学位論文要旨



No 216681
著者(漢字) 長谷川,茂
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,シゲル
標題(和) 超高速射出成形現象の実験解析
標題(洋)
報告番号 216681
報告番号 乙16681
学位授与日 2007.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16681号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 助教授 新野,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

 射出成形分野では、製品の多様化、高付加価値化に対応した成形品を低コストで実現するための新成形法の開発が盛んに行なわれている。本研究の主題である超高速射出成形法もその一つで、とりわけ薄肉成形品の実現とそれによる製品の高付加価値化に大きく貢献している。

 同成形法は、超高速のスクリュ射出によって溶融樹脂を金型内に充填するもので、射出成形機の最大スクリュ射出速度は、汎用機の100から200mm/sに対して、その5倍から10倍以上に達する。また、超高速充填過程ではノズル部で105s(-1)、ゲート部では106s(-1)から107s(-1)以上の極めて大きなせん断速度を伴ないながら樹脂が流動することとなる。こうした短時間内での樹脂の充填により、流動樹脂の冷却を抑制する効果、非ニュートン流体の粘度特性に基づくせん断速度の増加による樹脂粘度の低下効果、ノズル部およびゲート部でのせん断発熱による樹脂粘度の低下効果、これらの効果を積極的に利用することで薄肉部への完全充填を可能としている。また、成形品の薄肉化は、原料費の削減効果、冷却時間の短縮によるハイサイクル化をもたらすこととなる。そのため、超高速射出成形法は製品の高付加価値化と低コスト化とを同時に実現する成形法として、今後益々注目されるものと考えられる。

 しかしながら、超高速充填現象については、ほとんど研究されておらず未解明の課題が多く残されている。とりわけ、超高速充填過程では、溶融樹脂が型内残留ガスを急圧縮しながら流動することとなる。そのため、超高速充填現象の解明には、型内残留ガスの影響を明らかにし、樹脂圧力および温度変化をインプロセスで評価すること、型内樹脂流動挙動を直接可視化観察することがそれぞれ重要となる。そこで本論文では、超高速充填過程のインプロセス計測と、超高速充填挙動の動的可視化手法の確立を研究目的としている。

 本論文は、序論と総括を含めて2部、合計9章より構成されている。

 第1章の序論では、汎用の射出成形において確立されてきた各種実験解析法と、超高速射出成形に関する研究事例をそれぞれ整理した。そして、超高速射出成形においてこれまで検討事例がなく解明が求められる課題について分析し、本研究の目的を明らかにした。

 第I部は、超高速充填過程における型内残留ガスの影響、スクリュ射出の加速性能(以下、立ち上がり特性)の効果、これらをインプロセスで評価することを目的とした。超高速充填過程では、型内残留ガスがこれまで以上に樹脂の流動特性、成形品の外観および内部構造に影響を及ぼすこととなる。しかしながら、型内残留ガスの影響評価については国内外問わず行なわれた事例がなく、残留ガスを考慮した充填特性評価金型の開発が課題となっていた。

 そこで第2章では、フローフロント通過タイミングと型内ガス圧力とを同時計測することが可能で、且つ残留ガスの排気条件(ガスベント条件)が可変構造の薄肉バーフロー金型を開発した。そして、ガラス繊維強化LCP(GF強化LCP)を試験材料として、成形品表面の膨れ欠陥(ブリスター)とガスベント条件との相関について評価した。これにより、残留ガスを強制排気することで、超高速充填でもブリスター生成が抑制できることを明らかにし、ブリスター生成時のスプルー内充填メカニズムを提示した。

 第3章では、薄肉バーフロー金型を用いて、ガスベント条件およびスプルー容積の変化が薄肉キャビティの充填特性に及ぼす影響をそれぞれ評価した。その結果、型内で圧縮された残留ガスが流動終端部のフローフロントの前進を阻害していること、スプルー容積の縮小によって樹脂圧力の昇圧速度が上昇し、フローフロント前進速度が増加することをそれぞれ定量的に明らかにした。すなわち、薄肉キャビティへの樹脂の充填性を向上させるためには、型内残留ガスを強制的に排気し、スプルー容積を縮小することが極めて重要であることを明らかにした。

 第4章では、第3章で明らかにした真空引き(強制排気)の効果を超薄肉成形において実証的に明らかにすることを目的とした。ここでは、矩形キャビティ(厚さ0.5mm)の中央部にガスベント条件が可変構造の極薄肉部(厚さ0.05mm)を有する部分薄肉キャビティを提案した。そして、型内残留ガスを真空引きにより強制的に排気することで、極薄肉部の充填性が向上し完全充填に要する樹脂圧力が減少すること、それにより充填過程での金型の弾性変形(型開き)が低減し、成形品の薄肉化が効果的に図れることを定量的に明らかにした。

