学位論文要旨



No 216683
著者(漢字) 三坂,俊明
著者(英字)
著者(カナ) ミサカ,トシアキ
標題(和) 高電気抵抗ダスト用電気集塵システムの研究
標題(洋)
報告番号 216683
報告番号 乙16683
学位授与日 2007.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16683号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 助教授 小野,亮
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は工業生産に伴って発生する排ガスに含まれる煙霧体を静電気で捕集・除去する工業用電気集塵装置の研究に関するものである。特に電気抵抗率の高いダストを集塵する乾式電気集塵装置の研究とその応用を主体とする高抵抗ダスト用電気集塵システムの研究に関係している。本研究の目的は,工業用電気集塵の分野で強く望まれていた高抵抗ダストを安定的に集塵する技術を開発することにある。

 電気集塵装置は放電極と集塵極から構成された簡単な構造をしている。電気集塵装置は処理ガス中に浮遊している微細なダストを放電極からのコロナ放電によって発生するイオンで帯電させ,放電極と集塵極間の電界との間に働くクーロン力で集塵極に捕集する。捕集したダストは槌打振動加速力によって集塵極からホッパに払落す構造になっている。電気集塵装置は帯電した粒子をクーロン力で捕集するため,集塵極に捕集したダスト粒子には電荷が残っている。このため集塵性能はダスト粒子の電気抵抗率の影響を受ける。特に高抵抗ダストを電気集塵する場合には集塵極が微細なダストによって覆われて,機械的槌打では払落しできなくなる。この高抵抗ダスト層内で逆コロナが発生して,集塵性能が低下する。この付着力の大きい高抵抗ダスト層を集塵極から取り除くことができれば,安定的に高抵抗ダストの集塵が可能になると考えた。

 そこで,集塵板を短冊状に分割してチェ−ンで接続し,キャタピラのように低速駆動したならば,集塵板に捕集したダスト層をホッパ部分に設置したブラシで完全に掻き落すことができ,集塵極表面を常に清浄に保って逆コロナを防止して,高抵抗ダストを集塵することが可能になると考えた。

 この移動電極方式電気集塵装置の研究開発と応用を目的に研究を行い,工業用集塵装置として実用化した。移動電極方式の研究には,集塵極形状やチェーンの選定を含む移動方式の研究,ダスト払落し方式の研究,集塵板間隔を拡大したワイドスペース方式の研究と応用など広範囲な技術と研究開発が必要となった。

 移動電極方式の基礎研究をもとにパイロット集塵装置を用いた実ガス実験を石油流動接触分解装置の石油分解ガス燃焼ボイラ排ガスに含まれる高抵抗ダストで行った。これらの研究成果をもとに実機に移動電極型電気集塵装置を適用してその性能を確認した。

 また,移動電極方式集塵室に前置した固定電極方式集塵室にパルス荷電して高抵抗ダストの集塵性能を向上するパルス荷電・移動電極組合せ方式を研究した。パルス荷電・移動電極組合せ方式の実験を石炭燃焼ボイラ用の移動電極型電気集塵装置で行い,パルス荷電装置の自動制御方式を考案すると共に,パルス荷電・移動電極組合せ方式の集塵性能向上効果を確認した。

 第1章は序論として本研究の対象である電気集塵技術の概要,研究の目的と高抵抗ダスト用電気集塵システム研究の工業的意義について述べた。

 第2章では,電気集塵装置の構造と特徴,電気集塵性能式ならび電気集塵の重要な課題であるダスト電気抵抗率と集塵性能,逆コロナや高抵抗障害およびその対策とについて述べた。高抵抗ダスト用電気集塵システム研究の契機となった石油流動接触分解装置の石油分解ガス燃焼ボイラ排ガスに含まれる高抵抗ダストを電気集塵する方式について予備実験と検討を行った。その結果,集塵極表面をブラシで掻き落して常に清浄に保てば,逆コロナを抑制して高抵抗ダストを集塵できることを見出すなど,移動電極方式の研究を行うに至った経緯について述べた。

 第3章では,高抵抗ダスト用電気集塵システムの中核となる移動電極方式の概略構造,移動電極方式の研究で必要となった各種の要素技術の実験と検討結果について述べた。主な要素技術にはダスト層の付着力,ダスト層の払落し方法,ダスト層の払落しと高抵抗障害の関係,集塵極の移動方式,集塵極エレメントの駆動用チェーンの摩耗と電流の影響,集塵板間隔の最適値などがある。

 高抵抗ダストの集塵板への付着力を研究した結果,ダスト電気抵抗率が10(12)Ω・cm以上の高抵抗ダストの付着力は1,500N/m2を超えており,集塵板の機械的槌打では払落しできず,回転ブラシで掻き落す方法が適していることがわかった。

 集塵極の移動方法について実験検討を行い,集塵板を短冊状の集塵極エレメントに分割し,チェーンで連結して移動可能とした。集塵極エレメントを連結して駆動するリンクチェーンは摺動摩耗による伸びに加えて,チェーンを流れる電流の放電加工によって伸びることが明らかになった。また,ローラチェーンはリンクチェーンに比べて摩耗伸びが少ないことがわかった。

