学位論文要旨



No 216701
著者(漢字) 今野,雅
著者(英字)
著者(カナ) イマノ,マサシ
標題(和) 建物周辺の風環境解析に適した解適合格子生成に関する研究
標題(洋)
報告番号 216701
報告番号 乙16701
学位授与日 2007.02.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16701号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

 近年,計算機能力の向上と社会における省エネルギーの要請を背景に,自然エネルギーである自然風を有効に利用すべく,建物周辺や建物内外での風環境や通風性状を数値流体解析(以下CFD)を用いて予測する研究が数多く行なわれている.CFD 解析における領域分割型の並列計算が一般的になってきた昨今では,解析対象の計算規模に応じてプロセッサ数を増やした並列計算を行うことにより,CFD 解析自体の時間の短縮は比較的容易になってきたと言える.しかしながら,CFDによる解析対象が,単純な形状で,かつ,単独の建物から,より現実の市街地に近い複雑な形状の建物群へと移行するにつれ,CFD 解析に使用する計算格子の生成に対する人的負荷の問題が顕著になってきた.というのも,現在の自動格子生成技術では,計算時間と解析精度が両立した効率的な格子を生成することは難しいため,CFD 解析と格子生成に対する高度な経験を持つ専門家が手動で生成しなければならない割合が未だに多いからである.また,この傾向は,対象とする建物の形状や流れ場が複雑になればより強くなるため,そこにかかる人的負荷を減少させることが,設計支援の道具としてCFD を活用する上で急務とされる.

 ところで,四面体の格子による自動格子分割は,デローニ分割法を用いて簡単に出来るため,古くから存在していた.しかし,四面体の格子では,境界層のように速度勾配が大きい領域を十分に解像しようとすると,格子数が非常に大きくなり効率が悪い.そこで,四面体格子を用いる場合には,物体周りの境界層付近にプリズム型等の薄い格子を配置して,この欠点を緩和するのが一般的であるが,物体近傍にプリズム格子をどの程度の密度で,またどの位の厚みで配置すれば良いか判断するにはやはりCFD 解析や格子形成に関する経験が必要であり,格子生成の自動化の妨げになっている.さらに,元々四面体格子は,六面体格子に比べ,移流項や拡散項を離散化した際の打ち切り誤差が一般に大きいため,有限体積法によるCFD 解析において四面体格子を多用するのは望ましくない.

 これに対し,一般曲線座標系の構造格子を用いた境界適合格子では,六面体でかつ,直交性と平滑性が非常に良い格子が生成されるため,角柱や円柱等の簡単な形状に近似できる建物周りの風環境解析に対して良く用いられてきた.また,一般曲線座標系による構造格子を複数用いて重ね合わせる複合格子(重合格子,キメラ格子とも呼ばれる)を用い,格子間で流れ場の解を交換しあう解強制置換法を行うことで,より複雑な形状周りの流れ場を解析した研究例もある.さらに,建物周りの風環境解析においては,流入風の風向を何種類か変えて解析をすることが良く行われるが,上記の複合格子を用いれば,風向が変わっても建物周りの格子のみを回転させれば良いため,格子形成の手間が軽減されるという利点がある.しかしながら,この構造格子を用いた格子形成手法は,たとえ複数の格子系を用いた場合でも,複雑な形状に対して境界に適合した格子を形成するのは容易ではない.また,複数の格子系を使用して解強制置換法を用いた場合,解析プログラムが複雑になるほか,格子系間を接続する界面が一致していない限り,厳密には運動量が保存されないという欠点がある.

 一方,非常に複雑な形状周りの流れ場を解析する必要が多い航空工学や機械工学の分野では,格子が直方体で概ね直交性が良く,複雑な形状でも境界に概ね適合する格子を自動的に生成できるという利点を持つ直交格子法が用いられることが多い.この方法は,解析領域全体を粗い分割の立方体の直交格子を用いて覆った後,物体の表面と交わる格子を再帰的に細分割していき,物体の表面形状に概ね適合させる.また,この格子法は,局所的に格子を細分割することが容易なことから,物体表面や物体の後流,地表面付近の境界層等,速度勾配が大きく,高い解像度が必要な領域にだけ格子を集中させることも容易であるため,少ない格子数で精度良い解析をすることが可能である.

 さらに質の良い格子を生成するためには,流れ場への適応を考慮する必要があるが,暫定的に粗く生成した格子を用いて得られた流れ場の解を元に格子を改良していく手法がBerger らによって解適合格子生成(Adaptive mesh refinement: AMR) として提案されてから,現在まで幅広く研究されている.

 そこで,直交格子法を用いて物体形状に則した粗い格子を生成し,それを初期値として解適合格子生成により流れ場に応じて格子を改良していけば,概ね質の良い格子が自動的に生成されるのではと,自ずと考えられる.しかしながら,そのままでは,解析領域の全てにおいて一様に質の良い格子を自動生成する方法となってしまうため,気流を阻害するのが解析対象となる物体のみである航空機周辺の気流解析ではあまり問題がないものの,複数の建物が建ち並ぶ市街地における建物周りの風環境解析では,格子を人手で生成した場合に比べ,計算効率が非常に悪くなる可能性がある.なぜなら,建物周りの気流解析では,検討の対象とする建物の通風や,表面での風圧係数,もしくはその建物の近傍の領域といった限られた領域にだけ関心があるのが通例であって,対象とする建物から遠く離れた領域での流れ場の予測精度はあまり問題にならない場合が多いからである.このため,CFD と格子生成の経験に富んだ人が格子を生成する場合には,解析領域での流れ場がどれだけ検討の対象とする建物や領域に影響を与えるかを考慮して,格子の密度を変化させることが一般的であり,これにより領域全体で一様に解析精度を求める格子に比べ,大幅に計算効率が良い格子生成が可能になっている.

 以上の背景を踏まえ,本論文では,検討の対象とする建物の風圧や近傍の領域での流れ場に与える影響が高い領域を,解適合格子生成の過程で得られた暫定的な流れ場の解により,定量的にかつ自動的に求め,その領域外では格子の密度を粗くするよう自動的に制御することにより,少ない格子数で対象とする建物周りの流れ場を精度良く解析できるような格子を自動的に生成する解適合格子生成手法を構築することを目的とする.

 本論文は7 章で構成される.

 第1章では,本論文の序論を述べた.

 第2章では,Jasak によって提案された3 種類の誤差推定法とRichardson の補外法について,3 種類のベンチマーク的な流れ場を対象にケーススタディを行い,AMR で使用する上での効率の比較を行なった.その結果,Richardson の補外法は,層流流れにおいては,他の手法に比べ卓越した誤差推定性能を持つが,乱流の複雑な流れ場においては,その性能は,他の手法とそれほど大きく変わらなかった.これに対して,Residual 法は,どの流れ場においても,規格化誤差の分布や誤差割合が正解値とかけ離れておらず,かつ,概ね良いAMR 用平均効率を持っていたため,2章で検討した他の手法に比べ誤差の推定性能に優れていることがわかった.

 第3章では,2 種類の流れ場に対して,Residual 法により推定された誤差を用いたAMR を行った.また,生成される格子の性状を制御するパラメータに関するスタディを行なって格子数と解析誤差との関係を調べた結果,制御パラメータに関する適切な範囲が得られた.そこで,適切な範囲内にあるAMR 制御パラメータを用いてAMR を行ったところ,初期格子での計算結果に対して,解析領域全領域で,流れ場に関する誤差が大幅に減少した.また,方向性AMR は等方的AMR に比べ,格子数の増加が少ないにもかかわらず,速度等の計算結果に関する誤差割合の標準偏差が小さくなっており,より効率的な格子が生成できた.

 第4章では,風向が建物に対して斜めの場合の単独低層建物周辺の流れにAMR を適用した.その結果,この流れ場に対しても,AMR により効率的な格子が生成できることが確かめられた.しかしながら,この流れ場のように風向が格子の軸と一致していない場合には,方向性AMR ではその性能が一部低下することがわかった.

 第5章では,市街地での建物周りの風環境解析において,より効率的な格子生成ができる非一様型AMR の手法を新たに構築した.また,本手法を,低密度の格子状市街地に建つ低層建物周辺気流に対して適用した結果,通常の一様型AMR に比べ,解析領域全体での速度や乱流エネルギーの誤差の標準偏差は多少増加するものの,対象領域における速度や乱流エネルギーや,対象建物表面での風圧係数の誤差の標準偏差は一様型AMR とほぼ同程度となる予測が行なえた.また,このケースによって生成された最終格子の格子数は,一様型AMR に比べ約1/4 であり,検討対象する領域での解析精度をほとんど落さずに,格子数を大幅に削減した大変計算効率の良い格子が自動的に生成できることがわかった.

 第6章では,5 章で構築した非一様型AMR 手法を,中密度の格子状市街地に建つ低層建物周辺気流,風向22.5 度の場合の低密度の格子状市街地に建つ低層建物周辺気流,およびモデル市街地に建つ高層建物周辺気流に対して適用した.その結果,どの流れ場においても,検討の対象する建物の風圧係数に関する解析精度,もしくは,対象領域における風速分布に関する解析精度が一様型AMR と変わらないまま,一様型AMR に比べ格子数が大幅に少ない,大変計算効率の良い格子が自動的に生成できることがわかった.これにより,本論文で構築した非一様型AMR による格子数削減効果が,広範囲の風環境解析に対して有効であることが示された.

 第7章は本論文の総括である.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「建物周辺の風環境解析に適した解適合格子生成に関する研究」と題し、検討の対象とする建物の風圧や近傍の領域での流れ場に与える影響が高い領域を、解適合格子生成(Adaptive mesh refinement:AMR)の過程で得られた暫定的な流れ場の解により、定量的にかつ自動的に求め、その領域外では格子の密度を粗くするよう自動的に制御することにより、少ない格子数で対象とする建物周りの流れ場を精度良く解析できるような格子を自動的に生成する解適合格子生成手法を構築することを目的としたものである。

 論文提出者は、非常に複雑な形状周りの流れ場を解析する必要が多い航空工学や機械工学の分野では、格子が直方体で概ね直交性が良く、複雑な形状でも境界に概ね適合する格子を自動的に生成できるという利点を持つ直交格子法が用いられることが多く、暫定的に粗く生成した格子を用いて得られた流れ場の解を元に格子を改良していく手法がBergerらによってAMRとして提案されてから、現在まで幅広く研究されていること、さらに、建物周りの気流解析では、検討の対象とする建物表面での風圧係数および対象建物の近傍といった限られた領域の気流性状だけに関心があるのが通例であって、対象とする建物から遠く離れた領域での流れ場の予測精度はあまり問題にならない場合が多いことに着目し、上記目的を設定しており、論文は、以下の7章より構成されている。

 第1章では、本研究に関連する既往研究の概要、本研究の目的と必要性、論文構成などを示している。

 第2章では、Jasakによって提案された3種類の誤差推定法とRichardsonの補外法について、層流2次元ステップ流れ、乱流2次元バックステップ流れ、単独低層建物周辺流れの3種類のベンチマーク的な流れ場を対象とした詳細なケーススタディを行い、AMRで使用する上での総合的な効率の定量的比較から、Jasakが提案したResidual法が総合的に優れること、4章以降で行うAMRに十分使用可能であることを示している。

 第3章では、2種類の流れ場に対して、Residual法により推定された誤差を用いたAMRを行った結果を述べている。AMRでは、基本的に設定された誤差が設定した細分割閾値より大きい場合に格子を細分割すること、格子の分割手法には、格子を全方向に分割する等方的分割と、流れ場の性状に応じて分割方向を決める方向性分割があるが、後者の分割性状は方向性パラメータによることから、これら制御パラメータを変化させたケーススタディを行い、生成された格子数と流れ場の誤差の統計値との関連から、各制御パラメータの適切な範囲を調べている。この検討により決定された適切な制御パラメータを用いることにより、AMRにおいて計算効率のよい格子生成が行えることを確認している。

 第4章では、風向が建物に対して斜めの場合の単独低層建物周辺流れに、3章で用いたAMR手法を適用した結果から、このような流れ場に対しても、AMRにより効率的な格子が生成できることを確かめている。ただし、風向が格子の軸と一致していない流れ場の場合には,方向性AMRでは、その性能が一部低下することも示している。

 第5章では、市街地のように複数の建物が存在するものの、詳細な解析の対象となる建物や領域が限られているような風環境の解析においては、3章、4章で行ったようなAMR手法をそのまま適用することは、計算効率の面で不利になる可能性が高いことをまず示し、より効率的な格子生成ができる非一様型AMR手法を新たに提案している。提案された非一様型AMR手法は、検討対象領域の流れ場に与える影響が強いのは、その領域内を通過する流管の風上側の流管であること、そのような流管は、AMRの過程で近似的にではあるが自動的かつ定量的に求められることに着目し、これまで全解析領域で一様に行っていたAMRにおける格子の制御を、流管の内外で変化させるよう拡張を施したものである。本手法を、低密度の格子状市街地に建つ低層建物周辺気流に対して適用した結果、通常の一様型AMRに比べ、解析領域全体での速度や乱流エネルギーの誤差の標準偏差は多少増加するものの、対象領域における速度や乱流エネルギー、対象建物表面での風圧係数の誤差の標準偏差については、一様型AMRとほぼ同程度となる予測が行なえること、このケースによって生成された最終格子数は、一様型AMRの場合に比べ大幅に削減されることを示している。

 第6章では、5章で提案した非一様型AMR手法を、中密度の格子状市街地に建つ低層建物周辺気流、風向22.5度の場合の低密度格子状市街地に建つ低層建物周辺気流およびモデル市街地に建つ高層建物周辺気流に対して適用した結果を示しており、どの流れ場においても、検討対象とする建物の風圧係数および対象領域における風速分布に関する解析精度が、一様型AMRとほぼ同程度を維持しつつ、格子数が大幅に削減できることを示している。

 第7章では、全体のまとめおよび今後の課題を示している。

 以上のように、本論文は、建物周辺や建物内外での風環境の解析において、近年幅広く用いられている数値流体解析(CFD)における計算効率改善が、計算精度を落とすことなく、また、高度な専門知識がない者にでもできる手法を提案したものであり、建築環境工学に寄与するところが極めて大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49013