学位論文要旨



No 216680
著者(漢字) 武政,祐一
著者(英字)
著者(カナ) タケマサ,ユウイチ
標題(和) オフィスの温熱環境計画手法に関する研究 : アクティブ及びパッシブ環境制御の観点から
標題(洋)
報告番号 216680
報告番号 乙16680
学位授与日 2007.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16680号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

 近年、オフィスにおいては、OA機器の普及に伴う内部発熱の増大やその偏在、フレキシビリティの要求、快適性向上への期待などに対応するために、よりきめ細かい環境制御が必要になってきている。また、オフィスの温熱環境が執務者の作業効率(プロダクティビティ)に与える影響は大きく、温熱環境的に優れた空間をつくることが、オフィスの空調換気計画上重要な課題となってきている。一方、地球環境問題に目を向けると1992年の地球サミットや1997年の気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)などが契機となって、省エネルギーや温暖化ガスの排出削減に対する要求が高まってきている。

 本論文は、このような背景のもと、オフィス空間においてアクティブおよびパッシブ環境制御の観点から省エネルギーでかつ良好な温熱環境を実現するための計画手法を構築するとともに、今後のオフィスの温熱環境計画の一つの方向性を示すことを目的としている。本論文は7章から構成されており、そのうち第2章と第6章が予測計算を行うための計算モデルに関する部分、第3章がアクティブ環境制御、第4章と第5章がパッシブ環境制御に関する部分である。以下に、各章の概要を示す。

 第1章では、本論文の背景、目的、既存の研究と現状の課題及び本論文の特徴について記述するとともに、本論文の流れと各章の概要を説明した。特に、従来の動的熱負荷計算や気流数値解析(CFD)は有用であるものの、室内温熱環境と空調負荷の双方を長期的に評価することは難しいため、これらの評価を可能とするマクロモデルの必要性について記述した。また、本論文で用いる記号・変数をまとめた。

 第2章では、「オフィスの空調負荷と温熱環境の評価のためのマクロモデル」として、室内温熱環境(上下温度分布を含む)と空調負荷を長期にわたって評価可能とするマクロモデルの概要を示すとともに、天井アネモ吹出と床吹出空調の実験結果の再現計算を行い、マクロモデルの再現性を検証した。その結果、天井アネモ吹出(水平吹出及び下向吹出)については、マクロモデルは冷房・暖房時ともにオフィス空間の上下温度分布をよく再現することを確認した。床吹出空調を用いた場合のマクロモデルの精度については、発熱体上の上昇気流の評価方法が上下温度分布の予測精度に与える影響が大きいこと、プルームモデルを導入することにより、発熱量、発熱位置、吹出風量などを変えた場合にも上下温度分布を高精度で予測できることが確認された。

 第3章では、「ペリメータ・インテリアの混合損失問題と対策方法」として、多くのオフィスで感知されずに発生し多大なエネルギーロスに繋がっていると考えられる"ペリメータ・インテリアの混合損失問題"を例に取って空調の制御性について検討し、どのような要因が混合損失に関係するかスタディを行った。ペリメータ系統とインテリア系統の複数の空調系統を持つ実験室実験において、ペリメータゾーンとインテリアゾーンへの供給熱量(吹出温度の組合せ)を変化させても、両ゾーン間の温度差を制御することは困難であり、むしろ吸込位置の温度差(上下温度差)の方が大きくなる傾向が見られた。また、冬期における運転制御および期間積算空調機負荷に関してシミュレーションによるスタディを行った。その結果、冬期にペリメータ側の暖房設定温度を上げることは、インテリア側の冷房ひいてはペリメータとインテリアの混合損失を誘発し、多大な熱量消費に繋がることを確認した。ペリメータ・インテリアにおける冷房・暖房の同時発生を防ぐための対策方法としては、(1)ペリメータの暖房設定温度を下げる、(2)ルームサーモを用いる(ペリメータとインテリアのセンサー高さを同じにする)、(3)ペリメータ吹出位置を下げる、(4)ペリメータ空調機器能力を過度に大きくしない等が有効であることを確認した。また、これらの検討を勘案した上で空調の制御性を考慮した計画法を提案した。

 第4章では、「窓の熱性能評価」として、様々な窓システムに関して窓熱性能評価モデル(窓モデル)を提案し、実験・実測結果との比較によりその予測精度を評価した。シングルガラス+ブラインド(BL)+窓上・窓下排気、Low-Eペアガラス+BL、エアフローウィンドウ(AFW)については、窓モデルの予測精度は概ね良好であり、ガラス・ブラインド表面温度を精度よく再現することを確認した。次に、東面にダブルスキンファサード(以下ダブルスキン)を持つ東京のオフィスビルにおける夏期・冬期の実測とシミュレーションを行い、ダブルスキンの熱性能の把握を試みた。その結果、室内側に高断熱性のLow-Eペアガラスを用いたダブルスキンは、夏期・冬期ともに窓近傍の温熱環境が良好であること、AFWやシングルガラス+BLと比較して空調負荷の低減が可能であることを確認した。さらに、ダブルスキンの窓モデルを提案し、実測との比較により良好な予測精度を持つことを確認した。

