学位論文要旨



No 216688
著者(漢字) 奈良部,孝
著者(英字)
著者(カナ) ナラブ,タカシ
標題(和) 日本産ネコブセンチュウの種分布および生物的防除法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216688
報告番号 乙16688
学位授与日 2007.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16688号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 鈴木,匡
 東京大学 客員助教授 濱本,宏
内容要旨 要旨を表示する

 ネコブセンチュウ(Meloidogyne spp.)は世界的に最も広く分布する線虫グループであり、我が国においては、施設園芸や露地野菜、畑作における連作障害の主因の一つとなっている。その防除には主に殺線虫剤が使用されているが、毎回施用による高コスト要因や土壌・環境への悪影響などの弊害も多いため、化学薬剤に代わる防除法の確立が急務である。本研究では、防除のための基礎情報を得るため、ネコブセンチュウの簡便な同定法の確立と、種および系統ごとの寄生性や分布など生理生態的特性の解明を行った。また、化学薬剤に代わり得る生物的防除素材として、天敵細菌Pasteuria penetransの諸性質を解明し、実用場面での防除法の開発と効果の実証を行った。

1. 日本産ネコブセンチュウの分類学的研究および地理的分布の解明

ネコブセンチュウの種の同定と我が国における分布の解明

 本研究では、北海道から沖縄までの全国約280か所のネコブセンチュウを用いて、従来の形態に基づく同定および新手法であるアイソザイム解析による同定を行った。この結果、我が国の施設園芸や露地野菜、畑作地帯に分布するのは、サツマイモネコブセンチュウ、アレナリアネコブセンチュウ、キタネコブセンチュウ、ジャワネコブセンチュウの4種であった。変異の大きい形態データに代わり、エステラーゼ+リンゴ酸デヒドロゲナーゼのアイソザイムが正確な種の同定に利用できることを明らかにした。また、従来全国的に分布するとされていたジャワネコブセンチュウは、沖縄を中心とした暖地のごく一部にしか分布しないことを明らかにした。サツマイモネコブセンチュウとアレナリアネコブセンチュウは全国的に、キタネコブセンチュウは沖縄を除き全国的に検出されたが、施設栽培ではサツマイモネコブセンチュウが圧倒的に多くを占め、露地では3種はそれぞれ、沿岸部平地、内陸部畑地、標高の高い内陸部・山間地において検出割合が多かった。

 これら主要4種の他、わが国固有と考えられる8種を含めた12種のネコブセンチュウについてアイソザイムによる明確な同定が可能であった。アイソザイム同定を行った種の形態について、種内・種間差異を詳細に検討したところ、雌成虫の会陰紋形態と雄成虫の頭部形態を合わせて、それぞれ比較・観察することによって、形態による正確な同定が可能であることを示した。

アレナリアネコブセンチュウの分化型とその生理生態的特性の解明析

 ミトコンドリアDNAのシトクロムオキシダーゼサブユニットII遺伝子と16sリボゾームRNA遺伝子領域間を増幅するプライマー(c2f3/1108)を用いて、PCR法で増幅し得られたDNA断片を本邦産ネコブセンチュウ個体群間および海外の報告と比較した。この結果、サツマイモネコブセンチュウ、ジャワネコブセンチュウおよびキタネコブセンチュウでは、それぞれ断片長が1.7, 1.7, 0.5 kbとなり、海外の線虫データと一致した。しかし、本邦産アレナリアネコブセンチュウには海外で知られる1.1kb以外に多型が認められた。本種はエステラーゼアイソザイムの差異からA2型とA1型が存在し、A2型は1.7kbと1.1kbに分かれ、A1型はすべて1.7kbであったことから、3つの分化型(それぞれA2-J、A2-O、A1系統と命名)が確認できた。

 海外のアレナリアネコブセンチュウには形態・寄生性等に関する変異系統や遺伝的多型が知られていることから、海外の線虫系統を入手し、本邦産3分化型について詳細な形態的差異や多型を調査した。その結果、A2-J系統はアレナリアネコブセンチュウの基本系統とは形態的にも異なり、我が国独自の系統と考えられる。また、A2-O系統はアレナリアネコブセンチュウの基本系統である米国産個体群とほぼ共通した。さらに、A1系統は雌成虫の会陰紋、雄成虫の頭部形状、2期幼虫の尾端構造の3点が特異的であり、GPDアイソザイムも多型を示したことから、本系統をアレナリアネコブセンチュウから独立した新種であるCliff & Hirschmannと同定した。本種は南米および東南アジア以外の地域からは初検出であり、ナンヨウネコブセンチュウ(新称)と命名した。各分化型は分布域が異なり、A2-J系統は本州〜九州に広く分布し、A2-O系統は沖縄のみに、A1系統は九州南部から沖縄に分布した。各作物に対する寄生性を調査した結果、サツマイモ品種「関東14号」に対する増殖が、A2-J、A2-O、A1でそれぞれ、多、無、僅、と明瞭に異なった。A2-Oは米国産アレナリアネコブセンチュウと、A1はタイ産M. microcephalaとそれぞれ同一傾向であったことから、寄生性についても海外系統との一致が認められた。

