学位論文要旨



No 216662
著者(漢字) 齋藤,宏昭
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヒロアキ
標題(和) 温暖地の木造断熱外壁のための簡易防露設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216662
報告番号 乙16662
学位授与日 2006.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16662号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

 日本における省エネルギーに関する基準は、石油危機を契機として1979年に「エネルギーの使用の合理化に関する法律」が制定されたことに端を発し、住宅分野では2度の改訂を伴い、現行の基準(平成11年基準)が制定されている。この基準は、1997年に採択された温室効果ガスの具体的な排出削減目標を盛り込んだ議定書(京都議定書)の数値目標を達成するための対策の一部として位置付けられている。しかし、住宅戸数の多い東京以西の温暖地では、平成11年基準に適合する戸建住宅の普及率は当初の計画より低く、普及率の向上が求められている。これは、現行の省エネルギー基準が寒冷地で発達した仕様規定を取り入れているため、温暖地に根付いた工法へ適用する際の柔軟性に欠けていることと、夏季の内部結露等に対する不安が払拭されていないことが影響していると考えられている。

 これらの背景を鑑み、本論文では国内の戸建住宅の多数を占める温暖地への断熱・防露技術の普及を図るために、「寒冷地型防露技術の温暖地への適用」と「温暖地独自の防露技術の構築」といった二つの課題に対する検討を行った。前者に関しては、夏季に生じる内部結露の影響と緩和法の効果を定量的に把握することにより、留意点と対策を明示した。後者については、断熱技術を温暖地の戸建住宅へ導入する際の柔軟性の向上と、性能規定への移行を視野に入れた実用的防露設計法を構築した。

 本論文は以下の6章より構成される。

 第1章では、木造外壁の断熱化に関する変遷を述べたうえで、温暖地における現在の断熱・防露技術が抱える問題点を整理した。次に、寒冷地に比べて断熱に関するニーズが低い温暖地では、「温暖地独自の防露技術の構築」と「寒冷地型防露技術の温暖地への適用」の双方が、断熱・防露技術の普及を図るには不可欠であることを指摘した。さらに、これらの観点から既往の研究のレビューを行い、本論文で取り組むべき課題を整理した。

 第2章では、夏型壁体内結露の基本性状を把握する観点から、温暖地で一般に建設されている層構成の試験壁体を用いた実験室実験を行い、各工法の結露性状を比較検討した。実験結果からは、日射授受時における壁内の絶対湿度が外気の値を大きく上回ることが確認され、夏型結露は外気の温度変動に伴う多孔質材の吸放湿によって発生することが示された。また、通気層や二重防湿層の設置が夏型結露の緩和に一定の効果のあることが示された。さらに、夏型結露性状に基づいた工法の分類を行った。

 第3章では、熱水分同時移動方程式を用いた数値解析により、第2章において示唆された夏型結露の発生メカニズムを検証し、外装下地材として使用される多孔質材が主な加湿源であることを明らかにした。また、湿度形成要因を考慮した夏型結露の緩和策を提案し、その効果を通年に亘るシミュレーション計算によって検討した。ここでは通気層や二重防湿層の効果を定量的に示すと共に、室温が26℃程度ならば、これらの手法を用いることによって夏型結露の発生を防止することが可能であることを示した。さらに、夏型結露による構造躯体への影響についても言及し、初期含水率が20%程度ならば間柱表面の含水率は25%以下に抑えられる事を確認した。一方、未乾燥材を使用するような初期含水率が高い状況を想定した場合、通気層設置による効果は高く、竣工初年度の結露量を密閉工法に比べて大幅に減少させることが可能であることがわかった。乾燥材の使用が徹底されていない場合、温暖地では竣工直後に多量の結露水の生じることが懸念されるため、通気層の設置は不可欠であると結論付けた。

 第4章では、実害を生じさせない防露性能の考え方について整理し、高湿度となる時間的な要因を考慮することが、断面設計の自由度を高める上で有効であることを論じた。また、現在開発されつつある木材腐朽やカビ等、生物劣化に関する評価モデルは、高湿度状態の時間積算を指標として採用していることに着目し、相対湿度の出現頻度から防露に対する設計要件である透湿抵抗比を導出する手法を提案した。次に、熱水分同時移動方程式による冬季の温湿度変動の予測精度について確認したうえで、防露設計用透湿抵抗比の推定式を定めるために、材料物性値や気象条件をパラメータとした感度解析を行った。感度解析の結果、冬季の壁内相対湿度の分布範囲を示す標準偏差は、主に外装下地層の湿気物性値と外気温度標準偏差に影響を受けることが示され、この知見をもとに防露設計用透湿抵抗比に関する推定式を作成した。推定式は、数値計算結果から統計的に導いたものであるため、適用範囲が平成11年基準のIV地域以南の通気層を持つ外壁に限定されるが、大略、温暖地において一般に建設される木造断熱外壁に適応することが可能であり、安全側の結果を得られることを確認した。最後に防露設計用透湿抵抗比の導出方法の手順をまとめ、断面仕様決定のフローを提示した。

