学位論文要旨



No 216679
著者(漢字) 佐藤,正章
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサアキ
標題(和) 建物のライフサイクルにおける資源循環性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 216679
報告番号 乙16679
学位授与日 2007.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16679号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

 我が国の建築分野におけるLCAの研究は、1980年後半より始まり、その中でも、1996年に日本建築学会により提案されたLCCO2による評価手法が大きな転機となっている。

 1996年以降も、日本建築学会により継続的な研究が進められ、委員会報告書や書籍の刊行により成果が周知されることにより、LCCO2による評価法が、広く一般に受け入れられるようになった。

 2005年2月に京都議定書が発効され、地球温暖化防止が益々重要な環境問題として強く認識されてきており、今後とも、CO2に焦点をおいたLCCO2評価が汎用的に使われると考えられる。

 一方、地球温暖化防止と同様に、循環型社会の構築も我が国の重要な課題の一つである。

 特に、大量の資源が消費され、大量の廃棄物が発生する建築関連分野において、早急な対策が求められている。

 これに対して、国全体としての取り組みを定めた「循環型社会形成推進基本法」とそれを建設分野に展開する「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律(通称、建設リサイクル法)」が2000年に制定され、特定建設資材(コンクリート塊、アスファルト・コンクリート塊、木材)の再資源化等が義務付けられた。

 しかし、循環型社会の形成のための根本的な対策としては、これらの廃材の再資源化だけでなく、建物の計画・施工・運用・修繕・改修・解体といった全てのライフサイクルでの資源有効利用と廃棄物削減を検討していくことが必要である。

 従来からの建物のライフサイクル環境評価手法(LCA)では、主として、地球温暖化問題に着目したLCCO2が汎用的に用いられてきたが、このLCCO2による評価手法は省エネルギーの取り組みを評価する際に有効であるが、資源有効利用と廃棄物削減の取り組みを充分に評価することはできない。

 これに対して、本論文では、より多面的な環境問題を定量的に評価できるLCA手法を開発することを目的にして、従来のLCCO2を主体とした評価指標に、資源の循環性・廃棄物削減を評価するLCR(ライフサイクル資源:Life Cycle Resource)、LCW(ライフサイクル廃棄物:Life Cycle Waste)の指標の導入を提案した。

 このLCRやLCWは、基本的には建物とその敷地をバウンダリーとした、建物のライフサイクル全体での建設資材投入と廃材発生というマテリアルフローにおける、リサイクル資源の活用や廃材リサイクルなどの資源循環の取り組みを直接評価するものである。

 この方法は、本来のLCAとは厳密には異なるが、建物のライフサイクルに関連する資源と廃棄物の直接的なマテリアルフローとしてLCRとLCWという、比較的理解し易い指標を導入することにより、資源循環の観点において持続可能な社会の構築に貢献するような建物のあり方を示すことが可能となった。

 この研究の経緯を要約すると、下記のようになる。

 本論文の基となる一連の研究として、筆者らは1996年より「基本設計段階でのライフサイクル評価システムに関する研究 その1〜8」を日本建築学会大会学術講演梗概集に発表してきた。

 当初は、設計段階におけるコスト概算システムと連携してLCCO2などの環境負荷を算出するシステムの研究を行っていたが、廃棄物問題も建設分野における最も重要な課題の一つであるという認識から、比較的早い段階(1998年発表)から、ライフサイクル廃棄物(LCW)の概念を導入した。

 その後、2000〜2004年度に、経済産業省からの委託による生活価値創造住宅開発技術研究組合における「資源循環型住宅技術開発プロジェクト」が実施され、資源循環性を向上させるための技術開発を行うとともに、プロジェクトとしての統一した評価手法の開発を行うこととなり、その中で、筆者は、上記の筆者らの研究を基に、プロジェクトの「集合住宅に対する資源循環性評価のためのLCA手法の開発」の主要メンバーとして、具体的な評価ツールの開発を担当した。

 最終的には、より公開性・汎用性の高いツールの開発を目指して、日本建築学会のLCAツール を基にして開発を進め、2005年3月のプロジェクト終了時に、プロジェクトとしての成果としての「資源循環型住宅のLCAツール」を公開した。

 その後、筆者が主査を務める、日本建築学会の地球環境委員会LCA指針小委員会(2005〜2006年度)に引継ぎ、業務用途建物の評価用データを追加するなどの更新をおこない、2006年2月に日本建築学会として、LCAツールを公開し、現在も検討を継続している。

 本論文は以下の構成となっている。

 第1章では、「建物のライフサイクルにおける資源循環性評価に関する研究」の目的・経緯・意義を述べるとともに、既往の研究について概観する。

 第2章 では、本論文の背景となる、「我が国における主要なLCAの取り組みと建築との関わり」、「建築関連におけるLCAの取り組み」、「建築関連における総合的環境性能評価に関する取り組み」、「これまでの資源循環性評価の取り組み」を概説する。

