学位論文要旨



No 216659
著者(漢字) 平野,雅
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,マサル
標題(和) ピタバスタチンの肝取り込み及び排泄トランスポーターの同定、寄与率の評価及び薬物間相互作用の予測
標題(洋)
報告番号 216659
報告番号 乙16659
学位授与日 2006.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16659号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 楠原,洋之
 東京大学 助教授 伊藤,晃成
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

 薬物の肝臓における代謝・排泄機構は、血管側から肝臓中への取り込み、肝臓内での代謝及び肝臓から胆汁中への排泄の各過程に支配されている。ヒト肝臓においても血管側膜、胆管側膜上にそれぞれ複数のトランスポーターの発現が認められている。

 ピタバスタチンは強力に血清コレステロールを低下させる新規HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)である。ラットに標識体ピタバスタチンを経口投与することにより薬効標的臓器である肝臓に選択的に分布すること、ラット及びヒト肝ミクロソームを用いたin vitro試験においてピタバスタチンはほとんど代謝されないこと、またラットを用いた胆汁排泄試験において大部分が未変化体のまま胆汁排泄されることが報告されている。

 本研究では、ピタバスタチンの肝取り込み及び排泄過程における分子メカニズムを明らかにするために、肝取り込みにおけるトランスポーターの同定、肝取り込みトランスポーターの寄与率の算出、肝排泄トランスポーターの同定を行い、また薬物間相互作用の可能性を評価するために、肝取り込みトランスポーターを介した薬物間相互作用の予測を行った。

[本論]

I. ピタバスタチンのヒト肝取り込み過程におけるトランスポーターの輸送特性及び肝細胞における取り込みトランスポーターの寄与率の評価

 ヒト肝細胞においては、血管側に種々の取り込みトランスポーターの発現が認められている。その中でも特に、Organic Anion Transporting Polypeptide (OATP)1B1及びOATP1B3はほぼ肝選択的な発現を示し、非常に広範な有機アニオン性化合物を認識することが報告されている。そこで有機アニオン性薬物の肝取り込み過程におけるトランスポーターの関与を、OATP1B1、OATP1B3及びOATP2B1に焦点をあてて明らかにし、肝取り込み活性全体に占める両トランスポーターの寄与率を定量的に算出することを目的とした。方法としては、各トランスポーター発現細胞及びヒト肝細胞を用いて、既に報告されているestrone-3-sulfate(E-sul)及びcholecystokinin octapeptide(CCK-8)、ならびにOATPファミリートランスポーターの代表的基質であるestradiol 17β-D-glucronide(E217βG)、新規評価化合物であるピタバスタチンの輸送特性を定量的に評価した。

 トランスポーター発現細胞を用いた結果から、E-sulはOATP1B1選択的に、CCK-8はOATP1B3選択的に、E217βG及びピタバスタチンはOATP1B1及びOATP1B3の両方に認識されることが確認された。ヒト肝細胞においても、ピタバスタチンはE217βG、E-sul及びCCK-8と同様にヒト肝細胞への取り込みが観察された。

 肝取り込みトランスポーターの寄与率を定量的に評価することを目的として、ヒト肝細胞及びトランスポーター発現細胞を用いて、ヒトにおけるピタバスタチンの肝取り込みを担うトランスポーターの同定を行うとともに、寄与率の評価方法を考案し適用した。まずトランスポーター発現細胞と肝細胞におけるOATP1B1、OATP1B3及びOATP2B1の発現量をWestern blot法を用いて直接的に比較することにより寄与率を評価した結果、OATP2B1の寄与は非常に小さくOATP1B1の寄与が大きいことが示唆された。次にヒト肝細胞とトランスポーター発現細胞において基準化合物(E-sul(OATP1B1選択的基質)およびCCK-8(OATP1B3選択的基質))の取り込み活性の相対的な比を用いて寄与率を評価する方法を確立し、ピタバスタチン及びE217βGはともにOATP1B1の寄与が大きいことが示唆された。また肝細胞へのピタバスタチンの取り込みに対するE217βG(OATP1B1及びOATP1B3阻害剤)及びE-sul(OATP1B1及びOATP2B1阻害剤)の阻害効果を観察し、ピタバスタチンの輸送はE217βG及びE-sulによりほぼ完全に阻害されたことから、肝取り込みにOATP1B1の寄与が大きいという結果が支持された。

