学位論文要旨



No 216666
著者(漢字) 吉河,章二
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,ショウジ
標題(和) 宇宙における剛体間の衝撃力解析と回転物体の姿勢整定制御への応用
標題(洋)
報告番号 216666
報告番号 乙16666
学位授与日 2006.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16666号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 町田,和雄
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 川口,淳一郎
 東京大学 助教授 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 宇宙ロボットが軌道上で物体を捕獲・回収して点検・修理・廃棄等のサービスを行うことは,打ち上げという高いコストを払って軌道上に投入した物体を最大限に活用する手段として構想され,これまでに広く検討されてきた.

 このような背景を元に本論文では,軌道上での物体の捕獲の必要性と従来の捕獲技術を整理し,未解決の課題として残っている,軌道上で高速に運動している物体の捕獲において,その姿勢を整定する方策と捕捉時に発生する衝撃を事前評価する方策を具体的に提示し,解析,数値シミュレーション,ハードウェア実験などを通じてその有効性と適用範囲を検証するものである.

2.軌道上での物体の捕獲の必要性と従来の捕獲技術

 軌道上で物体を捕獲することは

 ・軌道上の物体の有効利用:機能不全に陥った衛星の保守

 ・軌道資源の有効利用:静止軌道等における軌道離脱

 ・衝突による衛星ミッション喪失防止:デブリの除去

といった観点で社会的な要請となっている.

 一方,軌道上で物体を捕獲する技術は

 ・協力的なターゲット(姿勢制御により姿勢が安定していて,ターゲットマーカや把持機構などを備えている,捕捉を前提に設計された物体)ではスペースシャトルや実験衛星(ETS-VIIなど)で実績あり

 ・有人作業では低速度で回転している非協力的なターゲット(姿勢が不安定の物体や,運動計測や捕捉作業に適した機構を備えていない物体)の回収実績あり

のように実用レベルに達しつつある反面

 ・非協力的なターゲットの無人作業による捕捉

については,研究レベルに留まっている.特に,高速に運動するターゲットにハンドを追従させて捕捉するには限界があり,仮に捕捉できてもターゲットの持つ大きな角運動量を宇宙ロボットが受け持たなければならないという問題があった.また,捕捉に先立ちターゲットに接触する時に生じる衝撃を評価する必要があるが,関節部に内在する剛性を考慮して過渡応答を含めたターゲットとハンドとの干渉の定式化と解析が行われていないために,実験で剛性の影響を同定する必要があるといった問題があった.

3.本論文の目的と提案する捕獲シナリオ

 本論文では,軌道上で高速に回転しているターゲットを捕獲するための制御技術を開発することを目的として,衝撃力を中心にすえた次の捕獲シナリオを提案する.

 ステップ1:ターゲットの姿勢運動が整定していない場合,ハンドで衝撃力を繰り返し与えて姿勢運動を段階的に整定させる.

 ステップ2:姿勢運動が十分に整定した後は,捕捉に際して過度な衝撃力が発生しないようにハンドの接近速度や捕捉時の姿勢を選択した上で捕捉を行う.

 ステップ1では,衝撃力を繰り返し与えることで少しずつ姿勢を整定することができ,また一回あたりの制御量を小さくできるのが有利な点である.一方,接触部として利用できる衛星外面が限られるために衛星固定の座標系で見たときに制御トルクを生成できない方向が存在する,接触動作を通じて制御力を生成するためにモデル化誤差の影響が避けられない,といった技術課題がある.

 ステップ2では,衝撃力を事前に評価して衝撃力を緩和するようなハンドの軌道を計画できるのが有利な点である.一方,ハンドとターゲットとの干渉の過渡応答を考慮する,不確定性の多い接触部分のダイナミクスに依存しない評価式を導く,といった技術課題がある.

4.本論文の構成

 ここまでに述べた,軌道上での物体の捕獲の必要性,従来の捕獲技術,本論文が提案する捕獲シナリオをそれぞれ第1章,第2章,第3章で扱う.

 高速に回転しているターゲットの姿勢運動を整定するにあたり,まずどのような力積を与えたらよいのか,という「誘導」部分と,その力積をどのように実現するか,という「制御」部分とに分けられる.また,高速に回転しているターゲットに接触するときには,接触時に衝撃的な力が発生することを回避することはできない.力積をどのように実現するか,という問題と,接触時にどのような衝撃が生じるか,という問題は表裏の関係にある.

 そこで,第4章から第7章でこれらの問題を以下の順に扱う.

 第4章:捕捉時の衝撃を事前に評価する技術の確立

 第5章:目標とする力積を実現する技術の確立

 第6章:ターゲットの姿勢運動整定のための力積の目標値を与える技術の確立

 第7章:さまざまな不確定性のもとでの姿勢整定制御の特性解析技術の確立

5.得られた知見

 第4章では,ターゲット捕捉時の制御誤差等に起因する衝撃力を緩和する技術を議論し,解析と数値シミュレーションとハードウェア実験を通じて主に以下のことを明らかにした.