 第3章 では、本論文で提案する、資源消費を評価するLCR(Life Cycle Resource)の指標と廃棄物の発生を評価するLCW(Life Cycle Waste)の指標を解説する。

 建物のライフサイクルに対する資源投入と廃棄物発生、リユース、リサイクルの模式図を図1に示すが、この建物のライフサイクル(以降LCと略す)の上流側で、LCR指標として、(1)LC資源投入量、(2)LCバージン資源投入量という2つの指標、さらに、下流側で、LCW指標として、(3)LC廃材発生量、(4)LC廃棄物発生量、(5)LC最終処分量という3つの指標を提案している。

 第4章 では、本論文における資源循環性評価の具体的な評価ツールの基となった、日本建築学会の従来からのLCAツールの概要を示すとともに、本論文の成果となる、これまでのLCCO2などによる評価機能をそのまま維持しながら、資源循環性の評価機能(LCWやLCRの算定機能)を追加したLCAツールの概要を示す。

 この章では、ツールの機能を具体的に説明するために、モデル建物を例にとり、その建物に対する入力データや評価のための条件設定の方法を示す。また、ツールによる評価結果、詳細分析の例を示し、資源循環性の評価機能を解説する。

 第5章 では、前述の資源循環型住宅技術開発プロジェクトの成果を定量的に評価するために設定した「資源循環型の集合住宅モデル」を用いて、資源循環に資する都市型集合住宅の対策技術の評価に適用した。

 近年、都市部では集合住宅が大量に建設されており、今後も継続すると考えられる。しかし、将来、これらが機能的・社会的・物理的な寿命に達した際、大量の廃棄物の発生原因となる可能性を持っている。また、分譲集合住宅は、所有権が分割されているため、建替えが適切に進みにくいことなどから、不良ストックとなる可能性がある。これを防止するための、良好な社会ストックとして継続使用される高品質の集合住宅の供給が、持続可能な社会構築のために必要であると考えている。

 この試算では、上記の認識の基に、都市型集合住宅に対する資源循環に資する幾つかの対策技術を想定し、それぞれの個別の効果とともに、対策技術を総合的に採用した場合の効果を推定している。

 第6章 では、資源循環に資する業務ビルのあり方の基本を考えるとき、最もベーシックな事務所ビルを対象にして検討を行うことが有効と考え、資源循環に資する基本的な対策技術を中小規模の事務所ビルに適用した場合の効果を評価し、業務ビルにおける資源循環の方向性を検討した。

 この検討例では、比較的評価結果の汎用性が高いと思われる中小規模の事務所ビルを対象に、構造形式として、RC造、SRC造+S造の複合構造、S造の3つの構造形式を仮定した試設計を行い、その3つのケースに対して、比較的実現性の高いリサイクル資材の選択、廃材リサイクルの取り組みの効果を試算した。

 なお、この検討は、資源循環性の観点から、構造形式を選択することを目指したものではなく、構造形式に関わらず取り組むべき課題があり、また、構造形式により異なった、取り組むべき課題があることを示すことを目的としている。

 第7章 では、各章を総括するとともに、研究の今後の課題を整理した。

 この資源循環性を評価するLCAツールの活用に当たって、現状では、建材に含まれるリサイクル率や廃材のリサイクル率などのデータなどに不十分な点も多くあり、また、特定の取り組みによる長寿命化や部分的な更新回数の削減などを正確に評価することは難しい。しかし、今後はこのようなツールを用いて資源循環の取り組みを進めながら、並行して、より正確な条件設定のためのバックデータを整備していくことが今後の課題と考えている。

 本論文の最も有意義な点は、建物のライフサイクルにおける資源循環性評価の指標として、LCR(ライフサイクル資源:Life Cycle Resource)、LCW(ライフサイクル廃棄物:Life Cycle Waste)を提案し、その評価のための公開性・透明性の高いツールを提供した点にあると考えている。

 第5章・第6章に評価手法の有効性を部分的に示したが、ツールの公開により、他の研究者・実務者が同様の検討を実施することを可能とし、共通の基盤の基に、研究や実例を蓄積することを可能とした。

 評価のためのデータベースには不十分な点が多々あるが、逆にいえば、評価のために必要なデータが明確になったとも言える。

 この研究は、未熟な点も多いが、広く公開することにより、今後のこの分野の礎となることを願っている。

図1 資源循環性・廃棄物の評価指標の定義

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「建物のライフサイクルにおける資源循環性評価に関する研究」と題し、従来からの建物ライフサイクル環境評価手法(LCA)では十分に評価することができなかった資源有効利用と廃棄物削減への取り組みを評価可能にする手法を提案したものである。

