学位論文要旨



No 216673
著者(漢字) 吉原,一浩
著者(英字)
著者(カナ) ヨシハラ,カズヒロ
標題(和) ウシのmacrophage colony-stimulating factor (M-CSF) に関する研究 : 遺伝子のクローニングと組換えM-CSFの生産、ELISAによる血清中M-CSF濃度測定及び多核巨細胞形成への関与
標題(洋)
報告番号 216673
報告番号 乙16673
学位授与日 2006.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16673号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 局,博一
内容要旨 要旨を表示する

 Macrophage colony-stimulating factor (M-CSF)は、単球・マクロファージ系の細胞の増殖、分化及び活性化に必須なサイトカインであり、マクロファージの抗真菌、抗細菌活性、サイトカイン産生、抗腫瘍活性等の作用を促進させる。さらに、M-CSFは、破骨細胞や絨毛細胞の増殖と分化、脂質代謝刺激活性等多様な生理活性を持つ。マクロファージは、炎症刺激によって動員される単球由来マクロファージ(滲出マクロファージ)と正常組織に定住する組織在住マクロファージに大別されるが、M-CSFは、どちらのマクロファージに対しても、その分化、成熟及び活性化に重要な働きを担っている。このようにM-CSFは、単球・マクロファージ系の細胞に必須のサイトカインである。

 本研究では、始めにウシのM-CSF遺伝子のクローニングを実施し、バキュロウイルス組換え蛋白質発現系を用いてウシの組換えM-CSFを生産した。次に、M-CSFを測定するELISAを開発し、ウシの血清及び初乳中のM-CSF濃度を測定した。さらに、多核巨細胞の形成におけるM-CSFの関与について調べた。

 ヒトとマウスのM-CSF遺伝子のクローニングの研究から、M-CSFは、一つの遺伝子から選択的スプライシングによって分子量の異なる3種類の成熟型M-CSFが生産されることが明らかになっている。ウシのM-CSFの遺伝子クローニングの結果αとβタイプのcDNAがクローニングされた。ウシM-CSFのcDNA塩基配列から推定されるアミノ酸配列のヒトとマウスとの相同性は、αタイプでヒトと83.3%、マウスとは75.9%、βタイプでは、ヒトと75.3%、マウスでは65.9%であった。また、バキュロウイルス組換え蛋白質発現系により、生物活性のある分子量34kDの組換えM-CSFがホモダイマーで産生された。

 次に、ウシM-CSFを測定するELISAを開発し、ウシ及びウシ胎仔の血清と初乳中に含まれるM-CSFの濃度を測定した。その結果、胎仔6頭の平均は、8.8±1.4ng/mlであった。また、生後100日齢以下のウシでは2.7±1.5ng/ml、101日齢以上では1.8±0.8ng/mlであり、加齢に伴い血清中のM-CSF濃度は減少した。また、同一の個体から経時的に採血しM-CSF濃度を測定したところ、生後1日では、2.7±2.2ng/mlで、3ヵ月後の平均は、1.4±0.39ng/mlであり、加齢に伴い低下した。さらに、生後1日では、個体差が大きく、加齢に伴い個体差は縮小した。初乳中のM-CSF濃度は、出産後の最初の初乳で最も高く、搾乳の回数が増えるに従い減少した。

 さらに、ウシの単球及び単球より誘導したマクロファージから、ウシの末梢単核細胞をConAで刺激後回収した培養上清液(CM)とM-CSFあるいはGM-CSFを用いて多核巨細胞の形成を試みた。単球からの多核巨細胞の形成は、GM-CSFとCMの共培養で22.2±3.3%と最も高く、M-CSFとCMでは13.3±4.9%であった。また、GM-CSF単独では4.5±2.5%の形成率を認めたが、M-CSF単独では0.1%以下であった。マクロファージからの多核巨細胞の形成は、GM-CSFとCMの共培養で10%程度の形成率を認めたが、M-CSFを用いた場合、CMとの共培養においても多核巨細胞は形成されなかった。以上の結果から、組織中に出現する多核巨細胞は、組織中に滲出してきた単球が、GM-CSFあるいはM-CSFとCMに含まれる因子との共同作業で形成が促進されるものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 Macrophage colony-stimulating factor (M-CSF)は、単球・マクロファージ系の細胞の増殖、分化及び活性化に必須なサイトカインであり、マクロファージの抗真菌、抗細菌活性、サイトカイン産生、抗腫瘍活性等の作用を促進させる。さらに、M-CSFは、破骨細胞や絨毛細胞の増殖と分化、脂質代謝刺激活性等多様な生理活性を持つ。マクロファージは、炎症刺激によって動員される単球由来マクロファージ(滲出マクロファージ)と正常組織に定住する組織在住マクロファージに大別されるが、M-CSFは、どちらのマクロファージに対しても、その分化、成熟及び活性化に重要な働きを担っている。

