学位論文要旨



No 216682
著者(漢字) 鵜沢,潔
著者(英字)
著者(カナ) ウザワ,キヨシ
標題(和) 複合材料を用いた大型モノコック構造の設計・開発技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 216682
報告番号 乙16682
学位授与日 2007.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16682号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 助教授 高橋,淳
 東京大学 助教授 村山,英晶
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は「複合材料を用いた大型モノコック構造の設計・開発技術に関する研究」と題し、複合材料によるヴィークル構造を短期間で低コストに完成させる為の設計・開発技術を明らかにしたものである。

 環境・エネルギー問題の解決策の一つとして、大型ヴィークルにおいても、複合材料による大幅な軽量化を目指し、従来の材料置換や二次構造部材主体の利用から、主要構造部材への適用が試みられている。しかし、これらの多くは防衛分野や航空宇宙など一部に限られているのが現状である。それは複合材料による大型構造の多くは、成形技術と信頼性の観点から金属材料構造に基づいたビルドアップ方式やパネル&フレーム構造のため、複雑な構造要素のひとつひとつに詳細な解析と緻密な設計を要し、結果として膨大な開発費用・日程を伴うためである。

 ところが、すべてのヴィークル開発は、予算と期日に限りがあり、豊富なエンジニアリングリソースを有してはいない。つまり、さらに多くのヴィークルに複合材料が利用されるためには、安くて信頼性の有る複合材料構造を、出来るだけ短期間で容易に設計・開発できる事が重要であると言える。

 筆者は、複合材料の特長を最大限に生かした「サンドイッチパネルによる一体モノコック構造」に、より設計解析負担が少なく・且つ信頼性確保の可能性が大きいことを見出し、その構造コンセプトを短期・低コストに実現する大型一体成型技術を開発した。この構造コンセプトは、十分な設計や試験を経ることが難しいワンオフ製品や試作機製作にも積極的に複合材料を適用する機会を与えることが出来る。また、短期・低コスト成形技術は、実大試作機の製作が容易となることから、従来の設計・開発プロセスに於いて必要とされた部分構造要素試験や縮小機試作・試験を省略・短縮する事も可能となる。

 本技術は、大きなブレイクスルーによるものではなく、小さな工夫と既存技術の積み重ねであるとも言える。しかし、設計・解析から材料選択、試作・試験、製造技術に至るすべての総ての開発プロセスに対して総合的な最適化を図ることは、分野別の専門技術のみでは達成できない、複合材料利用技術におけるコンカレントエンジニアリングの最たるものである。特に、製造技術の観点から強度信頼性向上とコスト低下を達成する構造設計・開発技術を論じている点は従来にないアプローチであり、数多くのヴィークルや構造物について設計から製造まで広く経験・研究を行ってきた筆者独自の技術であると言える。

 本論分では、具体的な全複合材料ヴィークルの開発例を通して、上記の技術を明らかにし実証している。

 具体的な内容は、

 第1章では、金属材料を主とした構造設計の歴史の中でCFRPなど先端複合材料(以後複合材料)はまだその出現から半世紀を経たに過ぎず、そのため、従来の研究は既存の材料にない材料性能の向上や出来るだけ厳密な解析と設計を目標とした適用研究が主であり、それが膨大で高コストな開発・試作プロセス(BBAプロセス)に反映されてきたこと、を述べている。

 第2章では、現状のヴィークル構造について、各構造様式がどのように利用されているか俯瞰的に分析し、金属材料を主とした現状の問題を明確にしている。

 すなわち、外形部材が主荷重を受け持つモノコック構造は、大型になるにつれて外板パネルの強度・剛性の確保が難しく、そもそも材料寸法の制約から一体で成形できる大きさも限られる。そのため、軽量・高剛性の可能性が大きいにもかかわらず、大型機ではほとんど用いられず、複数の部材を組み合わせるビルドアップ方式のセミモノコック構造が主流となっている、と分析している。

 つまり、部材・部品点数が少なく最もスマートで軽量化の可能性も高いモノコック構造は、金属材料を用いる限り、大型ヴィークルへの適用に限界があることを明らかにしている。

 次の3章では、先ず複合材料の特徴を材料物性から最新の製造プロセスにまでわたって整理し、次にその複合材料が利用さているヴィークル構造を幅広く詳細に整理することで、現状の複合材料による構造化の問題を分析し、解決策について考察している。

 複合材料は、小型航空機や小型船舶ではモノコック構造による利用が多いが、大型ヴィークルでは主に二次構造部材かセミモノコック構造の一部分や材料置換として利用されている。一方、構造が単純な風力発電機のブレードはほぼ総てが複合材料によるモノコック構造となっている。

