学位論文要旨



No 216704
著者(漢字) 苅田,丈士
著者(英字)
著者(カナ) カンダ,タケシ
標題(和) ロケット−ラムジェット複合サイクルエンジンシステムの研究
標題(洋)
報告番号 216704
報告番号 乙16704
学位授与日 2007.02.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16704号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 渡辺,紀徳
内容要旨 要旨を表示する

1.まえがき

 空気吸込み式エンジンを宇宙機の初段に用いることが検討され、ロケットエンジンをラムジェットに組み込んだ複合型エンジンの研究が進められてきた。このエンジンは幾つかの作動モードを持ち、それぞれの作動モードで高い性能を発揮することはできないが、エンジン総重量は小さい。また複数のエンジンを切り替えて使用するのではないので、非作動時のエンジンによる付加抵抗も誘起しない。

 今回、ロケットエンジンをベースとしたロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの一般的な性能計算モデルを構築した。エンジン性能計算方法ではまず物理モデルを構築し、それらを組み合わせてエンジン作動モデルを構築し、推力発生に適したエンジン形状を検討した。このエンジンはロケットの作動状態を変えることにより、いろいろな作動状態を実現することができる。エンジン性能計算結果を用いて高度100km低軌道へのSSTO飛行シミュレーションを行ない、ラムジェットおよびスクラムジェットモードにおけるロケット部の適切な作動状態について検討した。またこのエンジン性能計算で求めたエンジン内部諸量を用いて冷却要求の検討を行った。軌道からの下降中もエンジンの冷却は必要である。帰還時のエンジンへの必要冷却剤量について調べ、インレットの可動機構の要不要を検討した。

 ロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンは機体下面に取り付けることが想定されており、このときエンジンの推力軸はスペースプレーンの重心を通らない。真空中ではエンジン推力だけでモーメントの釣り合いをとる必要がある。本稿ではエンジン性能計算で得られた諸量を用いて、真空中でのSSTOのモーメントの釣り合いについても検討を行った。

2.ロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの構成と作動モード

 図1にロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの作動概念図を示す。離陸から約マッハ3まではエジェクタージェットとして作動する。エンジン内に吸入され超音速に加速された空気は、ロケット排気と共にディフューザー内の擬似衝撃波を通して亜音速に減速・昇圧される。下流燃焼器部で二次燃料を噴射し燃焼・加速し、エンジン出口で音速に達する。ラムジェットモードではロケットの出力を下げる。空気はインレットからスロート部を超音速で通過する。ディフューザーでの減速・昇圧、出口でのチョークはエジェクタージェットモードと同じである。スクラムジェットモードでは下流燃焼器からの燃料供給を停止する。ロケット排気を燃料過濃として、空気に対する燃料供給を兼ねる。ロケットモードでは通常のロケットと同様に作動する。推進剤は液体水素と液体酸素である。

 今回はロケットはエンジン天板に取り付け、このロケットセクション部を固定形状とし、このセクションに続くセクションおよびインレットの収縮比も固定とした。固定壁とすることで高温ガスの内部への侵入を防ぐことが容易になる。また壁面形状についての制約が減り、応力集中などの問題も緩和される。

 インレットは上下圧縮のランプ圧縮式とし、宇宙から地上への帰還時にはこのランプによってエンジン入口を閉じる。本論文では可動式インレットとの結論を導いた検討も述べる。

3.複合エンジン解析モデル

3.1 SSTOプレーン

 図2は今回の検討で想定しているスペースプレーンとエンジンのイメージである。エンジンに流入する気流の非粘性主流部は平板上を流れる二次元流れとし、流入気流量の計算には乱流境界層排除厚を考慮した。

3.2 エンジン要素解析

 今回の検討では、飛行中はインレットを含めてエンジン形状を変えない。インレットランプ部は宇宙からの帰還飛行時にエンジン入口を閉じるために可動とする。ロケット燃焼器内圧および混合比は幾つかの状態に限定した。第二燃料噴射器からの燃料流量は可変とした。一次元流れモデルを用いてエンジン内の空気流および燃焼ガスの状態を計算した。外部ノズル入口角部での膨張後の、外部ノズル表面を流れる燃焼ガスの状態は2次元Prandtl-Meyer関数を用いて計算した。エンジン内の気流は平衡状態を、外部ノズルでは凍結状態を仮定した。エジェクタージェットモードにおけるロケット排気と空気流との干渉状態は簡易モデルを用いて計算し、流入空気流量を求めた。エジェクタージェットモード、ラムジェットモードでは拡大部内に擬似衝撃波が形成される。擬似衝撃波の上流影響距離を、新たに作成した運動量釣合モデルで計算した。

