学位論文要旨



No 216670
著者(漢字) 中尾,一成
著者(英字)
著者(カナ) ナカオ,カズナリ
標題(和) 上咽頭癌および原発不明癌頸部リンパ節転移例におけるIn situ Hybridization 法を用いたEpstein-Barr Virus encoded small RNA-1 の意義に関する研究
標題(洋)
報告番号 216670
報告番号 乙16670
学位授与日 2006.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16670号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 朝蔭,孝宏
内容要旨 要旨を表示する

 上咽頭癌の発癌過程におけるEpstein-Barr Virus(以下EBVと略す)の関与についてはすでに言われて久しく、ウィルス発癌の典型的なモデルとして年余の研究がなされている。しかしながらすべての上咽頭癌がウィルス原性か否か、多段階発癌のなかで他の発癌因子と如何に関るのか、ウィルス原性の有無が予後に関与するか、など議論も多くいまだに解明されていない点である。また台湾や中国東南部など一部地域における上咽頭癌の爆発的発症の原因については依然解明されないまま残されている。

本研究においては、上咽頭癌組織、特に転移リンパ節におけるEBVの検出法として、In situ Hybridization 法を用いたEpstein-Barr Virus encoded small RNA-1(以下EBERと略す)の同定(以下EBER-ISHと略す)の有用性について検証するとともに、この方法の原発不明癌頸部リンパ節転移例の原発巣検索としての意義について検討した。また同時にEBER-ISHの信号が上咽頭癌の予後に与える影響についても検討を加えた。

対象・方法

 1985年-2003年の19年間に東大病院耳鼻咽喉科を受診し上咽頭癌と診断された53例のうち粘膜上皮に由来しないと考えられる腺様嚢胞癌の2例を除外した51例(男42例 女9例;21歳〜80歳 平均53.1歳)を対象として、臨床的・分子生物学的見地から検討を加えた。

上咽頭からの生検によって得られた利用可能な30例のパラフィン包埋切片、頸部郭清術やリンパ節摘出により得られた6例の上咽頭癌転移リンパ節のパラフィン包埋切片、および原発不明癌頸部リンパ節転移症例に対する頸部郭清術により摘出された12例の転移リンパ節のパラフィン包埋切片を対象としてEBER-ISHを施行した。対照として13例の頭頸部腫瘍の原発巣または転移リンパ節のパラフィン包埋切片を用いた。上咽頭原発巣についてはH-E染色を行い、WHOの病理組織学的分類(1991)にしたがって以下の3つのカテゴリーに分類した。その内容について下記に示す。

上咽頭原発巣 (30例)

 WHO typeI 3例

 WHO typeII 10例

 WHO typeIII 17例

上咽頭癌転移リンパ節 (6例)

 WHO typeII 2例

 WHO typeIII 4例

原発不明扁平上皮癌転移リンパ節 (12例)

対照 (13例)

 上咽頭癌原発巣(腺様嚢胞癌) 1例

 中咽頭扁平上皮癌転移リンパ節 8例

 ホジキン病リンパ節 1例

 舌癌転移リンパ節(低分化型扁平上皮癌) 1例

 鼻腔癌転移リンパ節(Transitional cell Ca) 1例

 前頭蓋底腫瘍(嗅神経芽細胞腫) 1例

結果・結論

1. まずEBNA-1をプローベとしたDNA-ISHを施行したが、WHO typeIIIの1例に陽性信号を認めたのみで、これ以外はすべて陰性であり、この方法は検査の感度に問題のあることが示唆された。

2. 上咽頭癌原発巣に対するEBER-ISHにおいては、30例の上咽頭癌原発巣のうち21例がEBER-1陽性、9例がEBER-1陰性を示した。WHO typeIIIにおいては他の組織型に比して有意に高いEBER-1の発現率を認めた。

上咽頭癌転移リンパ節に対するEBER-ISHにおいては、上咽頭癌転移リンパ節標本6例のうち、3例がEBER-1陽性、3例がEBER-1陰性を示した。陽性例はすべてWHO typeIIIであった。転移リンパ節におけるEBER-ISHの結果はすべて相当する原発巣からの結果と一致した。

上咽頭癌におけるEBVの証明においてEBER-ISHは優れたsensitivityを有する検査法であり、原発巣・転移リンパ節のいずれに対してもEBVの検出が可能であった。組織別の検討では、WHO typeIIIはEBVとの関連がより密接であり、一方WHO typeIは関連が希薄であった。

3. 同時にp53に対する免疫組織染色も施行したが、上咽頭癌 原発巣/転移リンパ節、原発不明扁平上皮癌転移リンパ節、対照症例とも高率に陽性例を認めた。上咽頭癌におけるp53陽性例はEBER-ISHの結果と有意な相関を認めなかった。EBER-1とp53の発現については独立してそれぞれ多段階発癌の異なるstepに関与しているものと考えられた。

