学位論文要旨



No 216703
著者(漢字) 荻巣,敏充
著者(英字)
著者(カナ) オギス,トシミチ
標題(和) 形状記憶合金箔埋め込み型CFRP積層板を用いた損傷制御システムの航空機構造への適用化研究
標題(洋)
報告番号 216703
報告番号 乙16703
学位授与日 2007.02.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16703号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では,航空機構造の軽量化のため,CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic)複合材料の大幅適用化に向けた設計許容値の向上を目的として,形状記憶合金:SMA(Shape Memory Alloy)箔を用いたCFRP積層板の損傷(例えば,トランスバースクラック及びデラミネーション)発生を抑制するシステムの開発に取り組んだ.このようなシステムは,知的材料・構造システムと呼ばれ,今後複合材料の適用が拡大される方向にある航空機において,必要不可欠な技術であると考えられている.本論文では,最終的に航空機胴体(B737 Class)構造を模擬したデモンストレータ供試体の一部に開発した損傷制御システムを組み込んで,SMA箔による損傷抑制効果を実機レベルの構造で技術的に実証したことを述べた.これらの結果は,知的材料・構造システムを航空機へ適用するための第一段階として,技術実証レベルを達成した事を意味している.

 さらに,デモンストレータ試験結果とクーポン試験及び構造要素試験の強度データの一致により,これらの基礎データが,知的材料・構造システム設計に使用できる有効なデータとなり得ることを実証することができた.

 以下に,本論文において具体的に達成された結論を示す.

 第1章では,はじめに序論として知的材料・構造システムの開発に関わる研究の背景を述べた.次に,現在提唱されている知的材料・構造システムの概念を示すと共に,これまでに実施されて来た研究に関して調査検討し,それらの課題をまとめて本研究の目的及び開発の意義を説明した.

 第2章においては,SMAの変態挙動を解析的に取扱うための熱力学的モデルを検討すると共に,SMA箔自身の基本的な機械特性及び損傷抑制に必要となる回復応力発生のメカニズムを検討した.本章では,SMA箔が,回復応力を発生するために必要な相変態のうち,R相変態を考慮に入れた修正Brinsonモデルを提案し,本研究に用いたSMAの力学的挙動を解析的に検討可能な式を示した.また,SMA箔の基本特性を調査すると共に,複合材への埋め込みにより発生する回復応力を取得し,2%程度の予ひずみを付与したSMA箔を拘束して複合材料に埋め込むことによって,400MPaの回復応力が得られることを確認した.また,SMAに与えた予ひずみを拘束して複合材料に埋め込むことによって発生する回復応力の発生メカニズムを明らかにした.

 第3章においては,損傷抑制が可能な知的複合材料を製造するために必要な技術的課題を検討した.はじめに,SMAをCFRPに埋め込む際の接着力を向上させるため,表面処理方法を開発した.具体的には,3%ふっ酸-15%硝酸で酸洗後,10%NaOH溶液を用いた陽極酸化処理を用いることにより,現状最も安定して高い接着強度が得られることを明らかにした.次に,複合材料積層板へのSMA箔挿入界面について検討し,エネルギー開放率を用いて挿入した際の影響を算出した.その結果,擬似等方積層板[+45/0/-45/90]sの場合90/90界面へのSMA箔挿入が,最もエネルギー解放率を抑制し,剥離進展の起点とならない界面であることを確認した.さらに,CFRP内部への積層硬化後SMAの回復応力を発現させるため,SMAの予ひずみを拘束可能な治具構造を検討し,ピン,ボルトによる強制的な拘束もしくは摩擦力による拘束が実用的にも最も実現性が高いとの検討結果を得た.一方,SMAの回復力を発現させるために必要な,オーステナイト変態点以上の温度への加熱手段として通電加熱手法を検討した結果,マイクロスポット溶接によってSMAを結合し,これを通電加熱用端子とする事で,局部過熱の少ない均一な通電加熱が可能であることを実験的に確認した.