 ・宇宙ロボットがターゲットをマニピュレータにより捕捉するという短い時間のダイナミクスに着目して,周波数領域と時間領域の両方で,関節部の剛性および関節角制御の目標軌道の影響を考慮した力積の評価式を導出した.

 ・得られた評価式において,力積は,関節部の剛性を含むマニピュレータの逆慣性行列と作業対象の逆慣性行列との和の逆行列と,接触部における初期相対速度との積で与えられる.同じ姿勢でターゲットを捕捉しても,関節部の剛性により関節まわりの慣性モ−メントが等価的に増加し,そのために衝撃力が増大する.

 第5章では,ターゲットを弾く場合を考慮して捕捉しやすさを定量化し,目標とする衝撃力の力積をターゲットに与える技術を議論し,解析と数値シミュレーションとハードウェア実験を通じて主に以下のことを明らかにした.

 ・ターゲットが弾かれるまでの時間(接触時間)とハンドに対するターゲットの最終的な相対速度(最終相対速度)の2つの指標を導入し,最終的にターゲットに与えた衝撃力の力積(最終力積)とともにその評価式を導出した.

 ・得られた評価式に基づいて,マニピュレータの関節角制御の制御周波数を小さくまた減衰率を大きくとることで接触時間を長くできる.制御周波数とは無関係に減衰率を大きくすることで最終相対速度を小さくできる.関節角制御の減衰率を小さくして最終相対速度を大きくすることで,より大きな最終力積を与えることができる.

 第4章と第5章で得られた評価式を基礎にすることで初めて,衝撃力を緩和するあるいは目標とする衝撃力を与えるために適切なゲイン設定や捕捉姿勢あるいはハンドの目標軌道を設定することが可能になる.

 第6章では,ハンドをターゲットに繰り返し接触させて衝撃力を与えることでターゲットの姿勢運動を整定するときに,どのような衝撃力をターゲットに与えればよいか,を議論し,解析と数値シミュレーションを通じて主に以下のことを明らかにした.

 ・衝撃力を繰り返し与える方策では,衝撃力を加えることのできる箇所に制限があるためトルクを生成できない方向があり,2入力3出力の劣駆動制御系に分類される.

 ・適切な変数変換によりトルクを生成できる方向と生成できない方向とに運動方程式を分離し,制御トルクを生成できない方向の角運動量成分を優先的に減少させる制御則として平方根形制御則,符号形制御則,特異形制御則を連続系で設計した.符号関数の時間微分や特異点などの数値計算上の困難さを伴わず,対称性がよいなど性質が素直な平方根形制御則の離散化を行った.これらの制御則を用いて,インパルス力の繰り返しによってターゲットの姿勢運動を整定できることを確認した.

 第7章では,第6章で設計した離散系の平方根形制御則を用いてターゲットの姿勢運動を整定する際のロバスト特性を議論し,解析と数値シミュレーションを通じて主に以下のことを明らかにした.

 ・定常トルク外乱を受けるとき,角運動量の定常値の評価式を導出し,評価式の妥当性を確認した.

 ・接触モデルにおいてゲイン不確定性および方向不確定性があるとき,角運動量の定常値の評価式を導出し,評価式の妥当性を確認した.

 ・評価式に基づき,収束条件式および解の分岐が発生するときにいずれの解が現れやすいかを判断する分岐条件式を導出し,条件式の妥当性を確認した.

 ・角速度の計測誤差のうち角速度に比例する成分や慣性の同定誤差の影響が,接触モデルにゲイン不確定性がある場合と同様にその値が大きいときに閉ループ系を不安定化する場合がある.閉ループ系の安定化のための要求精度は,制御ゲインとのトレードオフで決まる.

 ・接触点方向の同定誤差の影響は接触面の法線方向との兼ね合いで決まる.同定精度の向上とともに押付け力を実現する範囲で自由に設定可能なインパルス力の第三成分を調整することで,同定誤差に伴う制御トルクの符号反転の問題を回避できる.

 ここで得られた評価式および閉ループ系の挙動の解析手法は,外乱耐性の評価や制御ゲインの設計あるいは接触部のモデル精度,角速度の計測精度,質量や接触点の方向の同定精度への要求など,姿勢整定制御を行う際に実施されるシステム設計に欠かせない.

6.まとめ

 本論文では不要衛星が剛体であることを前提として,衝撃力を中心にすえた軌道上で高速に回転しているターゲットの捕獲シナリオを提案し,姿勢運動の整定制御則と整定に用いる衝撃力の事前評価方法を提示し,解析,数値シミュレーションあるいはハードウェア実験を通じてその有効性と適用範囲を検証した.

 今後の課題として,対象物体が柔軟な付属物を有するや接触部が柔らかい素材で構成される場合の衝撃の扱い,整定制御の最適化やさらなるロバスト化,システム全体での最適化といった項目が挙げられる.

審査要旨 要旨を表示する

 工学修士 吉河章二提出の論文は,「宇宙における剛体間の衝撃力解析と回転物体の姿勢整定制御への応用」と題し,8章と付録からなっている.

