学位論文要旨



No 216694
著者(漢字) 三浦,理憲
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,マサノリ
標題(和) one-pot鈴木カップリング反応を利用した血液凝固第七因子阻害剤の合成と構造活性相関に関する研究
標題(洋)
報告番号 216694
報告番号 乙16694
学位授与日 2007.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16694号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 講師 杉浦,正晴
内容要旨 要旨を表示する

 血栓症の予防及び治療に有効な抗凝固薬であるワーファリンは、現在唯一の経口投与可能な薬剤であるものの、その作用機序のため作用の発現が遅く、出血の副作用、他薬剤との相互作用などから非常に使用しづらい薬剤である。そのため、これらの欠点を克服した薬剤の創製を目指し、現在まで凝固因子を直接阻害する研究が精力的に研究されている。組織因子/血液凝固第七因子複合体(以下TF/FVIIaと記載)は、病態が引き金となって始動される外因系凝固反応を始動させる役割を担っている。TF/FVIIa阻害剤は、他の凝固因子阻害剤と比較して、抗凝固作用(主作用)と出血(副作用)の乖離が最も大きい薬剤であることが報告されており、出血の危険性の低い理想的な薬剤と成り得ることから、多くのグループにより注目されている。

 1998年、小野薬品工業のグループより低分子のTF/FVIIa阻害剤としてアミジン化合物1が報告された。著者は化合物1の強力な活性とビフェニルの2,2',4-位にカルボニル基が置換する特異な構造に興味を持ち、本研究に着手した。まず、化合物1とTF/FVIIaとの相互作用を予測するためドッキングモデル解析を行った結果、Figureに示すように、分子末端部のアミジン部はS1ポケットのAsp-189と分子内水素結合していること、分子中央ベンゼン環はS2ポケット近傍に位置するものの、酵素との明らかな相互作用は認められないこと、分子末端部のイソブチル基はS1'ポケットの疎水性部位と相互作用していること、が推察された。本論文においては、各ポケットの名称に対応して、化合物のベンズアミジン部をP1部、中央ベンゼン環をP2部、イソブチル部をP1'部と定義し、以下に用いる。一般的に、アミジン構造を持っTF/FVIIa阻害剤はトロンビン、FXa及び食物消化酵素トリプシン等のセリンプロテアーゼに対する選択性が低く、また経口吸収性が乏しいことが知られている。実際、化合物1は、強力なTF/FVIIa阻害活性を示すものの、満足のいく経口吸収性は有しておらず、また同じセリンプロテアーゼであるFXa及びトリプシンに対する選択性も十分なものでは無かった(第一章)。

 著者は、化合物1の低い経口吸収性と選択性は高極性のアミジン部に起因すると仮定し、まずP1部の構造変換を試みた。その結果、非アミジン構造を有する化合物7e, 7gが酵素阻害活性が弱いながらもTF/FVIIa阻害活性を示すことを見出した。化合物7eの3-アミノカルボニルフェニル部分はTF/FVIIaのS1ポケットを占有し、アミノカルボニル酸素原子はSer-190と水素結合し、アミノカルボニル窒素原子は水分子を介してTrp-215及びVal-227と水素結合していることがドッキングモデル解析により推察された。一方、化合物7gのアミノメチル基は、化合物1のアミジノ基と同様に、Asp-189と水素結合していることが推察された。

 続いて、活性向上を目指し、化合物7eのP2部及びP1'部の構造変換をそれぞれ行った。P2部に関しては、S2ポケットとの相互作用を期待し種々の置換基を導入した結果、4'位にメチルアミノ基を有する化合物18dが無置換体7eと比較して28倍程度活性が向上することを見出した。化合物18dとTF/FVIIaのドッキングモデル解析を行ったところ、P2部のメチルアミノ窒素原子は結晶構造中に保存された水分子を介してTyr-94のフェノール酸素原子及びThr-98のカルボニル酸素原子と水素結合し、メチルアミノ基のメチル基は、S2ポケットの疎水性部分と相互作用していることが推察された。

 一方、化合物7eのP1'部の変換においては、ロイシン構造を有する化合物45dが7eと比較して8倍程度活性が向上することを見出した。化合物45dとTF/FVIIaのドッキングモデル解析から、ロイシン部のイソブチル基はGln-40の炭素鎖近傍に位置し、カルボン酸部のカルボニル基はGln-143の窒素原子からプロトンを受容していることが推察された。

