学位論文要旨



No 216661
著者(漢字) 藤崎,雄滋郎
著者(英字)
著者(カナ) フジサキ,ユウジロウ
標題(和) プロジェクトマネージャー育成プログラムにおける映像教材を用いたケースメソッドの導入に関する研究
標題(洋)
報告番号 216661
報告番号 乙16661
学位授与日 2006.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16661号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

 団塊世代の大量退職時代を目前に控え、製造業をはじめとした、様々な業種において技術の伝承に対する不安が叫ばれている。建設会社においても、かつては大規模現場に現場所長から新入社員まで、幅広い年齢・経験の職員が配置されることによって、所長と新入社員では伝わらないような価値観も、近い年齢の職員同士のつながりによって伝承されていた。ところが、今日では、現場規模の変化や建設会社自体の社員構成の偏りから、現場内の人員構成もアンバランスになり、仕事を通しての技術の伝承すらも危うい状況となってきている。建設会社の人員構成を見ると、団塊世代と30代に挟まれて、40代の社員数は少ない。数年のうちに団塊世代が退職を迎えた後は、この少ない40代の業務をカバーすべく30代の職員が、かつてより少ない経験で要職を担うことが予想される。

 一方、建設業をとりまく環境に目を向けると、バブルの崩壊によって長く続いた景気の低迷や公共事業の縮減によって受注競争が激化し、企業の倒産、合併といった淘汰が進んだ。また、厳しい時代を生き抜いていくために、現場管理費、一般管理費の削減、リストラなど、社内的な組織の再編成を余儀なくされてきた。その結果、以前よりも少ない人数で、同等のプロジェクトを遂行しなければならなくなってきている。しかし、プロジェクト管理は、生活環境の変化や世界的規模での環境問題など、社会的要求事項の増加に伴い、むしろ複雑化し、多岐にわたった管理が要求されるようになってきた。高度成長期には、利益の上がるプロジェクトを抱えていたおかげで、ある程度の失敗も覚悟の上で、若手の成長を促すべく、早い時期から要職につかせる余裕があったが、今日では、建設業をとりまく環境は変化し、失敗の許されない状況となってきている。

 日系企業が行う海外工事を見てみると、日本の企業だけでなく海外の企業を含めた厳しい競争が既に行われている。日本の企業は東南アジアを中心に、1件あたりの工事規模・工事金額において日本国内よりも大きな工事を行なっている。日本人職員は、若手であっても日本国内のプロジェクトで担う役割よりも、より高位の責任を担っている。しかし、海外ではここ数年、日本企業による大規模な事故が頻発していることも事実である。プロジェクトによる事故は、利益を失うだけでなく、契約形態によっては、企業の経営をも揺るがしかねない問題である。

 このような背景をふまえると、建設業における人材育成と技術の伝承は急務であり、若手が経験によって成長することを待つだけではないより積極的な人材育成と、団塊世代の大量退職に備えた技術の伝承が必要であると考えられる。

 そこで本研究では、30代のこれからプロジェクトマネージャーとなることが期待される世代の育成をターゲットとして、熟練者からの技術の伝承がなされて、かつ若手が成長できる教育システムの提案を目的とした。その手段として、ビジネススクールで用いられているケースメソッドという教育方法をプロジェクトマネージャー育成教育に導入することを試みた。

 本論文第1章では、本研究を行うにあたっての研究背景と目的を取りまとめた。

 第2章では、本研究に関わる既往の研究をまとめた。各国のプロジェクトマネジメント団体の活動内容・知識体系、プロジェクトマネージャーの能力・資質に関する研究、ケースメソッドに関する研究、教育学分野での研究と、関連する研究分野は幅広く多岐に渡る。