 宇宙ロボットが軌道上で物体を捕捉・回収して点検・修理・廃棄等のサービスを行うことは,デブリ化防止や高いコストを払って軌道上に投入した物体を最大限に活用する手段として構想され,これまでに広く検討されてきた.軌道上で物体を捕捉する技術は,協力的なターゲット,つまり姿勢制御により姿勢が安定している物体については,スペースシャトルやETS-VIIなどの実験衛星ですでに軌道上実証されているが,非協力的なターゲット,つまり姿勢が不安定で高速に回転している物体については以下に述べる問題があって研究レベルに留まっている.まず,高速に回転するターゲットにハンドを追従させて捕捉するには機構的限界があり,仮に捕捉できてもターゲットの持つ大きな角運動量を瞬時に宇宙ロボットが受け持たなければならないという問題があった.また,捕捉時の制御のためには,ターゲットに接触する時に生じる衝撃力を捕捉に先立って予測する必要があるが,関節部に内在する剛性を考慮して過渡応答を含めたターゲットとハンドとの干渉の定式化と解析が行われていないために,正確な衝撃力予測のもとで収束性を保障した制御ができないという問題があった.

 本論文では,これらの問題を踏まえ,軌道上で高速に回転しているターゲットを捕捉するための制御技術を開発することを目的として,衝撃力を中心にすえた一つの捕捉シナリオを提案した.まず,ハンドで衝撃力を繰り返し与えて姿勢運動を段階的に整定させ,ついで,捕捉に際して過度な衝撃力が発生しないようにハンドの接近速度や捕捉時の姿勢を選択した上で捕捉を行うという手法である.

 この捕捉シナリオは,姿勢運動を整定させるためにどのような力積を与えたらよいかという「誘導」の部分と,その力積をどのように実現するかという「制御」の部分とに分けられる.「誘導」の部分について,衝撃力を与えることが可能な方向に制約があるときの姿勢整定制御則を示すとともに,接触部のモデル化誤差や運動の計測誤差と閉ループ系の安定性との関係を解析的に明らかにしている.「制御」の部分については,関節部に内在する剛性を考慮して過渡応答を含めたターゲットとハンドとの干渉を定式化し,衝撃力の評価式を導出し,数値シミュレーションとハードウェア実験でその有効性を検証している.

 第1章は序論であり,軌道上での物体の捕捉の必要性と同技術の動向をまとめた上で,本研究の位置づけを行っている.

 第2章では,物体の捕捉にかかわる従来技術を概観し,問題点を整理して,軌道上で高速に運動している非協力物体の捕捉が未解決の課題として残っていることを示している.

 第3章では,衝撃力を中心にすえた捕捉シナリオを提案し,その中で本論文が扱う要素技術として,捕捉時の衝撃を事前に評価する技術と軌道上で高速に運動しているターゲットの姿勢を整定制御する技術の2つを抽出している.

 第4章では,ハンドがターゲットに接触後にターゲットが拘束される場合について,捕捉時の衝撃を事前に評価する技術を確立している.特に,ハンドで捕捉するという短い時間のダイナミクスに着目して,関節部の剛性および関節角制御の目標軌道の影響を考慮した力積の評価式を導出し,数値シミュレーションとハードウェア実験によりその有効性を検証している.

 第5章では,第4章の手法をターゲットがはじかれる場合を含むように拡張し,目標とする力積をターゲットに与えるための技術を確立している.また,捕捉しやすさを定量化するために,ターゲットがはじかれるまでの接触時間とハンドに対するターゲットの最終的な相対速度の2つの指標を導入してその評価式を導出し,数値シミュレーションとハードウェア実験によりその有効性を検証している.

 第6章では,高速に運動している物体に力積を与えてその姿勢を整定制御する場合の運動を定式化し,各制御時刻において適切な力積を算出する制御則を導出している.制御則の導出にあたり,制御力の飽和の問題も考察している.

 第7章では,第6章で設計した制御則を用いて姿勢運動を整定する場合のロバスト特性を議論している.ロバスト特性として,対象物体に固定した座標系で見て一定外乱を受ける場合,接触部にモデル化誤差がある場合,および衛星の角速度の計測値に誤差がある場合について,閉ループ系の挙動を解析している.特にモデル化誤差については,制御ゲインとの関係によっては解が不安定になったり挙動のパターンが変化したりすることを示し,安定性やパターン変化の条件を明らかにしている.これらの解析は数値シミュレーションにより妥当性を検証している.

 第8章は結論であり,提案した制御方法と検討の結果得られた知見をまとめ,今後の課題と展望を述べている.

 付録では,第4章から第7章で使用した式の導出を説明している.

 以上要するに,本論文は,軌道上で高速に回転している物体を捕捉するという,宇宙インフラストラクチャに欠かせない機能の実現に向けて,衝撃力を中心にすえた捕捉シナリオを提案し,姿勢運動の整定制御則と整定に用いる衝撃力の事前評価方法を具体的に提示し,解析,数値シミュレーションおよびハードウェア実験を通じてその有効性と適用範囲を検証したものであり,宇宙工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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