学位論文要旨



No 216655
著者(漢字) 鹿毛,久身江
著者(英字)
著者(カナ) カゲ,クミエ
標題(和) 乳癌耐性蛋白質 (Breast Cancer Resistance Protein) の高次構造解析研究 : ジスルフィド結合を介するオリゴマー形成の検討
標題(洋)
報告番号 216655
報告番号 乙16655
学位授与日 2006.11.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16655号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 助教授 内丸,薫
 東京大学 講師 本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景と目的]

 ATP結合カセット(ATP-Binding Cassette,ABC)トランスポーター(=ABC蛋白質)は、ATPを加水分解したエネルギーを利用して細胞の膜輸送を担うポンプとして働く。本研究の対象である乳癌耐性蛋白質(Breast Cancer Resistance Protein,BCRP)は1998年に同定されたABCトランスポーターでGファミリーに属しており、マイトザントロン耐性関連蛋白質(Mitoxantrone Resistance-associated protein,MXR)、胎盤特異的ABCトランスポーター(ABC transporter in placenta,ABCP)とも呼ばれる。ABCトランスポーターの機能分子には2つのATP結合部位と2つの膜結合部位が必要とされているがBCRPにはそれらが1つずつ存在することが知られている。

 BCRPは抗癌剤排出ポンプとしても働くため化学療法施行時の耐性に大きく関与している。その高次構造に関する知見を得ることはBCRP阻害剤の開発等への貢献となり臨床医学上重要であるため、本研究を行った。

[研究の方法]

A. BCRPの機能単位および結合様式の解析

 pHaレトロウイルスにMycBCRP cDNAを導入したpHa-MycBCRPをPA317細胞に遺伝子導入しマイトザントロンで選択したものをPA/MycBCRPと名付けた。一方、HABCRP cDNAをバイシストロン性ベクターに導入してpHaL-HABCRP-IRES-DHFRを作成した。これを導入した細胞にはBCRP遺伝子とメソトレキセート(MTX)耐性を賦与するDHFR遺伝子が共発現するため、MTXで選択すればBCRPを発現する細胞をほぼもれなく選別することが出来る。PA317にこのベクターを導入してMTXで選択したものをPA/HABCRP、またPA/MycBCRPに導入してMycBCRPとHABCRPを共発現させMTXで選択したものをPA/HA+Mycと名付けた。BCRPの発現はウエスタンブロットで、マイトザントロンまたはSN-38に対する感受性は細胞増殖抑制試験で評価した。次にBCRPダイマーのcounterpartを同定するために、非還元条件下で3種類の細胞から採ったライセートに含まれる140-kDaのBCRPタンパクを抗Myc抗体で免疫沈降し、その沈降物でウエスタンブロットを行って抗HA抗体に反応させ解析した。その後、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)のsite-directed mutagenesis systemにより22個の変異HABCRP cDNAクローンを作成してPA317細胞に導入し、薬剤感受性試験を行なって8個の非活性クローンを得た。それらをMycBCRPと共発現させたものの薬剤耐性を調べた。

B. BCRP分子内のシステイン残基への変異導入によるBCRP構造と機能の変化の検討

 次に、BCRPモノマー間のS-S結合を破壊する目的で、BCRP分子の12個のシステインのうち膜外部分にある3個を1つずつセリンで置き換え、同時に残りの9個も同様に処理し、これらの一次構造変化に伴う機能分子の形態や機能の変化をウエスタンブロットとFACSで解析した。変異蛋白発現量の低下がmRNAの発現低下によるものでないことは逆転写(RT-)PCRにより証明した。変異体のSN-38に対する感受性は細胞増殖抑制試験により検討した。モノマー間のS-S結合に重要と判明したCys-603に関しては、セリン以外に7種類のアミノ酸で置き換えた変異体を作り、ウエスタンブロットとSN-38に対する感受性試験を行ってさらに検討した。

[結果及び考察]