 第4章においては,予ひずみを有するSMA箔を埋め込んだクーポン供試体及び構造要素供試体を設計・製造して試験を実施した.さらに,SMA箔を埋め込んだ複合材料積層板の損傷抑制効果を理論的に検討した.本章のクーポン供試体を用いた負荷-除荷試験の結果,2%予ひずみを有するSMA箔を埋め込んだCFRP擬似等方積層板は,従来のCFRP積層板と比較して,トランスバースクラック発生ひずみが約30%以上,デラミネーション発生ひずみが約40%以上向上することが確認された.これらの損傷発生抑制効果は,構造要素試験供試体でも同様に確認された.さらに,クーポン供試体を用いた疲労試験の結果,最大負荷ひずみを0.5%とした場合,2%予ひずみを有するSMA箔を埋め込んだCFRP擬似等法積層板は,従来のCFRP擬似等方積層板と比較して,トランスバースクラック発生サイクル数が約25倍(約2,000cycle⇒約50,000cycle),デラミネーション発生サイクル数が約200倍(約10,000cycle⇒約2,000,000cycle)に向上することが確認できた.さらに,損傷発生ひずみの抑制効果は,構造要素供試体を用いた疲労試験の結果からも同様の結果が得られた.

 上記に述べた内容の試験実施過程で,損傷発生ひずみの詳細観察を実施した結果,SMA箔を中央に埋め込んだCFRP擬似等方積層板は,室温試験条件下で従来のCFRP積層板と比較し約0.21%の損傷発生ひずみ遅延効果があることを実験的に確認した.これは,SMA箔を埋め込んだ積層板のクラック開口変位の抑制効果によって発生しているものと考えられる.また,このクラック開口変位の抑制効果は,予ひずみを有するSMAの埋め込みによって発生する回復力に依存し,その力は一定のしきい値以上(試験結果では100MPa程度)があれば,約30%程度の抑制効果が得られることをSMAの回復力が異なる供試体で確認した.このように,SMAに発生する回復力が異なる供試体を用いた損傷抑制効果を比較することによって,CFRPに発生する損傷の発生/進展抑制効果はSMAに発生する回復応力に依存することが明らかとなった.

 一方,著者らは,汎用FEM解析ソフト"Marc"を用いて2%予ひずみを有するSMA箔を埋め込んだCFRP擬似等方積層板をモデル化し,この解析モデルに荷重を負荷して,その際得られた数値解析結果を基にCrack Closure Methodを用いてクラック先端のひずみエネルギー開放率を算出した.その結果, SMA箔を埋め込んだCFRP擬似等方積層板は,従来のCFRP積層板と比較してクラック先端のエネルギー解放率が抑制されていることが確認できた.これらは実験値とよい相関を示した.

 第5章においては,第4章にて確認した損傷抑制効果を実証した.本章におけるデモンストレータ試験の実施により,2%予ひずみを有するSMA箔を埋め込んだCFRP複合材料構造は,従来のCFRP構造に対して,トランスバースクラック発生ひずみが約30%向上し, デラミネーション発生ひずみが約40%以上向上することが確認された.以上の結果から,SMAを埋め込んだCFRP積層板の損傷抑制効果を実機模擬構造レベルで技術的に実証する事ができた.

 一方,試験の結果から,SMA埋め込み型CFRP複合材料積層板は,SMAへの加熱なしにすでに同時積層硬化された状態で回復力を発生しており,この回復力が損傷進展抑制効果を発生する事も確かめられた.さらに,SMAの加熱による回復力の増加は大きな損傷進展抑制効果につながる事が確認された.このため,実用上の使用状況を考えると,航空機のフライト中は通電加熱のない状態で運用し,緊急事態が発生した場合にのみ通電加熱を実施して,SMAにより発生する高い回復力を損傷発生/進展抑制に利用すべきである事を提言した.

 以上の結果は,SMA埋め込み型複合材料を用いた損傷制御システムの航空機への適用可能性を示している.

 第6章では,結論として本研究の成果をまとめるとともに,本研究に関する今後の課題及び展望について述べ,システム実用化のためには,SMAの回復応力の増加,実用環境での有効性確認,システムの信頼性及び設計許容値への寄与が必要であることをまとめた.さらに,本研究によって損傷制御用内部アクチュエータとしてその有効性が確認された開発されたSMAを用いた,種々のアプリケーショントライの現状をまとめ,油圧アクチュエータ及び高揚力装置用アクチュエータとして利用できる可能性があることを工業的視点から示した.