 以上より、肝取り込み過程における寄与率の評価法を複数考案し、ピタバスタチンにおいてすべての結果が肝取り込み過程におけるOATP1B1の重要性を示すに至った。

II. ピタバスタチンの排泄過程を担うトランスポーターの同定

 ピタバスタチンは、ラット及びヒト肝臓でほとんど代謝されず未変化体のまま胆汁排泄されると考えられるため、ピタバスタチンの胆汁排泄に関与するトランスポーターを同定することを目的とした。肝胆管側膜に発現する主なトランスポーターとして、breast cancer resistance protein(BCRP)、bile salt export pump(BSEP)、multidrug resistance protein(MDR1)、multidrug resistance associated protein 2(MRP2)が知られている。すでに同じ薬効を示すプラバスタチンは主にMRP2を介して胆汁排泄されることが当研究室での検討から明らかとされている。従って、まずピタバスタチンがMRP2の基質となることを明らかにするため、ラットOatp1b2/Mrp2共発現細胞を用いて経細胞輸送を測定したところ、ピタバスタチンがラットMrp2の基質となることが明らかとなった。次にMrp2の寄与をin vivo実験にて評価する目的で、遺伝的にMrp2を欠損しているEisai hyperbilirubinemic rat(EHBR)及びそのコントロールであるSDラットに標識体ピタバスタチンを定速静脈内投与したところ、血漿中濃度、胆汁排泄速度及び胆汁排泄クリアランスに有意な差は認められなかったことから、基質にはなるが胆汁排泄におけるMrp2の寄与は小さいことが想定された。次にBCRPの関与について検討するため、ヒト及びマウスBCRP発現膜ベシクルを用いてピタバスタチンの取り込みを評価したところ、ヒト及びマウスBCRPの基質になることが明らかとなった。そこで胆汁排泄におけるBcrpの寄与をin vivo実験にて評価する目的で、Bcrpノックアウトマウス及び野生型マウスにピタバスタチンを定速静脈内投与したところ、Bcrpノックアウトマウスの胆汁排泄速度及び胆汁排泄クリアランスは野生型の10分の1未満であったことから、ピタバスタチンの胆汁排泄には主にBcrpが関与していることが示唆された。一方、ヒトにおける排出トランスポーターの関与を調べる目的で、ヒトOATP1B1及びMDR1、MRP2並びにBCRPを共発現させた細胞を用いて経細胞輸送を測定しところ、ピタバスタチンはbasal側からOATP1B1によって細胞に取り込まれた後、MDR1、MRP2及びBCRPによって効率的にapical側に輸送されていることが示された。

 同じスタチンであるプラバスタチンでは、EHBRを用いた研究から主にMrp2が胆汁排泄に関与していることが明らかとされているが、以上の結果からアニオンとして初めてピタバスタチンがマウスにおいて主にBcrpを介して胆汁中に排泄されることが明らかとなった。

III. OATP1B1を介したピタバスタチンの肝取り込み過程における薬物間相互作用の予測

 本論Iの結果より、ピタバスタチンの肝取り込みにはOATP1B1の寄与が大きいことが示唆された。そこで、ピタバスタチンのOATP1B1を介した肝取り込み過程における薬物間相互作用の可能性を評価するために、当研究室の伊藤らが過去に報告したモデルを用いて肝臓入り口付近の最大血中蛋白非結合型濃度(Iu(,in,max))を計算し、in vitro実験で得られた阻害定数(Ki値)との比較から薬物間相互作用の程度を予測する方法を用いた。阻害剤としてスタチン系薬剤とすでに相互作用が報告されている薬物に加え、併用が予想される薬物を選択した。OATP1B1発現細胞におけるピタバスタチンの取り込みに対する各種薬物のKi値を算出した後、Iu(,in,max)を用いて、併用によるAUCの上昇率の最大値として、1+Iu(,in,max)/Kiの値を算出した。すでにヒト臨床においてピタバスタチンはcyclosporin A、gemfibrozil及びfenofibrateにおいて薬物間相互作用が検討されている。今回の結果はこれらの臨床報告を支持するものであった。また他のいくつかの薬物についても、OATP1B1を介した薬物間相互作用を起こす可能性があることが示唆され、併用にあたり注意する必要があると考えられた。

[結論]