 本研究では、始めにウシのM-CSF遺伝子のクローニングを実施し、バキュロウイルス組換え蛋白質発現系を用いてウシの組換えM-CSFを生産した。次に、M-CSFの濃度を測定するELISAを開発し、ウシの血清及び初乳中のM-CSF濃度を測定した。さらに、多核巨細胞の形成におけるM-CSFの関与について調べた。

 第1章では、先ず遺伝子クローニングを行った。M-CSFは、一つの遺伝子から選択的スプライシングによって分子量の異なる3種類の成熟型M-CSFが生産されることが明らかになっている。ウシのM-CSFの遺伝子クローニングの結果αとβタイプのcDNAがクローニングされた。ウシM-CSFのアミノ酸配列のヒトとマウスとの相同性は、αタイプでヒトと83.3%、マウスとは75.9%、βタイプでは、ヒトと75.3%、マウスでは65.9%であった。また、成熟型M-CSFは、第214番と215番で切断され血中に放出されることが明らかにされているので、シグナルペプチドから第214番までのアミノ酸残基までをコードする発現用cDNAをウシM-CSFβcDNAをテンプレートにしたPCRでクローニングし、バキュロウイルス組換え蛋白質発現系を用いて組換えウシM-CSFを生産した。組換えウシM-CSFのSDS-PAGEによる解析によりホモダイマーで培養上清中に産生されることが明らかになった。また、N末端のアミノ酸の解読により、産生された組換えウシM-CSFのシグナルペプチドは除かれており、ヒトやマウスのM-CSFのN末端のアミノ酸残基は一致した。得られた組換えウシM-CSFの生物活性をマウスの骨髄細胞を用いたコロニーアッセイ法で調べたところ、単球様細胞から成るコロニーの形成が認められた。また、コロニーの一部は、プレート底に細胞質を伸ばしたマクロファージ様の細胞に分化していた。以上の結果から、生物活性のあるウシの組換えM-CSFの産生が確認された。

 第2章では、ウシM-CSFを測定するELISAを開発し、ウシ及びウシ胎仔の血清と初乳中に含まれるM-CSFの濃度を測定した。その結果、胎仔6頭の平均は、8.8±1.4ng/mlであった。また、生後100日齢以下のウシでは2.7±1.5ng/ml、101日齢以上では1.8±0.8ng/mlであり、加齢に伴い血清中のM-CSF濃度は減少した。また、同一の個体から経時的に採血しM-CSF濃度を測定したところ、生後1日では、2.7±2.2ng/mlで、3ヵ月後の平均は、1.4±0.39ng/mlであり、加齢に伴い低下した。さらに、生後1日では、個体間の差が大きく、加齢に伴い個体間の差は縮小した。また、初乳中に含まれるM-CSFは、出産直後の初乳中に15.3±6.3ng/mlともっとも高濃度に含まれており、搾乳の回数が増すに従い減少し、4日後では、3.5±1.7ng/mlであった。

 第3章では、ウシの単球及び単球より誘導したマクロファージから、ウシの末梢単核細胞をConAで刺激後回収した培養上清液(CM)とM-CSFあるいはgranulocyte-macrophage colony-stimulating factor(GM-CSF)を用いて多核巨細胞の形成を試みた。単球からの多核巨細胞の形成は、GM-CSFとCMの共培養で22.2±3.3%と最も高く、M-CSFとCMでは13.3±4.9%であった。また、GM-CSF単独では4.5±2.5%の形成率を認めたが、M-CSF単独では0.1%以下であった。マクロファージからの多核巨細胞の形成は、GM-CSFとCMの共培養で10%程度の形成率を認めたが、M-CSFを用いた場合、CMとの共培養においても多核巨細胞は形成されなかった。以上の結果から、M-CSFは、CM中に含まれる因子と共に組織中に滲出した単球を多核巨細胞に誘導する生物活性を持つが、マクロファージに対しては、多核巨細胞の形成機構には作用しないことが明らかになった。

 以上の内容は、ウシのM-CSFについて新たな知見を示すものである。したがって、審査委員一同は、本論文は博士(獣医学)の資格を充分に有するとの合意に達した。

UTokyo Repositoryリンク