学位論文要旨



No 216667
著者(漢字) 金沢,孝明
著者(英字)
著者(カナ) カナザワ,タカアキ
標題(和) 自動車排気ガスの吸着材、浄化触媒に関する研究
標題(洋)
報告番号 216667
報告番号 乙16667
学位授与日 2006.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16667号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 船津,公人
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 三好,明
 東京大学 教授 尾中,篤
内容要旨 要旨を表示する

 自動車からの排気ガスを浄化するための触媒および吸着材の研究をこれまで進めてきた。自動車の排気ガスはその排出挙動から大きく2種類に分類される。1つはエンジン始動直後、まだ触媒が暖機してないためにそのまま排出される高濃度のガスで、自動車のエミッションの大半を占めている。もう1つは触媒が暖機した後に、完全には浄化しきれずに僅かに漏れ出す低濃度のガスである。自動車の排気エミッションはこの2種の総和からなる。

 先ず一つ目のエンジン始動直後に排出される高濃度ガスの内、排出量が多いHCに着目し、一時的に保持させるための吸着材に関する研究を進めた。自動車の排気ガス中のHCはC1〜C11ぐらいまで何百種類も存在し(図1)、それらを触媒が暖機するエンジン始動後30秒間だけ保持し、触媒が暖機した後に少しずつ脱離させて触媒で浄化させる事を考えた。先ず吸着材として排気ガス温度に耐えうる材料としてゼオライトを選定し、そのSi/Alの影響を調査した。 Si/Alが低いほどオレフィンの吸着量は多いが、排気ガスの様なH2O存在化では逆の現象が見られ、Si/Alが高いほどHCの吸着量が多くなる事がわかった(図2)。細孔径と吸着HC種の大きさの関係を調査したところ、各種HCのサイズ+1Åの細孔径を有するゼオライトが必要であることがわかった(図3)。実際の排気ガスを用いて試験した結果、Y型とZSM-5の1:3の混合により、C2を除く全HCを吸着可能であることが確認できた。さらにC2を吸着させるために細孔径が合うフェリエライトへのAgのイオン交換を試みた。Agフェリエライトを用いることによりエチレンの吸着も可能になり、それら3種のゼオライトを排出HC組成に合わせて混合することにより、車両試験で90%以上ものHCをエンジン始動後40秒間も吸着保持可能であるとの結果を得る事が出来た(図4)。

 次に排気ガス浄化触媒が暖機された後のエミッション低減の検討を進めた。触媒暖機後に浄化しきれない排気ガスは、HCはほぼ浄化されるのに対し、NOxが多くを占めている。排出挙動を調査すると車両加速時に一瞬排気ガス雰囲気が酸素過剰雰囲気にずれてNOxが還元できなくなっていた。三元触媒には雰囲気変動を吸収するための酸素貯蔵能を有する助触媒であるCeO2が添加されているが、そのCeO2が熱劣化により酸素貯蔵能が減少していくことが、触媒暖機後にも僅かにNOxが排出される主原因である事がわかった。CeO2の安定化対策として、過去ZrO2との固溶材料を開発してきたが、ここではそのCe-ZrO2固溶体の熱安定性をさらに向上する検討を進めた。酸素貯蔵能が耐久後に劣化するのは、Ce-ZrO2固溶体そのものが焼結して比表面積が低下する事と、それに担持してある貴金属がシンタリングして酸素の出入り口が減少するためである(図5)。Ce-ZrO2固溶体の焼結を防ぐ手段として「ACZ」と呼ぶAl2O3-CeO2-ZrO2の複合化酸化物の検討を進めた(図6)。作製したACZ中のCeO2は狙いどおりZrO2と固溶体を作成しており、そのCe-ZrO2固溶体微粒子がAl2O3内に分散している状態であることが確認できた。1000℃耐久後もZrO2単層も見られずにCe-ZrO2固溶体は安定であり、またCe-ZrO2固溶体の焼結も抑えられる事が確認できた。ACZの酸素貯蔵能を測定した結果、高温ではCeが3価と4価を行き交う理論値近い値を確保でき、耐久後の低温酸素貯蔵能も向上(300℃で倍以上)した(図7)。