 第5章では、上記の部分薄肉キャビティを用い、スクリュ射出の立ち上がり特性が極薄肉領域の充填特性に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。ここでは、キャビティ内に樹脂圧力および型開きセンサを組み込み、スクリュ射出の立ち上がり特性の高速化によって極薄肉部の充填性が向上し、それにより樹脂圧力および型開き量が減少することで成形品の薄肉化が図れることを確認した。さらに、超高速充填時のフローフロント領域の温度計測に対して、これまでにない応答性を有する高応答赤外線放射温度計(応答時間8μs,95%)を適用し、立ち上がり特性の高速化によって、フローフロント領域の温度が上昇していることを初めて実測により捉え、同特性の効果を具体的に明らかにした。

 第II部は、超高速充填過程における型内樹脂流動挙動の動的可視化手法を確立することを目的とした。汎用の射出成形では、これまでさまざまな可視化手法が提案されてきた。とりわけ、横井らが提案したガラスインサート金型は、型内での樹脂挙動と各種成形不良の生成メカニズムの解明に大きく貢献してきた。しかしながら、超高速充填挙動については、これまで直接可視化された事例がなく未知の領域となっていた。

 そこで第6章では、従来のガラスインサート金型のプリズムガラスの耐圧強度向上を図った超高速充填対応ガラスインサート金型を提案した。そして、厚さ0.5mmの薄肉矩形キャビティを用い、ゲート形状をファンおよびサイドゲートに変化させて超高速充填過程までの可視化観察に初めて成功した。これにより、ファンゲートの低速充填では、ゲート内部での樹脂滞留とそれによる冷却・固化作用によって、キャビティ内で特異な充填パターンが生成すること、一方の超高速充填では、ゲート形状によらず、いずれもキャビティ幅中心線上のフローフロントが側面側よりも先行した凸状の充填パターンへと変化することをそれぞれ定量的に明らかにした。

 第7章では、樹脂流路が主ランナーから傾斜3方向に分岐するY字型ランナー、主ランナーからサブランナーが十字状に順次分岐する十字型ランナー、以上の2種類のランナー型キャビティを提案し、分岐部での慣性力の発現とそれによる樹脂の充填挙動の変化を評価した。非強化PPおよびGF強化LCPを用い、低速から超高速充填過程までの可視化観察を通して、いずれの樹脂においても主ランナー内のフローフロント前進速度が25〜30m/s、せん断速度で約105s(-1)以上の領域から、樹脂が流動直進方向にのみ進もうとする慣性流れが発現することを初めて具体的に明らかにした。

 第8章では、第2章で提示したGF強化LCPにおけるブリスター生成時のスプルー内充填メカニズムを実証するために、スプルー型キャビティを提案し、射出率によって樹脂の充填挙動がどのように変化するのかを評価した。とりわけ、GF強化LCPでは、毎秒100万コマまでの撮像速度を有する超高速ビデオカメラを用い、スプルー内残留ガスが流動樹脂に巻き込まれる際の超高速充填時の特徴的な樹脂の充填挙動を明らかにし、ブリスター生成時のガス巻き込みモデルを具体的に提示した。

 以上のように、本論文の第I部では、超高速充填過程のインプロセス計測を通して、超高速充填時の型内残留ガスおよびスプルー容積の影響を明らかにした。また、これまでにない応答性を有する高応答赤外線放射温度計を提示し、超高速充填時のフローフロント領域の温度計測を通して、スクリュ射出の立ち上がり特性の効果を実証的に明らかにした。また第II部では、超高速充填対応ガラスインサート金型を提案しキャビティ、ランナー、スプルー領域をそれぞれ可視化領域に構成し、これまで可視化観察された事例がない型内での超高速充填挙動を明らかにすることに成功した。そして、これらの可視化解析実験を通して、本金型および本可視化実験解析手法が超高速充填挙動の解明と不良生成メカニズムの解明に適用できることを実証した。