 本試験の成果は,SMA箔を用いた複合材料の損傷抑制システムの航空機構造への適用可能性を示すものであり,今後の知的材料・構造システム開発の礎と成り得る内容である.また,将来複合材料の損傷許容設計を実施する上で,重要な意味を有しており,その工業的意義は大きい.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)荻巣 敏充 提出の論文は、「形状記憶合金箔埋め込み型CFRP積層板を用いた損傷制御システムの航空機構造への適用化研究」と題し、6章よりなる。

 本論文は、航空機構造の軽量化のため、CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic)複合材料の大幅適用化に向けた設計許容値の向上を目的として、形状記憶合金:SMA(Shape Memory Alloy)箔を用いたCFRP積層板の損傷発生・進展を抑制するシステムの研究開発を行っている。まず、SMA箔の特性評価、埋め込み技術、損傷発生・進展抑制メカニズムなどの基礎的検討を行い、さらに、クーポン試験および構造要素試験による実証を経て、最終的に航空機胴体構造を模擬したデモンストレータ供試体の一部に開発した損傷制御システムを組み込み、実機レベル構造でも技術的に実証することに成功している。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、従来の関連研究を総括するとともに、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

 第2章は「SMAの特性及び構成方程式」であり、SMAの変態挙動を解析的に取り扱うための熱力学的モデルを検討するとともに、SMA箔の基本力学特性及び損傷抑制に必要となる、複合材への埋め込みにより発生する回復応力の発生メカニズムを検討している。回復応力発生に必要な相変態のうち、R相変態を考慮に入れた修正Brinsonモデルを提案し、SMA箔の力学的挙動の定式化を行っている。

 第3章は「SMA箔を埋め込んだCFRP積層板製造手法の確立」であり、製造するために必要な技術的課題を検討している。まず、SMA箔をCFRPに埋め込む際の接着力を向上させるための表面処理方法を開発している。次に、層間剥離エネルギ解放率を比較することにより、複合材料積層板への最適なSMA箔挿入界面位置を検討している。さらに、CFRP積層硬化後にSMAの回復応力を発現させるため、SMAの予ひずみを拘束可能な治具構造を検討・製造している。また、SMAの回復力を発現させるために必要なオーステナイト変態点以上の温度への加熱手段としての通電加熱手法を提案するとともに、実験的に確認している。

 第4章は「SMA箔を埋め込んだCFRP複合材料積層板の損傷挙動」であり、予ひずみを有するSMA箔を埋め込んだクーポン試験片及び構造要素供試体を設計・製造し、損傷挙動を評価するための試験を実施している。まず、クーポン試験片を用いた負荷-除荷試験の結果、2%予ひずみSMA箔を埋め込んだCFRP擬似等方積層板は、従来のCFRP積層板と比較して、トランスバースクラック(最弱層に発生するクラック)発生ひずみが約30%以上、層間剥離発生ひずみが約40%以上向上することを実証している。これらの損傷発生抑制効果は、構造要素試験供試体でも同様に確認している。さらに、クーポン試験片、構造要素供試体を用いた疲労試験の結果、最大負荷ひずみを0.5%とした場合、2%予ひずみSMA箔を埋め込んだCFRP擬似等方積層板は、トランスバースクラック発生サイクル数が約25倍、層間剥離発生サイクル数が約200倍に向上することを確認している。また、有限要素解析によりエネルギ解放率を理論的に算出することにより、損傷発生・進展抑制効果を定量的に予測するとともに、実験値と良く一致することを示している。

 第5章は「航空機胴体構造デモンストレータ」であり、直径1.5m、長さ3mの航空機胴体模擬CFRP円筒構造デモンストレータにおいて、SMAを埋め込んだCFRP積層板の損傷抑制効果を実機模擬構造レベルで技術的に実証している。SMAへの加熱なしに同時積層硬化された状態で、すでに回復力を発生しており、この回復力が損傷進展抑制効果を発生すること、さらに、SMAの加熱による回復力の増加はさらに大きな損傷進展抑制効果につながることを確認している。

 第6章は「結論」であり、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討している。

 以上要するに、本論文は、予ひずみSMA箔を埋め込んだ複合材料損傷抑制システムを提案し、その基礎的検討を行うとともに、クーポン試験、構造要素試験による実証を経て、航空機胴体構造デモンストレータ供試体に組み込み、実機レベル構造でも技術的に実証している。本成果は、次世代航空機構造への適用可能性を示すものであり、今後複合材料の損傷許容設計を実施する上での重要なステップとして位置付けられ、航空宇宙複合材構造学、複合材損傷許容設計学の新しい発展に大いに寄与する有益な知見を与えている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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