 これらから、製造コストの大半を占める成形・組立て工数の削減のために、大型ヴィークルでも一体モノコック構造を採用し、さらに出来るだけ単純な形状・構造を目指すことで、信頼性も確保でき、結果として低コスト開発が可能になるという、従来の複合材料工学的アプローチと異なる独自な提案を行っている。

 つまり、異方性や複合則などもともと複雑な材料物性の上に、破壊メカニズム・挙動がよく理解されていない複合材料は、一体モノコック構造とサンドイッチパネルを組み合わせる事で省フレーム・少数部品化を図り、その単純でスムーズな形状・少ない構造要素の効果により、設計工数が少なく・解析精度も上がる、そして実大機の評価試験により全体構造の成立性を確認する、という開発プロセスである。そして、この一体成形実大評価のキイとなるのは大型・短期・低コスト成形技術であることを述べている。

 続く4章、5章では、本論文で提案する設計・開発技術の実証として、実際に大型ヴィークルのモノコック構造に複合材料を適用し、短期・低コストに開発・建造を行った例としてアメリカズカップ級ヨット(AC艇)と宇宙往還技術試験機(HOPE-X)の開発プロセスを詳細にレビューしている。

 複合材料構造の一体成形はその大型化に伴って、成形設備や製造技術の問題に直面し、さらに型冶具の精度やコストとも相反する。AC艇とHOPE-Xでは、この問題を解決し構造部材の強度信頼性を確保するため、低温硬化性プリプレグとオーブン成形法による一体成形を試みた。低温硬化性プリプレグを用いた成形方法はすでに報告例もあるがそれらはオートクレーブを用いるか、ハニカム構造の成形ではハンドレイアップ成形法に順ずるものが多く、結果として積層材の信頼性に劣るものであった。

 AC艇は全長25mの全CFRP製ハニカムサンドイッチ構造である。本AC艇の建造では、大型一体成形にて航空機レベルの品質を達成したが、その実現に供した型冶具・成形プロセス等の新技術を詳細に説明している。また、十分な要素試験を行う事が出来ない船体・フレームの継手構造には品質管理が容易な接着構造を採用し、その結果、高品質な船体外板と大幅な内部フレーム省略の組み合わせにより従来の艇より軽量で十分な強度をもつ船体構造を、僅か1年間で2艇建造できたことが述べられている。

 HOPE-Xは長さ約13m、幅約10mの翼胴一体の特徴的な機体形状を持ち、主構造はAC艇と同様にCFRPハニカムサンドイッチパネルによるモノコック構造とし、外板一体構造、少フレーム・部品数による接着結合を基本コンセプトとした。このとき、総ての部材の積層構成はもっとも材料信頼性が高い擬似等方積層とした。擬似等方積層に限定したことで線形弾性解析主体の構造解析・設計でも精度の高い解析が可能になり、それによって構造・形状トポロジーの完成度が向上できたことで目標の全体強度・剛性も精度よく達成できた。この開発では、単純化されたBBAプロセスで開発を完了でき、20%の重量軽減とコスト1/5(ともに対AL合金)が達成できたことも述べられている。

 6章では、AC艇、HOPE-Xで証明された、複合材料による大型一体モノコック構造の成立性について、そのコンセプトを整理し、さらにそれを成立させる条件である低コスト成形法についてまとめている。

 要すれば、信頼性の確保と低コストの両立を図る指針は、モノコック構造にて、できるだけシンプルで単純な構造で、内部フレームや部品点数の削減を図り、出来るだけ一体構造・成形を目指した構造において、徹底した板厚・積層構造の最適化を行う事である。さらに継手構造にたいしては、できるだけロバスト設計を心がけることも肝要であること。また、この大型モノコック構造を現実のものにできるのは、脱オートクレーブと呼ばれる大型・低コスト成形技術の成果であること、などである。

 そして7章では、複合材料は社会にとって好ましい材料かどうか、社会受容性の観点から検証している。

 すなわち、近年のCAEツールの複合材料構造の開発・製造への援用は既に有効なレベルにあること、CFRPの環境負荷は、VaRTMなど低コスト成形法を用いることで従来のプリプレグ成形法から半減する事が可能で、さらに構造指標による等強度・等剛性あたりで比較するとアルミ合金並みの原単位であること、また、汎用熱可塑性樹脂との組み合わせにより、現状のGFRP材料の代替が可能なリサイクル性を持つこと、等を明らかにしている。

 さらに、まだまだ少ないこれら複合材料の設計・適用の現状にたいしては、利用技術を情報インフラとして広く供用することが必須であり、ヘルスモニタリングによる健全性確保技術が重要であると指摘している。

