学位論文要旨



No 216705
著者(漢字) 脇本,隆之
著者(英字)
著者(カナ) ワキモト,タカユキ
標題(和) インパルス高電圧標準測定系の構築とその信頼性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 216705
報告番号 乙16705
学位授与日 2007.02.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16705号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 熊田,亜紀子
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、国家標準級の能力をもつ高電圧雷インパルス電圧測定系の開発とその性能評価の方法および結果、さらに内外比較校正試験を実施してその性能を検証した結果についてまとめたものである。インパルス電圧は、発電機、変圧器など送配電重電機器の性能試験に用いられる電圧であり、直流電圧、交流電圧と並んで製品の信頼性を保証する重要な電圧である。国家が管理する電気標準の一種である直流電圧10Vは、計量法の定めにより独立行政法人産業技術総合研究所が所有するジョセフソン接合アレイ電圧標準器によって不確かさ95%信頼水準0.1ppmで整備されている。また、計量法で定義されていない標準や、標準を組み合わせて新たに定義される組み合わせ標準などについてもSI単位系にまでその校正の経路がさかのぼることができるように整備されつつある状況である。インパルス高電圧計測標準も組み合わせ標準のひとつとして整備が進められている標準電圧であり、SI単位系に校正の連鎖がつながるように研究を進めなければならない。国内にインパルス計測標準が整備されていない現在の状況で、国内の主要重電メーカは、海外で供給されている標準電圧で校正を行っている現状にある。日本の基幹産業のひとつである重電分野において国が管理するレベルの標準を有さないことは大きな問題を含んでいるといえ、わが国のインパルス高電圧標準測定系の整備は急務であるといえる。そのため本研究では以下の各項目を目的として研究を実施した。

 (1)インパルス電圧国家標準測定系として使用可能な性能を持つ分圧器・測定器を中心とした標準測定系の構築を行うこと。

 (2)その標準測定系の性能評価を通して確立される信頼性、とりわけ国内のSI単位標準系に校正の連鎖を持つ測定系としての"測定の不確かさ"の評価方法を確立するとともにその値を明確に示すこと。

 (3)さらに構築した標準測定系と諸外国標準測定系との間に同等性の確認を実施すること。

 以下にその成果を示す。

 構築するインパルス電圧標準測定系の構成概念図を図1に示す。

 海外の国家標準機関の現状を調査し、かつ国内の測定系の現状を考慮した結果、構築するインパルス電圧標準測定系の定格電圧を±500kVと決定した。インパルス電圧標準測定系の構成を大別すると、高電圧を歪みなく低電圧に分圧する分圧器と、その電圧を正確に計測する測定器の2種類に分けることができる。分圧器はこの電圧を十分な性能を持って測定できるように寸法および応答特性を設計した。その結果、分圧器の全高1840mmのシールド抵抗分圧器とするとともに、低圧部には補償回路を付加して応答特性の向上を図った。さらに、スケールファクタの値はおよそ1000とすることでS/N比を大きくするとともに、定格電圧を測定する場合に測定器に印加される電圧が±500Vとなることから、測定器を高精度に校正可能なインパルス電圧標準校正器を設計した。

 インパルス電圧標準校正器は、校正器を構成する正確に値が測定された回路素子値を基に発生波形を計算してその出力波形を評価するものである。そのため、校正器の出力ユニットに使用する素子は電圧係数および温度係数ともに小さなものでなければならない。本研究ではキャパシタにマイカコンデンサを、抵抗には金属皮膜抵抗を用いた。マイカコンデンサの容量温度係数の公称値は20〜100ppm/℃、金属皮膜抵抗の抵抗温度係数は50ppm/℃であるが、その中でも実測結果から最良の素子を選別して用いた。これらの回路素子は経年変化も良好であることが知られている。抵抗値については1年間で±0.03%、キャパシタについては2000時間で±0.1%の値が公表されているが、4年にわたりその変動を実測調査した。さらにスイッチング素子には安定性に優れたMOS-FETを用いるとともに、絶縁対策を施した電源回路、計測回路および制御回路をシールドラックに組み込んでシステムとして構築した。また、測定器は市販されている測定器を調査し、インパルス電圧測定用として市販されている分解能12ビット、最高サンプリングレート200MS/sのディジタル測定器を導入した。