 論文提出者は、我が国の建築分野におけるLCAの研究が本格的に始まった当初から、日本建築学会、空気調和・衛生工学会の委員会の主要メンバーとして当該研究に携わり、研究成果を継続的に発表してきた。当初の発表内容は、設計段階におけるコスト概算システムと連携して、地球環境問題を議論する際に避けて通れない、建物のライフサイクル炭酸ガス排出量(LCCO2)などの環境負荷を算出するシステムに関するものであったが、廃棄物問題も建設分野における最も重要な課題の一つであるという認識のもと、比較的早い段階(1998年発表)から、ライフサイクル廃棄物(LCW)の概念を導入した研究を開始している。さらに、経済産業省からの、資源循環型住宅技術開発に関する委託研究の委員会にも主要メンバーとして参加し、廃棄物問題に加え、資源消費を評価する指標の重要性を指摘している。

 本論文は、以上のような論文提出者の研究内容から、建物のライフサイクルにおける資源循環性を評価する手法に的を絞りまとめられたものであり、以下の7章より構成される。

 第1章では、「建物のライフサイクルにおける資源循環性評価に関する研究」の目的・経緯・意義を述べるとともに、既往の研究について概観している。

 第2章では、本論文の背景となる、「我が国における主要なLCAの取り組みと建築との関わり」、「建築関連におけるLCAの取り組み」、「建築関連における総合的環境性能評価に関する取り組み」、「これまでの資源循環性評価の取り組み」を概説している。

 第3章では、本論文で提案する資源循環性および廃棄物の評価指標を解説している。具体的には、建物のライフサイクル(LC)の上流側で、資源消費を評価するLCR(Life Cycle Resource)の指標として(1)LC資源投入量、(2)LCバージン資源投入量という2つの指標、さらに、下流側で、廃棄物の発生を評価するLCW(Life Cycle Waste)の指標として(3)LC廃材発生量、(4)LC廃棄物発生量、(5)LC最終処分量という3つの指標を提案している。

 第4章では、本論文における資源循環性評価の具体的な評価ツールの基となった、日本建築学会の従来からのLCAツールの概要を示すとともに、本論文の成果となる、これまでのLCCO2などによる評価機能をそのまま維持しながら、資源循環性の評価機能(LCWやLCRの算定機能)を追加したLCAツールの概要を示しており、ツールの機能を具体的に説明するために、モデル建物を例にとり、その建物に対する入力データや評価のための条件設定の方法を示している。また、ツールによる評価結果、詳細分析の例を示し、資源循環性の評価機能についても解説している。

 第5章では、前述の資源循環型住宅技術開発に関する委託研究の委員会において、プロジェクトの成果を定量的に評価するために設定した「資源循環型の集合住宅モデル」における評価結果を示している。近年、都市部で大量に建設されている集合住宅が、機能的・社会的・物理的な寿命に達した際、大量の廃棄物の発生原因となる可能性を持っていること、分譲集合住宅は、所有権が分割されているため、建替えが適切に進みにくいことなどから、不良ストックとなる可能性があり、これを防止するための、良好な社会ストックとして継続使用される高品質の集合住宅の供給が、持続可能な社会構築のために必要であるとの考えから、都市型集合住宅に対する資源循環に資する幾つかの対策技術を想定し、それぞれの個別の効果とともに、対策技術を総合的に採用した場合の効果を推定している。

 第6章では、資源循環性評価機能を持つLCAツールの具体的な活用例として、中規模の事務所ビルを対象にした評価例を示している。具体的には、比較的評価結果の汎用性が高いと思われる中小規模の事務所ビルを対象に、構造形式としてRC造、SRC造+S造の複合構造、S造の3つの構造形式を仮定した試設計を行い、その3つのケースに対して、比較的実現性の高いリサイクル資材の選択、廃材リサイクルの取り組みの効果を試算しており、構造形式に関わらず取り組むべき課題があり、その課題は構造方式により同一ではないことを示している。

 第7章では、各章を総括するとともに、研究の今後の課題を述べている。

 本論文で提案された資源循環性を評価するLCAツールの活用に当たっては、現状では、建材に含まれるリサイクル率や廃材のリサイクル率などのデータなどに不十分な点も多くあり、また、特定の取り組みによる長寿命化や部分的な更新回数の削減などを正確に評価することは難しいという問題を残しており、論文提出者が述べているように、今後はこのようなツールを用いて資源循環の取り組みを進めながら、並行して、より正確な条件設定のためのバックデータを整備していくことが課題となる。しかしながら、建物のライフサイクルにおける資源循環性評価の指標を提案し、その評価のための公開性・透明性の高いツールを提供したことは、今後の循環型社会構築に寄与するところが極めて大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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