 第4章の後半では、様々な窓システムに対してシミュレーションによるスタディを行い、空調負荷と温熱環境の二軸評価を実施した。その結果、透明系ガラスの場合はダブルスキン(室内側Low-Eペアガラスを前提)とAFWが空調負荷と温熱環境の面から優れていること、Low-Eペア+BLは中間期の放熱が小さく年間冷房負荷が大きい傾向があること、ガラスの色に制約のない場合は日射透過率の小さい熱線反射・熱線吸収ガラス等を用いることで冷房負荷・温熱環境ともに大きく改善することなどを確認した。方位別に見ると、夏期MRTについては東面・西面の差は小さく、南面の値は東西面よりも低かった。空調負荷についてはペア+BLとLow-Eペア+BLでは南面が東西面よりも年間積算冷房負荷が大きい傾向が見られた。その他、ペリカウンタ高さ、AFW排気風量、ダブルスキンの開口高さ、窓上排気の効果などについても検討を行い有用な知見を得た。また、これらの検討結果を考慮した上で窓システムの計画法を提案した。

 第5章では、「自然換気の評価」として、自然換気の考え方と分類を整理し、ナイトパージの検討例、換気口まわり実験、ダブルスキンを用いた自然換気併用冷房の実施例について記述した。まず、10層吹抜け空間を利用したナイトパージについてシミュレーションを行い、大きな自然換気量と排熱量を確保できることを確認した。また、天井吹出・欄間吹出・床吹出・壁吹出の4種の大型吹出口近傍の温熱環境を把握するための実験を行い、吹出温度・吹出風速を変化させた場合の吹出口まわりの温度分布・風速分布・ドラフトによる不快者率分布の測定結果をまとめた。実験結果から、(1)欄間吹出と床吹出の場合は居住域のドラフトを緩和する吹出形状となっておりドラフトは比較的発生しにくいこと、(2)天井吹出と壁吹出では少し離れた所でも足元にドラフトが発生しやすいこと、(3)ドラフトを回避するためには吹出風速を抑えるとともに吹出温度が低くなり過ぎないように注意する必要があることなどがわかった。さらに、ダブルスキンと建物中央の吹抜けを用いた自然換気併用冷房について、自然換気時の室内温熱環境の実測を行い、自然換気口の制御を適切に行うことで温度分布・風速分布とも良好な環境が形成されることを示した。また、年間シミュレーションにより空調負荷削減の評価を行い、ダブルスキン内温度を用いた開口制御とナイトパージを行うことにより、年間約26%の冷房負荷の低減が可能であることを示した。また、これらの検討結果を踏まえて自然換気の計画法をまとめた。

 第6章では、マクロモデルでは詳細な気流分布の影響が大きい場合のモデル化には課題が残されていることを考慮し、CFDによるブラインドの対流熱伝達に関する詳細検討、マクロモデルとCFDの連成モデルによる検討例を通して、室内温熱環境計画の今後の展開に向けた検討を行った。まず、ブラインドのあるペリメータを模擬した実験とLienらの低レイノルズ数型k-ε二方程式モデル(低Re型モデル)によるCFD計算による対流・放射連成解析を実施した結果、ブラインド面の対流熱量・対流熱伝達率に関して、計算値は実験値をよく再現する結果が得られた。これにより、低Re型モデルによるCFDを用いることでブラインド表面での対流熱伝達率の推定が可能であることが確認され、今後マクロ的な窓モデルを構築する上で有用と考えられる。また、CFDの計算結果を用いて、ブラインド・ガラス面の対流熱量・放射熱量と対流熱伝達率をマクロ的に分析した。

 次に、室内の全般的な部分にはマクロモデルを適用し、詳細分布が問題になる部分のみにCFDを用いて、マクロモデルとCFDのそれぞれの長所を活かすことが可能な連成モデルを開発した。その上で、天井有孔板チャンバー空調の実験の再現計算を実施し、連成モデルの予測精度を確認した。その結果、天井裏をCFD、室内をマクロモデルで解くことにより、天井裏空気温度分布や表面温度分布を精度よく再現することを確認した。また、マクロモデルとCFDの連成モデルを用いて、天井有孔板チャンバー空調方式を適用した実建物を想定し、冷房時・暖房時の検討を行った。さらに、マクロモデルとCFDの連成モデルの特徴について考察し、マクロモデル及びCFD非定常計算と比較した。各手法にそれぞれの長所と短所があり、特徴を把握した上で適切に使い分けることが肝要であるものの、マクロモデルとCFDの連成モデルによる評価手法を整備していくことの重要性を示した。

 第7章では、本論文の内容をまとめるとともに、今後の展望と課題について述べる。

 以上のように、オフィスにおける温熱環境計画手法を提案するとともに、アクティブ及びパッシブな環境制御という観点から様々な検討を行った結果をまとめた。本論文で示した計画手法は、省エネルギーと温熱環境の両立を目指した計画に有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「オフィスの温熱環境計画手法に関する研究 -アクティブ及びパッシブ環境制御の観点から-」と題し、オフィス空間におけるアクティブおよびパッシブ環境制御手法を用いた、省エネルギーでかつ良好な温熱環境を実現するための計画手法を提案するとともに、今後のオフィス温熱環境計画の一つの方向性を示すことを目的とした論文である。