ACZを用いてモノリス触媒化し、実際にエンジンに取り付けて950℃100時間耐久試験を行った結果、出ガスの酸化雰囲気になる頻度の減少を確認できた。またCe-ZrO2固溶体の焼結が抑制された他に、貴金属のシンタリングも酸化雰囲気に成り難くなったために抑制されている事を確認した(表1)。助触媒ACZを用いた3元触媒は車両試験ではNOxエミッションが従来の助触媒を使用した場合と比較し20%低減し、HCも10%低減できた。

 さらに貴金属のシンタリングを抑制する手法を検討した。従来は貴金属を担持する担体との相互作用で耐久後のシンタリングを抑える手法が主であった。ここでは貴金属を物理的に担体に固定する手法を試みた。MFIの多結晶体にPtアンミン塩を用いて担持し、比較としてγ-Al2O3にPtを担持した触媒を作製し、シンタリング現象が確認しやすい空気中800℃5時間耐久試験を行った。初期の3元活性はPt/MFIが僅かに比較触媒に劣っていたが、耐久後の活性は優れていた。COパルス吸着法にてPt粒径を測定したところ比較触媒よりPt/MFIの方が顕著にシンタリングが抑制されている事が確認できた(図8)。耐久後のPt/MFIの表面をSEMで観察したところ、表面に観察されるPtは大きくシンタリングしており、COパルス吸着法の結果と矛盾していたが(図9)、耐久後のPt/MFIの内部を調査するために粉末を樹脂埋めしてスライスし、TEM観察した所、MFI多結晶体内の粒界部(単結晶同士の境界面)にCOパルスで確認された微細なPtが存在している事がわかった。Ptは粒界の隙間以上の大きさにシンタリングできずにそこに固定化されていた(図10)。さらに貴金属の物理固定効果を高めるために、MFI外表面の物理固定できない貴金属の固定や、MFI多結晶体粒界部中の貴金属のさらなる固定化を試みた。Pt/MFIにテトラメトキシシランを含浸させた触媒を作製した。それを耐久して触媒性能調査や状態解析を比較検討した。テトラメトキシシランを用いたPt/MFIの三元触媒活性は1000℃耐久後でも明確に優位性を保っていた。MFI多結晶体粒界部中の貴金属はTEM観察結果から、見た目は完全に閉塞されており、MFI結晶外表面の貴金属までも、その貴金属中心にテトラメトキシシランが加水分解したと思われ、1粒子ごとにSiO2でコートされているのが観察された(図11)。活性測定結果から貴金属はアクティブであり、見た目には完全に閉塞されていても実際にはSiO2層がガスを通すことは明らかだった。このテトラメトキシシラン処理により、テトラメトキシシランを用いない場合と比較し、外表面のPtまでもシンタリング抑制することが可能になった。この貴金属の物理固定の研究は、現在もまだ研究途上であり、実際には用いられてないものの、今後は新たな材料にも展開し、いずれは実際に触媒上の貴金属シンタリング抑制手法として貢献できると手法であると考えている。

図1.自動車排ガス中のHC種

図2.ゼオライトのSi/Al比とHC吸着(ZSM5)

図3.ゼオライト細孔径と吸着量の関係

図4.車両でのHC吸着率

図5.耐久温度とCZの比較面積、Pt粒径

図6.ACZコンセプト

図7.耐久後の酸素貯蔵能

表1.耐久後のCZ粒径とPt粒径

図8.耐久後のPt粒子径(COパルス)