 第3章では、プロジェクトマネージャーに必要な能力について論述した。プロジェクトマネージャー経験者やプロジェクトマネージャーを配置する役割にある人の意見をもとに、プロジェクトマネージャーに必要な能力をまとめた。また、一般的に用いられている「能力」について、WEB検索を行った結果、「リーダーシップ」や「コミュニケーション能力」という言葉に注目が集まっていることがわかった。しかし、これらの能力は用いる人によって言葉の意味が様々であり、一意に定義されていない。そこで本研究では、ある問題に対して人間が問題を解決するプロセスを「スキル」と呼び、スキルの構成要素を「基本能力」と「知識」と定義した。「能力」は「観察力」「認識力」「想像力」「分析力」「洞察力」を5つの基本能力として定義し、人間が経験的に得た「知識」「知恵」「価値観」「倫理観」「哲学」を総称して「知識」と呼ぶこととした。また、これらの「能力」と「知識」を養成するために、ケースメソッドによってプロジェクトマネージャー育成を行うためのプログラムの全体像を示した。

 第4章では、ケースメソッドを実際に導入している教育機関で、ケースメソッドに参加した知見をもとに論述した。ケースメソッドに必要な参加者側の心構え、発言に対する意欲、他者の考えを受け入れる姿勢といった観点から、実際に社内でケースメソッドを実践した場合に発生すると考えられる問題点を明らかし、プロジェクトマネージャー育成におけるケースメソッドの成功条件を提示した。

 第5章では、プロジェクトマネージャー育成プログラムの中心となる、ケースメソッドに用いるケース教材のプロトタイプ作成について論述した。従来、ケースは文書によって書かれたものが一般的であったが、より強く疑似体験を促すケースを作成することを目的として、本研究では映像によるケースの作成を試みた。映像ケースの作成プロセスとして、文書ケースの作成・シナリオの作成・撮影・編集までの一連の流れを追って説明するとともに、ケース作成から得た体験的知見を取りまとめた。

 第6章では映像ケースを用いたケースメソッドを実践し、3回の異なる集団に対して行ったケースメソッドについて、収録した討議内容を分析し、ケースメソッドの実践によって得られた知見について論述した。ケースの中で発生する状況を、討議の場にロールプレイという形で再現することにより、参加者は擬似的に同じ状況を体験でき、他者の持つスキルについても取り入れることが可能であることが示された。また、熟練者へのインタビューによって、彼らの持つスキルを取り出すことを試みても、回答が一般化してしまい具体的なスキルやノウハウの抽出が困難であったのに対して、映像ケースを熟練者に見せることによって、インタビューよりも効果的に、具体的な場面での、独自の知見に基づいたスキルやノウハウを表出させることが可能であることがわかった。

 映像によって熟練者のスキルが抽出されること、ロールプレイや議論によって若手が擬似的に過去の問題を体験して学習できる枠組みとして、熟練者と若手が一緒に参加するケースメソッドを提案し、技術伝承型ケースメソッドと定義した。

 第7章では、本研究の結論と今後の課題について論述した。

本研究では、若手が過去の実例に触れ、問題解決について議論し、実際の場面設定によるロールプレイを行うことで、実務だけでは経験できない経験を擬似的に体験することを目的とした、ケースメソッドを若手育成のための教育プログラムに用いることを提案した。一方で熟練者のスキルを抽出する手段として映像ケースの視聴が効果的であることがわかった。このことから、熟練者のスキルが表出する場に若手がいることで、熟練者から若手への技術の伝承が可能になると考えた。

 必要なスキルを狙って抽出するために、用いるケースはどのようなケースがよいのかを考慮しなければならない。現在のところ、ケースはプロトタイプ1つだけであるが、団塊世代の退職が完了するまでに残された時間は少なく、ケースの題材とする項目の選別とケースの効率的な作成は最重要課題として挙げられる。また、教育プログラムとして、プログラム実施したことによって、受講者がどれだけ成長したのかを評価する仕組みの開発も今後の課題となる。

審査要旨 要旨を表示する

 団塊世代の大量退職時代を目前に控え、製造業をはじめとして、様々な産業において技術の伝承に対する不安が叫ばれている。建設業においても、かつては大規模現場では、現場所長から新入社員まで、幅広い年齢・経験の職員が配置されることによって、近い年齢の職員どうしのつながりを頼りに、現場の技術が徐々に伝達されることでOJTが成立していた。ところが、今日では、バランスの取れた人員配置は、工事規模や社員構成の関係から困難な状況となってきている。さらに、プロジェクト管理は、社会的要求事項の増加にともない、むしろ複雑化し、高度な管理が要求されるようになってきている。高度成長期には、ある程度の失敗も覚悟の上で、若手の成長を促すために早い時期から要職につかせる余裕があったが、今日では建設業をとりまく環境は変化し、小さな失敗も許されない状況になってきている。