 論文提出者は、近年、オフィスにおいてOA機器の普及に伴う内部発熱の増大やその偏在、フレキシビリティの要求、快適性向上への期待などに対応するために、よりきめ細かい環境制御が必要になってきていること、オフィスの温熱環境が執務者の作業効率(プロダクティビティ)に与える影響は大きく、温熱環境的に優れた空間をつくることが、オフィスの空調換気計画上重要な課題となってきていること、その一方で、1992年の地球サミットや1997年の気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)などが契機となり省エネルギーや温暖化ガスの排出削減に対する要求が高まってきていることを問題背景として挙げ、本研究の位置づけを行っている。

 本論文は7章から構成されているが、そのうち第2章と第6章が予測計算を行うための計算モデルに関する部分、第3章がアクティブ環境制御、第4章と第5章がパッシブ環境制御に関する部分である。以下に、各章の概要を示す。

 第1章では、本論文の背景、目的、既存の研究と現状の課題及び本論文の特徴について記述するとともに、本論文の流れと各章の概要を説明している。

 第2章では、「オフィスの空調負荷と温熱環境の評価」として、上下温度分布を含む室内温熱環境と空調負荷を長期にわたって評価可能とするマクロモデルの概要を示すとともに、天井アネモ吹出しと床吹出し空調による冷房・暖房時の実験結果の再現計算によるモデルの検証結果から、モデルの妥当性を示している。その過程で、床吹出し空調を用いた場合のマクロモデルの上下温度分布予測精度には、発熱体上の上昇気流評価法の影響が大きく、プルームモデルを導入することにより、高精度で予測でき、適用範囲も広くなることなどを示している。

 第3章では、「ペリメータ・インテリアの混合損失問題と対策方法」として、多くのオフィスで感知されずに発生し多大なエネルギーロスに繋がっていると考えられる"ペリメータ・インテリアの混合損失問題"を例に空調の制御性について実験室実験および冬期における運転制御と期間積算空調機負荷に関するシミュレーションから検討している。それら結果から、ペリメータ・インテリアにおける冷房・暖房の同時発生を防ぐための対策方法としての、ペリメータの暖房設定温度、ペリメータとインテリアのセンサー高さ、ペリメータ吹出し位置、ペリメータ空調機器能力のあり方を示すとともに、これら検討結果を勘案した空調の制御性を考慮した計画法を提案している。

 第4章では、「窓の熱性能評価」として、様々な窓システムに関して窓熱性能評価モデル(窓モデル)を提案し、実験・実測結果との比較によりその予測精度を評価し、その予測精度は概ね良好であることを示している。また、東面にダブルスキンファサード(以下ダブルスキン)を持つ東京のオフィスビルにおける夏期・冬期の実測とシミュレーションを行い、その温熱環境改善効果および省エネ効果を明らかにするとともに、ダブルスキンの窓モデルを提案し、実測との比較により良好な予測精度を持つことを示している。さらに、様々な窓システムに対してシミュレーションによるスタディを行い、空調負荷と温熱環境の二軸評価を実施するとともに、検討結果を総合し、窓システムの計画法を提案している。

 第5章では、「自然換気の評価」として、自然換気の考え方と分類を整理し、ナイトパージの検討例、換気口まわり実験、ダブルスキンを用いた自然換気併用冷房の実施例について述べている。10層吹抜け空間を利用したナイトパージについてのシミュレーションから、大きな自然換気量と排熱量を確保できること、4種類の大型吹出口近傍の温熱環境を把握するための被験者実験を含む多くの実験からは、主としてドラフトの防止法に関する知見が得られたこと、ダブルスキンと建物中央の吹抜けを用いた自然換気併用冷房についての自然換気時の室内温熱環境実測からは、自然換気口の制御を適切に行うことで温度分布・風速分布とも良好な環境が形成されること、年間シミュレーションによりダブルスキン内温度を用いた開口制御とナイトパージを行うことにより、年間約26%の冷房負荷の低減が可能であることなど示している。さらに、これらの検討結果を踏まえて自然換気の計画法をまとめている。

 第6章では、マクロモデルには局所気流分布の影響が大きい場合のモデル化に課題があるとし、CFDによるブラインドの対流熱伝達に関する詳細な検討を行うとともに、マクロモデルとCFDの連成モデルの提案と、練成モデルによる検討例を通して、室内温熱環境計画の今後の展開に向けた検討を行っている。

 第7章では、本論文の内容をまとめるとともに、今後の展望と課題について述べている。

 以上のように、本論文は、アクティブおよびパッシブな環境制御による、良好な室内環境を維持し、かつ、省エネルギー的なオフィスの温熱環境計画手法を提案したものであり、建築環境、建築設備に寄与するところが極めて大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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