A. BCRPの機能単位および結合様式の解析

 還元条件下で、PA/MycBCRP,PA/HABCRP,PA/HA+Mycの生産するBCRP蛋白(MycBCRP,HABCRP,HMBCRP)は70-kDaの蛋白として認められ、HMBCRPのみは抗Myc、抗HA、および抗BCRP抗体全てと反応した。非還元条件下では全種類のBCRPは140-kDaの蛋白として発現し、HMBCRPのみは全ての抗体で検出された。以上はHMBCRPは異なるタグを持つモノマーとホモダイマーを作っている可能性があることを示している。140-kDaのBCRPは100℃加熱で安定だったがDTT添加後70-kDaのBCRPに分解したため、複合体内にはS-S結合が存在すると考えられた。次にBCRPダイマーのcounterpartを同定するために、3種類の140-kDaBCRPを含むライセートを抗Myc抗体で免疫沈降し、その沈降物をウエスタンブロットで解析した。HMBCRPは非還元条件下と還元条件下で抗BCRP抗体および抗HA抗体と反応し、それぞれ140-kDa複合体と70-kDaのBCRPとして検出されたことから、HMBCRP複合体はMycBCRPとHABCRPを含んでいることが明らかとなった。以上よりBCRPはS-S結合によりホモダイマーを形成していることが分かったため、不活性の変異BCRP共発現による機能の変化を検討した。[研究の方法]で述べた手順で得た非活性変異体のうち、L554P変異のHABCRP cDNAクローン15(HABCRP-15)を共発現させたPA/MycBCRP+HABCRP-15のみが、薬剤耐性がPA/MycBCRPよりも有意に低かった。また、HABCRP-15の導入はMycBCRPの発現には影響しないことをウエスタンブロットにより確かめた。以上より、BCRPはS-S結合で架橋されたホモダイマーを形成しており、不活性変異体を共発現させることで薬剤耐性は減弱することが分かった。

B. BCRP分子内のシステイン残基への変異導入によるBCRP構造と機能の変化の検討

 次に分子内の12個のシステインのうち膜外領域の3個を1つずつセリンで置き換え、同時に残りの9個も同様に処理した変異BCRPの発現変化を、ウエスタンブロットとFACSで解析した。還元条件下では、野生株と全ての変異体においてモノマーが検出された。非還元条件下ではCys-603をセリンに置き換えたBCRP(BCRP-C603S)以外の変異体および野生株のBCRPは140-kDaのダイマーとして検出されたが、BCRP-C603Sでは少量のダイマーと共に多量の70-kDaモノマーが検出された。BCRP-C438S、BCRP-C592S、BCRP-C608Sの発現量が著しく少なかったため非還元条件下でのウエスタンブロットの暴露時間を長くしたところ、発現量はBCRP-WTの10%以下であったがBCRP-C603Sと同様140-kDaのダイマーと共に70-kDaのモノマーも検出された。これらのモノマーのダイマーに対する比率はWTよりも著しく高かった。FACS解析では、BCRP-C592SとBCRP-C608Sにおいては膜上のBCRP発現を全く検出できなかった。この理由として、二者において変異による構造変化が著しかったために膜上に発現出来なかった、FACS抗体の認識部位内に変異があったため検出できなかった、等が考えられた。それ以外の変異体では発現量は還元条件下で行ったウエスタンブロットで見られたモノマーの蛋白量と一致していた。BCRP-C438Sはウエスタンブロット、FACS共にほとんど発現が認められず薬剤非耐性であったことから、この部位における変異はBCRPの発現と活性を著しく低下させると思われた。これらの変異体で見られたタンパク発現量の低下はmRNAの発現低下によるものではないことをRT-PCRにより確かめた。次に、変異体のSN-38に対する感受性を検討したところ、耐性度(変異体IC(50)/野生株IC(50))はBCRPモノマーの量と正比例していた。非還元条件下でダイマーの発現がかなり少なかったPA/C603Sの耐性度がPA/WTのそれと同程度であったことも考慮すると、BCRPの耐性度はモノマーの量に比例しており機能発現には共有結合によるダイマー形成は必ずしも必要ではないと考えられた。Cys-603の重要性をさらに検討するため、PA/C603X(X=D,H,R,S,Y,A,W)を作成してウエスタンブロットと感受性試験を行った。非還元条件下では全ての変異体でBCRP-C603Sと同様に多量のモノマーと減少したダイマーが認められ、還元条件下では、発現量にはややバラツキがあったが全ての変異体でモノマーのみが認められた。SN-38に対してはモノマー量に比例した耐性を示した。以上より、Cys-603は直接的にBCRPモノマーの結合に関与しているが、ポンプ機能発現には共有結合によるダイマー形成は必ずしも必要ではないことが明らかとなった。

[結語]

 本研究により次のような結果を得た。

1.BCRPはS-S結合で架橋されたホモダイマーを形成する。

2.モノマー間のS-S結合においてはCys-603が重要であるが、BCRPのポンプ機能発現には共有結合によるホモダイマー形成は必ずしも必要ではない。

3.野生型BCRPを発現している細胞に不活性型BCRP遺伝子を導入してダイマーを形成させることで、薬剤耐性を減弱させることができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はATPを加水分解したエネルギーを利用して細胞の膜輸送を担うポンプであり抗癌剤排出ポンプとしても働く乳癌耐性蛋白質(Breast Cancer Resistance Protein, BCRP)の高次構造を明らかにするために、野生型BCRPにMycタグ、HAタグを付けた遺伝子をPA317細胞に発現させたPA/MycBCRPとPA/HABCRP、およびそれぞれのタグを持つ遺伝子を共発現させたPA/HA+Mycを用いて、BCRPの機能単位および結合様式の解析を行った。次に、BCRP分子の12個のシステインのうち膜外部分にある3個を1つずつセリンで置き換え、同時に残りの9個も同様に処理し、これらの一次構造変化に伴う機能分子の形態や機能の変化を検討して、下記の結果を得ている。