 つぎに構築したインパルス電圧標準測定系の性能評価を実施した。標準分圧器に対しては、IEC(国際電気標準会議)規格60060にしたがった動特性、長期および短期安定性、直線性および電磁干渉試験などの性能試験と、IEC規格には規定されていない重要な試験として新たに周波数特性試験、温度特性試験、湿度特性試験その性能を挙げ、それらの評価法について考察するとともに性能を検証したところ、構築したインパルス電圧標準測定系は良好な性能を有する結果を確認することができた。測定器に対しては、インパルス電圧標準校正器が国家SI標準単位系にまでトレーサビリティを持つことを証明するために、校正器による校正を実施することとした。インパルス電圧標準校正器に対する評価方法についても、独自の評価方法を考案し、構成素子の長期安定性、温度特性および電圧特性などの各種性能試験を実施して、性能を確認した。

 さらに上記で実施した各種性能試験の結果から、インパルス標準測定系の測定の不確かさに与える個々の影響要因の算出方法を考案し、算定するとともに、校正器および測定系全体の測定の不確かさの見積もりを行った。その結果、インパルス電圧標準校正器の発生電圧の不確かさとして、95%信頼水準で最大±0.3%が、またインパルス電圧標準測定系全体の測定の不確かさとして、95%信頼水準で±0.5%の値を得ることができた。

 さらに、構築したインパルス標準測定系の性能を検証するために、海外の国家標準測定システムとの間で測定結果の比較を実施した。インパルス電圧の国家標準を保有する機関の中でも、ドイツ理化学研究所(PTB)、ヘルシンキ工科大学(HUT)およびオーストラリア国立計測研究所(NMI)は技術力が高く評価されており、これらの機関と構築したインパルス標準測定系とを比較をすることで、本研究で構築したインパルス電圧標準測定系の性能の国際的な性能を評価することが可能である。

 比較試験は、±80kV〜±460kVまでの電圧で実施する高電圧測定系の比較試験と±10V〜±500Vの低電圧で実施する低電圧校正系の比較試験の2系統の試験を実施した。

 高電圧比較の試験方法としては、構築したインパルス標準測定系の設計が海外への輸送に適さないことから、国内の基準測定系に対して構築したインパルス標準測定系にトレーサビリティを有するよう校正試験を実施し、測定の不確かさを評価してこれを媒介測定系として海外へ輸送し、その基準測定系と海外の国家標準測定系とで比較を行った。帰国後にもインパルス標準測定系と媒介測定系との間で比較を行い、媒介測定系が不変であることを確認するとともに、互いの標準測定系の測定値差が互いの測定の不確かさの能力の範囲内である、いわゆる「同等性」の確認も行った。

 低電圧校正系の試験では、インパルス電圧標準校正器を直接海外機関へ直接輸送した。そこでディジタル測定器および波形解析ソフトウェアの組を媒介測定系として各機関が有する標準校正器の出力をそれぞれ印加し、波形パラメータを相対比較するとともに、互いの標準校正系の出力パラメータの同等性の確認を行った。

 高電圧比較の結果から、本論文で構築したインパルス高電圧標準測定系は最大0.6%の偏差が認められた。この偏差を検証したところ、両測定系の測定の不確かさの能力の範囲内にあり、両測定系の性能に同等性があることを確認して、十分な性能を有することを示すことに成功した。

 また低電圧校正系の試験結果からは、本論文で構築したインパルス電圧標準校正器とヘルシンキ工科大学が持つフィンランドの国家標準校正器との出力電圧波高値差は、50Vから500Vの範囲で最大0.9%、時間パラメータでは0.33%の差が得られた。高電圧比較時と同様に互いの同等性を評価したところ、同様に同者の不確かさの能力の範囲内で同等性が認められた。

 以上のように、本研究ではわが国の国家標準として使用できるだけの能力をもつ高性能な高電圧雷インパルス測定系の開発を行い、この測定系を標準測定系として運用するために必要な性能評価の方法と結果について独自の方法を考案し、さらにその手法の正当性を確認するために国際比較校正試験を実施した。

 また、インパルス電圧標準測定系に対してその性能を評価するための評価技術手法と、その評価結果、ならびに「不確かさ」の値の明確化のために、わが国の国家計量標準にトレーサビリティが確保されるように考慮しながら、

 −不確かさの「寄与成分」の項目抽出

 −不確かさ寄与成分の値を見積もるために必要な試験技術の開発

 −試験結果の解析手法の確立

 を新規手法を開発して実施し、SI単位系にトレーサビリティを持つ標準測定系の総合不確かさの大きさを示した。このようにインパルス電圧測定系において、国家標準として謳うためには必要な項目を満足することおよび、その評価手法の有効性について確認することができた。