 トランスポーター発現細胞及びヒト肝細胞を用いて、評価化合物の肝取り込みにおける各トランスポーターの寄与率を算出する方法として3つの異なるアプローチを提案し、それらを用いてピタバスタチンは主にOATP1B1を介して肝に取り込まれることを示した。またピタバスタチンは同じスタチンであるプラバスタチンの排泄経路(MRP2)と異なり、マウスにおいては主にBcrpを介して胆汁排泄されること、ヒトにおいては複数のトランスポーターを介して胆汁排泄される可能性があることが明らかとなった。ピタバスタチンの肝臓におけるトランスポーターの分子メカニズムが明らかにされたことにより、本薬剤の薬物動態的特性を説明付けることができた。さらにOATP1B1を介したピタバスタチンの薬物間相互作用の可能性を予測し、数種類の薬剤に関しては臨床上注意して併用を行う必要があることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 薬物の肝臓における代謝・排泄機構は、血管側から肝臓中への取り込み、肝臓内での代謝及び肝臓から胆汁中への排泄の各過程に支配されている。また、ヒト肝臓においても血管側膜、胆管側膜上にそれぞれ複数のトランスポーターの発現が認められている。

 ピタバスタチンは、強力に血清コレステロールを低下させる新規HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)である。ラットに標識体ピタバスタチンを経口投与することにより薬効標的臓器である肝臓に選択的に分布すること、ラット及びヒト肝ミクロソームを用いたin vitro試験においてピタバスタチンはほとんど代謝されないこと、またラットを用いた胆汁排泄試験において大部分が未変化体のまま胆汁排泄されることが報告されている。

 本研究では、ピタバスタチンの肝取り込み及び排泄過程における分子メカニズムを明らかにするために、ヒト凍結肝細胞ならびに各種トランスポーター遺伝子発現系を用いて、肝取り込み過程を支配するトランスポーターの同定ならびに寄与率の算出を行うとともに、トランスポーター遺伝子欠損ラット・マウスを用いた胆汁排泄トランスポーターの同定が行われた。さらに、本薬剤と薬物間相互作用を引き起こす可能性を有する他の薬物を予測するために、肝取り込みトランスポーターに着目し、ピタバスタチンの取り込みに対する阻害定数の算出と阻害剤の臨床血中濃度との比較が行われた。

I. ピタバスタチンのヒト肝取り込み過程におけるトランスポーターの輸送特性及び肝細胞における取り込みトランスポーターの寄与率の評価

 ヒト肝細胞においては、血管側に種々の取り込みトランスポーターの発現が認められている。その中でも特に、Organic Anion Transporting Polypeptide (OATP)1B1及びOATP1B3はほぼ肝選択的な発現を示し、非常に広範な有機アニオン性化合物を認識することが報告されている。本研究では、有機アニオン性薬物の肝取り込み過程におけるトランスポーターの関与を、OATP1B1、OATP1B3及びOATP2B1に焦点をあてて明らかにし、肝取り込み活性全体に占める両トランスポーターの寄与率を定量的に算出することが目的とされている。寄与率の算出法としては、複数の方法が考案されている。試験化合物としては、ピタバスタチンの他、OATPファミリートランスポーターの代表的基質であるestradiol 17β-D-glucronide(E217βG)について評価が行われた。まず、トランスポーター遺伝子発現細胞とヒト凍結肝細胞におけるOATP1B1、OATP1B3及びOATP2B1の発現量をWestern blot法を用いて相対的に比較し、その比をscaling factorとして、試験化合物の遺伝子発現系における取り込みを乗じることで、寄与率を評価した。その結果、ピタバスタチンについては、OATP1B1,OATP1B3,OATP2B1すべての基質となることが確認された。さらに、上記方法論で寄与率を評価した結果、OATP2B1については、遺伝子発現系での発現量に対するヒト肝細胞における発現量は、他の2つのトランスポーターと比較して小さく、OATP2B1を介した肝取り込みクリアランスは、取り込みクリアランス全体の1%未満と見積もられており、OATP1B1の寄与率が75〜86%と最も大きいことが示唆された。次に、トランスポーター選択的基質を用いて、ヒト凍結肝細胞並びに各トランスポーターの遺伝子発現系における取り込みクリアランスの比を算出し、それをscaling factorとして、試験化合物の遺伝子発現系における取り込みクリアランスに乗じることで、ヒト肝細胞における個々のトランスポーターを介した取り込みクリアランスの予測が行われている。トランスポーター選択的基質としては、発現系での取り込みを確認した結果、estrone-3-sulfate (E-sul)およびcholecystokinin octapeptide (CCK-8)がそれぞれ、OATP1B1, OATP1B3の選択的基質として用いうることを確認し、それらを用いて、試験化合物としてOATPファミリートランスポーターの代表的基質であるestradiol 17β-D-glucronide(E217βG)ならびにピタバスタチンの肝取り込みに関して定量的な寄与率の評価が行われた。その結果、OATP1B1を介した取り込みが、肝取り込み全体に占める割合は、E217βGについて89〜94%、ピタバスタチンについて75〜86%と算出され、両化合物は主にOATP1B1を介して肝取り込みされることが示唆される結果となった。また、さらに結果の妥当性を評価するべく、ヒト肝細胞へのピタバスタチンの取り込みに対するE217βG (OATP1B1及びOATP1B3阻害剤)及びE-sul (OATP1B1及びOATP2B1阻害剤)の阻害効果を観察し、ピタバスタチンの輸送はE217βG及びE-sulの両方によりほぼ完全に阻害されたことから、肝取り込みにOATP1B1の寄与が大きいことを支持する結果となった。よって、ピタバスタチンにおける肝取り込み過程においてOATP1B1が最も重要なトランスポーターであることが複数の方法論において示唆された。