 このような背景をふまえると、建設業における人材育成と技術の伝承は急務であり、若手が経験によって成長することを待つだけではない、より積極的な人材育成と技術の伝承のための教育プログラムを構築する必要があると考えられる。

 そこで本研究では、30代のこれからプロジェクトマネージャーとなることが期待される世代の育成を目標として、熟練者からの技術の伝承が可能で、かつ若手技術者を育成できる教育システムの提案を目的としている。その手段として、ビジネススクールで用いられているケースメソッドという教育方法をプロジェクトマネージャー育成教育に導入することを試みている。

 本論文第1章では、本研究を行うにあたっての研究背景と目的を取りまとめている。

 第2章では、本研究に関わる既往の研究として、各国のプロジェクトマネジメント団体の活動内容・知識体系、プロジェクトマネージャーの能力・資質に関する研究、ケースメソッドに関する研究、教育学分野での研究を取りまとめ、本研究の位置づけを明確にしている。

 第3章では、プロジェクトマネージャー経験者やプロジェクトマネージャーを配置する役割にある人の意見に基づき、プロジェクトマネージャーに必要な能力について論述している。本研究では、ある問題に対して人間が問題を解決するプロセスに必要な能力を「スキル」と呼び、「基本能力」と「知識」から構成されると考えている。問題解決には、「観察力」「認識力」「想像力」「分析力」「洞察力」の5つの基本能力が必要であり、人間は経験的に得た「知識」に基づき、これらの基本能力を活用して問題解決を図っていると認識することが可能だとしている。また、プロジェクトマネージャーに必要な「スキル」を養成するために、ケースメソッドを活用した教育プログラムの全体像を示している。

 第4章では、ケースメソッドを導入している教育機関で、ケースメソッドに参加した知見に基づき、その成功条件を論述している。ケースメソッドに必要な参加者側の心構え、発言に対する意欲、他者の考えを受け入れる姿勢といった観点から、実際に社内でケースメソッドを実践した場合に発生すると考えられる問題点を明らかにし、プロジェクトマネージャー育成におけるケースメソッドの成功条件を提示している。

 第5章では、プロジェクトマネージャー育成プログラムの中心となるケース教材のプロトタイプ作成について論述している。従来、ケースは文書によって書かれたものが一般的であったが、より強く疑似体験を促すケースを作成することを目的として、本研究では映像によるケースの作成を試みている。映像ケースの作成プロセスとして、文書ケースの作成・シナリオの作成・撮影・編集までの一連の流れを追って説明するとともに、実際にプロトタイプケースの作成から得た体験的知見を取りまとめている。

 第6章では、作成した映像ケースを用いて、3タイプの異なる集団に対して行ったケースメソッドの実践から得られた知見について、収録した討議内容の分析と実践前後に実施したアンケート結果およびヒアリング結果等に基づき論述している。ケースの中で発生する状況を、討議の場にロールプレイという形で再現することにより、参加者は擬似的に同じ状況を体験でき、他者の持つスキルについても取り入れることが可能であることが示されている。また、映像ケースを熟練者に見せることによって、インタビューよりも効果的に、具体的な場面での、独自の経験に基づいたスキルやノウハウを表出させることが可能であることが明らかになっている。映像によって熟練者のスキルが抽出されることから、熟練者と若手が一緒に参加するケースメソッドを提案し、これを技術伝承型ケースメソッドと定義している。

 第7章では、本研究の結論と今後の課題について論述している。

本研究で提案する技術伝承型ケースメソッドを用いることにより、若手が過去の実例に触れ、問題解決について議論し、実務だけでは経験できない経験を擬似的に体験できるだけでなく、熟練者から表出する暗黙知を若手へ伝承することが可能になる。本研究は、人材育成と技術の伝承を可能とする実務者教育の方法論を提案し、これを実証したものであり、わが国の国際競争力を今後さらに高めることに繋がる可能性を持つものである。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク