学位論文要旨



No 216715
著者(漢字) 邵,永裕
著者(英字) SHAO,YONGYU
著者(カナ) ショウ,エイユウ
標題(和) 中国の地域開発と人口都市化・産業発展の研究 : 開発経済学・経済地理学の複合的方法論によるアプローチ
標題(洋)
報告番号 216715
報告番号 乙16715
学位授与日 2007.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第16715号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 石井,明
 東京大学 教授 中西,徹
 東京大学 助教授 鍾,非
 上智大学 教授 松原,望
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の主旨と手法

 本論文は、中国における改革開放と市場経済移行後の人口移動のうち、特に農村からの労働移動と工業化・都市化の関係を考察することによって、地域開発の推進と産業の立地発展による経済成長の成果と都市農村間・諸地域間の経済格差の拡大、さらには人口・資源・環境問題の顕在化の原因を明らかにすることを試みたものである。

 分析の視角・方法論としては、まず従来の開発経済学の理論モデルや人口移動の一般理論に依拠しつつ、中国の人口・地域・産業発展の歴史的経緯に留意するとともに、近年注目されている空間=地理経済学の方法論を用いて、中国の都市化経済の進展と大都市圏における産業集積による地域開発の成果を整理する。その上で軽工業よりも重工業、また内発的発展よりも外資依存を主とする外来型開発による経済成長と地域開発の限界と問題点を明らかにし、それを踏まえて資源・環境制約下におかれている中国の工業化・都市化に関わる今後の政策転換や対応戦略について、批判的に検討する。その際、第11次5ヵ年計画(2006〜2010年)の基本方針についても検討し、独自の政策提言を行う。

 中国の地域発展に関する研究は最近でこそ活発化してきているとはいえ、これまで地域経済に対する研究はあまり重要視されてこなかった。特に日本の地域経済開発や地域問題に関する厖大な研究蓄積と理論的体系の確立や発展と比べると、巨大な人口規模と多様な民族および広大な国土を持つ中国の地域研究は非常に乏しいと言わざるを得ない状況である。その意味で、本論文は中国の地域研究の不足や遅れに関して、その現状を改善するために少しでも寄与することを目指している。

2.各部・章の構成と概要

 本論文は、あわせて5部計12章から構成されている。第1部(第1〜2章)は、本論文全体の「準備研究」として理論的枠組みと分析視角を示している。ここでは、先行研究のサーベイと方法論の提示を行い、それらの中国への適用の可能性と限界を検討している(第1章)。また、中国歴史における地域開発と産業発展および人口移動の状況を、限られた資料を利用して整理し(第2章)、本研究のための歴史的視点を準備する。

 第2部(第3〜4章)は本論文の「基礎研究」として、まず中国の各行政地域を主とする各種地域の経済発展の現状と格差の状況を検討した(第3章)上で、中国の都市部と農村部における経済発展の不均衡と格差拡大の現状を分析している(第4章)。その中で、特に中国の新体制における農業問題への対応を取り上げ、中国の地域開発問題と人口移動の多くは都市と農村の格差問題に関わっていることを指摘する。

 第3部(第5〜6章)でも、引き続き「基礎研究」の延長という形で、人口移動の時系列推移(第5章中心に)と最新の国勢調査(2000年)結果に基づく地域間の人口動態や労働力不足問題を取り上げ、地域開発に伴う人口・労働問題の所在を明らかにする。また「少子高齢社会」に入る中国人口構造の変化と社会保障整備の課題も指摘する(第6章)。

 第4部(第7〜10章)は、本来の意味での地域研究である。ここでは、まず中国の都市化経済の動向と産業集積の進展を分析し(第7章)、そのあと、環渤海地域圏の台頭と中西部などの開発の意義と可能性及び問題点を分析し(第8章)、外資導入を主とする中国の地域開発戦略の実施効果と限界を明らかにする。

 第4部の前半(第7〜8章)では、都市化経済や産業集積による地域発展の成果のみならず、特定地域への産業・外資の過度な集中による地域不均衡や環境資源の深刻化などの弊害を指摘し、外資指向型の地域開発の限界を明らかにする。これとあわせて、第8章の後に[補論1]を付け加えて、中国における外資プレゼンスの拡大と中国内での外資依存への警戒論調などを取り上げ、雇用拡大効果が限定され、資本・技術における外資への過剰依存の実態と弊害を指摘する。

