学位論文要旨



No 216660
著者(漢字) 石川,稔
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ミノル
標題(和) 三環性ファーマコフォアを有する新規インテグリンαVβ3IIbβ3デュアル拮抗薬の創製
標題(洋)
報告番号 216660
報告番号 乙16660
学位授与日 2006.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16660号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 白石,充
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 宮地,弘幸
内容要旨 要旨を表示する

 虚血性疾患は、血行不全によって組織が壊死する重篤な疾患である。急性虚血性疾患の治療として再灌流療法がこれまでに開発され、その救命率が格段に向上した。再灌流の際、再閉塞を防ぐ目的から抗血栓薬が投与される。

 しかし虚血性疾患急性期の救命率向上により、再灌流の結果としてかえって虚血臓器の細胞障害が増強して梗塞サイズが増大する再灌流障害が新たな問題になっている。術後の長期予後は梗塞サイズに比例することが知られており、梗塞サイズを如何に縮小するかが重要な課題である。再灌流障害を最小限に抑えることができれば、梗塞サイズ縮小に貢献することが十分期待されるが、世界的スタンダードとなる治療法は未だ確立されていない。我々は、抗血栓作用を有し再灌流障害も抑制できる薬剤を再灌流療法時に投与するアプローチが急性虚血性疾患の治療改善に重要であると考えた。再灌流障害の原因と考えられている白血球や内皮細胞による微小循環障害や傷害因子遊離を抑制するメカニズムを調査したところ、接着因子の一種であるインテグリンαvβ3が白血球や内皮細胞や血管平滑筋細胞の接着や移動に関与しているとの報告があった。インテグリンは細胞の表面に存在し、細胞と細胞外基質および細胞-細胞間の接着を司る細胞接着受容体であり、発生、免疫反応、細胞運動、止血などの生理機能に加えて、自己免疫疾患や癌等の病態への関与が知られている。インテグリンの構造は、α鎖とβ鎖の異なる2つのサブユニットからなる膜貫通ヘテロ二量体であり、α鎖とβ鎖の組み合わせにより多くの種類が同定されている。抗血栓薬の一種tirofibanはインテグリンα(IIb)β3拮抗薬であり、血小板凝集反応の最終段階を阻害する。白血球等の接着や移動に関与するαvβ3と、血小板の凝集に関与するα(IIb)β3は、β3サブユニットを有している点で共通する。更にαvβ3とα(IIb)β3はどちらも、リガンドと結合する際にリガンド上のトリペプチド配列RGDを認識する。そこで、「α(IIb)β3拮抗作用とαvβ3拮抗作用を併せ持つ薬剤は、α(IIb)β3拮抗作用に基づく抗血栓作用に加えて、αvβ3拮抗作用に基づく再灌流障害抑制により梗塞サイズも縮小できる新たな急性虚血性疾患の治療薬になりうる」と考え、創薬研究を開始した。なお目指す薬剤は点滴注射剤に設定した。

環状ペプチドを用いたspatial screeningは、RGD配列を含むペプチドのαvβ3活性、α(IIb)β3活性を増強させる一手段としてKesslerにより提唱された。彼らは、RGD配列を含む剛直な環状ペプチドを数多く合成・評価することにより、αvβ3活性やα(IIb)β3活性に最適なRGDコンフォメーションと、N末端からC末端までの最適距離を見出している。これにより、我々の研究開始当時、αvβ3またはα(IIb)β3選択的拮抗作用を有するRGDを含む環状ペプチドが報告されていた。

そこで、「spatial screeningの概念を非ペプチド低分子化合物に応用し、N末端にあるグアニジノ基とC末端にあるカルボキシル基を適切な空間に配置できる化合物はαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗作用を示す」との作業仮説を立て、剛直な非ペプチド性化合物をデザインした。20化合物を合成した結果、初めてαvβ3とα(IIb)β3の両方に対して拮抗作用を有する化合物1を得た。この化合物は、RGDと同等のαvβ3拮抗作用と、RGDと比較して330倍強いα(IIb)β3拮抗作用を併せ持っていた。

