学位論文要旨



No 216664
著者(漢字) 斉藤,雅樹
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,マサキ
標題(和) 杉樹皮製油吸着材による海上流出油回収と微生物分解処理システムの開発
標題(洋)
報告番号 216664
報告番号 乙16664
学位授与日 2006.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16664号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 林,昌奎
 広島大学 助教授 長沼,毅
 海上技術安全研究所  柴田,清
内容要旨 要旨を表示する

 海上での油流出事故は、短期間に大量の油が流出して汚染被害が発生する場合が多い。流出油は海岸などに漂着すると人間の社会生活や生態系に重大な影響を及ぼすため、海面や海岸からの迅速な回収・除去が求められる。油吸着材は広く使用される油回収資機材の一つであり、これまでは石油原料のポリプロピレン(PP)製品が使用されることが多い。

 本研究では、杉樹皮を原料とする油吸着材を開発し、海上流出油回収への適用についてその吸油性能の面から確認するとともに、使用後処理の方法として微生物分解処理技術を開発し、その分解能力と環境負荷について検討を行った。すなわち、生分解性の杉樹皮製油吸着材(SBS)によって一旦、現場から油を回収し、閉鎖された空間である処理サイトまで回収物を運搬し、その中で油と油吸着材の両方について微生物分解を行い、油分が基準値以下になった後に残存物を環境中に戻すというモデルを提案し、その有効性を実験で確認するとともに、従来の石油原料製品の油吸着材を使用後に焼却処理するモデルと比較し、環境負荷(CO2排出量)面から評価を行った。

 SBSの開発については従来のPP製油吸着材と同等の吸油性能すなわち低粘度油で10〜15、高粘度油で15〜20程度のSorbency Ratio(自重当たりの吸油量(g/g))を持たせることを目標とし、繊維サイズや含水率と吸油性能の相関を調べ、吸油性能が最大となる条件を求めた。また、杉樹皮繊維の細孔分布と表面積など物理的観点や、リグニン成分など化学的な観点から吸油性能とメカニズムについての検討を行った。

 その結果、長さ1〜5cmの網目600μmを通過しない杉樹皮繊維を絶対乾燥させた場合に、吸油性能が最大となることが判明し、Sorbency Ratioは低粘度油で13.4、高粘度油で16.5(高粘度対応タイプ)に達し、従来のPP製油吸着材と同等の吸油性能をほぼ実現した(Table 1)。吸油メカニズムについては、リグニンの親油性を要因の一つとし、樹皮繊維のユニット間の空隙に毛管現象により油が吸収され、保持されることが推論された。このほか、杉樹皮の水酸基の疎水基置換による吸油性能向上の可能性についても示唆された。

 次に、SBSの実用化に向けて吸油性能を最大にする基本的な条件をもとに、水槽における吸油状況、挙動を観察する試験により製品形状の検討を行った。また、使用者へのアンケート調査、実海域油流出事故において作業者らの評価を受けた。加えて、現状の処理方法である焼却における安全性を検証した。

 その結果、13種類の試作品中、以下の4タイプが実用に適した形状として提案された。

S25 :Sorbent Sweep(Flat),10000 x 250 x 10mm(吸着型オイルフェンス)

S50 :Sorbent Sweep(Flat),10000 x 500 x 10mm(吸着型オイルフェンス)

B6S14 :Sorbent Boom + Sweep,10000 xφ60+140 x 10mm(吸着型オイルフェンス)

M50 :Enclosed Sorbent(Mat) + Rope,500 x 500 x 10mm(1 unit)(吸着マット)

 アンケート調査により、油回収性能については「まずまず」、全体的な使用感については「使いやすい」が大勢を占め、「続けて使用したい」という評価が76%相当あった。また、ブルー・オーシャン号油流出事故において、SBSにより流出油が回収され、実海域の事故での性能が確認された。加えて、A重油を吸着させたSBSの焼却実験(800℃前後)を行い、発生したダイオキシン類は大気排出基準を大きく下回り、SBSの焼却処分の安全性が確かめられた。

