学位論文要旨



No 216717
著者(漢字) 黄,娟娟
著者(英字) Hwang,Jiuan Jiuan
著者(カナ) ファン,ジュエンジュエン
標題(和) 台湾海域におけるアコヤガイ(Pinctada fucata)とクロチョウガイ(P. margaritifera) (二枚貝綱,ウグイスガイ科)の成長,生殖および食性
標題(洋) Growth, Reproduction, and Feeding Habits of Pearl Oysters, Pinctada fucata (Gould) and Pinctada margaritifera (Linnaeus) (Bivalvia : Pteriidae) in Taiwanese Waters
報告番号 216717
報告番号 乙16717
学位授与日 2007.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16717号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 助教授 良永,知義
 東京大学 助教授 河村,知彦
 東京大学 助教授 山川,卓
 帝京平成大学 教授 武田,正倫
内容要旨 要旨を表示する

 台湾周辺水域には,アコヤガイ(Pinctada fucata)とクロチョウガイ(P.margaritifera)が生息する。これら2種の貝は,太平洋・インド洋周辺の各国において貴重な真珠養殖用の天然親貝として利用されてきたが,台湾では食用以外には有効に利用されてこなかった。このため,貝類の生物相の記録や一般的な図鑑における記載がある以外は充分な資料がなく,基礎的な資源生物学的知見もほとんど蓄積されていない。しかし,台湾における将来的な真珠養殖産業の創業の可能性を評価し,さらには資源生物としての持続的利用をめざした管理方策を立案するためには,成長,生殖,食性,資源量,生息環境などに関する資源生物学的な知見の収集と蓄積が必要である。

 本研究は,台湾産ウグイスガイ科の真珠貝(Pinctada属)の中でも真珠養殖用として最重要な2種(アコヤガイ,クロチョウガイ)の形態的特徴と分布,成長特性,成熟・産卵および食性に関する知見を明らかにすることを目的として,基礎的研究を行った。

 1. 台湾におけるアコヤガイとクロチョウガイの形態的特徴と分布

 2001年に台湾の東北岸,東岸,南岸,および台湾沖の島々周辺水域の13地点において(水深3〜27m),アコヤガイとクロチョウガイを潜水により採集した。外部形態の特徴を調べるため,蝶番線長,殻長,殻高,殻幅および湿重量を測定した。また,色彩パターンを記録するため,新鮮なうちに標本の写真撮影を行った。微細部分の特徴については,実体顕微鏡で観察した。形態形質にもとづく同定の結果,両種とも文献上の出現記録のない地点も含めて,台湾周辺海域に広く分布していることが判明した。

 P.martensiiまたはP.fucata martensiiとされてきたタイプ(ここでは,martensiiタイプと称する)は,殻の膨らみが比較的大きく,淡褐色の地に緑褐色の放射彩があるとされ,他方,P.fucataまたはP.fucata fucataとされてきたタイプ(fucataタイプ)は,殻の膨らみが比較的小さく,紅褐色で,白色の放射状点彩が数条粗く拡がるとされてきた。本研究ではこれらの形質に加え,貝殻背部の蝶番線と殻頂から後腹縁までの最長線の間の角度(obliqueness)に着目して,採集された貝の形態的検討を行った。その結果,従来から言われていたfucataタイプはobliquenessが50度前後,martensiiタイプは70度前後の個体が多かった。しかしながら,両者の中間的な特徴を備える個体も数多く出現し,これらの形質の特徴は連続的に変化すると考えられた。このため,本研究では両タイプを同一種P.fucataの種内変異であると結論した。