 本研究の中で考案された方法論は、有機アニオン化合物の取り込みにおける複数のトランスポーターの寄与率を決定するために一般に用いうるものであり、さらに複数の方法を併用することで各方法論の欠点を補完しており、肝取り込みトランスポーターの寄与率を決めるために極めて有用な方法論として他の化合物においても適用可能であると考えられる。

II. ピタバスタチンの胆汁排泄過程を担うトランスポーターの同定

 ピタバスタチンは、ラット及びヒト肝臓でほとんど代謝されず未変化体のまま胆汁排泄されると考えられるため、本研究では、ピタバスタチンの胆汁排泄に関与するトランスポーターを同定することを目的として、取り込み・排泄両トランスポーターを発現する各種共発現系、細胞膜ベシクルならびに遺伝子欠損動物を用いた検討が行われた。肝胆管側膜に発現する主なトランスポーターとして、breast cancer resistance protein(BCRP)、bile salt export pump(BSEP)、multidrug resistance protein(MDR1)、multidrug resistance associated protein 2(MRP2)が知られている。同じ薬効群に属するプラバスタチンは、主にMRP2を介して胆汁排泄されることが、当研究室での検討からすでに明らかとされている。まず、ピタバスタチンがMRP2の基質となることを明らかにするため、ラットOatp1b2/Mrp2共発現細胞を用いて経細胞輸送を測定し、Oatp1b2単独発現系のbasalからapical方向への経細胞輸送と比較して大きくなったことから、ピタバスタチンがラットMrp2の基質となることを明らかとした。またMrp2の寄与をin vivo実験にて評価する目的で、遺伝的にMrp2を欠損しているEisai hyperbilirubinemic rat (EHBR)及び対照群のSDラットに標識体ピタバスタチンを定速静脈内投与して速度論パラメータを比較した結果、血漿中濃度、胆汁排泄速度及び胆汁排泄クリアランスに有意な差は認められなかったことから、ピタバスタチンはMrp2の基質にはなるものの、胆汁排泄におけるMrp2の寄与が小さいことを示唆する結果となった。次にBCRPの関与について検討するため、ヒト及びマウスBCRP発現膜ベシクルを用いてピタバスタチンの取り込みを評価し、両トランスポーターにより、比較的高い親和性(Km値〜5μM)で輸送されることを明らかにした。また、胆汁排泄におけるBcrpの寄与をin vivo実験にて評価する目的で、Bcrpノックアウトマウス及び野生型のFVBマウスにピタバスタチンを定速静脈内投与した結果、Bcrpノックアウトマウスの胆汁排泄速度及び胆汁排泄クリアランスは野生型の10分の1未満であったことから、ピタバスタチンの胆汁排泄に、主にBcrpが関与していることが示唆される結果が得られた。一方で、ヒトにおける排出トランスポーターの関与を調べる目的で、ヒトOATP1B1及びMDR1、MRP2並びにBCRPを共発現させた細胞を用いて経細胞輸送を測定したところ、ピタバスタチンはbasal側からOATP1B1によって細胞に取り込まれた後、MDR1、MRP2及びBCRPにいずれもによって効率的にapical側に輸送されることが示された。