 第5章では、簡易防露設計手法を応用した設計資料の整備を行った。はじめに透湿率の湿度依存性が冬季の壁内相対湿度変動に及ぼす影響をシミュレーション計算によって確認した。湿度依存性の高い材料でも、平均湿度より低い条件で測定された透湿率を採用することにより、定常計算でも安全側の結果が得られることがわかった。次に、木造住宅で多用される内装及び外装下地材の透湿率を測定し、透湿率に対する湿度依存性を明らかにするとともに、防露設計用透湿抵抗比の算出を簡略化するための材料分類を試みた。特に、合板とOSBの透湿性は、平均湿度75%RH程度でも低湿度で得られた値の5倍以上となり、これらの構造用面材を外装下地層に使用した壁体では、外気側の透湿抵抗を大幅に緩和できることが明らかとなった。次に、IV・V地域の都府県のアメダス気象データを用い、各地域の防露設計用透湿抵抗比を計算し、防露性能に関する設計資料となるチャートを例示した。地域毎に必要な防露設計用透湿抵抗比は、一般に温暖地と言われるIV地域以南でも大きく異なり、日本海側や標高の高い地域では高くなるといった傾向が見られた。最後に、これらの設計資料を利用した断面仕様決定の手順をまとめ、フローとして示した。

 第6章は、総括結論であり、本論文で得られた知見を整理するとともに、今後の課題と展望について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、温暖地における木造断熱外壁の防露性能の確保を目的として、実験やシミュレーションによって得られた科学的な知見に基づき、新たな実用的設計手法を構築し、提案を行ったものである。省エネルギーや地球温暖化防止対策の観点から、わが国においては、関東以西の温暖な地域においても建築壁体の断熱が求められている。しかしながら、建築壁体の断熱は、寒冷地において必要性が発生し実用化されたために、その標準的な仕様や工法が温暖地においても合理性と柔軟性を有しているか否か、定かではなく、様々な議論を呼んでいた。本論文では、科学的な根拠に基づいた合理的な防露設計法が提案されているので、そのような議論にも終止符が打たれると期待される。

 本論文においては、「寒冷地型防露技術の温暖地への適用」と「温暖地独自の防露技術の構築」という二つのテーマが取り上げられ、論じられている。前者に関しては、夏季に生じる内部結露の影響とその緩和対策の効果が定量的に把握され、設計上の留意点と対策が明示されている。後者についても、断熱技術を温暖地の木造住宅へ導入する際の柔軟性の向上と、建設地の気候や材料物性が勘案された実用的防露設計法が構築され、提案されている。

 本論文は以下の6章より構成される。

 第1章は序論であり、木造外壁の断熱化に関する変遷が語られたうえで、既往文献のレビューに基づき、温暖地における現在の断熱・防露技術が抱える問題点が整理され、本論文で取り組むべき課題が示されている。

 第2章は、夏型の壁体内結露の基本性状を把握するために行われた実験室実験について示したものである。温暖地で建設されているいくつかの試験壁体について夏期を想定した実験が行われ、その温湿度の状況が測定され比較された。その結果、夏型の壁体内結露は、日射や外気温などの変動が多孔質材に吸放湿現象を発生させ、それが水分の発生源となって生じることが示された。また、通気層や二重防湿層の設置がこの結露の緩和に一定の効果のあることが示された。

 第3章は、熱水分同時移動方程式を用いた数値解析により、第2章において解明された夏型結露の発生メカニズムを検証したものである。外装下地材として使用される多孔質材が主な加湿源であることが明らかにされた。また、通気層や二重防湿層という結露緩和策の有効性がシミュレーションによっても示された。さらに、乾燥木材の使用が竣工初年度の結露防止に対して有効であることも示された。

 第4章は、簡易防露設計手法の構築に向けた考え方と、本設計手法によって導かれる外壁の断面仕様の決定手順を考察し提示したものである。本設計手法は、壁体内の相対湿度の出現頻度から防露に対する設計要件である透湿抵抗比を導出するものである。そして、熱水分同時移動シミュレーションによる膨大な計算結果から、各パラメーターが整理され、冬季の壁内相対湿度の分布範囲を示す標準偏差の推定方法が示され、上記の透湿抵抗比を求める推定式が作成された。

 第5章は、第4章で提示した簡易防露設計手法を適用して作成した設計資料について示したものである。アメダス気象データを用いて作成した防露設計用の性透湿抵抗比を示す分布図は、本論文の最終成果物の一つであり、実用的価値が高い。また、外壁の断面仕様の決定手順もフロー図として示されている。なお、透湿率の湿度依存性が冬季の壁内相対湿度変動に及ぼす影響もシミュレーションによって確認されている。

 第6章は、総括であり、本論文で得られた知見が整理されるとともに、今後の課題と展望について述べられている。

 以上のように、本論文は、木造断熱外壁の防露を目的として科学的な知見の下に新たな実用的設計手法を構築しており、建築環境工学の分野における顕著な寄与があるものと評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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