学位論文要旨



No 216656
著者(漢字) 齋藤,真紀子
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,マキコ
標題(和) 子宮頸部超音波像の分娩管理への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216656
報告番号 乙16656
学位授与日 2006.11.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16656号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 助教授 武内,巧
 東京大学 助教授 百瀬,敏光
 東京大学 講師 久具,宏司
 東京大学 講師 渡辺,博
内容要旨 要旨を表示する

(目的)産科学においては、子宮頸部の開大、展退 (短縮)、児の下降度に関する内診所見が最も重要な分娩に関する情報であり、その情報をもとにして分娩方針が決定されている。しかしながら、数時間の間隔を置いて内診し、内診所見の変化によって分娩の進行を判断するため、その判定に時間を要すること、繰り返し行う必要があり、内診は痛みを伴うこと、子宮内感染を助長する可能性があること、客観性に欠ける点があることが指摘されている。近年、経腟超音波診断法の発達により、子宮頸部の詳細な観察が可能となり、早産予知に関してはその臨床的応用がすでに確立されつつある。今回私は、子宮頸部超音波像を分娩管理へ応用することを目的として、研究を行った。

(方法)研究の対象は、東京大学医学部附属病院産科病棟または総合母子保健センター愛育病院に分娩管理のため入院した正常産婦で、本研究の経腟超音波計測に同意の得られた102例である。分娩監視装置を装着した産婦に経腟超音波を用い、子宮収縮の生じる前より子宮頸部の観察を開始し、収縮中〜収縮後まで連続して観察を行い、その経過をビデオテープに収録、観察終了後にビデオテープを再生し、子宮頸管の前唇〜後唇の間の距離(開大距離)および内子宮口〜外子宮口までの長さ(頸管長)の計測を行った。超音波診断機器は、持田社製のSonovista-EXで5-または6-または7.5-MHzの経腟プローブを用い、検討に用いる計測値は、装置の分解能を考慮し、0.4mm未満の計測値は0とした。子宮頸部の超音波像を用い、(1)(1)非収縮時の子宮頸部の超音波所見と内診所見との関連、(2)子宮収縮に伴う頸管形態変化、(2) 子宮頸部超音波所見の変化と分娩進行との関連、の3項目について研究を行った。それぞれについて初産婦・経産婦間での比較も行った。検討(1)(1)では、内診で得られた展退率(%)を、展退していない子宮頸管の長さを3cmとして内診頸管長(mm)に換算し、検討を行った。また、超音波計測値を目的変数とし、内診所見および観察産婦の臨床背景を説明変数として、変数選択-重回帰分析を行った。検討(1)(2)では、開大距離、頸管長の変化の出現に関連性があるのか、χ2独立性の検定も行った。検討(2)では、収縮に伴う頸管長の変化と、検査を行った時点における分娩進行との関連について検討を行った。子宮収縮前と収縮中の頸管長の差を、収縮前の頸管長で除したものを、頸管の短縮率と定義し、分娩進行の評価は、分娩経過を後方視的に正常・異常分娩の定義に基づき5群(正常潜伏期、遷延潜伏期、正常活動期、遷延活動期、前駆陣痛)に分類し、比較した。短縮率のreceiver operating characteristic curve(ROC曲線)を作成し、分娩進行が順調であると評価するためのカットオフ値も検討した。統計学的検定は、2変量の間の相関:スピアマンの順位相関係数の検定、有意差検定:Mann-Whitney's U test、3群以上の比較:One-factor ANOVAを行ったのちScheffe's F検定、収縮に伴う超音波所見の変化:Friedman testとWilcoxon signed-ranks test、にて検定し、p<0.05を統計学的有意差とし、測定値は平均±標準偏差で表した。早期産例、開大距離または頸管長を計測できなかった症例は、対象より除外し、各検討を行った。検討(2)では、対象を頭位・単胎・経腟分娩例とし、分娩進行に影響を及ぼす可能性のある硬膜外麻酔使用例も対象より除外した。尚、遷延活動期群に分類される症例は、3例であったため、統計学的検定からは除外した。