 2. 台湾における天然アコヤガイとクロチョウガイの成長

 台湾におけるPinctada属貝類2種の成長特性を明らかにするため,2001年3月から2002年4月までの毎月,台湾南西部の屏東県竹坑においてアコヤガイとクロチョウガイの天然稚貝〜成貝の合計3,062 個体を潜水採集し,殻高,殻長,殻幅,蝶番線長,湿重量を測定した。月別殻高組成データの一括解析によって年齢群を分離し,成長曲線を求めた。成長式には成長速度の季節変化を考慮したRichardsモデルを使用した。また,各形質間の相対成長式を求めて種間,および他の海域との比較を行った。

 台湾のアコヤガイは日本産の同種とは異なる季節成長パタ−ンを示した。日本産のアコヤガイは4月から11月頃まで成長速度が速く,それ以外の時期では遅くなるのに対して,台湾のアコヤガイは8月から1月頃まで成長速度が速く,3月から6月頃まで成長速度が遅かった。全体的には台湾産のアコヤガイの成長速度は日本産に比べて遅いが,高成長期の成長速度はほとんど同じであった。また,台湾産のアコヤガイの成長速度は中国産とほぼ同じであり,韓国産よりは少し速かった。一方,台湾産のクロチョウガイではアコヤガイと異なって春から秋までの時期に成長速度が速かった。台湾産のクロチョウガイの成長速度は,日本,フレンチポリネシア,ソロモン諸島,紅海のそれより遅かった。以上のような地理的な成長速度の違いが生じる原因は水温や濁度などの環境要因,天然と養殖の違いに加えて,遺伝的要因が考えられる。各形態形質の相対成長を種間,海域間で比較した結果,両者の間で殻幅に大きな違いが認められ,日本産と韓国産のアコヤガイよりも台湾産の方が殻幅が厚い傾向が認められた。アコヤガイを真珠養殖に利用する場合,殻幅が厚い貝ではより大きな核を殖核して養殖することが可能であるため,台湾産アコヤガイのこの特徴は産業的に重要な価値を持つと考えられる。

 3. 台湾における天然アコヤガイとクロチョウガイの生殖周期

 台湾における天然アコヤガイとクロチョウガイの生殖周期を明らかにするため,2002年3月から2003年9月の期間中,台湾南部海域でアコヤガイ339個体とクロチョウガイ284個体を潜水採集し,組織学的手法を用いて生殖腺の発達と成熟段階,産卵期,性比の検討を行った。

 アコヤガイとクロチョウガイの生殖腺は雌雄とも発達初期,発達期,成熟期,放卵期(放精期),放卵後期(放精後期)及び無性期の6段階に類別された。台湾産アコヤガイの成熟のピークは5〜6月と10月,クロチョウガイの成熟のピークは7〜8月と11月で,両種ともに年2回の産卵ピークがあることが明らかになった。アコヤガイの産卵誘発要因として海水温の影響が重要であることが示唆され,海水温が28.5℃程度に上昇すると成熟することが明らかとなった。しかし,これ以上の高水温が続くと逆に成熟が抑制される可能性が考えられた。日本のアコヤガイの産卵期は年1回の7月前後であることが報告されている。台湾と日本のアコヤガイの産卵時期の差異が生じる原因としては海域水温の地理的な違いが考えられる。周年を通した全体の性比はアコヤガイでは雄39.2%,雌38.1%,不明個体20.9%,雌雄同体0.9%,クロチョウガイでは雄57%,雌37.2%,不明個体4.1%,雌雄同体1.7%であった。しかし,性比は季節的に変化し,クロチョウガイでは,非産卵期では雌より雄の比率が有意に高かったが,産卵盛期では雌の比率が上昇して1:1になった。また,アコヤガイとクロチョウガイともに一部の個体において,卵子と精子が同時に発達する雌雄同体の個体がみられた。これはウグイスガイ科とPinctada属の二枚貝でいくつかの報告がなされていることと一致しており,本研究でも再確認することができた。以上のような現象が生じる原因として性転換が考えられる。