 最後に8章では、各章で得られた成果をまとめている。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、ヴィークルの軽量化や製造コスト削減を目指し、複合材料の主要構造部材への適用が進められている。しかし、これらの多くは防衛分野や航空機など、豊富な開発費を有する一部の量産機に限られており、さらに多くのヴィークルに複合材料が利用されるためには、安くて信頼性の有る複合材料構造を出来るだけ短期間で容易に設計・開発できる事が重要である。

 本論文では複合材料の特長を生かした「サンドイッチパネルによる一体モノコック構造」に、より設計解析負担が少なく・且つ信頼性確保の可能性が大きいことを見出し、その構造を短期・低コストに実現する大型一体成型技術を開発した。本技術は大きなブレイクスルーによるものではなく、小さな工夫と既存技術の積み重ねであるとも言える。しかし、設計・解析から材料選択、試作・試験、製造に至る総ての開発プロセスに対して総合的な最適化を図ることは、分野毎の技術のみでは達成できない、複合材料利用技術におけるコンカレントエンジニアリングの最たるものである。特に、製造技術の観点から強度信頼性向上とコスト低下を達成する構造設計・開発技術を論じている点は従来にないアプローチであり、独自の技術である。

 第1章では、金属材料を主とした構造設計の歴史の中でCFRPなど先端複合材料はまだその出現から半世紀を経たに過ぎず、そのため、従来の研究は材料特性の向上や厳密な解析と設計を目標とした適用研究が主であり、それが膨大で高コストな開発・試作プロセスに反映されてきたこと、を述べている。

 第2章では、現状のヴィークル構造について、各構造様式がどのように利用されているか俯瞰的に分析し、部材・部品点数が少なく最もスマートで軽量化の可能性も高いモノコック構造は、金属材料を用いる限り、大型ヴィークルへの適用に限界があることを明らかにしている。

 3章では、先ず複合材料の特徴を材料物性から最新の製造プロセスまで整理し、次にその複合材料によるヴィークル構造を幅広く詳細に整理することで、現状の複合材料による構造化の問題を分析し、解決策について考察している。すなわち、一体モノコック構造とサンドイッチパネルを組み合わせる事で省フレーム・少数部品化を図り、その単純でスムーズな形状・少ない構造要素の効果により、設計工数が少なく解析精度も上がる、そして評価試験数も省略できるという開発プロセスである。そして、このプロセスでは大型・短期・低コスト成形技術が重要な役割を持つことを述べている。

 続く4章、5章では、本論文で提案する設計・開発技術の実証として、大型ヴィークルに、CFRPサンドイッチモノコック構造を適用し、短期・低コストに開発を行ったアメリカズカップ級ヨット(AC艇)と宇宙往還技術試験機(HOPE-X)の開発プロセスを詳細にレビューしている。

 複合材料構造の一体成形はその大型化に伴って、成形設備や製造技術の問題に直面し、さらに型冶具の精度やコストとも相反する。AC艇とHOPE-Xでは、この問題を解決し構造部材の強度信頼性を確保するため、低温硬化性プリプレグとオーブン成形法による一体成形を試み、その実現に供した型冶具・成形プロセス等の新技術を詳細に説明している。

 AC艇では、船体・フレームの継手構造に品質管理が容易な片フランジ接着構造を採用し、高品質な船体外板と大幅な内部フレーム省略により、従来艇より軽量で十分な強度をもつ船体構造を、僅か9ヶ月間で2艇建造できたことが述べられている。

 HOPE-Xは長さ約13m、幅約10mの翼胴一体の機体形状で、総ての部材の積層構成を擬似等方積層に限定し、線形弾性解析主体の構造解析・設計による構造・形状トポロジーの完成度向上と構造要素試験による継手強度実測確認により、目標の全体強度・剛性を精度よく達成することができた。

 6章では、AC艇、HOPE-Xで証明された、複合材料による大型一体モノコック構造の成立性について、そのコンセプトを整理し、さらにそれを成立させる条件である低コスト成形法についてまとめている。

 そして7章では、複合材料を社会受容性の観点から検証している。低コスト成形法によるCFRPの環境負荷は等強度・等剛性あたりではアルミ合金並みの原単位であること、汎用熱可塑性樹脂との組み合わせにより現状のGFRP材料の代替が可能なリサイクル性を持つこと、等を明らかにし、さらに、複合材料の利用技術を情報インフラとして広く供用することが必須であると指摘している。

 最後に8章では、各章で得られた成果をまとめている。

 以上のように、本論文は複合材料によるヴィークル構造を短期間で低コストに完成させる為の設計・開発技術を明らかにしたものであり、高い工学的価値を有すると判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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