 第4部の後半(第9〜10章)では、地域分析に必要不可欠な産業分析を試みている。まず、重工業の3大業種(鉄鋼・石化・自動車)を中心に分析し、その急速な成長の一方で資源、環境、立地、生産過剰、技術未確立などの問題を抱えていることを明らかにする(第9章)。また軽工業における労働集約型の2大業種(繊維とIT産業)を取り上げ(第10章)、その立地上の過度な集中と技術・製品輸出上の対外依存問題などを明らかにする。なお、第4部の最後に[補論2]を付して、繊維産業と石化産業などをめぐる中外貿易摩擦の現状を分析し、その行方を展望する。

 最後の第5部(第11〜12章)は、本論文の結論編として、これまでの中国の経済発展と地域開発の成果と問題点を整理し、また、今後の対応策の検討と将来への展望をまとめている。第11章では、地域開発や都市化の発展によって顕在化しつつある環境・資源問題を論じている。また同章末の「補論3」で地域的な環境・資源問題を内包する中国の水不足問題と「南水北調」問題を取り上げている。ここでは、急速に経済発展や地域開発を推進してきた結果、環境破壊と資源問題が深刻さを増しており、水不足問題がこれに追い討ちをかける形で顕在化していること、「西電東送」や「西気(天然ガス)東送」などの複数の地域開発プロジェクトが同時平行的に実施されているように、中国国内での資源配分と地域開発問題は不可分な関係にあり、地域間の均衡発展と資源・環境との共生という問題が今後中国でより先鋭化していくものと指摘している。

 終章の第12章では、対策論の検討・提言と新5ヵ年計画期を含む今後の中国の都市化・地域開発と産業発展に関する展望をまとめている。

 都市化の推進、産業の発展を図る上で、多大な資源・環境コストを強いられてきた(第11章)中国は、今後も相当高いレベル(7.5%)の経済成長を維持しながら、都市化(05年の43%→10年の47%、年平均4.0%増)と産業発展(GDP単位当りエネルギー消費20%減、汚染物排出量10%減などを前提に)を推進する計画(05〜10年)である。その実現のためには、国内での地域間協調と提携促進だけではなくて、国際社会からの協力や国際社会との協調などがなければならず、対外投資活動だけではなくて、環境協力や環境ビジネスの新たな導入も重要な意味を持つことになるであろう。また資源・環境と経済発展の両立を考える上で、中国は基本的に国内資源の有効利用と環境保全事業の推進を優先する必要がある。その意味で、最近の天津浜海新区の開発開放の推進と中部地域振興戦略の実施は沿海と内陸の両面から環境・資源問題を重視した地域開発戦略の新展開であって、大変意義深いと考えられる。しかし、すでに多くの面で「経路依存」的になっている中国では、これまで以上に外資依存的な開発になる恐れがあり、注意が必要である。

3.本研究の特色と得た知見

 本論文による研究上の主な特色と知見は、以下のようにまとめられる。

 (1)これまでの地域研究においては、あまり重要視されてこなかった地域経済研究と人口移動・都市化の研究を関連付けた上で、人口の空間的移動のみならず、人口構造や人口動態の研究も取り上げたこと。

 (2)都市経済や主要産業の発展の現状と各地域における立地展開の状況を注意深く分析し、その発展要因や立地背景、問題点などを指摘したこと、またそれらが地域間格差の重要な要因を形成しているため、地域政策の策定にあたっては産業の立地や都市経済の発展が重要なカギを握ることを究明したこと。

 (3)地域開発と経済発展に密接な関係を持ちながら、比較的取り扱いいにくい「資源・環境問題」を敢えて正面から取り上げて、その現状や問題点を分析し、対応策を検討し、切迫しつつある現実問題に関して、批判的に検討し、対策を提言したこと。

 (4)主要な地域開発戦略の実施状況や主要な経済圏の発展状況、および主要産業の発展に関して広範なデータに基づいて分析を行った結果、これまでの中国の地域開発政策における中央・地方政府の指導的役割や外資導入による開発について正反両面の効果を検討することができ、また中国経済発展における地域要因や外来効果を認識できたこと。

 (5)外資指向型・圧縮型の工業発展や地域開発は、後発の利益によるキャッチアップ効果が高かったとはいえ、資本や技術面の従属性のみならず、無秩序な外資導入による生産能力の過剰や資源・環境問題に加えて、内外企業間の競争激化や貿易摩擦の増大をもたらし、国内における分業体制や産業の地域的移転システムの確立や地域間の均衡発展にとってマイナスの面が大きくなりつつあること、資源・環境などの問題にとっても大きな死角となりつつあることを強調したこと。

 (6)また、(4)と(5)を通じて、かつて金泳鎬氏が著書『東アジア工業化と世界資本主義』(東洋経済新報社)の中で韓国と東アジアの経済開発を論評したように、中国においても農村の余剰労働力の無制限供給よりも外資の無制限供給が行われているのが実態であり、結局、金氏が指摘したように、地域開発の主役は外資と政府そのものであり、出稼ぎ労働者や地元農民の利益および環境・資源問題がおろそかにされやすいという知見を得たこと。

 以上が、本論文の研究上の大きな収穫である。これらは中国の地域開発や地域問題の研究と解決に一助になると信じている。

 無論、本論文における研究はあくまで一個人の知識と能力によるものであり、また自ら現地に赴いて調査を実地に行ったものではないためという意味で実証分析に欠けていることなど、不足な点や誤謬等が免れないと思う。諸賢からのご批判とご指導を仰ぎつつ、今後の研究においてこれらの欠点を補っていきたいと願っている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、改革開放と市場経済移行後の中国における人口移動、特に農村からの労働移動と工業化・都市化の関係を中心に、地域開発の推進と産業の立地発展による経済成長の成果と都市農村間・諸地域間の経済格差の拡大、さらには資源・環境問題の現状とそれらが顕在化しつつある原因を明らかにすることを試みたものである。

 本論文の第一の特徴は、人口移動と都市化という社会現象の分析に始終することなく、その原因と考えられる地域開発と産業発展の動向に焦点を当てて、中国の経済・社会の発展の実態とその限界および問題点を指摘したことである。第二の特徴は、分析の基本に発展途上国経済の分析に際してよく用いられる二重経済モデルに加えて、経済地理学の理論モデルを援用して、中国の人口移動と都市化の問題を地域的・空間的に捉えて、幅広く考察したことである。また、目まぐるしく変動しつつある中国社会の現実に接近するために、大量な統計データを利用して実証分析を行うとともに、歴史上の関連事象にも言及しながら、現在の中国が抱える諸問題を照射・解明しようと試みていることが、本論文の第三の特徴と言えよう。

 本論文は、あわせて5部計12章および3つの「補論」からなる。全体のページ数は約450ページであり、本論部分は約440ページに及ぶ。その字数は50万字を超えており、400字詰め原稿用紙に換算すると約1300ページに相当する。

 本論文の構成とその主たる内容は、以下のとおりである。

 第一部(第1章、第2章)は、本論文の研究が基づく理論モデルと分析視角を示している。第1章では、著者の本研究における問題意識と研究目的を述べるとともに、本研究の基づく経済理論と歴史的事象に関するサーベイを行っている。その中で、特にルイス・モデルやトダロ・モデルに関して、近年の中国における急激な都市化や戸籍制度の残存、さらには複雑な経済構造に着目すると、それらを中国経済へ適用することには限界があることを指摘している。その上で、開発経済学および経済地理学的な手法の適用可能性を検討し、人口移動と都市化の関係は、都市形成と産業の立地発展とに関連付けて考察する必要があることを強調している。第2章は、歴史的な経験からの学習と歴史による「経路依存性」の継承ないしはそれを克服するという見地から、中国の歴史上における人口移動と都市化、地域開発の状況を概略的に回顧し、次章以降の分析に複眼的・歴史的な視点を提供する準備を行っている。具体的には、中国の歴史上見られる人口や経済の中心の北から南への移動、また地勢上の理由による人口や都市分布の東南部への偏重などの史実に注目しつつ、近代以降の国家主権喪失時期における歪な地域開発の推進と人口移動の集中化を考察している。

