学位論文要旨



No 216676
著者(漢字) 山岡,一良
著者(英字)
著者(カナ) ヤマオカ,カズヨシ
標題(和) ビタミンD受容体の組織特異的転写制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 216676
報告番号 乙16676
学位授与日 2007.01.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16676号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 加藤,久典
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

 ビタミンDは抗くる病活性を持つ栄養因子として発見された脂溶性ビタミンであり、古くから骨代謝、骨形成の主要調節因子として知られてきたが、他にカルシウム代謝調節や細胞の増殖抑制・分化誘導を調節することも証明されている。1987年にビタミンD受容体(VDR)がクローニングされ、一般に、これらのビタミンDの生理作用発現は、活性型の1α,25(OH)2D3(1,25D)がリガンド依存性の転写調節因子であるVDRに結合し、標的遺伝子の転写を制御することによって発揮されることが明らかとなった。以降VDRの機能は、細胞培養系などにて研究され、ビタミンDの作用の分子メカニズムが解明されてきた。また、個体レベルでのVDRの機能もVDR遺伝子欠損マウスなどを用いて解析が進んできている。

 ビタミンDの主たる生理作用は、先に述べたとおりカルシウム代謝調節作用と細胞の増殖抑制・分化誘導作用の二つに大別される。カルシウム代謝調節因子としてのビタミンDの標的組織は小腸、骨、腎臓、副甲状腺の四つである。ビタミンDは小腸におけるカルシウム吸収促進、骨からのカルシウム代謝調節因子である副甲状腺ホルモン(PTH)の産生抑制を行う。これらの作用を通じて血中カルシウム濃度を上昇させることがin vivo系の実験を中心に報告されている。細胞の増殖抑制・分化誘導因子としてのビタミンDの標的組織は、皮膚、免疫系細胞、腫瘍細胞などであり、ビタミンDが腫瘍細胞の増殖を抑制し分化を誘導する作用(非カルシウム作用)も持つことが明らかにされた。以来、皮膚表皮や小腸上皮の細胞増殖分化制御、腫瘍細胞の増殖抑制など様々な細胞系での作用がin vitroの実験系から報告されている。このようにビタミンDは、様々な組織において多岐にわたる生理作用を発揮しており、標的組織におけるビタミンD作用の全貌を理解するためにはVDRを介した転写制御機構の理解と、各組織ごとの特異的作用発揮メカニズムを解明することが必須であると考えられる。

 VDRは、骨、腎臓、小腸の他に皮膚、脳、筋肉、肝臓等の様々な組織での発現が観察されている。VDRは性ステロイドホルモンであるエストロゲンやアンドロゲンの受容体などとともに核内受容体スーパーファミリーに属しており、レチノイドX受容体(RXR)と二量体を形成し、標的遺伝子のプロモーター領域に存在する正と負のビタミンD応答配列(VDRE、nVDRE)を認識し結合することで標的遺伝子の発現を転写レベルで正と負に制御する。その際、TATA boxを中心とする巨大複合体である基本転写装置群への相互作用が必須となる。このためにリガンド依存的にタンパク-タンパク相互作用によりこれらを仲介し、転写を調節する一群の因子、いわゆる転写共役因子(コファクター)が存在する。転写活性化のメカニズムは、リガンド未結合時には転写共役抑制因子(コリプレッサー)が結合し、リガンド結合により受容体の構造変化が生じるとコリプレッサーがはずれ、転写共役活性化因子(コアクチベーター)がリクルートされると理解されている。このときVDRに結合したこれらのコアクチベーター複合体は、独立して複数存在することが知られている。まず、WINACを中心としたクロマチンリモデリング因子複合体をリクルートし、ヌクレオソーム構造変換を誘導する。続いてヒストンアセチル化酵素複合体によりヒストンをアセチル化することでクロマチン構造を弛緩させる。最終的に基本転写装置に働きかけるメディエーター複合体をリクルートして転写を誘導するものと考えられている。以上のように、これら複合体群は転写誘導の各段階で連鎖的に機能するものの、ビタミンD作用の組織多様性を考えると、VDRによる組織特異的な標的遺伝子群の発現制御機構は、コアクチベーター複合体群の使い分け、あるいは組織特異的な未知因子群により調節されていることが予想される。