次に、αvβ3の更なる活性増強を目指して化合物1の構造活性相関を解析した。化合物1の塩基性部位をテトラヒドロピリミジンに変換した化合物が化合物1と同等の活性を示した。以降、塩基性部位をテトラヒドロピリミジンに固定して誘導化を実施した。先に述べたspatial screeningから考察すると、化合物1の塩基性部位は、α(IIb)β3に対して適した空間に配置されているが、αvβ3に対しては更に適切な空間が存在することが考えられた。そこで、化合物1のピペラジンを含窒素飽和複素環に変換し、両受容体に対して塩基性部位が適切な空間配置を占める化合物を探索した。その結果、ピペラジンを4-アミノピペリジンに変換したところ、αvβ3に対する活性が約100倍増強され、両受容体に対するIC(50)値がナノモルオーダーの三環性ファーマコフォアを有する化合物2が創出された。αvβ3とα(IIb)β3のそれぞれに対する細胞評価であるヒト平滑筋細胞接着阻害活性系とヒト血小板凝集抑制活性系で、化合物2を評価した。これにより、2が作動物質ではなく拮抗物質であることを確認した。以上により、作業仮説「spatial screeningの概念を非ペプチド化合物に応用し、グアニジノ基とカルボキシル基を適切な空間に配置できる化合物はαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗作用を示す」を実証できた。

 次に、化合物2の更なる活性増強を目指して誘導体合成を実施した。この際、αvβ3やα(IIb)β3に対する二次評価として、それぞれヒト平滑筋細胞接着阻害活性と、ヒト血小板凝集抑制活性を測定した。また、物質の水溶性を考察すべく、指標として10%DMSO水に対する化合物の溶解性を測定した。化合物2の中央ベンゼン環の3位にフッ素原子、またはメトキシ基を導入したところ、活性が増強され溶解性も向上した化合物3、4が得られた。

 先に得られた化合物2の水溶性は、0.1 mg/mL以下と低い。そこで、化合物2の誘導化により得られた化合物3、4の水溶性を評価した。その結果、化合物3、4の水溶性はそれぞれ0.6、1.3 mg/mLであり、点滴注射剤として許容できる水溶性を有していた。ところで、水溶性は分子の極性に依存すると一般的に言われている。そこで、これら化合物の極性と水溶性の関係を比較したが、一般性に反して水溶性と分子の極性に相関が認められなかった。一方、報告された固体の水溶性予測式には、極性に加えて融点を考慮している例がある。融点は、結晶のパッキングエネルギーと関連すると考察されている。そこで、デュアル拮抗物質2、3の融点を測定したところ、水溶性の低い化合物2の融点は、フッ素を導入した化合物3の融点より高い値であった。このことから化合物3は化合物2に比べパッキングエネルギーが低い為に水溶性が向上したと考察した。

 水溶性の指標として物質の融点が利用できるとの知見が得られたものの、融点を正確に予測する方法は知られておらず、水溶性の予測は依然困難であった。そこで融点に代わる水溶性の指標を探索すべく、化合物3の融点が低い理由を分子構造から考えた。即ち、化合物2の4-アミノピペリジン-1-イル安息香酸部分は対称構造であるが、化合物3はフッ素原子の導入により非対称性が増大してパッキングエネルギーが低くなったと考えられる。このことから、「化合物を非対称へ誘導化することにより結晶のパッキングエネルギーが低くなり、化合物の融点が低下し水溶性が向上する」との作業仮説を立て、化合物2の4-アミノピペリジンを非対称な複素環に変換することにより水溶性が向上するか検証した。