1. 還元条件下で、PA/MycBCRP,PA/HABCRP,PA/HA+Mycの生産するBCRP蛋白(MycBCRP,HABCRP,HMBCRP)をウエスタンブロットで解析したところ、還元条件下では70-kDaの蛋白、非還元条件下では全種類のBCRPは140-kDaの蛋白として発現した。HMBCRPのみは抗Myc、抗HA、および抗BCRP抗体全てと反応した。140-kDaのBCRPは100℃加熱で安定だったがDTT添加後70-kDaのBCRPに分解したため、複合体内にはS-S結合が存在すると考えられた。次に3種類の140-kDaBCRPを含むライセートを抗Myc抗体で免疫沈降し、その沈降物をウエスタンブロットで解析したところ、HMBCRPは非還元条件下と還元条件下で抗BCRP抗体および抗HA抗体と反応し、それぞれ140-kDa複合体と70-kDaのBCRPとして検出されたことから、HMBCRP複合体はMycBCRPとHABCRPを含んでいることが明らかとなった。以上より、BCRPはS-S結合で架橋されたホモダイマーを形成することが示された。

2. 分子内の12個のシステインのうちモノマー間のS-S結合に関与すると考えられる膜外領域の3個を1つずつセリンで置き換え、同時に残りの9個も同様に処理した変異BCRPを用いてウエスタンブロットを行ったところ、還元条件下では、野生株と全ての変異体においてモノマーが検出された。非還元条件下では野生株のBCRPおよびCys-603をセリンに置き換えたBCRP(BCRP-C603S)以外の変異体は140-kDaのダイマーとして検出されたが、BCRP-C603Sでは少量のダイマーと共に多量の70-kDaモノマーが検出された。FACS解析ではBCRP-C592SとBCRP-C608Sにおいては膜上のBCRP発現を全く検出できなかったが、それ以外の変異体では発現量は還元条件下で行ったウエスタンブロットで見られたモノマーの蛋白量と一致していた。変異体では野生型と比べ蛋白発現量の低下が見られたが、それがmRNAの発現低下によるものではないことをRT-PCRにより確かめた。次に、変異体のSN-38に対する感受性を検討したところ、耐性度(変異体IC(50)/野生株IC(50))はBCRPモノマーの量と正比例していた。非還元条件下でダイマーの発現がかなり少なかったPA/C603Sの耐性度がPA/WTのそれと同程度であったことも考慮すると、BCRPの耐性度はモノマーの量に比例しており機能発現には共有結合によるダイマー形成は必ずしも必要ではないと考えられた。Cys-603の重要性をさらに検討するため、PA/C603X(X=D,H,R,S,Y,A,W)を作成してウエスタンブロットと感受性試験を行ったが結果はPA/C603Sと同様であり、薬剤耐性はモノマー量に比例していた。これらの事実より、モノマー間のS-S結合においてはCys-603が重要であるが、BCRPのポンプ機能発現には共有結合によるホモダイマー形成は必ずしも必要ではないことが明らかとなった。

3. ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)のsite-directed mutagenesis systemにより22個の変異HABCRP cDNAクローンを作成してPA317細胞に導入し、薬剤感受性試験を行なって8個の非活性クローンを得た。それらのうち、L554P変異のHABCRP cDNAクローン15(HABCRP-15)を野生型と共発現させたPA/MycBCRP+HABCRP-15のみが、薬剤耐性がPA/MycBCRPよりも有意に低くした。また、HABCRP-15の導入はMycBCRPの発現には影響しないことをウエスタンブロットにより確かめた。以上より、野生型BCRPを発現している細胞に不活性型BCRP遺伝子を導入してダイマーを形成させることで、薬剤耐性を減弱させることが可能であることが分かった。

 以上、本論文はPA317細胞に野生型および変異BCRP遺伝子を導入した細胞を用いてそれらの作るBCRP蛋白質の解析により、BCRPの高次構造の一部を明らかにした。本研究はこれまでほとんど解明されていなかったBCRPの高次構造の詳細研究に糸口を与えてBCRP阻害剤の開発等への重要な貢献をなすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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