 4.台湾におけるアコヤガイとクロチョウガイの食性

 一般に二枚貝は海水環境中の懸濁粒子を濾過摂餌する。本研究ではアコヤガイとクロチョウガイの食性と摂餌選択性を明らかにするため,2003年の7月と9月に台湾南部の屏東県竹坑海域においてアコヤガイとクロチョウガイ15個体ずつを潜水採集し,胃内容物の観察と同定を行った。その結果,動物プランクトンでは原生動物の有殻繊毛虫とカイアシ類が優占した。植物プランクトンでは珪藻が優占し,次に渦鞭毛藻類の出現が多かった。他に,多毛類や枝角類,腹足類のベリジャー幼生,尾虫類,およびそれらの残骸,付着藻類の残骸など,胃内容物には多様な生物群が出現がした。胃内容物に出現した生物のサイズは,約4μmから755μmまで幅広く,なかでも8-180μmサイズの生物の出現率が高かった。しかしながら,それよりもサイズの小さい生物やその残骸など,同定できないものもいくつか,観察された。

 餌料のサイズ選択性と濾過速度を明らかにするために,数種の植物プランクトンと動物プランクトンを用いた摂餌実験を水槽内で行った。植物プランクトン餌料として,Isochrysis galbana(サイズ3-7μm),Nanochloropsis oculata(2-4μm),Chaetoceros muelleri(gracilis)(5-7μm)を用いた。動物プランクトン餌料には,カイアシ類Pseudodiaptomus annandalei(85-150μm)とアルテミアArtemia salinaのノープリウス幼生(420-480μm)を用いた。水槽内における残餌密度の経時変化から各餌に対する摂餌速度を測定した。その結果,アコヤガイとクロチョウガイともに,動物プランクトンでは大きなサイズの餌料(A.salina)よりも小さいサイズの餌料(P.annandalei)に対する摂餌速度が速かった。その原因は餌生物の体サイズの違いに伴う遊泳・逃避能力の違いが挙げられる。クロチョウガイでは植物プランクトンの微細餌料を与えた場合は,単独給餌の場合は餌料間で大差がなかった。しかし,N.oculataとC.muelleri(gracilis)を混合して複合餌料を与えた場合には,サイズの小さなN.oculataよりもサイズの大きなC.muelleri(gracilis)に対する濾過速度が速かった。これらの結果は,クロチョウガイは植物性の微細な餌として小さいものより大きいもの方を摂食しやすいという選択性を示した。

 以上,本研究では台湾産の天然アコヤガイとクロチョウガイの分布,形態的特徴,成長様式,成熟様式,食性と摂餌選択性などの生物的特性を明らかにした。台湾産の天然アコヤガイは日本産に比べて殻幅が厚く,真珠養殖用母貝としての有益な形質を備えていることも明らかとなった。日本の真珠貝は長年の真珠産業への利用を通じて地域個体群間での交雑がすすみ,その遺伝的多様性を失ってしまったことが考えられる。これに対して台湾産の天然貝はこれまで真珠生産には利用されておらず,他地域の個体群からは独立した遺伝的特徴を有していると考えられる。従って,貴重な遺伝子資源として台湾の天然個体群を保全し,将来に向けた利用計画を作成することが緊急に求められる。さらには,現存量推定や個体群動態に関する研究など,その持続的利用に向けた研究も積極的に展開していく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 台湾周辺水域には,真珠養殖用として最重要なアコヤガイ(Pinctada fucata)とクロチョウガイ(P.margaritifera)が生息する。台湾における将来的な真珠養殖産業の創業の可能性を評価し,さらには資源生物としての持続的利用をめざした管理方策を立案するためには,資源生物学的な知見の収集と蓄積が必要である。本研究では,2種の形態的特徴と分布,成長特性,成熟・産卵および食性に関する知見を明らかにすることを目的として,基礎的研究を行った。

