学位論文要旨



No 216675
著者(漢字) 中村,一英
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,カズヒデ
標題(和) 新規VEGFR-2チロシンキナーゼ阻害剤KRN633の抗腫瘍効果と機序の解明、およびKRN633固体分散体によるin vivo抗腫瘍効果の改善に関する研究
標題(洋)
報告番号 216675
報告番号 乙16675
学位授与日 2007.01.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16675号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 一條,秀憲
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 Vascular endothelial growth factor (VEGF)は血管新生において中心的な役割を担っている。VEGFが血管内皮細胞に発現するVEGF receptor-2 (VEGFR-2)と結合すると、VEGFR-2は自己リン酸化を起こし細胞内のシグナル伝達系が活性化して血管内皮細胞の基底膜消化・遊走・増殖がおこり、その結果、血管新生が誘導される。

 血管新生は固形がんが持続的に増殖するために必須の過程であると考えられている。VEGFは多くの固形がんで高発現しており、臨床において、がんの悪性度や不良な予後と相関することが報告されている。また、VEGFは腫瘍に豊富な血管を誘導することで、血行性転移にも関与していると考えられている。従って、がんの治療を考えた場合、VEGF/VEGFR-2のシステムは魅力的な標的の1つである。特にVEGFシグナリングのトリガーであるVEGFR-2の自己リン酸化はVEGFR自身のチロシンキナーゼによって触媒されており、キナーゼ阻害剤による制御が可能であると考えられる。

 我々はKRN633と名付けた新規キナゾリンウレア化合物がVEGFR-2自己リン酸化を強く阻害することを見出した。そこで、KRN633のキナーゼ阻害活性、血管新生阻害作用、および抗腫瘍作用について詳細な特徴づけを行った。さらに固体分散法によるin vivoの活性向上に取り組み、新規抗腫瘍薬としての可能性について検討した。

第1部:新規VEGFR-2チロシンキナーゼ阻害剤KRN633の抗腫瘍効果と機序の解明

【背景】

 VEGFR-2の自己リン酸化を阻害する物質についてスクリーニングを実施し、KRN633と名付けた新規キナゾリンウレア化合物がnMオーダーの強い活性を示すことを見出した。そこで、KRN633がVEGFR-2チロシンキナーゼの選択的阻害剤であるか否か、また、血管新生を阻害して抗腫瘍効果を示すか否か、について検討した。

【結果】

 <KRN633のキナーゼ阻害活性>KRN633はVEGFR-1,-2,-3の組換え蛋白質のキナーゼ活性に対し、それぞれ、IC50=170,160,125nMの阻害活性を示した。また、PDGFR-〓,-〓,c-Kitに対しても、IC50=1〜4〓Mの阻害活性を示したが、その他の受容体型チロシンキナーゼ、非受容体型チロシンキナーゼ、あるいはセリンスレオニンキナーゼに対しては顕著な阻害活性を示さなかった。

 さらにKRN633は血管内皮細胞におけるVEGF依存的なVEGFR-2自己リン酸化を強力に阻害した(IC50=1.16nM:表参照)。また、c-KitおよびPDGFR-〓の自己リン酸化も阻害した。しかしながら、FGFR-1、EGFR、c-Metに対しては阻害活性を示さなかった。

 <KRN633のVEGFシグナリングに対する作用>KRN633は血管内皮細胞におけるVEGF依存的なMAPKの活性化および細胞増殖を抑制したが(IC50=3.5〜15nM)、bFGF依存的なMAPK活性化および細胞増殖をほとんど抑制しなかった(IC50>3000nM)。また、KRN633はVEGF依存的な血管内皮細胞の管腔形成作用を濃度依存的に阻害した。

