学位論文要旨



No 216684
著者(漢字) 枚田,明彦
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,アキヒコ
標題(和) 光技術による100GHz超ミリ波信号の発生及びその無線通信応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216684
報告番号 乙16684
学位授与日 2007.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16684号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨 要旨を表示する

 近年、動画配信サービス等による情報大容量化とコンテンツ多様化への要請に備え、ギガビットを超える広帯域無線通信に対するニーズが高まっている。ギガビット級の伝送速度を実現する手法として注目されているのが、ミリ波帯(30〜300GHz)を利用した無線システムである。既に60GHz のキャリア周波数を用いて最大1.5Gbit/sの伝送速度を実現した無線システムも登場しており、更なる高速化を目指して70GHz、80GHz、及び90GHz帯のミリ波無線システムの開発が進められている。しかし、ミリ波無線においても10Gbit/sの伝送速度を有する無線通信システムは実現されていない。一般に無線システムの伝送速度はキャリア周波数に依存するため、10Gbit/sの伝送速度を実現するためには100GHzを超える周波数帯をキャリア周波数に使用する必要があると考えられる。しかし、現状では100GHzを超える周波数帯を用いたシステムの開発はほとんど行われていない。これは主に電子デバイスの特性は周波数の上昇と共に劣化するため、現状の電子回路技術では100GHzを大きく超えるような周波数領域で動作する商用レベルの電子デバイスが得られていないことが原因である。

 そこで、本論文では100GHzを超える周波数帯のミリ波信号の発生を可能にする光技術を開発し、その特性を評価した。また、これらの光技術を導入した120GHz帯無線システムの開発を行い、製作した無線システムの特性評価を通じて無線通信広帯域化に対する光技術の有効性を解明した。

 図1に光技術を導入した120GHz帯ミリ波無線システムの模式図を示す。ミリ波信号発生用光源から120GHzの周波数で強度変調された光信号(光ミリ波信号)を発生させる。光ミリ波信号はLiNbO3(LN)光変調器等の光強度変調器によりデータ信号が重畳される。光ミリ波信号の増幅には光増幅器を用いる。光ミリ波信号の光電変換には高速・高出力の光電変換素子を使用する。光電変換されたミリ波信号は増幅された後、アンテナより空間に放射され、受信機のアンテナにより受信される。受信機での復調にはキャリア信号の再生が不要なショットキバリアダイオードを用いた包絡線検波を用いる。復調されたデータ信号はベースバンド増幅器により増幅された後、サンプリングオシロスコープなどの計測器に入力される。

 本論文では能動型モードロックレーザと光逓倍技術を組合わせた光源や受動型モードロックレーザ等、100GHzを超える周波数帯で強度変調された光信号(光ミリ波信号)を発生可能な各種光源(ミリ波信号発生用光源)を製作し、全ての光源において周波数安定性が電波法の規制値(<300ppm)を満足していることを確認した。更に、周波数可変幅の大きいミリ波発生用光源としてキャリア抑圧変調法と光ヘテロダイン法を組合わせた光源を開発した。通常の光ヘテロダイン法では発生した複数の光スペクトルの内、所望の周波数差の2本のスペクトルを光フィルタ等で切り出した後光ファイバカプラで合波する構成を用いている。この構成では光フィルタと光カプラが光ファイバで接続された場合、温度変化などにより分波された2つの光信号が通過する光路長差が一定でなくなるため、発生したミリ波信号の位相が変動し、その結果低周波数領域における位相雑音が増加するという問題が生じていた。本研究では光フィルタであるアレイ導波路格子(AWG)と光コンバイナを同一基板上に集積した平面導波路回路(PLC)を、光信号の分波・合波に使用している。AWGと光コンバイナは光導波路で接続されているため、分波・合波された二つの光信号の光路長差の変動が抑制され、発生するミリ波信号の位相変動が生じなくなる。この結果、オフセット周波数100Hzで-75dBc/Hzと非常に低い位相雑音が得られた。また、この光源は光変調器に入力する電気信号の周波数を変えることにより、90〜125GHzの範囲でミリ波信号の周波数を調整可能である。

 図1に示した無線システムでは光電変換素子として光ミリ波信号の光電変換に単一走行キャリアフォトダイオード(UTC-PD)を使用している。UTC-PDは近年NTTが開発した高速・高出力を特徴とするフォトダイオードである。本論文では100GHz以上の周波数領域におけるUTC-PDミリ波出力の帯域、接合面積及び入力光信号等に対する依存性について、理論的考察を行い実験結果と比較した。この結果、UTC-PDミリ波出力は空間電荷効果、キャリア移動時間により制限される帯域、及びCR時定数に起因する帯域に依存し、接合面積及び光吸収層厚を最適化することにより、120GHz 帯において10dBmの出力が可能であることを実証した。更に、PDの寄生素子成分による周波数応答の位相回りを打ち消すショートスタブ・インピーダンス変換回路の導入によりUTC-PDミリ波出力を1.5倍以上増加可能であることを明らかにした。