 第二部の2章(第3章、第4章)は、本論文のメインテーマである都市農村間および地域間の格差に関する検証と種々の環境条件の相違など格差の要因に関する分析に当てられている。まず、第3章では中国の各種地域分類に基づく地域間格差の存在と形成要因について考察し、地域固有の環境条件のみならず、地域開発や都市化水準および産業発展の度合いなどによって地域間格差が拡大しつつあることを指摘している。続いて第4章では、都市農村間で拡大しつつある経済格差に関して、近年までの推移の状況と諸要因を考察した上で、農村人口の農業以外の産業への就労よりも都市化・産業化の促進による農村問題の解決が格差是正にとって重要であることが指摘されている。

 第三部の2章(第5章、第6章)は、人口移動と人口構造に関する研究と分析である。第5章における人口移動の研究では、時系列データを用いて新中国建国以来の人口移動の歴史的展開を考察した結果、その時期の政治や社会状況の変化が人口移動に与える影響が大きいことを指摘している。そして改革開放以降においても、戸籍制度の残存によって経済合理的な人口移動と都市化が阻害されていること、現在の都市化に見られる跛行性の存在などを指摘している。また第6章では、最新(2000年)の人口センサスや労働移動調査のデータを用いて、人口移動、特に農村からの労働移動の地域的な特徴や都市化との関連性について分析を行うとともに、労働移動先地域における制度的差別や移動コストの増大を指摘している。さらに「一人っ子政策」の実施に伴う人口構造の急激な変化による労働人口の確保や社会保障問題の深刻化などを指摘している。

 第四部前半の2章(第7章、第8章)では、主要都市圏・経済圏における都市化と産業の立地発展の実態、地域開発戦略の展開状況を考察している。第7章では、中国の大都市圏と産業集積地の形成要因とその人口吸収効果を中心に考察し、改革開放によって地域経済の発展と産業集積が加速化されたものの、人口管理制度の温存などにより、人口の地域分布が必ずしも経済発展と産業集積の形成に対応しておらず、地域間格差がより広がっていること、各地域での過剰開発による土地や資源の不足問題を指摘している。第8章では、「西部大開発」の実施効果と環渤海経済圏における地域開発戦略の展開状況を中心に考察している。そしてこの「西部大開発」と「東北振興」、「中部勃興」などの地域開発戦略との関連にも注目して、中国政府の地域開発戦略における逡巡と迷走、外資進出への過剰な依存などの問題を指摘している。その中で、特に外国資本の対中国直接投資に関しては、第8章の「補論1」において、それがますます拡大しつつあること、立地戦略に徹した外資企業の東部沿海地域に偏重した進出によって地域間格差が拡大しつつあることを明らかにしている。そして、外資による技術移転効果や雇用創出効果の限界も考察した上で、中国の地域開発における外資依存問題の深刻化を指摘している。

 第四部後半の2章(第9章、第10章)は、中国の経済成長と地域開発に大きな役割を果たしている製造業の5大業種の立地発展に関する分析を行っている。第9章では、まず重化学工業の3大業種(鉄鋼・石油化学・自動車)の発展と現状が取り上げられている。そして、その問題点として、立地調整と資源・環境問題の顕在化および外資過剰依存問題(特に自動車産業)、その対応上の難しさなどを指摘している。第10章では、軽工業に属する2大業種(繊維・IT産業)の立地と発展の実態を取り上げて、この2つの産業の問題点として限定的な雇用効果、外国の資本・技術および国際市場への過剰依存などの問題を指摘している。この章に付した「補論2」においては、中国と外国との貿易摩擦問題の現状を分析し、過剰生産問題を抱えている中国の鉄鋼、繊維などの産業が今後国際市場に進出する際の難しさを示唆している。