(結果)(1)(1)(n=88、初産婦48例、経産婦40例):A開大距離;内診開大度と、開大距離には相関(r=0.45、p<0.01)がみられたが、開大距離は0.4mm未満の症例が最も多く、内診開大度の方がより大きい値を示し、 両者間の差と開大距離との間に相関はみられず(r= -0.03)、開大距離より内診開大度を予測することは困難と思われた。開大距離は、初産婦・経産婦間に有意差はみられず(0.6±0.8cm vs 0.5±0.9cm)、内診所見(3.4±1.4cm vs 4.0±1.5cm、p=0.037)および開大距離と内診開大度との差(2.9±1.1cm vs 3.5±1.3cm、p<0.01)は、経産婦の方が大きかった。変数選択-重回帰分析を行ったところ、内診開大度と児の下降度が選択された(開大距離=0.26x開大+0.18x下降度-0.08)。B頸管長;超音波頸管長と内診頸管長(展退度)は、有意な相関を示し(r=0.64、p<0.01)、両者の差を求めると、超音波頸管長が長いほど、その差が大きくなる傾向を示した(r=0.69、p<0.01)。超音波頸管長は、経産婦の方が長い値を示し(13.9±7.7mm vs 17.2±8.4mm、p=0.048)、内診頸管長(8.9±4.9mmvs10.1±5.0mm)および超音波と内診頸管長の差(5.0±6.1mmvs 7.0±7.2mm)は、初産婦・経産婦間で有意差はみられなかった。変数選択-重回帰分析を行ったところ、内診展退率以外に児の下降度、分娩週数、経産婦であるか、が選択された(超音波頸管長=-0.22x展退率-1.59x下降度+1.41x予定日からの週数+2.88x{初産婦=0、経産婦=1}+27.28)。(2)(n=82、初産婦45例、経産婦37例):A開大距離の変化;1回の収縮に伴い有意に開大し(p<0.01)、収縮前と収縮後の開大距離には有意差はみられず、収縮終了により元の状態に回復した(0.5±0.8→ 0.8±1.1→ 0.5±0.8cm)。収縮に伴う開大距離の変化と収縮前の開大距離との間には、正の相関(r=0.42、p<0.01)がみられ、収縮に伴う開大距離の変化は、初産婦・経産婦間で有意差はみられなかった(0.5±0.7cmvs 0.4±0.7cm)。B頸管長の変化;子宮頸管は、1回の収縮に伴い有意に短縮し(p<0.01)、収縮の終了により元の状態に回復する傾向を示したが、収縮後の頸管長は収縮前より有意に小さい値(p=0.038)を示した(16.0±8.1→ 10.5±7.4→ 14.7±7.5mm)。収縮に伴い変化した長さと収縮前の頸管長との間には、正の相関(r=0.36、p<0.01)がみられ、収縮に伴う頸管長の変化は、初産婦・経産婦間で有意差はみられなかった(5.2±5.2mm vs 5.7±6.0mm)。C開大と短縮の相互関連;χ2検定を行ったところ、有意差がみられ(p=0.03)、開大、短縮の変化の出現には相互関連がみられた。(2)(n=73、初産婦39例、経産婦34例):前駆陣痛、正常潜伏期、遷延潜伏期、正常活動期の4群間において妊産婦の年齢、分娩週数、出生児体重、陣痛周期は、有意差を認めなかった。内診所見に関しては、正常活動期群では、子宮口の開大は、前駆陣痛群および遷延潜伏期群(p< 0.05)と、展退率は、前駆陣痛群(p < 0.01)と、児の下降度は、遷延潜伏期群(p < 0.05)と有意差を示した。頸管長に関しては、4群ともに子宮収縮により差を認めた(前駆陣痛:21.3±8.7→18.3±7.8→20.8±9.1mm、正常潜伏期:16.8±6.3→8.9±5.6→15.8±6.2mm、遷延潜伏期:18.1±9.1→15.1±9.3→19.3±9.4mm、正常活動期:14.5±8.5→6.5±4.0→10.3±5.5mm(p<0.01))。収縮前の頸管長は、4群間で有意差を認めなかったが、4群間における子宮頸管の短縮率を比較したところ、正常潜伏期群の頸管短縮率は、前駆陣痛群および遷延潜伏期群に比し、有意に大きい値を示し(p<0.01)、正常活動期群の頸管短縮率も、前駆陣痛群および遷延潜伏期群に比し、有意に大きい値を示し(p<0.01)、正常潜伏期群と正常活動期群の短縮率には、有意差はみられない結果であった(図1)。正常潜伏期における頸管短縮率(53.0±18.5% vs46.5±14.2%)および正常活動期群における頸管短縮率(51.0±17.6% vs 53.4±19.6%)は、初産婦・経産婦間で有意差を認めなかった。ROC曲線より短縮率のカットオフ値を27%に設定すると感度は96.0%、特異度は85.0%、PPVは94.1%、NPVは89.5%となる。