 熱流束はReynoldsアナロジーによって計算した。後退角を有しない前縁部、後退角を有する前縁部、ロケット部への熱流束をそれぞれ各種モデルで計算した。エンジン材料にニッケル合金を想定してエンジン壁温を1000Kに設定した。ロケットエンジン部壁材には銅合金を想定し壁温を800Kに設定した。擬似衝撃波内の熱流束は、垂直衝撃波を通る主流状態を用いて計算した。下降時のエンジンへの空力加熱は、スペースシャトルオービターの飛行データに基づく経験式を用いて求めた。

 計算して求めた気流あるいは燃焼ガス状態を用いて必要エンジン冷却流量を計算した。エンジンは燃料である液体水素で冷却する。機首前縁や外部ノズルの冷却はシリコンオイルで冷却する。この流体の使用温度域を鑑み、機首前縁の壁温は600Kに設定した。外部ノズル壁温は500Kに設定した。

3.3 飛行解析

 空気吸込み式エンジンモードでの飛行動圧は50kPaである。これまでの実績に基づいて離陸時初期重量は460Mgとした。スペースプレーンは質点として扱った。

4.結果および考察

4.1 エンジン性能および作動状態の最適化

 3章で説明した方法を用いてロケット-ラムジェット複合サイクルエンジン内の気流および燃焼ガスの状態とエンジン性能を求めた。ラムジェットおよびスクラムジェット作動時には、数種のロケット作動状態を設定した(表1)。エジェクタージェットモードではロケットのO/Fは7、燃焼圧Pcは7.0MPaである。ロケットモードではエジェクタージェット状態と同じロケットの作動状態である。スクラムジェットモードでは、ロケット排気に含まれる未燃水素量が流入する空気流量に対してほぼ当量比1となる。

 図3にエンジン比推力を示す。エジェクタージェットモードでのインレットは不始動状態を仮定した。ラムジェットモードおよびスクラムジェットモードでは、ロケット内圧が高くてロケット排気流量が多く、ロケット発生推力が大きい状態では推力係数は高いが比推力は低くなる。他の状態と比べ、ラムジェットモードでは比推力レベルが高かった。

 ラムジェットモードとスクラムジェットモードでのロケットの作動状態を最適化するために、表1の作動状態のエンジンを用いて飛行シミュレーションを行い、軌道投入質量を比較した。ラムジェットモードでロケットの作動状態の影響を調べる場合にはScram-3を、スクラムジェットモードでの影響を調べる場合にはRam-1を用いた。図4に軌道投入質量を示す。図3の比推力の高低は軌道投入質量とは必ずしも対応していない。

 このように高い比推力は、必ずしもペイロードの増加をもたらすものではない。ここでは解析的にロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンのロケット部の作動状態の最適化について検討する。スペースプレーン抗力Dとエンジン推力F(eng)を用いると速度増分Λvは次のように表される。

 有効比推力Ispe=Isp・(1-D/F(eng))が大きいほどΛvが達成された時点での質量m1が大きくなり、ペイロードも大きくすることができる。スクラムジェットモードでの有効比推力は以下のように表される。

 ロケット混合比(O/F)r=8における有効比推力を図5に示す。高い有効比推力を得るためには、低マッハ数では小ロケット流量で高比推力を達成することが有効であるが、高マッハ数では大ロケット流量で大推力を達成することが有効であることがわかる。ラムジェットモードでは比推力を上げることを目指し、スクラムジェットモードでは推力の増大を図るべきである。

4.2 その他の結果

 スクラムジェットモードではロケット部の冷却剤流量も多いが、気流総温が高いために空気吸い込み式エンジン部の冷却剤流量がそれ以上に多く、冷却剤流量が燃料水素流量を上回った。

 下降飛行時のエンジン冷却では、カウル前縁部が狭い面積にもかかわらず多大な冷却剤を必要とした。可変式インレットを採用してカウル前縁部をカバーすることで帰還時の冷却剤量を大幅に減少させることが可能である。