第二章 ビタミンD受容体のリガンド依存的な転写活性化機能を支えるコアクチベーター複合体の多様性

 核内受容体とコアクチベーター複合体のリガンド依存的な相互作用は、複合体中の特異的な構成因子に存在するLXXLLコンセンサスモチーフと、核内受容体リガンド結合ドメインのC末端helix 12(H12)との物理的な相互作用を介する。核内受容体と複合体群とのリガンド誘導性の相互作用は、このH12のリガンド結合依存的なシフトによって安定化されることがわかっており、このようなリガンド誘導性の分子基盤についてはX線結晶構造解析のレベルで明らかにされている。

 VDRによる遺伝子発現制御の組織特異性を追求するにあたり、本研究ではVDRが多種多様な転写コレギュレーター複合体群を必要とするかどうかの可能性検討を実施した。この課題に対して、VDRのH12におけるアミノ酸配列に関する一連のアラニン変異体を作成し、2種のクラスのコアクチベーター複合体(DRIP/TRAP、ならびにp160/CBP複合体)がこれらVDR変異体の転写活性に与える影響について調べた。VDR H12点変異体の中には、DRIP/TRAP複合体における相互作用因子との結合能を選択的に消失しているにもかかわらず、なおリガンド誘導性の転写活性化能を有するものがあった。また、別の変異体のひとつは、調べた2種のコアクチベーターいずれとも相互作用することができないもののリガンド依存的転写活性を保持しているものが存在した。したがって、得られた結果を総合すると、本検討より多様な既知/未知のコアクチベーター複合体がVDRのリガンド誘導性の転写活性化機能を支えていることが示唆された。

第三章 ビタミンDアナログ、TEI-9647の培養血清によって誘導されるアゴニストからアンタゴニストへの変換

 最近では、SRMsとよばれる選択的核内レセプターモジュレーターの開発にも進歩が認められている。SRMsは、標的遺伝子プロモーター、細胞の状態、あるいは標的組織に応じてアゴニスト、あるいはアンタゴニストの活性を選択的に発揮する。合成VDRリガンドの組織特異的作用に対しては、細胞もしくは組織特異的なVDRの転写活性化調節が大きく寄与していると考えられるが、SRMsの選択的な作用を担う分子メカニズムについては依然として不明な点が多く残されている。そこで本研究では、合成VDRリガンドのひとつでありVDRアンタゴニストとして認識されているTEI-9647について、そのVDR転写調節能における性状解析を行い、VDRの分子種差、および細胞培養中の血清濃度に依存した該化合物のアンタゴニスト、あるいはアゴニスト活性について検討、解析を行った。

 TEI-9647とZK159222の選択的転写活性について、主にレポーターアッセイを用いて細胞培養条件によって活性が変化する化合物の特性について解析した。血清濃度の低い培養条件下ではTEI-9647はVDRを介した転写を活性化し、一方で通常の高血清濃度下ではhVDR/hRXRαを介する1,25Dの転写活性化に対して用量依存的な阻害作用を示すアンタゴニストとして作用した。また、この結果は、レポーターのプロモーター領域にVDR共通認識配列であるDR3エレメントを用いても同様に観察されることから、プロモーターの構造や特徴に依存したものではないと考えられた。そこでTEI-9647とZK159222によるこのコアクチベーターとVDRとの相互作用に対する培養血清濃度の影響を調べてみたところ、無血清条件下ではTEI-9647はp160コアクチベーターのリクルートを促進し、TRAP220はリクルートしないということが見いだされた。この点より、TEI-9647の血清濃度依存的なVDR転写調節能は、VDRコアクチベーターの特異的なリクルートによって発揮されると推測された。

第四章 ビタミンD受容体の新規標的遺伝子の同定

 VDR標的遺伝子の発現制御機構やその遺伝子産物の生理機能を明らかにすることは、VDRの組織特異的な転写制御機構を理解する上で極めて有用であると考えられる。そこで本研究ではVDRの新たな標的遺伝子の検索を試みた。