4. 原発不明癌頸部リンパ節転移例のEBER-ISHを用いた原発巣の検索においては、原発不明癌頸部リンパ節転移症例12例中、1例がEBER-1陽性を示した。今後、EBER-ISHが原発不明癌頸部リンパ節転移症例における原発巣検索の一助となりうることが示唆された。

5. 臨床的な検討においてEBER-ISHの信号は上咽頭癌の予後と有意に相関することが示された。WHO typeI-IIの組織型においてもEBER-ISH陽性例の予後が有意に良好であることから、予後を規定する因子として、組織型よりもむしろEBV関連であるか否かが重要と考えられた。

6. 本研究で示されたEBER陽性例の疾患特異的生存率はendemic areaから報告される上咽頭癌全体の生存率に類したものであったのに対し、EBER陰性例の生存率はむしろ本邦における中咽頭癌や下咽頭癌のそれに近い数字であった。本研究の結果と、国内外の上咽頭癌に関する論文の内容を勘案するに、Endemic areaとnon-endemic areaにおける上咽頭癌については同一の視点で論ずるべきではなく、我々、non-endemic areaに属する者にとっては、むしろendemic areaからの報告では無視されていると思われるEBER陰性の上咽頭癌について治療戦略を構築してゆくことがより重要と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、上咽頭癌におけるきわめて重要な発癌因子であるEpstein-Barr Virus(EBV)の果たす役割について解明することを目的に、Epstein-Barr Virus encoded small RNA-1(EBER-1)を標的としたIn situ Hybridization 法の有用性について検証し、臨床的解析を通じて上咽頭癌におけるEBER-1の意義につき考察したものである。また同時に上記の結果を応用して、いわゆるオカルト癌におけるEBER-1の意義についても検証している。本研究にて下記のような結果が得られている。

1. 上咽頭癌原発巣に対するEBER-1の検出においては、対象の70%が陽性を示した。一方、上咽頭癌転移リンパ節に対するEBER-1の検出においては、対象の半数が陽性を示し、陽性例はすべてWHO typeIIIであった。転移リンパ節におけるEBER-1検出の結果はすべて相当する原発巣からの結果と一致した。上咽頭癌におけるEBVの証明においてIn situ Hybridization 法によるEBER-1の検出は優れた感受性を有する検査法であり、原発巣・転移リンパ節のいずれに対してもEBVの検出が可能であった。

組織別の検討では、WHO typeIIIはEBVとの関連がより密接であり、一方WHO typeIは関連が希薄であった。

2. p53に対する免疫組織染色を同時に施行し、上咽頭癌の原発巣および転移リンパ節、原発不明扁平上皮癌転移リンパ節、対照症例とも高率に陽性例を認めたが、上咽頭癌におけるp53陽性例はEBER-1陽性例と有意な相関を認めなかった。EBER-1とp53の発現については独立してそれぞれ多段階発癌の異なるstepに関与しているものと考えられた。

3. 原発不明癌頸部リンパ節転移例に対するEBER-1の検出においては、対象症例12例中、1例がEBER-1陽性を示した。今後、EBER-1の検出が原発不明癌頸部リンパ節転移症例における原発巣検索の一助となりうることが示唆された。

4. 臨床的解析においてEBER-1の信号は上咽頭癌の予後と有意に相関することが示された。WHO typeI-IIの組織型においてもEBER-1陽性例の予後が有意に良好であることから、予後を規定する因子として、組織型よりもむしろEBV関連であるか否かが重要と考えられた。

5. 本研究で示されたEBER-1陽性例の疾患特異的生存率はendemic areaから報告される上咽頭癌全体の生存率に類したものであったのに対し、EBER-1陰性例の生存率はむしろ本邦における中咽頭癌や下咽頭癌のそれに近い数字であった。本研究の結果と、国内外の上咽頭癌に関する論文の内容を勘案するに、Endemic areaとnon-endemic areaにおける上咽頭癌については同一の視点で論ずるべきではなく、我々、non-endemic areaに属する者にとっては、むしろendemic areaからの報告では無視されていると思われるEBER-1陰性の上咽頭癌について治療戦略を構築してゆくことがより重要と考えられた。

 以上、本研究は転移リンパ節からのEBVの証明について検討し、これを原発不明癌の診断に役立てるというユニークな視点を有している。また本論文は地域差や人種差など上咽頭癌における大きな未解決点に重要な示唆を与えるものであり、またEBER-1の臨床的意義について明確に言及した初めての論文である。以上の点から本研究は、今後の上咽頭癌の治療や研究に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと判断される。

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