2. 天敵細菌 Pasteuria penetransの特性解明とネコブセンチュウ防除の実証

天敵細菌の探索と分離株の寄生特性

 我が国の各地圃場から24分離株のPasteuria penetrans を探索し、ネコブセンチュウとの二者培養によって9分離株の増殖に成功した。各分離株の胞子は超音波処理や特定のプロテアーゼ処理によって付着活性が高まり、アルカリ条件下では胞子付着が阻害されることを明らかにした。各分離株はネコブセンチュウの種に対して宿主特異的な付着・寄生反応性を示した。すなわち、各分離株は寄生性によって3つのグループに分かれ、PPMIグループはサツマイモネコブセンチュウとジャワネコブセンチュウに、PPMAグループはアレナリアネコブセンチュウとM. microcephalaに、PPMHグループはキタネコブセンチュウにそれぞれ特異的に寄生することを明らかにした。一方、沖縄以南のサツマイモネコブセンチュウには、いずれの天敵細菌分離株も寄生しない個体群があることが判明した。これら天敵細菌分離株の宿主特異性を利用して、野外から分離した未知種の同定に応用できることを明らかにし、簡便な同定法を開発した。

天敵細菌を用いたネコブセンチュウの防除

 天敵細菌Pasteuria penetransの優良系統を選抜し、ネコブセンチュウ汚染土壌に胞子を混合し、作物を連作することによって、胞子量が土壌1g当たり105個で2作目から、同104個で3作目から殺線虫剤並みの防除効果が得られることを明らかにした。防除効果を得るための要因として、分離線虫に対する胞子付着率が重要であることを明らかにし、同付着率が80%を越えると次回作から防除効果が明瞭に現れることを究明した。次に、露地トマトを6連作栽培しサツマイモネコブセンチュウの防除効果を圃場試験によって確認した。初年目1回のみ1m2当たり5×109個胞子処理区では、3作後以降、幼虫1頭当たりの胞子付着率は80%前後を維持したものの、ポット試験並の防除効果は得られず、5作目までは無処理区の収量をわずかに上回る程度であった。顕著な効果が現れたのは6作目で、その時の収量は殺線虫剤毎作処理区を上まわった。殺線虫剤の半量併用では、3作目までの減収をある程度抑えることができたので、天敵細菌の効果が現れるまでの期間の対策として有効であった。なお、本細菌は1998年生物農薬として登録され、現在、一般農家でネコブセンチュウ防除に使用されている。

 以上を要するに、本研究ではわが国のネコブセンチュウに対し、高精度で簡便な同定法を開発した。この手法の適用によって、わが国のネコブセンチュウの種分布を明らかにし、従来の矛盾点の多い定説を一新した。また、わが国に分布するネコブセンチュウ種にそれぞれ対応した天敵細菌系統を野外から分離し増殖することに成功し、その中から優良分離株を選抜し、野外の圃場試験において線虫防除効果を実証した。

審査要旨 要旨を表示する

 ネコブセンチュウ(Meloidogyne spp.)は世界的に最も広く分布する植物寄生性線虫グループであり、わが国においては、施設園芸や露地野菜、畑作における連作障害の主因の一つとなっている。殺線虫剤主体の防除法の弊害から、化学薬剤に代わる防除法の確立が急務である。本研究では、防除の基本となるネコブセンチュウの簡便な同定法の確立と、種および系統ごとの寄生性や分布など生理生態的特性の解明を行った。また、化学薬剤に代わり得る生物的防除素材として、天敵細菌Pasteuria penetransの諸性質を解明し、実用場面での防除法の開発と効果の実証を行った。

1. 日本産ネコブセンチュウの分類学的研究および地理的分布の解明

 本研究では、北海道から沖縄までの全国約350か所のネコブセンチュウを用いて、従来の形態観察および新手法であるアイソザイム解析による同定を行った。この結果、わが国の施設園芸や露地野菜、畑作圃場には、サツマイモネコブセンチュウ、アレナリアネコブセンチュウ、キタネコブセンチュウ、ジャワネコブセンチュウの世界的に共通する4種が分布することを確認した。変異の大きい形態データに代わり、エステラーゼ+リンゴ酸デヒドロゲナーゼのアイソザイムが正確な種の同定に利用できることを明らかにした。これら主要4種の他、主に木本植物に寄生するわが国固有種6種(うち3種は新種)を検出し、全10種のネコブセンチュウを本手法によって明確に同定した。アイソザイム同定を行ったネコブセンチュウについて、種内・種間の形態差異を詳細に検討することによって、数多い分類形質のうち、雌成虫の会陰紋形態と雄成虫の頭部形態の2点の組み合わせ比較が、形態による正確な同定に有効であることを示した。