 最後に第9章の総括では、各種実験解析で得られた結論をまとめて整理し、本論文の成果を述べた。さらに、超高速射出成形技術を活用するための知見と今後の課題を述べ、最後に超高速射出成形の研究に関する今後の展望を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 超高速射出成形法は、超高速のスクリュ射出により溶融樹脂を金型内に充填するもので、流動樹脂の冷却を抑制する効果、せん断速度の増加による非ニュートン流体の粘度特性に基づく樹脂粘度の低下効果、せん断発熱作用に基づく樹脂粘度の低下効果、これらの効果を積極的に利用することで薄肉部への完全充填を可能としている。しかしながら、超高速射出成形現象についてはこれまでほとんど研究がなされておらず、未解明の課題が多く残されていた。本論文は、同分野における新たな実験解析手法として、インプロセス計測を導入した流動性評価バーフロー金型、高応答赤外線放射温度センサ、高耐圧ガラスインサート金型等を提示し、型内残留ガスの影響とスクリュ射出の加速性能(以下、立ち上がり特性)の効果、慣性流れ、ブリスター生成現象等、同分野の重要な未解明現象について実験解析を行うことを研究目的としている。

 第I部では、超高速充填過程における型内残留ガスおよびスプルー容積の影響、立ち上がり特性の効果をインプロセスで評価することを課題とした。まずフローフロント通過タイミングと型内ガス圧力とを同時計測可能な流動性評価用薄肉バーフロー金型を開発し、ガラス繊維強化液晶ポリマー(GF強化LCP)の膨れ欠陥(ブリスター)とガスベント条件との相関解析を試みている。同解析により、型内残留ガスの強制排気で超高速充填でもブリスター生成の抑制が可能であること、残留ガスが流動終端部のフローフロントの前進を阻害すること、スプルー容積の縮小が樹脂昇圧速度を上昇させフロント前進速度の増加をもたらすことを明らかにした。さらに超薄肉成形での真空引き(強制排気)効果を解析するために、矩形キャビティ(厚さ0.5mm)の中央部にガスベント条件可変構造の薄肉部(厚さ0.05mm)を有する部分薄肉キャビティを提案した。同装置により、真空引き操作にて極薄肉部の充填性が向上し、完全充填までの樹脂圧ピークと金型の弾性変形(型開き)が低減し、成形品の薄肉化が効果的に図れることを明らかにしている。また高応答赤外線放射温度計(応答時間8μs,95%)にて、超高速充填時フローフロント領域の温度変化を詳細に捉えることに成功し、立ち上がり特性の高速化によってフロント領域の温度が上昇して極薄肉領域への樹脂の充填性が向上することを初めて具体的に明らかにした。

 第II部では、超高速充填挙動の動的可視化手法の確立に取り組み、慣性流れの発現、ブリスター生成現象の解析等の実証実験を通してその有効性を明らかにしている。まず高耐圧ガラスインサート金型を提案し、厚さ0.5mmの薄肉矩形キャビティを用いて超高速充填挙動の直接観察にはじめて成功を収めた。ファンゲート内滞留樹脂により凹状特異充填パターンが生成する低射出条件から、中央部が凸状の充填パターンへと遷移する超高速条件まで、充填パターンがどのように変化するかを具体的に明らかにした。また樹脂流路が主ランナーから傾斜3方向に分岐するY字型ランナーと、十字状に順次分岐する十字型ランナーとを用いて、非強化PPとGF強化LCPでの分岐部慣性流れの発現と充填挙動の遷移過程を可視化解析した。その結果、主ランナー内のフローフロント前進速度が25〜30m/s以上(せん断速度で約105s(-1)以上)の領域から、流動直進方向に進もうとする慣性流れが発現することを具体的に明らかにした。さらにGF強化LCPのブリスター生成機構解明を目的に、射出速度によるスプルー型キャビティ内での充填挙動変化を、毎秒100万コマまで撮像可能な超高速ビデオカメラにて初めて可視化解析した。これにより、揺動を伴うジェッティング樹脂の界面部で、スプルー内残留ガスが樹脂内部に順次引き込まれる現象を鮮明に撮影することに成功し、ブリスター生成機構としてのガス巻き込みモデルを具体的に提示している。

 以上のように本論文では、これまで実験解析事例がなかった超高速射出成形の金型内成形現象解析を目的として、光ファイバー・ガス圧センサを組み込んだ流動特性評価用バーフロー金型、高耐圧ガラスインサート金型等の実験解析手法を提示し、実証実験によってその有効性を明らかにしている。またこれらに基づき、これまで未解明であった型内残留ガスの効果、スプルー容積の影響、スクリュ射出の立ち上がり特性の効果を具体的に明らかにするとともに、これまで誰も確認ができなかったランナー分岐部流れにおける慣性流れの発現、LCPにおけるブリスター生成現象の解析を行っている。このように本論文は、超高速射出成形の研究分野において極めて有効な実験解析手法を初めて提示するとともに、未解明現象への適用を通して、工学的にも工業的にも重要な知見を見出した先導的な研究である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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