図9.外表面粗大Pt粒子

図10.結晶粒界に固定されたPt粒子

図11.SiO2コートされた外表面のPt粒子

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「自動車排気ガスの吸着材、浄化触媒に関する研究」と題し、主にガソリンエンジン車の排気ガス低減に関する研究成果をまとめたものであり、全5章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景、目的および論文の構成とその概要が述べられている。特に排気ガス規制の強化とそれに対する課題、必要な浄化触媒および技術について言及している。排気ガス規制の変遷に従い、その時代に必要な浄化技術として進歩を遂げてきたことを記述している。排気ガスは排出挙動から触媒暖機前と触媒暖機後とに分けて考えることが出来、その排出割合から炭化水素低減には触媒暖機前が重要であり、NOx低減には触媒暖機後の対策をするための研究開発を行うことが肝要であると述べている。

 第2章では、炭化水素低減を目的に特にその排出割合が多いエンジン始動直後に着目し、炭化水素用吸着材のゼオライトの検討結果についてまとめている。各種炭化水素の吸着が排出ガス低減に不可欠であるが、車両から排出される水分共存に伴い、炭化水素の吸着量が減少する。一般的にはゼオライトの酸点に炭化水素が吸着するとの知見だが、室温水分共存下では、逆に酸点がない疎水性のゼオライトが良いこと、排出される炭化水素の分子径からMFIとY型の組み合わせ最適化によりC1,C2を除く全炭化水素を吸着可能であることを示している。またAgをイオン交換したフェリエライトも用いてC1を除く全炭化水素の吸着が可能であることを見出している。車両における吸着システムでの耐久性も確認し、最も厳しい規制に対応すべく2000年から実用化されていると述べている。

 第3章では、NOx低減を目的に特にその排出割合が多い触媒暖機後に着目し、新規助触媒の開発結果について述べている。車両加速時の一時的な酸化雰囲気変動に伴い、NOxの還元が熱劣化した触媒では困難になってしまうことから、触媒における耐久後の酸素貯蔵能の重要性を考察し、その対応策として、助触媒であるCeO2-ZrO2固溶体の熱安定性をさらに向上する研究を進めている。CeO2-ZrO2固溶体の焼結を抑制するために、新たにAl2O3-CeO2-ZrO2の複合酸化物を開発し、Al2O3の介在によりCeO2-ZrO2固溶体の焼結が抑制された結果、耐久後の酸素貯蔵能の確保と貴金属シンタリングが抑制され、浄化性能向上に成功したと述べている。車両に搭載した試験でNOxエミッションは20%低減され、当時の全車両に展開されたと述べている。

 第4章では、触媒活性低下の主原因である貴金属のシンタリングを抑制する新手法に関する研究結果についてまとめている。MFIの結晶粒界に白金を介在させることにより、高温熱処理後も粒界間隔以上に白金がシンタリングしない現象を見出し、機械的に白金の移動を抑制することでシンタリング抑制が可能である事を実証している。それに伴い、触媒活性低下も抑制できたことを示している。さらに、この手法では結晶粒界に存在する白金に対してしか適応できない事に対する対策も考えている。テトラメトキシシランが特に白金周りで加水分解する性質に着目し、テトラメトキシシランを含浸することにより、結晶粒界以外の白金に対しても簡単に白金1粒子毎にSiO2をコート可能である事を見出している。この処理によりTEM像からは白金は閉塞状態にあるように観察されたが、実際には触媒活性低下が見られないことから、ガスの通過が可能なSiO2膜であることを実証している。またSiO2をコートした触媒は、1000℃においても活性低下が抑制されたと述べている。

 第5章では、各章のまとめと本論文の成果を整理している。

 以上のように本論文では、ガソリンエンジン用排気ガス低減技術に関する炭化水素とNOx低減および貴金属シンタリング抑制の成果について述べている。排気ガスに最適な吸着材を見いだし、その吸着向上の原因について学術的知見を得ている。またNOx低減に繋がる新規助触媒の研究と実用化、さらに触媒の熱劣化の主原因である貴金属のシンタリング抑制の新規技術を提案している。ここで得られた研究成果は、ガソリンエンジン車用排気ガス吸着材、浄化触媒として世界的規模で実用化されたものであり、触媒工学上重要であるばかりでなく、材料化学、化学工学上も有意義な成果であると評価される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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