 移動電極方式は集塵極レーンや回転ブラシなど可動部品が多く,装置が複雑になる。そのため,集塵板間隔を広げることを目的に,集塵板間隔と集塵性能の関係について研究した。その結果,集塵板間隔を従来の250〜300mmから400〜500mmに拡大しても集塵率が低下しないことを明らかにすると共に,その理由は集塵板近傍の電界強度が集塵板間隔の拡大にともなって上昇するためであるという知見を見出した。これにより,移動電極方式の集塵板間隔は450mm程度とした。

 第4章では,移動電極方式の石油流動接触分解装置の石油分解ガス燃焼ボイラ排ガスへの適用について研究した内容を述べた。

 石油分解ガス燃焼ボイラにおける移動電極方式のパイロット集塵装置を用いた実験結果および既設の固定電極方式電気集塵装置の運転状況をもとに移動電極方式電気集塵装置を設計した。さらに,運転を開始した移動電極方式電気集塵装置の性能測定結果について述べた。パイロット集塵実験結果および石油流動接触分解装置用の移動電極集塵装置の運転実績から,同一集塵率の移動電極方式電気集塵装置の集塵面積は固定電極方式の1/3以下に低減できた。また,消費電力は半減できた。

 その後,移動電極型電気集塵装置は電力事業用石炭燃焼ボイラなど多方面に適用範囲を拡大した。移動電極方式は工業用電気集塵装置として電力事業用石炭燃焼ボイラ,鉄鋼用焼結機,下水汚泥焼却炉などで実用化され,50基以上が運転している。これらの現地実験結果と移動電極型電気集塵装置の運転実績について述べた。

 さらに,固定電極方式集塵室(固定電極部)と移動電極方式集塵室(移動電極部)のようにダスト移動速度が異なる集塵方式を組合せた場合の集塵性能計算式について検討した。電気集塵装置の集塵性能計算式であるMattsの修正式において,ダスト粒径分布の関数と考えられている係数kが固定電極部と移動電極部で同一とした集塵性能計算式を提案した。実機の集塵性能測定結果から,提案した集塵性能計算式の妥当性を明らかにした。これにより,従来から蓄積してきた固定電極方式におけるダスト移動速度の実績値と係数kを用いて移動電極型電気集塵装置の集塵面積の設計が可能となった。

 第5章では,高抵抗ダストの集塵性能をさらに向上するために固定電極部と移動電極部の組合せである移動電極型電気集塵装置の固定電極部をパルス荷電する研究について述べた。

 パルス荷電方式を固定電極部に適用するにあたってはパルス荷電装置の研究が必要となり,パルス電圧,パルス幅およびパルス頻度などのパルス波形を調整できるパルス荷電装置を開発した。パルス荷電装置のパルストランスに巻数比の異なる端子を設けて集塵室の静電容量に蓄積した電荷を効率良く回収する回路を考案し,パルス荷電の消費電力を低減することができた。

 試作パルス荷電装置と集塵実験装置を用いてパルス波形と集塵性能の関係につい研究した結果,パルス荷電は高抵抗ダストを対象とすると,直流荷電や間欠荷電よりも集塵率が向上していた。また,パルス荷電と集塵率の関係を見ると,パルス電圧,パルス頻度直流電流等はダスト電気抵抗率によって異なる最適値があるという新たな知見が得られた。

 パルス荷電・移動電極組合せ方式を石炭燃焼ボイラ用の移動電極型電気集塵装置で実験した。パルス荷電装置のパルス波形を調節するとパルス荷電装置にある直流荷電部の直流電圧が変化し,この直流電圧が一定の範囲になるようにパルス波形を調整すると集塵率が最大になるという新たな現象が明らかになった。この関係を利用したパルス荷電装置の自動制御方式を開発して実機に適用した。

 第6章は本研究の結論で,本論文の各章で得られた結果を要約して総括的に結論を記した。あわせて将来の研究に残された諸問題,課題について記述した。

 以上,本研究の成果は電気集塵装置で集塵困難な高抵抗ダストを効率よく捕集する技術の研究によって,移動電極方式を新たに開発して工業的に応用したことにある。実規模の工業用電気集塵装置において集塵極を移動可能とし,回転ブラシで高抵抗ダストを連続的に除去して逆コロナなどによる高抵抗障害を抑制して高抵抗ダストを効率よく捕集する方式の研究開発は他に類似の報告例は見当らない。本研究によって移動電極型電気集塵装置は実用の域に達した。これらの研究成果は,静電気工学,電力応用工学に少なからず貢献するものと考える。