 本研究によって、インパルス高電圧標準測定系における、評価手法と性能評価試験について結果が示されたことは初めてであるばかりでなく、直線性試験の補正法、温湿度特性試験、周波数特性試験など実施が困難な試験技術の開発を新規に行い、統計的手法を応用して総合不確かさの見積もりに成功するという大きな成果を得ることができた。

図1 インパルス電圧標準測定系の構成概念図

審査要旨 要旨を表示する

 インパルス高電圧による電力機器の絶縁性能試験は、直流高電圧、交流高電圧による試験と並んで、機器の信頼性を保証する上で重要な試験項目である。本論文は「インパルス高電圧標準測定系の構築とその信頼性評価に関する研究」と題し、国家標準級の性能をもつインパルス高電圧測定系の開発とその性能評価について、さらに内外比較校正試験を実施してその性能を検証した結果についてまとめたもので、6章より構成される。

 第1章は「序論」で、本論文の背景となる、国内外におけるインパルス高電圧標準測定系の整備状況、計測における不確かさの概念について解説し、研究の目的と本論文の意義について述べている。

 第2章は「インパルス測定系に関する一般事項」で、インパルス高電圧測定に関する基本事項、国内外の試験研究機関の調査結果、および本論文の研究に先立って開発された標準分圧器について述べている。インパルス高電圧標準測定系は一般に、高電圧を低電圧に変換する分圧器と、その出力の低電圧のインパルス波形を記録するディジタイザで構成されるが、本章は開発された標準分圧器の一般的な性能試験の結果を述べたものである。本研究の中心課題をなす不確かさ評価に関係する研究内容は、第4章に記述される。

 第3章は「低電圧校正系の開発」で、低電圧側測定器であるディジタイザを校正するための低電圧インパルス校正器を、日本独自の方式のものとして開発した経緯を述べ、その不確かさの算出方法と具体的な評価、さらに校正系の維持について記述し、それがインパルス高電圧国家標準測定系の一部となり得る性能を有することを論じている。低電圧インパルス校正器は、既に確立している直流電圧、時間などの国家標準にトレースをとった、既知の電圧波高値、波形のインパルス電圧を発生する装置で、出力をディジタイザに印加することにより、その電圧軸と時間軸を校正することができる。

 第4章は「標準測定系の性能評価」で、2章の標準分圧器と、3章の低電圧校正系で校正されたディジタイザにより構築された標準測定系について、その不確かさを評価するための方法を考案し、それを実施して、日本の国家標準の直流電圧、時間などとトレースをとって不確かさを算出し、その数値が国家標準レベルであることを示した。評価された不確かさの値は、インパルス電圧波高値において、95%信頼水準で0.5%である。この数値が算出されるまでの複雑な過程は、国家標準測定系を名乗るシステムにとって、不確かさを宣言する上で不可避だが、数少ない国家標準を名乗る幾つかの先進諸国の計量研究所のインパルス測定システムでも、その過程の詳細は公表していない。本論文はこの過程を初めて公表した画期的なものである。

 第5章は「標準測定系の性能の検証」で、開発したインパルス電圧標準測定系において評価した不確かさの妥当性の検証と、その国際的な認知を目的として実施した、先進諸外国の国家標準測定系との国際比較試験の結果を記述している。比較試験は±460 kVまでの高電圧測定系の試験と、±500 Vまでの低電圧校正系の試験の二通りを実施した。高電圧比較試験において、国家標準あるいは国家標準級システムを海外輸送しての直接比較は困難なため、媒介の測定システムを介して国際比較を実施したが、各国家標準と日本の標準測定系の偏差は各測定系が宣言した不確かさの範囲内にあり、矛盾がないことが確認された。また低電圧校正系については、日本の国家標準級校正系を海外輸送して海外の国家標準との直接比較を実施し、同様にそれぞれのシステムが宣言した不確かさの範囲内での同等性が確認された。

 第6章は「結言」で、本論文で示した成果を総括している。

 以上これを要するに本研究は、日本の国家標準となり得るインパルス高電圧測定系を開発し、それを標準測定系として運用する上で不可欠な、性能評価のための方法を独自に考案して、海外の国家標準との国際比較試験によって、その評価手法の妥当性を確認し、国家標準級インパルス高電圧測定系を構築したもので、高電圧測定分野における国際標準化に大いに寄与し、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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