(結論)(1)開大距離は、内診開大度より小さい値を示し、両者の差は、経産婦の方が大きい値を示していた。これには、子宮頸管の柔らかさや計測方向、外子宮口の形態の相違の関与が考えられた。超音波頸管長は、内診頸管長(展退度)と相関が高く、子宮口の状態を表す、客観的な指標となり得ることが示された。

(2)子宮頸管には、分娩早期より1回の収縮に伴い、開大あるいは短縮し、収縮終了により回復するという形態の変化が起こっており、従来考えられていたよりも、柔らかく、弾力性に富むものであることが推察された。

(3)子宮頸管は、正常な分娩進行(正常潜伏期・正常活動期)においては、子宮収縮に伴いその頸管長は、元のおよそ1/2まで短縮するのに対し、正常ではない群(前駆陣痛・遷延潜伏期)での短縮率は、有意に小さい値であった。種々の条件(分娩の時期、頸管の伸展性・硬度、収縮の状態、分娩歴等)の相違に影響を受けない、頸管の短縮率による分娩進行のリアルタイム評価は、分娩管理のための、新たな診断法になり得ると考えられる。

図1 子宮頸管短縮率と分娩進行の関連

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、内診所見の代わりに、より客観的である子宮頸部の超音波所見を分娩管理に用いることを目的とし、分娩時における子宮頸部の超音波所見と内診所見との関連、子宮収縮に伴う超音波像の変化、分娩進行の評価法としての超音波の応用について検討を行い、下記の結果を得ている。

 1. 頸管開大距離は、内診開大度と相関を認めるが、内診開大度の方が大きい値を示し、両者の差の平均は約3cm程度であるがばらつきが大きく、開大距離より内診開大度を予測することは困難であることが示された。超音波計測による頸管長は、内診頸管長(展退度)との相関が高く、分娩歴による影響を受けず、子宮口の状態を表す客観的な指標となりうることが示唆された。

 2. 開大距離は1回の収縮に伴い有意に開大し、収縮終了により元の状態に回復していることが示された。頸管長は1回の収縮に伴い有意に短縮し、収縮の終了により元の状態に回復する傾向を示したが、収縮後の頸管長は収縮前より有意に小さい値を示した。

 3. 収縮に伴う頸管の短縮と陣痛有効性との関連について検討を行ったところ、正常な分娩進行においては、頸管長は収縮に伴い、元のおよそ1/2まで短縮するのに比し、正常ではない経過での短縮率は、有意に小さい値であった。これより、頸管短縮率による分娩進行評価は、分娩管理のための新たな診断法になり得ると考えられた。

 4. 正常な分娩経過における頸管短縮率は、分娩の時期(潜伏期と活動期)、初産婦・経産婦間で有意差を認めなかった。これより短縮率は、分娩の時期、頸管の伸展性・硬度、収縮の状態、分娩歴などの条件の相互関係をひとつの指標として表したものであると考えられた。分娩進行が順調であると評価するための短縮率のカットオフ値を54%に設定すると特異度、PPVともに100%となるが、感度は46.0%、NPVは42.6%と低く偽陰性が増えるが、短縮率のカットオフ値を27%に設定すると感度(96.0%)、特異度(85.0%)ともに高い結果が得られた。

 5. 本法はリアルタイムに結果が得られる点において有用であると考えられた。また、検査結果を産婦と共有することが可能であり、本研究の実施にあたった産婦の反応より、頸管変化を自ら観察できることは、産婦の支援にも役立ち、陣痛促進などの医療介入時の患者、家族説明にも役立つ可能性が考えられた。

 以上、本論文は分娩時において超音波法による子宮頸部の連続的観察を初めて行うことにより、子宮頸管には分娩早期より収縮に伴い開大あるいは短縮を示したのち回復する形態変化が起こっていることを示し、従来考えられていたよりも子宮頸管は、柔らかく、弾力性に富むものであることを明らかにした。また、その頸管長は内診所見(展退度)と相関が高く、子宮口の状態を表す客観的な指標となり得ることを示し、子宮収縮に伴う頸部超音波像の変化を観察することにより、リアルタイムに陣痛の有効性を評価することが可能であることを示した。本研究は子宮頸部超音波像を分娩管理へ応用することにより、従来からの内診所見の経時的変化に基づく分娩管理法の弱点を包括する、より客観的で安全な分娩管理のための新たな診断法となり得ることが示唆され、今後、周産期医療へ重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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