 <KRN633の抗腫瘍活性>KRN633は20mg/kgあるいは100mg/kgを1日1回あるいは2回経口投与することによって、ヌードマウス皮下移植モデルにおけるA549(ヒト肺癌株)、HT29(ヒト大腸癌株)、DU145(ヒト前立腺株)等の腫瘍増殖を有意に抑制し、一部の腫瘍に対しては退縮効果を示した。KRN633はヌードラット皮下移植モデルでも優れた効果を示した。A549を皮下移植したラットモデルにおいて、分割投与の効果について検討したところ、20mg/kg、1日1回投与時の腫瘍増殖抑制率が47.1%(統計学的有意差無し)であったのに対し、10mg/kg、1日2回投与時のTGI%は87.2%(p<0.001)となり、分割投与のほうが高い効果を示した。

 <KRN633の腫瘍血管新生阻害作用>A549を皮下移植したヌードラットモデルにおいて、KRN633は2,10,50mg/kgの用量で経口投与することにより、媒体投与と比較して腫瘍微小血管密度をそれぞれ15,53,76%減少させた(右図参照)。

【考察】

 新規キナゾリンウレア化合物KRN633は強力かつ選択的なVEGFRチロシンキナーゼ阻害剤であり、血管内皮細胞においてVEGF依存的なVEGFR-2自己リン酸化とシグナル伝達を阻害した。さらにin vivoにおいて血管新生阻害活性と幅広い抗腫瘍スペクトルを示した。KRN633はVEGF-2阻害活性にもとづいて血管新生を阻害し、in vivoにおいて腫瘍増殖抑制活性を発揮するメカニズムが考えられる。

第2部:KRN633固体分散体によるin vivo抗腫瘍効果の改善に関する研究

【背景】

 KRN633は強力かつ選択的なVEGFR阻害剤であり、in vivoにおいて血管新生を阻害し抗腫瘍活性を示す。しかしながら、KRN633が充分なin vivo活性を発揮するには、比較的高用量(〜100mg/kg)や頻回投与(1日2回投与)が必要であり、KRN633の低いin vivo活性は抗腫瘍薬として開発する上で問題となる可能性が指摘された。PK解析の結果、KRN633の低いin vivo活性は低吸収性に起因していることが示唆された。

 KRN633は難溶解性であり、吸収性を改善するためには溶解性の向上が必要であると考えられた。そこで、KRN633の優れたin vitro特性に影響することなく、溶解性を改善しin vivoの吸収性を向上させるため、固体分散法による非晶質化を試みた。

【結果】

 <KRN633固体分散体の調製と物理化学的特性>KRN633固体分散体はpolyvinylpyrrolidoneを担体として調製した。X線回折分析、示差走査熱量分析、および走査電子顕微鏡分析の結果、固体分散体は非晶質化していることが示された。JP 1stに対する溶解性について検討したところ、固体分散体はKRN633原薬(結晶形)と比較して顕著な溶解性の向上が明らかとなった。

 <KRN633固体分散体のPK解析>経口単回投与後のラットにおける血中動態について解析した結果、固体分散体投与群ではCmax及び生物学的利用率(BA)が結晶形投与群と比較してそれぞれ8.5倍、7.5倍と増加した。

 <KRN633固体分散体の抗腫瘍効果>A549ヌードマウス皮下移植モデルにおいて、4mg/kgの固体分散体投与(右図SD)は25倍量の結晶形投与(CF)とほぼ同等の腫瘍増殖抑制効果を示した(右図参照)。さらに、固体分散体の用量を20mg/kg、100mg/kgとした場合、腫瘍はそれぞれ31.4%、45%の退縮を示した。固体分散体はDU145およびPC3腫瘍に対しても低用量からの強い抗腫瘍効果を示した。

 <KRN633の安全域に関する検討>A549ヌードラット皮下移植モデルにおいて、1mg/kgの固体分散体投与は10〜50倍量の結晶形投与と同程度の抗腫瘍効果を示した。30mg/kgあるいは100mg/kgの固体分散体を投与したラットでは、著しい腫瘍退縮効果が認められるものの、投与前と比較して体重減少(10-20%)や有意な尿タンパクの上昇も認められた。しかしながら10mg/kg以下の固体分散体ではこれらの毒性は認められなかった。