 本研究を実施する過程で得られた新たな現象が様々あるが,その一部は理由が不明確なままになり解明されていない。例えば,逆コロナが発生している状況での集塵メカニズムはどのようになっているのか。逆極性イオン存在下の粒子帯電量研究などの報告はあるが,逆コロナ状態での電気集塵空間の電界強度分布についての報告は見当らない。高抵抗ダスト集塵に関する研究は今後も続ける必要性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「高電気抵抗ダスト用電気集塵システムの研究」と題し、各種工業生産によって発生する排ガス中に含まれる煙霧体を静電気で捕集・除去する工業用電気集塵装置、特に、電気抵抗率の高いダストを集塵する高抵抗ダスト用乾式電気集塵装置として、世界で初めて移動電極方式の電気集塵装置を開発し、更に、パルス荷電固定電極方式と組み合わせた場合の性能評価に関する研究をまとめたもので、全体で6章から構成されている。

 第1章は、序論であって、本研究の対象である電気集塵技術の概要,研究の目的と高抵抗ダスト用電気集塵システム研究の工業的意義についてまとめてある。

 第2章は、「電気集塵装置ト高抵抗ダスト集塵技術」と題し、電気集塵装置の構造と特徴,電気集塵性能式ならび電気集塵の重要な課題であるダスト電気抵抗率と集塵性能,逆コロナや高抵抗障害およびその対策について記述されている。高抵抗ダスト用電気集塵システム研究のきっかけとなった石油流動接触分解装置の石油分解ガス燃焼ボイラ排ガスに含まれる高抵抗ダストを電気集塵する方式について行った予備実験とその検討結果が示されている。集塵極表面をブラシで掻き落して常に清浄に保てば,逆コロナを抑制して高抵抗ダストを集塵できることを見出すなど,移動電極方式の研究を行うに至った経緯について記述されている。

 第3章は、「移動電極方式ノ研究開発」の表題が付けられており、高抵抗ダスト用電気集塵システムの中核となる移動電極方式の概略構造,移動電極方式の研究で必要となった各種の要素技術の実験と検討結果について記述されている。主な要素技術はダスト層の付着力,ダスト層の払落し方法,ダスト層の払落しと高抵抗障害の関係,集塵極の移動方式,集塵極エレメントの駆動用チェーンの摩耗と電流の影響,集塵板間隔の最適値などである。集塵板への付着力を研究し,ダスト電気抵抗率が10(12)Ω・cm以上の高抵抗ダストの付着力は1,500N/m2を超えており,集塵板の機械的槌打では払落しできず,回転ブラシで掻き落す方法が適していることを確認している。集塵極の移動方法として集塵板を短冊状の集塵極エレメントに分割し,チェーンで連結して移動する方式を提案し、その特性を調べている。その結果、ローラチェーンはリンクチェーンに比べて摩耗伸びが少ないことを明らかにしている。移動電極方式は集塵極レーンや回転ブラシなど可動部品が多く,装置が複雑になるため,集塵板間隔を広げることを目的に,集塵板間隔と集塵性能の関係をも明らかにしている。集塵板間隔を従来の250〜300mmから400〜500mmに拡大しても集塵率が低下しないことを確認し,集塵板近傍の電界強度が集塵板間隔の拡大にともなって上昇するため集塵率低下がほとんどないことを見出している。結果として移動電極方式の集塵板間隔は450mmが最適であることをも見出している。

 第4章は「移動電極方式のパイロットテストと実機適用」と題し、移動電極方式電気集塵装置を石油流動接触分解装置の石油分解ガス燃焼ボイラ排ガスに初めて適用した結果、並びに、その後、電力事業用石炭燃焼ボイラ排ガスなど多方面の排ガスにその適用範囲を拡大していった状況を紹介している。現在、移動電極方式は工業用電気集塵装置として電力事業用石炭燃焼ボイラ以外にも,鉄鋼用焼結機排ガス,下水汚泥焼却炉排ガス処理などで実用化され,合計で50基以上が運転している状況が説明されている。

 第5章は、「パルス荷電固定電極部と移動電極部の組み合せ方式」と題し、集塵性能をさらに向上するために固定電極部と移動電極部の組合せである移動電極型電気集塵装置の固定電極部をパルス荷電する研究について述べてある。パルス電圧,パルス幅およびパルス頻度などのパラメータを変えることの可能なパルス荷電装置を開発し、更に、パルス荷電装置のパルストランスに巻数比の異なる端子を複数設けて集塵室の静電容量に蓄積した電荷を効率良く回収する回路を考案し,パルス荷電の消費電力を低減することを可能とした。当該電源を集塵実験装置に組み込んでパルス波形と集塵性能の関係につい研究した結果,高抵抗ダストでは,パルス荷電は、直流荷電や間欠荷電よりも集塵率が向上すること、ダスト電気抵抗率によってパルス電圧・パルス頻度は異なる最適値があるという新事実も明らかにしている。

 第6章は、「結論」であって、本論文の各章で得られた結果を要約して総括的に記すと共に将来の研究に残された諸問題,課題について記述してある。

 以上これを要するに、本研究は、従来、通常の電気集塵装置では捕集が困難であった高抵抗ダストを捕集する目的で移動電極電気集塵装置を世界で初めて提案し、実用化する上で克服すべき種々の問題点を明確にし、個々の構成要素毎に順次詳細に理論的・実験的に検討し、世界で唯一の高抵抗ダスト用電気集塵装置を実現したものであり、電気工学、特に、静電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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