 本論文では光技術を用いた無線システムにおける低コストのミリ波信号変調方法としてPDバイアス変調法を考案している。PDバイアス変調法は図3に示すように光ミリ波信号強度一定の条件でUTC-PDに印加するバイアス電圧を変調することによりUTC-PDのミリ波出力を変調する手法である。UTC-PD出力はバイアス電圧を-1.0Vから+0.5Vに変化させることにより15dB以上変化する。UTC-PD出力のバイアス電圧依存性は、(1)負荷抵抗両端に発生する電圧が PN 接合の立ち上がり電圧に到達する、(2)接合容量の増加による動作帯域の低下、(3)空間電荷効果、により可能であることを理論的考察と実験結果を比較することにより明らかにした。又、PDバイアス変調法の変調帯域はバイアス回路の伝送帯域に依存するため、バイアス回路にローパスフィルタを導入し伝送損失を低減することにより、7.0GHz以上の3dB変調帯域を実現した。バイアス回路の伝送帯域が向上した結果、PDバイアス変調法により120GHzミリ波信号を10Gbit/sのデータ速度でASK変調することが可能となった。更に送受信機を導波管接続したミリ波無線評価系システムにおいて10Gbit/sのエラーフリーデータ伝送が可能であることを実証した。

 フォトダイオードとアンテナを集積したアンテナ集積フォトダイオードモジュールでは、UTC-PDで発生したミリ波信号を効率良くアンテナに伝送し、かつ光信号入力用治具がミリ波放射の妨げとならない構造を検討することが重要である。そこで、使用目的に応じて数種類のアンテナ集積フォトダイオードモジュールを作成し、その特性を評価した。図4(a)に示す近距離通信用のアンテナ集積フォトダイオードモジュールはUTC-PDチップ、平面スロットアンテナチップ、Siレンズ、及び光ファイバから構成されており、UTC-PDチップは平面スロットアンテナチップ上にフリップチップ接続されている。フリップチップ接続にはバンプを用いず直接両チップを銀ペーストで接続することにより、接続部での伝送損失を低減した。また、Si基板上の配線に10μmの厚膜配線を使用するとともにUTC-PDチップが対向する部分に溝を形成することにより、Si基板がUTC-PDチップ上の配線インピーダンスに影響を与えないようにした。アンテナゲインは13.5dBi、最大出力は7.7dBmであり、3dB帯域は49GHzと10Gbit/sのデータ伝送に必要な帯域を満たしている。

 長距離通信用には、カセグレインアンテナ等の高指向性アンテナの使用を可能にする導波管出力フォトダイオードモジュールを開発した(図4(b))。UTC-PD出力を導波管に伝送する平面回路-導波管変換基板に基板厚100μmのSi基板を用いることにより、100〜140GHzにおいて2dB以下の変換損失を実現している。更に、フォトダイオードモジュールの実効的な光電変換効率の向上、及びUTC-PD出力の増幅を目的としてHEMT増幅器チップを集積している。フォトダイオードモジュールの最大出力は8.6dBm、3dB占有帯域は16GHzと120GHzのキャリア周波数を用いて10Gbit/sのデータ伝送に必要な帯域を有していることを実証した。

 また、光技術の広帯域性を活かすべく、ボウタイアンテナ等の進行波型アンテナを集積したフォトダイオードモジュールも開発した。これらの広帯域フォトダイオードモジュールは電波天文や生体計測等通信以外の応用に使用されている。

 上述した光技術を利用したミリ波発生技術の有効性を実証するため、120GHz帯ミリ波無線システムを構築し、通信距離300mでの屋外データ伝送実験を実施した。この無線システムにより受信電力-30dBm以下で世界初となる10Gbit/sのデータ伝送エラーフリー伝送に成功した。最大出力、最小受信感度、及びアンテナゲインから算出される晴天時の最大通信距離は1.5〜3.0km である。

 このように本論文は光技術を使用したミリ波信号発生技術は100GHzを超える周波数帯を用いた実用的なシステム構築に非常に有効であり、特に従来使用されていなかった周波数帯を利用した広帯域の無線通信システムの構築が可能であることを実証したことを以って電子工学に貢献するところが少なくないと考える。

図1 光技術を導入した120GHz帯ミリ波無線システムの構成

図2 PLC を用いた低位相雑音ミリ波信号発生用光源

図3 ローパスフィルタを導入したPDバイアス変調法の模式図

図4 フォトダイオードモジュールの模式図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「光技術による100GHz超ミリ波信号の発生及びその無線通信応用に関する研究」と題し、100GHzを超えるミリ波信号の安定な発生を可能にする光技術を確立することを目的として、120GHz帯における光ミリ波信号の発生手法や光電変換デバイスの特性、アンテナ集積フォトダイオードモジュール等について検討を行い、さらにこれらの光技術を使用したミリ波発生技術のアプリケーションとして超広帯域ミリ波無線通信を中心に記述し、生体計測等の応用についても論じている。全体で8章からなり、和文で書かれている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的、位置づけを明確に定義し、加えて本論文の構成を述べている。