 ヒト気道cDNAよりHuman airway trypsin-like protease(HAT)遺伝子のクローニングを行い、その一次構造とコードする推定アミノ酸配列の特徴、ならびにヒト組織での発現分布について検討した。そして1,25D、AtRA、DexといったそれぞれVDR、RAR(レチノイン酸受容体)、GR(グルココルチコイド受容体)の各核内受容体リガンドによるHAT遺伝子発現変動をRT-PCRにて検討した。ヒト肺胞上皮細胞A549では本遺伝子の発現量は低く、またレスポンスも悪いものの、AtRAおよび1,25DでのHAT遺伝子の発現亢進が認められた。一方、ヒト骨肉腫由来細胞HOSでは酸化ストレス下においてDexの発現抑制効果が観察された。これら2種の細胞株での検討より、HAT遺伝子のVDR、RAR、GRによる細胞種特異的な発現制御機構の存在が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 ビタミンDは、核内受容体のひとつであるビタミンD受容体(VDR)に結合し、標的遺伝子の転写を介して多岐にわたる組織において多彩な生理作用を発揮する。VDRの転写調節能に関しては転写共役因子複合体群によるクロマチン構造変化による制御が明らかにされているが、これら複合体群が標的組織ごとに多様な作用を発揮するメカニズムの詳細は未解明の部分が多い。

本研究は、ビタミンDの作用に組織特異性をもたらすVDRの転写制御機構について、新たなビタミンDの標的組織の検索、VDRと転写共役因子複合体間の細胞種や細胞環境ごとの相互作用変化、VDRの転写機能に関与しうる相互作用因子の多様性、の3点から解明を試みている。

 序論に続き、第二章では、ビタミンDの標的組織および組織固有の標的遺伝子に注目し、これまでに知られるカルシウム代謝調節に関わる組織や、細胞の増殖抑制・分化誘導作用の標的となる組織とは異なる新たな標的組織の検索を行った。その結果、標的遺伝子として呼吸器特異的に発現・機能する分子HAST(Human airway trypsin-like protease)を同定した。さらにこの遺伝子のビタミンDに対する応答性についての検討から、呼吸器特異的遺伝子の発現亢進作用におけるビタミンD、もしくはVDRによる細胞種特異的な発現制御機構の存在可能性を示した。さらにHAST遺伝子の発現が、ビタミンDあるいはVDRの組織特異的な選択的作用の指標となることを明らかにした。

 第三章では、合成抗ビタミンDリガンドTEI-9647を用いて細胞種特異的および細胞環境特異的なVDRの転写活性化調節能について主にVDRレポーターアッセイを行い、TEI-9647が組織選択的なVDRリガンドである可能性を検討している。その結果、TEI-9647はげっ歯類由来の細胞ではアゴニスト、ヒト由来の細胞ではアンタゴニストとして作用すること、そしてこの作用の違いはVDR分子の種差によるものであることを示した。また、ヒト由来の細胞において血清欠乏条件下での培養によりTEI-9647の特性がアンタゴニストからアゴニストへと変化すること、そしてこの変化は培養血清中に含まれるタンパク質性因子に起因すること、およびmammalian two-hybridシステムを用いたVDRとコアクチベーターとの相互作用に関する作用機序の検討からTEI-9647の特性変換はコアクチベーターのリクルートの変化によってもたらされることを示し、血清中に含まれる未知の液性因子による細胞内シグナルとビタミンDシグナルとのクロストークの存在を明らかにした。これは培養血清中に含まれるある因子の組織レベルに応じて、動物個体中の各組織においてVDRによる転写制御機構が何らかの修飾を受け、細胞環境に応じた転写調節がなされている可能性、ならびに選択的エストロゲン受容体調節剤に限らず、核内受容体は合成リガンドによる立体構造変化を介して組織選択性を付与しうることを示すものである。

 第四章では、転写共役因子に対するVDRの認識特異性を分子生物学的に解析し、VDRの転写機能を担う共役活性化因子複合体群の多様性を検討している。その結果、既知の2種のクラスのコアクチベーター複合体とそれぞれ相互作用不可能となるようなVDR変異体を作出することに成功した。これら変異体は既知複合体における相互作用因子との結合能を選択的に消失しているにもかかわらず、リガンド誘導性の転写活性化能を保持していた。これらの知見は、多様な未知のコアクチベーター複合体の存在を示唆するものであり、かつ組織特異的なコアクチベーター複合体群の使い分けを示唆するものであった。

 本論文は、組織特異的なVDRの転写制御機構に関して、新規標的遺伝子および組織の同定、新たな細胞内シグナルとのクロストーク機構の存在、さらに多様な共役因子複合体群との相互作用の重要性を明らかにしたものであり、これらの知見は今後ビタミンDの多様な生理作用発現機序の解明のみならず、病態の解明や薬剤の開発にも貢献するものと期待される。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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