 本邦産ネコブセンチュウのうち、アレナリアネコブセンチュウにはアイソザイムの差異からA2型とA1型が存在し、それぞれ形態的な差異を認めた。さらにA2型の中でも、形態的差異から2通りの分類群を見いだした。一方、ミトコンドリアDNAの特定領域を増幅するプライマー(c2f3/1108)を用いて、PCR法で得られたDNA断片長を比較したところ、A2型は1.7kbのグループと1.1kbのグループに分かれ、A1型はすべて1.7kbであった。これら3通りのグループ分けは形態的特徴に基づくグループ分けとも一致したため、それぞれアレナリアネコブセンチュウの「A2-J」、「A2-O」、「A1」の3つの分化型とした。これら日本産分化型と海外のアレナリアネコブセンチュウ系統を比較精査した結果、A2-O型が既報のアレナリアネコブセンチュウ基本系統と一致した。A2-J型は形態・ゲノム構造・サツマイモに対する寄生性を有する点において既報には見られない特徴を示し、わが国独自の系統と結論づけた。さらに、A1型については、特徴的な形態形質とアイソザイム多型を確認したことから、アレナリアネコブセンチュウから独立した新種であるM. microcephala Cliff & Hirschmannと同定した。本種は南米および東南アジア以外の地域からは初検出であり、ナンヨウネコブセンチュウ(新称)と命名した。

 アレナリアネコブセンチュウ各分化型は分布域が異なり、A2-J型は本州〜九州に広く分布し、A2-O型は沖縄のみに、A1型(M. microcephala)は九州南部から沖縄に分布した。わが国では、サツマイモネコブセンチュウが全国的に分布し、検出率も過半数を超える最重要種で、A2-J型がそれに次いだ。一方、従来全国的に分布するとされていたジャワネコブセンチュウは、A2-O型およびA1型と共に、沖縄を中心とした暖地のごく一部にしか分布しないことを明らかにした。

2. 天敵細菌 Pasteuria penetransの特性解明とネコブセンチュウ防除の実証

 わが国の各地圃場から24分離株のP. penetrans を探索し、ネコブセンチュウとの二者培養によって9分離株の増殖に成功した。各分離株の胞子は超音波処理や特定のプロテアーゼ処理によって付着活性が高まり、アルカリ条件下では胞子付着が阻害されることを明らかにした。各分離株はネコブセンチュウの種に対して宿主特異的な付着・寄生反応性を示した。すなわち、各分離株は寄生性によって3つのグループに分かれ、PPMIグループはサツマイモネコブセンチュウとジャワネコブセンチュウに、PPMAグループはアレナリアネコブセンチュウとM. microcephalaに、PPMHグループはキタネコブセンチュウにそれぞれ特異的に寄生することを明らかにした。これら天敵細菌分離株の宿主特異性を利用して、野外から分離した未知種の同定に応用できることを明らかにし、簡便な手順で種を同定する手法を開発した。一方、沖縄以南のサツマイモネコブセンチュウには、いずれの天敵細菌分離株も寄生しない個体群があることが判明した。この個体群に対しては、PPMIグループから寄生性変異株を選抜し、この株で防除が可能であることを示した。

 天敵細菌P. penetransの優良系統を選抜し、ネコブセンチュウ汚染土壌に胞子を混合し、作物を連作することによって、ポット試験では胞子量が土壌1g当たり105個で2作目から、同104個で3作目から殺線虫剤並みの防除効果が得られた。防除効果を得るための要因として、分離線虫に対する胞子付着率が重要であり、同付着率が80%を越えると次回作から防除効果が明瞭に現れることを示した。次に、露地トマトを6連作栽培しサツマイモネコブセンチュウの防除効果を圃場試験によって確認した。初年目1回のみ1m2当たり5×109個胞子処理区では、3作後以降、胞子付着率は80%前後を維持したものの、ポット試験並の防除効果は得られず、5作目までは無処理区の収量をわずかに上回る程度であった。顕著な効果が現れたのは6作目で、その時の収量は殺線虫剤毎作処理区を上まわった。殺線虫剤の半量併用では、3作目までの減収をある程度抑えることができたので、天敵細菌の効果が現れるまでの期間の対策として有効であった。

 以上を要するに、本研究ではわが国のネコブセンチュウに対し、高精度で簡便な同定法を開発した。この手法の適用によって、わが国のネコブセンチュウの種分布を明らかにし、従来の矛盾点の多い定説を一新した。また、わが国の主要ネコブセンチュウ種にそれぞれ対応した天敵細菌系統を野外から分離し増殖することに成功し、その中から優良分離株を選抜し、圃場試験において線虫防除効果を実証した。これらの成果は、学術上また応用上きわめて価値が高い。よって審査委員一同は本論分が博士(農学)に値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク