を示唆した点

にある。

 以上のように、本論文は、宇宙初期天体である第一世代大質量星が引き起こす元素合成について、天文学的な検証可能性に関する新しい知見が得られるものである。

図1:本モデルで理論的に生成される元素の組成比。横軸は原子番号、縦軸はFeを基準とする核原子の産出量。重力崩壊によって形成される降着円盤の降着率をパラメータとして提示している。赤実線がM=0.01M〓s(-1)、水色がM=0.1M〓s(-1)、そして緑色がM=1.0M〓s(-1)のケースに相当する。観測データどして超金属欠乏星(HE3127-2326 and HE0107-5240)のデータをプロットした。適切なパラメータを選ぶことにより、本モデルで、超金属欠乏星の大気元素組成比を再現できる可能性があることが示唆された。更に、まだ観測データが無い元素について理論的予言値を提供している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、6章からなる。第1章は導入部である。この章では宇宙での元素の起源についてのこれまでの研究がまとめられている。特に重元素の起源を探ることは銀河の進化や超新星の性質についての研究に結びつき天体物理の重要課題であることが強調されている。本論文では、ここ数年の内に発見された重元素量の最も少ない2つの星(HE1327-2326 とHE0107-5240)に着目し、それらの星に含まれるSr とBa ならびに他の重元素組成がガンマ線バーストのモデルとしてMacFadyen & Woosleyによって提案されたCollapsarモデルで再現されるか否かを検討することを目的とすることが述べられている。

 第2章では、Collapsarモデルにおける流体力学的な進化と核反応の関係を定性的に結びつけ、重元素量が最も少ない星の元素組成の特徴を再現するシナリオを提案している。そのシナリオによると、大質量星の中心核が重力崩壊した後にその周りにできる降着円盤では粘性によって、または磁気流体的に加熱されて高温になり、内部では核種間平衡になって陽子、中性子やHeが多い組成になり、その外に56Niなどが多い領域が存在する。それと同時に、円盤の一部は加熱によって外側に流れ出す。流れ出したガスでも核反応が起こり、Sr, Baなどを合成する。一方、これらのガスのほとんどは中心に再び落ち込み、ほんの一部がジェットによって放出されることになる。このジェットはその後GRB現象を引き起こすと考えられている。論文提出者が考案したこのシナリオに基づいた数値計算について次章以降で述べられている。

 第3章では、Collapsarモデルの各進化段階を記述する簡単な流体力学モデルに関する解説が述べられている。主に定常状態での降着円盤の温度、密度分布を導き、Collapsarモデルの数値計算結果と比較して良い一致を得ていることが指摘されている。さらに、この降着円盤から外向きの流れに乗ったときの温度と密度のLagrange的時間変化を速度一定で断熱的に変化すると仮定して求めている。この2つの仮定もCollapsarモデルの数値計算結果から近似的に成り立っていると指摘されている。ここで、速度はそれぞれの場所でのKepler速度の定数倍(<1)と仮定している。

 第4章では、核反応ネットワークの計算について、以前の計算コードからの改良点が記述されている。特に、中性子星からの星風におけるr-過程元素合成の計算結果をもとに、r-過程元素合成においては軽元素が絡んだ反応率の精度が核種の合成量に大きな影響を及ぼすことが指摘されている。

 第5章では、第3章で導入された降着円盤で起こる電子や陽電子の捕獲反応、ニュートリノと陽子、中性子による反応で核子あたりの電子の個数がどのように変化するかを述べ、そのような状況下での元素組成の分布を計算し、結果を示している。この元素組成の分布を初期値として、降着円盤から外向きに流れ出すガス中で起こるr-過程の計算が行われる。これらの数値計算の結果から、降着率1Msun/sの降着円盤とそこからのガス放出速度がKepler速度の0.1-1%であればHE1327-2326とHE0107-5240で観測されたSrとBaの存在比(観測は下限値)を説明できることが示された。また、これらの星の鉄より軽い元素の組成はUmeda&Nomotoによってすでに提案されているmixing-fallback機構を借りて説明している。したがって、Collapsarになった星は初期質量がUmeda&Nomoto同様、25Msunの種族III星と結論づけている。

 第6章では、本論文の結論が述べられている。すなわち、HE1327-2326とHE0107-5240で観測された炭素からBaにいたる元素の組成(ただしBaの存在量は上限値)は初期質量が太陽質量の25倍で重元素を全く含まないガスから生まれた星が進化の最終段階でCollapsarになるまでに起きる核反応の結果として説明できる。

 以上のように、本論文は、初期銀河に誕生した星に含まれる元素の起源に関する新しい知見が得られていて、高く評価できる。

 なお、本論文の第4章は梶野敏貴、Grant J.Mathews、A.B.Balantekin、大槻かおり、中村隆司との共同研究である。しかし、その全てが論文提出者を第一論文提出者とする論文としてまとめて出版されており、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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