 今回のような機体およびエンジン形状においても、真空中でピッチングモーメントは0付近であった。外部ノズル長さによって全体モーメントが大きく変わることから、モーメントの釣合を取ることができる形状を第一に考えるべきである。

図1 ロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの作動概念図

図2 ロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンとスペースプレーン

表1 各エンジンでのロケットの作動状態

図3 ロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの比推力。

図4 高度100km軌道への投入質量。

図5 解析的に求めたロケット流量比に対するスクラムジェットモードでの有効比推力。

審査要旨 要旨を表示する

 工学修士苅田丈士提出の論文は「ロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンシステムの研究」と題し、五章および付録からなっている。

 より経済的な低軌道への輸送を実現するために、空気吸込み式エンジンを宇宙機に用いることが検討され、空気吸込み式エンジンのひとつであるロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの研究が進められてきた。複合サイクルエンジンは幾つかの作動モードを持ち、それぞれの作動モードで高い性能を発揮することはできないが、各個別のエンジンを搭載する場合に比べてエンジン総重量は小さくなる。また複数のエンジンを切り替えて使用するのではないので、非作動時のエンジンによる付加抵抗も誘起しない。ロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンでは、ロケットエンジン部の作動状態を変えることにより、種々の推力、比推力の組合せを実現することができ、適切な組合せによって輸送能力を更に向上させることが可能である。

 新しいエンジンの研究においてはその理論性能や特徴を明らかにするシステム研究において、エンジンの性能や内部の状態を推算する解析モデルによる検討が必要である。しかしながらこれまでのロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの性能解析モデルは、物理モデルが十分に揃っていなかったために、特定の気流状態やエンジン形状に適用範囲が限られていた。そのためシステム研究を行うための環境は不十分であった。

 本研究では、まず必要な物理モデルを新たに構築し、その他のモデルや計算法と組み合わせて一般的なロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの性能解析モデルを構築している。必要な物理モデルを揃えたことにより、気流状態やエンジン形状に制約はなく、様々な流れ状態についての計算が可能となっている。このエンジン性能解析モデルを用いて、輸送能力を最大にするためのロケットエンジン部の適切な比推力と推力の組合せについても検討を行っている。上昇および下降飛行中に必要なエンジン冷却剤流量の検討も行っている。

 第一章はまえがきであり、ロケット-ラムジェット複合サイクルエンジン研究の歴史、現状と周囲の環境について説明し、エンジンシステム研究における課題を挙げ、本研究の目的を述べている。

 第二章は、ロケットエンジン部の組込み位置、可動部の設定などの、本研究で検討対象とするロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの構成を説明している。続いてエンジンの4つの作動状態、すなわち低速側からエジェクタージェットモード、ラムジェットモード、スクラムジェットモード、ロケットモードを説明している。

 第三章はエンジン性能解析モデルについて述べている。新たに構築したエジェクター効果推算モデルと擬似衝撃波長さの推算モデル、およびその他の計算モデルや計算条件の説明を行っている。これらモデルや条件の、実験による検証についても簡単に紹介している。宇宙輸送機の飛行解析を行ってエンジンの性能検討を行っているので、この飛行解析の手法についても説明している。

 第四章は、第二章で述べたエンジンに、第三章の手法を適用したエンジン性能の計算結果が示されている。エンジンの作動条件に重要である、空気吸込み性能結果やディフューザー流路内の衝撃波位置などの計算結果も示されている。この手法を用いてロケットエンジン部の作動の最適化が行われている。超音速飛行ではロケット部の燃焼圧を下げてエンジン全体を高比推力環境で作動させ、極超音速飛行では逆にロケット部の燃焼圧を上げて推力増強を行うことで、低軌道への輸送能力を上げられることを明らかとしている。またこのエンジンでは燃料でエンジン冷却を行う再生冷却が必要とされるが、極超音速飛行状態では、燃料流量以上の冷却剤流量が必要であることが示されている。その他、下降飛行中のエンジンカウル前縁部の熱負荷を減らすために、インレット部は閉じられるようにすべきであることなどが述べられている。

 第五章は結論であり、本研究で得られた知見と結果を要約している。

 以上要するに、今後の経済的な低軌道への宇宙輸送機用エンジンであるロケット-ラムジェット複合サイクルエンジンの一般的な解析モデルを構築することによって、この種のエンジンシステムの基礎を確立し、更にこのエンジンの基準作動特性を明らかにするなど、その成果は宇宙推進工学上、貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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