 これらのリード化合物18d, 45dは、アミジン体1よりも他のセリンプロテアーゼに対して高い選択性を示し、内因系凝固時間延長作用の指標であるAPTTに大きく影響することなく、外因系凝固時間延長作用の指標であるPTに延長作用を有することが示された。化合物18d, 45dの高い酵素選択性は、FXaに対してはS1ポケットの、トリプシンに対してはS2あるいはS1'ポケットの酵素配列の違いが起因していると考えられた。(第二章)。

 続いて、これら化合物18d, 45dの分子P2部及びP1'部において活性発現に有効であった置換基を組み合わせた化合物を効率的に合成するため、中間体48の改良合成法を検討した。2,2'-位に官能基を有する非対称ビアリール構造は、種々の薬理活性を有する化合物や有用な合成中間体に多く認められる構造であるものの、その合成法には、特殊なホスフィンリガンドを必要する、あるいは導入できる官能基が限られる、等の解決すべき課題が残されていた。一方、宮浦らのグループは、空気、水分、熱に安定な市販品であるビス(ピナコラート)ジボロン(62)を用いた鈴木カップリング反応を報告している。本手法は、カップリングさせるトリフラートが種々の官能基を有していても対応するボロン酸エステルを収率良く合成出来、生成物のボロン酸エステルに別のトリフラートを作用させることで非対称ビアリール化合物へと導くことが出来る。さらに、ボロン酸エステルを単離することなく、one-potで非対称ビアリール体を合成することも出来る。

 著者は、宮浦らが報告したビス(ピナコラート)ジボロン(62)を用いた鈴木カップリング反応を基に塩基及び溶媒を検討したところ、アリールボロン酸エステル47とトリフラート67の反応において、塩基としては従来法のリン酸カリウムよりも炭酸ナトリウムが、また溶媒についてはDMFやジオキサンよりもトルエン-水の二層系溶媒が適していることを見出した。さらに宮浦及びGirouxらが報告したone-pot反応を基に、弱塩基-二層系溶媒を用いてone-pot反応を試みたところ、目的物48が良好な収率で得られることを見出した。

 続いて、本one-pot反応の基質一般性を検討した結果、種々のアリールトリフラートを用いても対応する非対称ビアリール体を収率良く与えることを明らかとした。本手法を用いると既報よりも収率が向上する例も認められた。また、オルト二置換のアリールトリフラートも適用可能であることを明らかとした。次に、本手法の適用範囲を臭化アリールに広げる検討を行ったところ、臭化アリールの反応性の低下に伴ない、対応するビアリール体の収率が低下した。そこで、one-pot鈴木カップリングの二段階目の反応に相関移動触媒を添加し、種々のアリールハライドに対してカップリング反応を行ったところ、何れも中程度の収率で対応するビアリール体を与えることを見出した。特に、本反応においては、電子吸引基や立体的に嵩高い置換基、あるいは複素環を有する臭化アリールにおいて、既報と比較して対応するビアリール体を収率良く与えることを明らかとした(第三章)。

 前記の改良合成法を用いて合成した中間体48を利用し、分子P1部、P2部及びP1'部の変換を行った結果、強力な活性を示し、且つ酵素選択性の高いTF/FVIIa阻害剤113b, 113c, 113eを見出した。本化合物群は他のセリンプロテアーゼに対して300倍以上の良好な選択性を示し、in vitro抗凝固活性のおいてPTのみに強い延長作用を有することが明らかとなった。続いて、これら化合物のマウスにおける薬物動態試験を行ったところ、化合物113eにアミジン体1を大きく上回る良好な血漿中化合物濃度が認められた。

 次に、化合物113eの抗凝固作用(主作用)と出血(副作用)の乖離を調べることを目的として、カニクイザルを用いてex vivo抗凝固活性及び出血時間延長作用を測定した。その結果、化合物113eは、ex vivo抗凝固活性においても、in vitroと同様にAPTTに大きく影響することなく、PTに強い延長作用を示すことが判明した。さらに、化合物113eは、PTを3.7倍延長する最高用量においても出血時間を全く延長しない安全な薬剤であることを明らかとした(第四章)。

 以上、酵素選択性及び経口吸収性に優れた血液凝固第七因子阻害剤の探索研究を行い、one-pot鈴木カップリング反応を利用して、化合物1のP1部、P2部及びP1'部を変換し、当初目的としたプロフィールを有する化合物113eを見出した。

Figure. Docking model of compound 1 in TF/FVIIa. 説明文本分参照。

審査要旨 要旨を表示する

 ワーファリンは、現在唯一の血栓症の予防及び治療に有効な経口投与可能な薬剤である。しかしながら、その作用機序のため作用の発現が遅く、また副作用や他の薬剤との相互作用などから、必ずしも十分な薬剤とは言えない面がある。本論文はこの問題を解決すべく、新たな薬剤の創製を目指し、組織因子/血液凝固第七因子複合体(以下TF/FVIIaと記す)阻害剤の開発を行ったものである。