 SBSの使用後処理の方法として微生物分解処理技術を検討した。実効性と安全性を両立すべく、バイオオーグメンテーションをex situで行う形とし、分解に資する微生物としてバーク堆肥を用いることを着想し、予備実験を皮切りに、ビーカー規模、小型〜産業用の好気発酵処理装置での油分解実験を行い、SBSの微生物分解処理技術の実用化の可能性につき検討を行った。

 C重油を吸着させたSBSは、堆肥に埋設させ1〜数ヶ月経過すると残留油分が知覚できない程度となり、生成した堆肥を用いた場合に二十日大根および柴では生育阻害が認められなかった。一方、生分解性を持たないポリプロピレン製の油吸着マットは、活性な堆肥中であっても分解の様子は観察されなかった。

 ビーカーや小型好気発酵処理装置での実験では油分の減少が見られなかったものの、中型好気発酵処理装置での実験においては4〜8週間で油分は投入量の4〜50%のレベルまで減少した。この間、好熱菌、常温菌の双方で高いオーダーの生菌数が検出され、微生物活動の存在が示唆された。

 次に、一定規模以上の系でバーク堆肥による油の微生物分解処理が機能するとの期待から、バーク堆肥製造工場における微生物活動ヤードを適用することの実現可能性を検証するべく、中規模フィールド(同36m3)および実用規模フィールド(同100m3)において微生物分解処理実験を行った。

 その結果、SBSに吸着させたC重油は、36m3規模の実験で開始直後の油分濃度14,300±3,900ppmは164日後に1,500±500ppmに、100m3規模の実験で開始直後の油分濃度8,600±2,300ppmは170日後に1,400±400ppmとなった。バックグラウンドが430±140ppmであり、投入したC重油の濃度は1,000ppm前後の値に至ったことがほぼ確認された(Fig.1)。油分の定性分析により、C重油に含まれる各種成分が微生物分解によりほぼ一様に減少している一方、特異的に残留している成分があることが示された。

 また、微生物相の変化については、石油分解菌として働くとの報告があるCFB(サイトファーガ・フラボバクテリウム・バクテロイデスグループ)が油分解過程または分解後に特異的に確認され、油分解に関与している可能性が示された。パイル内の温度については実験当初は60℃前後、90日以降は50℃以下、180日時点で40℃程度と徐々に下がり、微生物活動の低下などを示唆するものと考えられた。

 実用の際に懸念される回収海水由来の塩分の影響についての検討では、実事故回収物の組成データおよび実験での油分濃度を基にした試算では0.0012〜0.26%の塩分が付加されるものの、一般的な堆肥の推奨範囲であることが判明した。また、微生物分解処理方式のコストを検討した結果、回収物における油分濃度が低い場合には微生物分解処理方式が有利になり、油分濃度が高くなれば不利になる傾向があることが示された。

 油分汚染土壌の予想環境基準値1,000ppm前後まで油分濃度が減少することが確認され、現行の「焼却処理」に替わり「微生物分解処理」が技術的に可能になったため、SBSと従来の石油原料製品との環境負荷(CO2排出)の比較をライフサイクルアセスメント(LCA)の手法により評価を行った。

 その結果、油吸着材のLCAにおいてCO2排出の最大要因は処理段階にあり、同じSBSの比較では、焼却処理より微生物分解処理の方がCO2排出量は少ないことが判明した。また、回収物における油分濃度が低いほど微生物分解処理がCO2排出の面で有利になり、SBSとPP製油吸着材の製造・使用・処分を通じたCO2排出量の比は最大約1:3であり、後者を前者に置き換えた場合にC重油1t回収あたり約8.3tのCO2排出削減となることが示された。

 現在、広く普及している「PP製油吸着材」+「焼却処理」に対して、本研究の提案する「SBS」+「微生物分解処理」の方式は、吸油性能がほぼ同等で、環境負荷(CO2排出量)低減に貢献することが明らかになり、低環境負荷型の油回収・処理システムを構築することが可能であることが示された。

Table 1 SBSの各種油における吸油性能(Sorbency Ratio平均値(g/g))