 第2章は「光技術を用いたギガビット無線リンクの構成」と題し、既存の光技術を使用したミリ波発生技術及びその帯域制限要因の概説を行った後、光技術を用いたギガビット無線の構成について議論する。具体的には、ギガビット伝送を可能にする無線リンクに求められる周波数、通信方式、デバイス特性等を明らかにした後、100GHzを超えるミリ波信号の発生・変調・放射に光技術を使用したミリ波無線リンクの構成を示している。

 第3章は「ミリ波信号発生用光源」と題し、ミリ波の周波数帯で強度変調された光信号(光ミリ波信号)を発生する光源「ミリ波信号発生用光源」の検討を行う。半導体モードロックレーザや光ヘテロダイン技術など各種ミリ波信号発生用光源に対して周波数安定性や位相雑音を計測し、ミリ波無線に使用する光源としての適性を評価している。中でも光ヘテロダイン法と外部光変調器を組み合わせた光源は高安定であり周波数可変範囲も広くミリ波無線に使用する光源としての適性は高い。しかし、この手法は、ファイバカプラ部の光路長差の変動が位相雑音の増加に結びつく欠点を有している。そこで、光信号の合波・分波にアレイ導波路格子(AWG)と光コンバイナを集積した平面導波路回路(PLC)を使用することにより、光路長差の変動を抑制し低周波領域での位相雑音を低減可能であることを示している。

 第4章は「ミリ波信号発生用光電変換素子」と題し、高速・高出力という特徴を有する光電変換素子である単一走行キャリアフォトダイオード(Uni-traveling carrier photodiode:UTC-PD)について100GHzを超える周波数領域での出力について理論的検証及び実験・評価を行っている。CW動作時のUTC-PD出力に関して周波数帯域依存性や接合面積依存性に関して理論的考察及び評価を行い、120GHzにおいて7dBm 以上の出力が得られることを示している。更に光ミリ波信号としては平均光入力強度一定の条件でパルス列のほうが正弦波よりUTC-PDのミリ波出力の点で有利であることを理論面及び実験結果から実証している。

 第5章は「PDバイアス変調方法」と題し、フォトダイオードのバイアス電圧にデータ信号を重畳することによりフォトダイオード出力を変調する「PDバイアス変調法」を提案する。はじめにフォトダイオード出力は空間電荷効果、接合容量の増加等により印加するバイアス電圧に依存して変化することを実証し、更にバイアス印加回路の最適化によりバイアス変調帯域は10Gbit/sまで増加可能であることを示している。以上の結果をもってPDバイアス変調法が広帯域データ伝送の変調法として有効であることを明らかにしている。

 第6章は「アンテナ集積フォトダイオードモジュール」と題し、光電変換により発生したミリ波信号を空間に放射するために用いられるミリ波放射器(アンテナ集積フォトダイオードモジュール)について論じている。フォトダイオードの出力を効率よくアンテナまで伝送するために、アンテナ基板に対するフォトダイオードの実装方法(ハイブリッド集積、及びモノリシック集積)について各種の提案を行う。更に、これらの構造を有するモジュールが100GHz超の周波数領域において実用的な出力(-10〜10dBm)を発生可能であることを示している。最後に、これらのアンテナ集積フォトダイオードモジュール技術の無線通信以外の応用についても紹介している。

 第7章は「120GHz帯ミリ波無線リンクの構成と評価」と題し、第2章から第6章で示した光技術を使用したミリ波無線リンクについての実験結果を示している。本章でははじめにミリ波信号の発生、変調、伝送及び増幅に光技術を用いた無線リンクの構成を提案する。更に、無線リンクのミリ波信号の雑音が無線通信に要求される値より十分低い値が得られていることを理論的に示している。構築した無線リンクの伝送特性の評価を行い、300GHz以下のいわゆる電波を用いた無線通信としては最速となる10Gbit/sのデータ伝送が可能となることを実証している。同時に光10ギガビットイーサネット信号や6チャネル多重した非圧縮ハイビジョンテレビ信号の無線伝送実験など、各種応用例について記述している。

 第8章は「結論」であり、第3章〜第6章で展開した設計論/実験結果を包括的に議論し、光技術を使用したミリ波発生技術における将来の研究課題と展望について述べている。

 以上を要するに本論文は、ミリ波技術と光技術を融合し、電子回路技術を応用することにより、100GHzを超える周波数帯において電波の発生・変調・復調を可能とし、この周波数帯域を利用した広帯域無線通信システムや計測応用システム等の構築を世界に先駆けて可能にしたことを以って電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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