化合物2の4-アミノピペリジンを非対称な含窒素飽和複素環に変換した結果、(3S)-アミノピペリジン誘導体5がαvβ3に対して最強の活性を示した。次に得られた化合物5の構造活性相関を解析した。中央ベンゼン環の2位にフッ素を導入した化合物6と、ベンゼンスルホンアミド部分のベンゼンをチオフェンに変換した化合物7が強い活性と優れた溶解性を有していた。こうして得られた(3S)-アミノピペリジン誘導体5、6、7の水溶性は約3 mg/mLであり、化合物3、4より優れた水溶性を有していた。また、水溶性の優れた化合物5は、化合物2より脂溶性が高く、融点は低かった。よって、作業仮説「化合物を非対称へ誘導化することにより、化合物の融点が低下し水溶性が向上する」を検証することができた。以上の誘導化により、活性と水溶性の優れたαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質3、4、5、6、7を創出した。

 イヌ虚血再灌流モデルでαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質4を評価したところ、α(IIb)β3選択的拮抗薬よりも梗塞サイズを有意に縮小し、優れた有効性を示した。よって、仮説「αvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質は、抗血栓作用に加えて再灌流障害抑制により梗塞サイズも縮小できる」が動物モデルで検証された。αvβ3は、骨粗鬆症、癌増殖や転移、リウマチ、再狭窄等の慢性疾患に対する創薬ターゲットとして注目され、経口投与可能なαvβ3選択的拮抗物質が報告されている。しかし、αvβ3が白血球等の接着や移動に関与していることに着目し、急性虚血性疾患をターゲットにして水溶性の優れた低分子αvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質を目指した例は我々以外に報告が無い。そして我々は、αvβ3拮抗作用により再灌流障害を抑制できる可能性、更にαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質が動物モデルで梗塞サイズを著しく縮小することを世界で初めて報告することができた。加えて、創出したαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質は、良好なラット動態、安全性を有していた。またこれら化合物は、α(IIb)β3拮抗物質の副作用である出血時間の延長を有効用量では示さなかった。それ故、これらのαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質は虚血性疾患治療薬として期待され、更なる高次評価に用いられている。

RGD: αvβ3 IC(50) 180 nM

α(IIb)β3 IC(50) 190 nM

20化合物をデザイン・合成

1: αvβ3 IC(50) 220 nM

α(IIb)β3 IC(50) 0.57 nM

aVSMC:ヒト平滑筋細胞接着阻害活性

bhPRP:ヒト血小板凝集抑制活性

審査要旨 要旨を表示する

 石川稔は、「三環性ファーマコフォアを有する新規インテグリンαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗薬の創製」と題して、以下の研究を行った。

 石川は、急性虚血性疾患の再灌流療法において、虚血臓器の細胞障害が増強して梗塞サイズが増大する再灌流障害の改善に、白血球などの接着や移動に関与しているインテグリンαvβ3が重要であると考えた。そして、同じβ3サブユニットを有するインテグリンα(IIb)β3の拮抗薬が抗血栓薬として使用されていること、αvβ3とα(IIb)β3はどちらもリガンドと結合する際にリガンド上のトリペプチド配列RGDを認識することに鑑み、「α(IIb)β3拮抗作用とαvβ3拮抗作用を併せ持つ薬剤は、α(IIb)β3拮抗作用に基づく抗血栓作用に加えて、αvβ3拮抗作用に基づく再灌流障害抑制により梗塞サイズも縮小できる新たな急性虚血性疾患の治療薬になりうる」という仮説を提出し、その実証研究を遂行した。

 まず、インテグリンαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗作用を有するリード化合物の創出に向けて、トリペプチド配列RGDの構造を元にして非ペプチド性化合物を設計した。この際、RGD配列を含むαvβ3またはα(IIb)β3選択的拮抗作用を有する剛直な環状ペプチドの安定コンフォメーションに関する既存情報などをも参考にして、「グアニジノ基とカルボキシル基を適切な空間に配置できる化合物はαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗作用を示す」との作業仮説を立てた。この仮説のもと、グアニジノ基とカルボキシル基を有する剛直な化合物を設計・合成し、RGDと同等のαvβ3拮抗作用と、RGDと比較して330倍強いα(IIb)β3拮抗作用を併せ持つ化合物1を得ることに成功した。