 まず第一章では、小野薬品工業のグループより低分子のTF/FVIIa阻害剤として報告されたアミジン化合物(1)に着目し、この化合物とTF/FVIIaとの相互作用を予測するためドッキングモデル解析を行っている。その結果、分子末端部のアミジン部はS1ポケットのAsp-189と分子内水素結合していること、分子中央のベンゼン環と酵素との明確な相互作用は認められないこと、分子末端部のイソブチル基はS1'ポケットの疎水性部位と相互作用していることを考察している。(以下、各ポケットの名称に対応して、化合物のベンズアミジン部をP1部、中央ベンゼン環をP2部、イソブチル部をP1'部と定義する。)一般に、アミジン構造を有するTF/FVIIa阻害剤は、トロンビン、FXa及び食物消化酵素トリプシン等のセリンプロテアーゼに対する選択性が低く、また経口吸収性が乏しいことが知られている。実際、先の化合物1は強力なTF/FVIIa阻害活性を示すものの、満足のいく経口吸収性は有しておらず、また同じセリンプロテアーゼであるFXa及びトリプシンに対する選択性も十分なものではないことを明らかにしている。

 第二章では、まず化合物1のP1部の構造変換、引き続いてP2部及びP1'部の構造変換、さらにP1'部の構造変換を行い、リード化合物2および3を見出している。これらのリード化合物は、他のセリンプロテアーゼに対しても高い選択性を示し、内因系凝固時間延長作用の指標であるAPTTに大きく影響することなく、外因系凝固時間延長作用の指標であるPTに有効な作用を示すことを明らかにしている。さらにこれらの化合物の高い酵素選択性は、FXaに対してはS1ポケットの、トリプシンに対してはS2あるいはS1'ポケットの酵素配列の違いが起因していると考察している。

 続いて第三章では、これらの化合物2、3を基に、P2部及びP1'部における活性発現に有効であった置換基を組み合わせた化合物を効率的に合成するため、中間体4の改良合成法を検討している。2,2'-位に官能基を有する非対称ビアリール構造は、種々の薬理活性を有する化合物や有用な合成中間体に多く見られる構造であるが、その合成には、特殊なホスフィンリガンドを必要とする、あるいは導入できる官能基が限定されるなどの解決すべき課題が残されていた。

 本論文では、宮浦らが報告したビス(ピナコラート)ジボロンを用いる鈴木カップリング反応を基に塩基及び溶媒を検討し、アリールボロン酸エステルとトリフラートの反応において、塩基としては従来法のリン酸カリウムよりも炭酸ナトリウムが、また溶媒についてはDMFやジオキサンよりもトルエン-水の二層系溶媒が適していることを見出している。さらに、宮浦及びGirouxらが報告したone-pot反応を基に、弱塩基-二層系溶媒システムを用いて改良型のone-pot反応を開発している。本one-pot反応は広い基質一般性を有すること、また、二段階目の反応に相関移動触媒を添加すると、電子吸引基や立体的に嵩高い置換基、あるいは複素環を有する臭化アリールからも、目的とするビアリール体が中程度の収率ながら得られることを明らかにしている。

 第四章では、第三章の改良合成法によって合成した中間体4を用い、分子P1部、P2部及びP1'部の変換を行った結果、強力な活性を示し、かつ高酵素選択性を有するTF/FVIIa阻害剤5を見出している。本化合物は他のセリンプロテアーゼに対して300倍以上の良好な選択性を示し、in vitro抗凝固活性のおいてPTのみに強い延長作用を有することを明らかにしている。また、この化合物のマウスにおける薬物動態試験を行い、アミジン体1を大きく上回る良好な血漿中化合物濃度が認められることを示している。さらに、化合物5の抗凝固作用(主作用)と出血(副作用)の乖離を調べることを目的として、カニクイザルを用いてex vivo抗凝固活性及び出血時間延長作用を測定し、化合物5は、ex vivo抗凝固活性においても、in vitroと同様にAPTTに大きく影響することなく、PTに強い延長作用を示すことを見出している。さらに化合物5は、PTを3.7倍延長する最高用量においても出血時間を全く延長しない安全な薬剤であることを明らかにしている。

 以上、本論文は酵素選択性及び経口吸収性に優れた血液凝固第七因子阻害剤の探索研究を行い、one-pot鈴木カップリング反応を用いて、化合物1のP1部、P2部及びP1'部を変換し、当初目的としたプロフィールを有する化合物5を見出したものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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