Fig.1 微生物分解処理における油分濃度変化

審査要旨 要旨を表示する

 杉は我が国の代表的な針葉樹であり、木材資源として重要な位置を占めている。杉樹皮は杉製品の副産物であり、堆肥原料や畜舎敷料に使われたりもするが、多くは廃棄物として焼却処分されている。本研究は、杉樹皮の優れた油吸着性に着目し、海上流出油回収への有効利用を目指して、数多くの実験とアンケート調査、実証試験により、実用化まで結びつけたものである。現在、油吸着材にはポリプロプレン等の石油製品が多く使われており、油回収後は油と共に焼却処分される。著者が考案した杉樹皮製の油吸着材は従来の油吸着材と同程度の性能を有し、天然材料であるので、油回収後に陸上で微生物分解できるという大きな利点がある。以下、本論文の構成と内容を示す。

 第1章は序論であり、海上流出油対策の現状について油回収技術を中心に解説した後、海上流出油回収に杉樹皮材を利用することを着想するに至った経緯と、その利点について述べている。

 第2章「杉樹皮製油吸着材の開発」では、杉樹皮材料の油吸着性能について調べ、最高性能を発揮する杉樹皮材の作成法について検討している。油吸着性能は、Sorbency Ratio(自重あたりの吸油量)で表され、現行のポリプロピレン製やコットン製の油吸着材では10〜20程度である。杉樹皮材の場合、長さ1〜5mmの網目600μmを通過しない杉樹皮繊維を絶対乾燥された時に吸油性能が最大になり、現行の油吸着材と同程度の吸油性能が得られることを見出している。また、吸油実験だけでなく杉繊維の顕微鏡観察なども行って、その吸油メカニズムを調べている。

 第3章「杉樹皮製油吸着材の海上流出油回収への適用」では、杉樹皮材を使った油吸着性オイルフェンスと油吸着マットの製品形状の検討を行っている。水槽実験、使用者へのアンケート調査、実海域油流出事故試用における作業者らの評価などを通じて、13種類の試作品中、実用に適した4タイプの形状を見出している。また、A重油を吸着させた杉樹皮製吸着材の焼却実験を行い、ダイオキシン類の発生が大気排出基準を大きく下回り、安全に焼却処分できることを確認している。

 第4章「好気発酵処理装置における微生物分解処理」では、使用後の杉樹皮製油吸着材の非焼却処理の方法として考えられる微生物分解の基礎実験を行っている。その結果、産業用の中型好気発酵処理装置(12〜24kg規模)を用いた場合、4〜8週間で油分が初期投入量の40〜50%レベルまで減少し、好熱菌、常温菌とも高いオーダーの生菌数が検出され、微生物活動の存在が示唆された。なお、分解に資する微生物としてはバーク堆肥が用いられた。

 第5章「堆肥化フィールドにおける微生物分解処理」では、上記の好結果を受けて、中規模フィールド(約36m3)および実用規模フィールド(約100m3)において微生物分解処理実験を行っている。その結果、杉樹皮製油吸着材に吸着させたC重油は、中規模フィールドで実験開始直後の油分濃度14,300±3,900ppmが164日後に1,500±500ppmに、実用規模フィールドで8,600±2,300ppmが170日後に1,400±400ppmに低下した。なお、バックグラウンドは430±140ppmである。パイル内の温度観測や油成分の分析、微生物測定などにより、フィールド内で微生物分解が進んでいることを確認し、微生物分解処理が焼却処分に代わる技術になり得ることを示している。また、コスト分析も行い、回収物の油分濃度が低い場合には微生物分解処理が有利になり、油分濃度が高くなれば不利になる傾向があることを示している。

 第6章「杉樹皮製油吸着材のライフサイクルアセスメント」では、CO2排出について環境影響評価を行っている。その結果、杉樹皮製油吸着材とポリプロピレン製油吸着材の製造・使用・処分を通じたCO2排出量比は最大1:3であり、杉樹皮製油吸着材の優位性が示された。

 第7章は結論であり、本研究の成果を纏めるとともに、本研究で開発した杉樹皮製油吸着材の利点と将来性について言及している。

 以上要するに、本論文は天然材料でありかつ廃棄物になってしまうことが多い杉樹皮を海上流出油の吸着材として使用することを着想し、その基本的な性能評価から実用化、さらに環境影響評価まで研究開発したものであり、海洋工学、環境工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク