学位論文要旨



No 216702
著者(漢字) 柳田,明
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギダ,アキラ
標題(和) 熱間流動応力の測定法とそれに基づく内部組織変化の定量化法に関する研究に関する研究
標題(洋)
報告番号 216702
報告番号 乙16702
学位授与日 2007.02.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16702号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 助教授 割澤,伸一
 東京大学 助教授 土屋,健介
内容要旨 要旨を表示する

 素材・素形材に求められる要求は高まっており、その要求を満たすには「形状寸法」「内部品質」を一元化した製品・製造プロセスの開発が必要となってくる。形状と内部組織は相反することが多くこの2つを同時に満たすことは難しい。鉄鋼材料に関しては従来の加工熱処理に比較して、塑性変形を活用し、被加工材の内部組織を改善しようとする動きがあり、研究開発が行われている。この塑性変形を利用した組織制御技術は実験的手法による現象の解明と理論解析技術の開発を基盤とする。厚板圧延のような一部の加工プロセス・加工条件において、組織制御技術は実用化されているが、汎用的に用いられているとは言えない。その理由としてプロセス条件と材質予測技術が明確に分離されていないものが多かったこと、用いられる材料データがプロセス(加工法)固有のデータであることが挙げられる。前者に関しては内部組織モデルの一般定式化が行われることにより、個々の分離が可能となり、プロセスシミュレーション技術と材質予測技術が明確に分離された。しかし、後者に関しては、この2つの技術に用いることができる材料データの不足とその取得法が統一化されていないという問題が依然として残っている。

 よって、本研究では、塑性加工時の負荷特性に大きな影響を与え、加工プロセス設計に必要とされる熱間加工時の流動応力を高精度に取得する方法の開発、その流動応力を用いて内部組織変化を推定する方法を提案した。また、現状において、定量モデル化されていない低温・強加工時のフェライト変態モデルに関する定式化を行い、熱間加工から相変態に至るまでの試験手法および、それに基づく内部組織変化の定量化法を示した。

 以下のように論文を構成した。

第1章では、研究の背景として流動応力、再結晶Kineticsなどの材料データ取得の意義を現状のプロセスシミュレーション、および内部組織変化の解析技術を介して示し、ならびに1950年から1980年代に行われた研究結果より流動応力の概論を示した。

第2章では、流動応力を取得する従来の材料試験法についての比較検討を行った。その結果データ取得に最適な試験方法として、円柱圧縮試験を用いることとした。圧縮試験は工具との摩擦のため、不均一変形が生じるため、数値解析による補正が行われるが、高圧縮域のデータを補正するには不十分であるため、高精度測定手法の必要性が示された。冶金学的データを取得する試験方法についても同様に検討し、その問題点を示した。内部組織変化の表示法に関して従来の知見をまとめ、定量モデル式を決定した。

第3章では、熱間圧縮試験において避けることのできない変形と温度の不均一分布の影響を取り除くために、FEMを利用した逆解析を用いて流動応力を求める手法を示した。FEM解析に必要な応力式として、動的再結晶を表現できる内部組織変化を含んだ応力構成式を新たに提案した。初期温度分布、加工発熱、工具への熱移動などの熱間圧縮試験中の現象を再現するため、変形・温度・磁場の連成解析可能なFEMコードを作成した。提案した応力構成式とFEMを組み合わせ、実測荷重と解析荷重を一致させることにより、等温、単軸の流動応力を求めることが出来た。この方法で得られた流動応力は、これまでに提案されているFEM解析による補正法で求められる試験片内の平均的なひずみに対する平均的な流動応力のような物理的な意味が曖昧な応力とは異なり、試験片内部の冶金現象を反映したものであり、材料固有の値として求められるものである。

第4章では、3章で求められた流動応力を元に、温度・ひずみ速度の依存項を含む流動応力統合式を提案し、その定数パラメータを回帰する手法を示した。本手法では逆解析を用いていることにより、基準応力式でひずみ速度の影響が分離されているため、回帰が容易である特徴を有する。この応力統合式は圧延のみならず、鍛造加工のような広範囲の温度分布を持つ熱間プロセスに適用できる。

第5章では、流動応力曲線から動的再結晶Kineticsを推定する方法を提案した。この手法は逆解析より求められた応力曲線及び,動的再結晶組織の転位密度発展方程式の厳密解基本としている。推定された動的再結晶率 と凍結組織から得られた値を定量的に評価することは冷却速度の影響などがあり容易ではないが、凍結組織と比較した結果,低温(900℃)ではよく似た傾向を示すことが分かった。このことから、組織凍結が困難な高温・高ひずみ速度の動的再結晶速度を求めるのに有効であると言える。また本手法では組織観察を必要としないので少ない時間,実験数で動的再結晶Kineticsを求めることができる

 第6章では、軟化率の冶金学的な検討を行い、熱間状態では静的回復が短時間で起こり、軟化率0.3程度までは回復の影響であることが確認された。2段試験において、逆解析を用いる優位性としては、等温に補正された流動応力を用いるので、保持時間中の温度変化の補正が可能であること、加工初期の遷移領域の応力値から直接求めるのではなく、関数で求められた流動応力から求めることによって、測定誤差を軽減することできること、残留ひずみ率を求めることが出来るなどが挙げられる。また、これまで検討されることがなかった不均一変形の影響について、残留ひずみ率を予ひずみ・温度の関数として、冶金ひずみの加算測を仮定し、逆解析により再結晶速度を求めることで温度・ひずみの不均一分布が軟化率に及ぼす影響の検討が可能となった。不均一変形により、軟化初期では軟化率は高変形域の影響で均一変形と比べ、高くなり、終了時では、低ひずみ域の軟化が遅れるため、低い値となると推定されるがその差は小さいことが確認された。残留ひずみ率から転位密度を媒介とした軟化率を求め、凍結組織から得られた再結晶分率と試験片内部の分布を含めて比較した結果、両者は良い一致を示した。

 第7章では、低温・強加工時の組織形成理論の導出とその構築に必要な試験を行った。3〜6章での成果を利用し、試験片に付与されたひずみ・温度履歴から、変態前の状態を検討した。変態試験から低温(Ar3変体点近傍)では粒内からフェライトが生成されることを確認し、結晶粒内の核生成サイトの増加がフェライト粒の微細化の主因子であることが認められた。組織観察に基づき粒内の転位やセル上組織から核生成する理論モデルを導出した。計算モデルとして運用するにあたり、成長速度などの定数パラメータの決定は組織観察に基づいており、現象論的なモデルではあるが、粒内核生成による、高ひずみ速度、強加工プロセスに適用できる組織形成モデルを作成した。また、ラボ圧延機で得られた結晶粒径を比較した結果、従来の古典的核生成理論からなるモデルと比べ、微細粒となる領域での精度が格段に向上した

 第8章は結論である。

審査要旨 要旨を表示する

 流動応力は塑性加工時の被加工材の負荷特性を支配する主たる要因であるため、塑性加工機械の設計製作や制御を行うために不可欠な情報であり、また、被加工材の変形特性にも少なからず影響を及ぼす。また、再結晶温度以上での流動応力である熱間流動応力は、被加工材の内部組織変化と深く関係している。この様に熱間流動応力は、熱間塑性加工において最も重要なパラメータであるにも関わらず、高ひずみ領域までの圧縮試験での測定は試験中不可避である温度および変形の不均一分布によって困難であるとされており、また内部組織変化との関連付けすなわち定量化法についても、系統的な研究が行われていない状況にあった。

 本論文では、「熱間流動応力の測定法とそれに基づく内部組織変化の定量化法に関する研究」と題し、幅広い温度範囲・ひずみ速度範囲を対象とした、高ひずみに至るまでの熱間流動応力の測定法とそれに基づく内部組織変化の定量化法、さらに回帰法や内部組織解析モデルへの適用方法について、系統的かつ広範囲な研究を行った結果をまとめている。第1章は序論であり、本研究の目的や意義について述べている。第2章では、従来行われてきた熱間流動応力の測定法と定量化法について総括している。第3章では、高ひずみ領域まで使用可能な応力構成式を提案し、熱間圧縮試験でのパラメータの決定方法を示した。ここでは、圧縮試験を再現できる変形−温度−磁場を連成したFEM解析コードを作成し、新たに提案した逆解析手法と組み合わせることにより、不均一変形・温度の影響を含まない流動応力の定量化を可能としている。第4章は各温度・ひずみ速度試験条件で求められた熱間流動応力を、温度・ひずみ速度の陽に影響を含む「統合式」として、回帰する方法を示している。5章では、加工中の組織変化と流動応力の関係から、動的再結晶速度を流動応力の変化から推定する方法を示すとともに、凍結組織観察結果と比較した結果、冷却中の組織変化の影響が少ない試験片表層部では、両者は良い一致を示していることを確認している。第6章では、これまで検討されることがなかった2段試験での温度・ひずみの不均一分布に起因する保持時間中の試験片内部の不均一な軟化が、測定される軟化率に与える影響についての検討を行っている。ここでは転位密度を媒介とした軟化率を新たに定義し、この値と組織観察により求められた再結晶分率が分布を含めて良い相関があることを示し、不均一変形を呈する試験であっても軟化に伴う組織変化を定量的に求めることが出来ることを示している。7章では、低温・強加工後の組織形成モデルを新たに定式化している。相変態を含む場合、熱間状態での組織を凍結することが困難な場合が多く、今回の条件もそれに当たるため、3〜6章での成果を利用し、変態前の組織を予測し、実験により求められた変態後の組織との関係を求め、計算モデルとして実用化している。第8章は結論であり、研究を総括するとともに今後の工業的寄与、工学的寄与について展望している。

 以上に述べたとおり本研究は、高ひずみ領域までの圧縮試験によって熱間流動応力を測定する方法・測定結果・測定結果を回帰した結果を示すとともに、熱間流動応力内部組織変化との関連付けすなわち定量化法についても系統的に研究を行った点で工学的に価値が高く、また本論文を通して得た知見を熱間塑性加工の解析や熱間塑性加工の最適設計・制御、加工後内部組織制御に適用できる点で工業的にも高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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