【考察】

 KRN633固体分散体は非晶質化しており、結晶形と比較して溶解性が改善し、経口投与後のCmaxおよびBAの向上がみられた。Tmaxおよび半減期が変わらなかったことから、固体分散体では吸収性が向上していることが示唆される。固体分散体は結晶形と比較してin vivoにおける血管新生阻害活性および抗腫瘍活性が顕著に向上した(マウスにおいて25倍以上)。従って、KRN633固体分散体は優れたin vitro特性を損なうことなく吸収性の向上によってin vivo活性を劇的に改善したものと考えられる。固体分散体の高いBAを利用して、ヌードラットモデルにおけるKRN633の腫瘍増殖抑制効果と毒性(指標として体重変化および尿タンパクを観察)との間の安全域について検討した結果、KRN633は毒性指標で影響を認めない用量の、さらに10分の1の用量で有意な抗腫瘍効果を示した。以上より、KRN633固体分散体は非常に低用量から強い抗腫瘍効果を発揮し、かつ、十分な安全域を有す新規抗腫瘍薬となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 申請者、中村一英の論文は、腫瘍血管新生において中心的な役割を担う因子VEGFを標的とした新規抗腫瘍薬の作用に関する細胞生物学的、薬理学的研究の成果を述べたものである。VEGFは血管内皮細胞に発現する受容体型チロシンキナーゼVEGFR-2と結合し、VEGFR-2の自己リン酸化を引き起こし血管内皮細胞に血管新生のシグナルを伝達する。従って、血管新生阻害の人為的制御による癌の治療を考えた場合、VEGFR-2は魅力的な標的の1つである。

 論文の第一部は、新規VEGFR-2チロシンキナーゼ阻害剤KRN633の抗腫瘍効果と機序の解明、である。新規キナゾリンウレア化合物KRN633は血管内皮細胞におけるVEGF依存的なVEGFR-2自己リン酸化を選択的かつ強力に阻害した(IC50=1.16nM)。KRN633は血管内皮細胞におけるVEGF依存的なMAPKの活性化および細胞増殖を抑制したが(IC50=3.5〜15nM)、bFGF依存的なMAPK活性化および増殖をほとんど抑制しなかった(IC50>3000nM)。KRN633はヒト腫瘍のヌードマウス皮下移植モデルにおける腫瘍微小血管密度を用量依存的に減少させ、さらにこれらと同様の用量で、同モデルにおけるヒト肺癌、大腸癌、前立腺癌の腫瘍増殖を有意に抑制した。以上より、KRN633はVEGFRの自己リン酸化を標的とする新規の血管新生阻害剤で、in vivoにおいて幅広い抗腫瘍スペクトルを発揮することが期待される。

 論文の第二部は、KRN633固体分散体によるin vivo抗腫瘍効果の改善に関する研究、である。KRN633は難溶解性物質であり、経口投与で十分なin vivo活性を発揮するには比較的高用量や頻回投与が必要であった。そこで、溶解性を改善しin vivoの吸収性を向上させるため、PVPを担体とするKRN633の固体分散体を調製した。KRN633固体分散体は、均質に非晶質化することによって、JP 1stに対する溶解性が結晶形と比較して大幅に改善していた。また、固体分散体は結晶形と比較して、in vivoにおける血管新生阻害活性および抗腫瘍活性が顕著に向上した(マウスにおいて25倍以上)。従って、KRN633固体分散体は優れたin vitro特性を損なうことなく、吸収性の向上によってin vivo活性を劇的に改善したものと考えられる。さらに、固体分散体の高い生物学的利用率を利用して、ヌードラットモデルにおけるKRN633の腫瘍増殖抑制効果と毒性(指標として体重変化および尿タンパクを観察)との間の安全域について検討した。その結果、KRN633は毒性指標で影響を認めない用量の、さらに10分の1の用量で有意な抗腫瘍効果を示した。以上より、KRN633固体分散体は低用量から強い抗腫瘍効果を発揮し、かつ十分な安全域を有す新規抗腫瘍薬となることが期待される。

 本研究は、薬物の抗腫瘍効果に関する細胞生物学、薬理学に大きく貢献するものである。よって、申請者の中村一英は、博士(薬学)の学位を授与されるにふさわしいと判断する。

DU145 prostate tumor models

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