 最後の第五部の2章(第11章、第12章)は、本論文の結論部分に相当し、これまでの各章での考察・分析による結果と知見を総括し、政策インプリケーションを取りまとめている。第11章では、これまでの重化学産業主導による経済発展と地域開発に伴う環境・資源問題の深刻化を考察し、将来にわたる持続可能な経済発展と地域開発を実現するための課題を指摘している。この章の章末にある「補論3」では、中国北方における水不足問題の深刻さと同時に、政府主導の地域開発戦略である「南水北調」事業や首都圏の「天津浜海新区」プロジェクトを取り上げ、両プロジェクトの実施意義と水不足問題との関連性について考察している。そして、地域資源の南北間配置転換の必要性と地域間協力、さらには開発成果の還元・共有の重要性とともに、今後の中国において地域間の調和・共生という理念を形成することの重要性を強調している。第12章では、地方主導と外資依存による経済・産業発展の結果である現在の産業構造を転換することの困難さ、雇用拡大効果の限界、また資源不足や市場競争激化に伴い中国地場企業が海外展開を推進しようとするときの問題点を指摘したうえ、今後の経済・産業の発展における資源・環境問題への取組み、技術開発力の増強の重要性を強調している。それらを踏まえて、第11次5カ年計画に示された地域開発や経済発展の諸指標に基づく今後の展望を述べるとともに、最後に複数の政策提言を行っている。

 以上の内容を持つ本論文には、次のような長所が認められる。

 第一に、これまで総合的な先行研究が十分存在しなかった中国の地域開発と都市化および産業の立地発展の研究に関して、開発経済学と経済地理学という2つの分野の方法論を複合的に用いることによって、現在の人口移動と都市化の発展は必ずしも調和していないこと、特に都市化による雇用創出が不十分であること、そして都市農村間および地域間の格差が拡大しつつある状況を明らかにしたことである。その際、豊富な統計資料(掲載図計254点、同表180点)と複数の統計解析手法を用いて議論を展開していることも評価できる。

 第二に、上記の実証分析のなかで、中国の外資指向型・重化学産業主導による産業発展や地域開発は後発の利益・キャッチアップ効果によるところが大きいものの、資本や技術面での従属性のみならず、外資参入による生産能力の過剰や資源・環境問題に加えて、内外企業間の競争激化、貿易摩擦、社会的コストの増大をもたらしていること、国内における分業体制や産業の地域的移転システムの確立、さらに地域間の均衡的な発展にとってマイナスの面が大きいことを指摘したことは、大きな意義を持ち、評価できよう。

 第三に、中国における主要な地域開発戦略の実施状況や主要都市圏・経済圏の発展状況、主要産業の発展に関して、最新のデータ(例えば、2005年の経済センサス)を用いて実証的に検証したことである。その結果は、最近始まったばかりの第11次5ヵ年計画における地域開発戦略や産業構造調整戦略を考える際に貴重な基礎資料となりうるという意味で、非常に時宜を得ており、政策上のインプリケーションも十分持っていると考えられる。

 しかしながら、本論文にも不十分な点がないわけではない。第一に、著者が展開している中国の地域開発における諸問題とその要因分析は、今後、さらなる実証分析を通じて、より一層精密な検証がなされる必要がある。その意味で、本論文の主張は現段階では、一つの仮説と言わざるを得ない。第二に、本論文を構成する諸テーマは、その一つ一つが独立した研究対象となり得るものである。本論文は中国経済や産業、地域発展が抱える諸問題を総合的に研究したものであるとはいえ、例えば中国の都市化、三農問題、食糧、資源、環境、各地域の個別の問題などは、より専門的で掘り下げた研究によって補う必要がある。第三に、本論文が主張する外資と地方主導による地域開発の問題についても、中央政府と地方政府の関係、それぞれの政府の政策決定過程など、今後体系的に分析する必要がある。外資による技術移転の効果の評価も含めてより慎重に検討する必要があると思われる。このほか、大量な公式発表の統計資料を用いた割には、地域研究に望ましいとされる現地調査による一次資料による研究分析がなされていないことが残念である。

 このような不十分な点は、本論文の基本的価値を損なうものではない。現代中国の地域開発と都市化・産業化の研究は政治史などの研究に比べて、いまだ体系化されていないことを考慮すれば、これらの諸点はこの分野における問題点と今後の課題を如実に示したものであるといえる。

 以上、本論文は若干、不十分な点をもつとはいえ、豊富な資料と総合的かつ体系的な分析枠組みを用いて、今後の中国の経済発展と地域開発の課題を考える上で重要なポイントを提示しており、現代中国の経済・地域研究に十分貢献する成果であると評価できる。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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