 本研究では、同じ薬効群のプラバスタチンが、当研究室の過去の検討から主にMrp2により胆汁排泄されるという結果と異なり、ピタバスタチンの胆汁排泄には、Mrp2の関与は小さく、有機アニオン化合物として初めて、マウスにおいて主にBcrpを介して胆汁中に排泄されることを明らかにした点で非常に興味深い知見であると考えられる。

III. OATP1B1を介したピタバスタチンの肝取り込み過程における薬物間相互作用の予測

 本論Iの結果より、ピタバスタチンの肝取り込みにはOATP1B1の寄与が大きいことを示唆する結果が得られている。そこで、ピタバスタチンのOATP1B1を介した肝取り込み過程における薬物間相互作用の可能性を評価することを目的とし、当研究室の伊藤らが過去に報告したfalse-negativeな予測を避けるための方法論に基づき、肝臓入り口付近の最大血中蛋白非結合型濃度(Iu(,in,max))を計算し、in vitro実験で得られた阻害定数(Ki値)との比較から薬物間相互作用の程度を予測する方法により、臨床における最大のAUCの上昇率について見積もりを行った。阻害剤としては、スタチン系薬剤とすでに相互作用が報告されている薬物に加え、併用が予想される34種類の薬物を選択し、OATP1B1発現細胞におけるピタバスタチンの取り込みに対する各種薬物のKi値を算出した後、Iu(,in,max)を用いて、併用によるAUCの上昇率の最大値として、1+Iu(,in,max)/Kiの値を算出した。すでにヒト臨床においてピタバスタチンはシクロスポリンA、ゲムフィブロジル及びフェノフィブラートにおいて薬物間相互作用試験の結果が報告されており、ピタバスタチンとそれぞれの薬物を併用した時のピタバスタチンのAUC上昇率は4.51、1.27及び1.30倍であった。シクロスポリンA、ゲムフィブロジル及びフェノフィブラートの1+Iu(,in,max)/Kiの値はそれぞれ3.55、1.08及び1.00であり、今回の結果はこれらの臨床報告を支持するものであった。また1+Iu(,in,max)/Ki値が2.5を超える他のいくつかの薬物、すなわち、リファンピシン、リファマイシンSV、クラリスロマイシン及びインジナビルについても、OATP1B1を介した薬物間相互作用を起こす可能性があることが考えられ、併用にあたり注意する必要があることが示唆された。

 以上、トランスポーター発現細胞及びヒト凍結肝細胞を用いて、評価化合物の肝取り込みにおける各トランスポーターの寄与率を算出する方法として3つの異なるアプローチを提案し、それらを用いてピタバスタチンは主にOATP1B1を介して肝に取り込まれることを示すことに成功した。またピタバスタチンは同効薬であるプラバスタチンの排泄経路(MRP2)と異なり、マウスにおいては主にBcrpを介して胆汁排泄されること、ヒトにおいては複数のトランスポーターを介して胆汁排泄される可能性を示す結果が得られた。ピタバスタチンの肝臓におけるトランスポーターの分子メカニズムが明らかにされたことにより、本薬剤の薬物動態的特性を説明付けることができたと考えられる。さらにOATP1B1を介したピタバスタチンの薬物間相互作用の可能性を予測し、数種類の薬剤に関しては臨床上注意して併用を行う必要があることを示唆する結果が得られた。

 本研究では、in vitro実験系から肝取り込みトランスポーターの寄与を求める新しい方法論を提示し、また肝取り込みトランスポーターを介した薬物間相互作用の予測が行われた。またピタバスタチンの排泄経路が同効薬のプラバスタチンの排泄経路と異なることをノックアウト動物及びin vitro遺伝子発現細胞を用いて示し、有機アニオンで初めて、Bcrpがin vivoにおいて胆汁排泄過程に寄与する化合物を同定した。

 この成果は、医薬品開発過程における考慮すべきトランスポーターの多様性ならびに重要性を示すものであり、今後の薬物動態領域の研究の発展ならびにより安全な医薬品の創製へとつながる重要な研究であると考えられ、よって博士(薬学)の学位に値するものと認めた。

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