 化合物1をリードとしてそのαvβ3拮抗作用を増強させる為に、グアニジノ基とカルボキシル基の占める空間配置に再び着目した。すなわち、化合物1の塩基性部位はα(IIb)β3に対して適した空間に配置されているが、αvβ3に対してはさらに適切な空間が存在すると予想した。そして、化合物1のピペラジンを含窒素飽和複素環に変換し、両受容体に対して塩基性部位が適切な空間配置を占める化合物を系統的な構造展開により探索した。その結果、ピペラジンを4-アミノピペリジンに変換することにより、αvβ3に対する活性が約100倍増強されたαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質2を得ることに成功した。

 さらに、化合物2の構造活性相関を詳細に解析しつつ構造展開を行い、活性が増強されて、かつ溶解性も向上した化合物3、4を得ている。ところで、化合物2の水溶性は、0.1 mg/mL以下と低く、点滴注射剤として不十分であった。一方、化合物3、4の水溶性はそれぞれ0.6、1.3 mg/mLであり、点滴注射剤として許容できる水溶性を有している。

 化合物2と3の水溶性の差は、分子極性だけでは説明できず、分子極性以外の要因も考察する必要があった。石川は、水溶性の高い化合物3の融点は、化合物2の融点より低い値であったことから、化合物3は化合物2に比べてパッキングエネルギーが低いために水溶性が向上していると考察した。さらに、化合物3の融点が低い理由を分子構造から考察した結果、化合物2の4-アミノピペリジン-1-イル安息香酸部分は対称構造であるが、化合物3はフッ素原子の導入により非対称性が増大してパッキングエネルギーが低くなっていると考えた。さらにこのことから、「化合物を非対称へ誘導化することにより結晶のパッキングエネルギーが低くなり、化合物の融点が低下し水溶性が向上する」との作業仮説を立て、化合物2の4-アミノピペリジンを非対称な複素環に変換することにより水溶性が向上するかを検証した。

 化合物2の4-アミノピペリジンを非対称な含窒素飽和複素環に変換した結果、(3S)-アミノピペリジン誘導体5がαvβ3に対して最強の活性を示した。得られた化合物5の構造活性相関を詳細に解析した結果、活性と溶解性の両面にすぐれた化合物6、7を得ることに成功した。化合物5、6、7の水溶性は約3 mg/mLであり、化合物3、4よりすぐれた水溶性を有している。また、水溶性のすぐれた化合物5は、化合物2より脂溶性が高く、融点は低い。よって、作業仮説「化合物を非対称へ誘導化することにより、化合物の融点が低下し水溶性が向上する」を検証することができたといえる。

 イヌ虚血再灌流モデルでαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質4を評価したところ、α(IIb)β3選択的拮抗薬よりも梗塞サイズを有意に縮小し、すぐれた有効性を示した。この結果は、αvβ3拮抗作用により再灌流障害を抑制できる可能性、さらにαvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質が動物モデルで梗塞サイズを著しく縮小することを世界で初めて示したものである。加えて、αvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質3-7は、良好なラット体内動態、安全性を有していた。またこれらの化合物は、α(IIb)β3拮抗物質の副作用である出血時間の延長を有効用量では示さなかった。それゆえ、αvβ3/α(IIb)β3デュアル拮抗物質3-7は急性虚血性疾患治療薬として期待され、さらなる高次評価に用いられている。

 以上の業績は、医薬化学、創薬化学の分野に貢献するものと考えられ、博士(薬学)の授与に値するものと考えられる。

RGD: αvβ3 IC(50) 180 nM

α(IIb)β3 IC(50) 190 nM

非ペプチド化分子の剛直化

1: αvβ3 IC(50) 220 nM

α(IIb)β3 IC(50) 0.57 nM

1: αvβ3 IC(50) 220 nM

α(IIb)β3 IC(50) 0.57 nM

ピペラジン変換によるグアニジノ基の空間配置変換

2: αvβ3 IC(50) 1.3 nM

α(IIb)β3 IC(50) 3.1 nM

aVSMC:ヒト平滑筋細胞接着阻害活性

bhPRP:ヒト血小板凝集抑制活性

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