 1. 台湾におけるアコヤガイとクロチョウガイの形態的特徴と分布

 形態形質にもとづく同定の結果,両種とも台湾周辺海域に広く分布していることが判明した。特に貝殻背部の蝶番線と殻頂から後腹縁までの最長線の間の角度(obliqueness)に着目して,形態的検討を行った結果,従来から言われていたfucataタイプはobliquenessが50度前後,martensiiタイプは70度前後の個体が多かった。しかしながら,両者の中間的な特徴を備える個体も数多く出現し,これらの形質の特徴は連続的に変化することから両タイプを同一種P.fucataの種内変異であると結論した。また、日本産と韓国産のアコヤガイよりも台湾産の方が殻幅が厚い傾向が認められた。アコヤガイを真珠養殖に利用する場合,殻幅が厚い貝ではより大きな核を殖核して養殖することが可能であるため,台湾産アコヤガイのこの特徴は産業的に重要な価値を持つと考えられる。

 2. 台湾における天然アコヤガイとクロチョウガイの成長

 月別殻高組成データの一括解析によって年齢群を分離し,成長曲線を求めた。台湾のアコヤガイは8月から1月頃まで成長速度が速く,3月から6月頃まで成長速度が遅かった。全体的には台湾産のアコヤガイの成長速度は日本産に比べて遅いが,高成長期の成長速度はほとんど同じであった。一方,台湾産のクロチョウガイではアコヤガイと異なって春から秋までの時期に成長速度が速かった。以上のような地理的な成長速度の違いが生じる原因は水温や濁度などの環境要因,天然と養殖の違いに加えて,遺伝的要因が考えられる。

 3. 台湾における天然アコヤガイとクロチョウガイの生殖周期

 組織学的手法を用いて生殖腺の発達と成熟段階,産卵期の検討を行った。台湾産アコヤガイの成熟のピークは5~6月と10月,クロチョウガイの成熟のピークは7〜8月と11月で,両種ともに年2回の産卵ピークがあることが明らかになった。アコヤガイの産卵誘発要因として海水温の影響が重要であることが示唆され,海水温が28.5℃程度に上昇すると成熟することが明らかとなった。しかし,これ以上の高水温が続くと逆に成熟が抑制される可能性が考えられた。また,アコヤガイとクロチョウガイともに一部の個体において,卵子と精子が同時に発達する雌雄同体の個体がみられた。これはウグイスガイ科とPinctada属の二枚貝でいくつかの報告がなされていることと一致しており,本研究でも再確認することができた。以上のような現象が生じる原因として性転換が考えられる。

 4.台湾におけるアコヤガイとクロチョウガイの食性

 胃内容物には動物プランクトンや植物プランクトンなど,多様な生物群が出現した。胃内容物に出現した生物のサイズは,約4μmから755μmまで幅広く,なかでも8-180μmサイズの生物の出現率が高かった。餌料のサイズ選択性と濾過速度を明らかにするために,数種の植物プランクトンと動物プランクトンを用いた摂餌実験を水槽内で行った。その結果,アコヤガイとクロチョウガイともに,動物プランクトンでは大きなサイズの餌料よりも小さいサイズの餌料に対する摂餌速度が速かった。その原因は餌生物の体サイズの違いに伴う遊泳・逃避能力の違いが挙げられる。クロチョウガイでは植物プランクトンの微細餌料を与えた場合は,単独給餌の場合は餌料間で大差がなかった。しかし,2種を混合した複合餌料を与えた場合には,サイズの小さな餌よりもサイズの大きな餌に対する濾過速度が速かった。これらの結果は,クロチョウガイは植物性の微細な餌として小さいものより大きいもの方を摂食しやすいという選択性を示した。

 以上,本論文では台湾産の天然アコヤガイとクロチョウガイの分布,形態的特徴,成長様式,成熟様式,食性と摂餌選択性などの生物的特性を明らかにした。台湾産の天然アコヤガイは日本産に比べて殻幅が厚く,真珠養殖用母貝としての有益な形質を備えていることも明らかとなった。これらの研究成果は、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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