学位論文要旨



No 216720
著者(漢字) 植平,賢司
著者(英字)
著者(カナ) ウエヒラ,ケンジ
標題(和) 海底地震観測から解明した日向灘における応力場の研究
標題(洋) The stress field of the Hyuga-nada region, southwest Japan, deduced from ocean-bottom seismic observations
報告番号 216720
報告番号 乙16720
学位授与日 2007.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16720号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 教授 金沢,敏彦
 東京大学 助教授 篠原,雅尚
 東京大学 助教授 沖野,郷子
 東京大学 助教授 飯高,隆
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 日向灘は九州東方に位置する海域であり,フィリピン海プレートが南海トラフより年間約5cmの速さで沈み込んでいる(Seno et al.,1993).また,北西-南東方向の走向を持つフィリピン海プレート上の九州-パラオ海嶺が,宮崎市沖で九州弧の下に沈み込んでいる事が特徴である.フィリピン海プレートと陸側プレートの境界で発生する地震の発生様式は,四国沖から豊後水道,そして日向灘にかけて大きく変化しており,それに対応するようにプレート間の固着状態も変化していると近年の研究から考えられている(例えば八木・他[1998],Yagi et al.[1999],Hirose et al.[1999],Ozawa et al.[2001],Yagi et al.[2001],Yagi & Kikuchi[2003],Hirose & Obara[2005]など).

 これまで行われてきたプレート間の固着状態についての研究は,主にGPSなどの測地データによる方法,大地震時の地震波形データを用いて地震時のすべり量の分布などを求める方法,小繰り返し地震によりすべり量を推定する方法などを用いている.一方,プレート境界での地震の発生様式を考察するために,応力場を求める事も重要である.例えば,サンアンドレアス断層においては,断層の固着状態の変化に応じて応力場も変化している事が見いだされた(例えば,Provost & Houston[2001]など).日向灘は,地震の発生様式が大きく変化する場所であるので応力場が空間的に変化している事が期待される.しかしながら,対象域に発生した地震データから応力場を求めるためには,位置精度の良い震源データ,及び対象域を覆う地震観測網のデータが必要となる.そこで本研究は,稠密・広域の海底地震観測によって,日向灘における沈み込みプレート境界近傍の応力場を精度良く求め,プレートの結合状態と応力場の空間的変化の関係を明らかにする事を目的として行った.

2. 海底地震観測とデータ

 海底地震観測は長崎大学水産学部の長崎丸により,九州大学の海底地震計(OBS)の他に,東京大学地震研究所,東北大学,鹿児島大学のOBSも使用して,2002年より毎年約二ヶ月間の自然地震観測を行った.使用OBS台数は,各年23台である.センサーは固有周波数4.5Hzまたは1Hzの速度型地震計を用い,サンプリング周波数は,64Hz,128Hzまたは200Hzである.本研究の解析には2002年から2004年のデータを用いた.解析に使用した観測点配置を図1に示す.

3. 解析方法と結果

 震源決定には,OBSのデータの他に九州東部及び四国西部の海岸線に近い陸上観測点も用い,Frohlich(1979)とHirata & Matsu'ura(1987)の方法を用いた.海域の速度構造は市川(1997)を用いた.地震の発震機構解は,初動極性データよりKobayashi & Nakanishi(1994)の方法により決定した.

 応力テンソルの解析は,初動極性をデータとして与える事の出来るHoriuchi et al.(1995)を用い,誤差の評価はBootstrap法により行った.この解析では,各主応力軸の向きと,主軸の大きさの比Rの値を求める事が出来る.応力場の空間分解能を上げるにはデータの数がOBS観測期間中のものだけでは少ないので,OBS観測期間外の陸上観測データも用いた.その際,OBSを用いて決めた精度の良い震源位置より求めた観測点補正値を用いる事により震源位置の補正を行った.応力場は,対象域内にグリッドを設定し,グリッドを中心とした水平方向約37km,深さ方向20kmの領域内の地震を選択して,各グリッドでの応力を求めた.Rの値及び主軸の向きは,空間的に変化している事が分かった.

4. 議論

 海底観測データから求めた精度の良い震源分布と発震機構解を用いて,深さ15kmから40km程度までのフィリピン海プレートの上面の位置を求めた.プレート境界を挟んで陸側プレート内と沈み込む海洋プレート内では応力場が異なっている.スラブ内の最小圧縮軸はスラブが沈み込む方向に平行であり,スラブ内の応力場はDown dip tensionである.また,最大圧縮軸はプレート境界面に対してほぼ垂直であるが,空間的にその角度は変化している.そこで,プレート境界面の法線ベクトルと最大圧縮軸の向きのなす角度θをプレート境界面のすぐ下のグリッドデータについて求めた(図2).まず,北緯31.8度付近を境として,北と南でθの大きさに変化がある.北側ではθは20°以下であるのに対し,南側では30°以上と相対的に大きな値になる.これは,プレート境界面に働く剪断応力が相対的に北側では小さく南側では大きい事を示している.また,地震波形及び測地データで求められた滑り分布(例えば Yagi et al.[2001])と比較したところ,1996年の日向灘地震の余効すべり量が最大の場所で,剪断応力が非常に小さくなる事が分かった.また,1968年日向灘地震(Mw7.5)のアスペリティ領域では周辺に比べると優位にθの値が大きく,アスペリティでは相対的に剪断応力が大きくなっている事が推定される.これらにより,沈み込み域においてプレート間の結合状態とθの間には非常に良い相関がある事が分かった.以上の事より推論すると,θが30°以上の南の領域ではプレート間の固着度が大きい事が考えられる.この付近では過去M7クラスの地震が発生している事よりアスペリティである可能性がある.このように固着が強くなっている理由として,この領域で沈み込んでいる九州-パラオ海嶺の影響が考えられる.Kodaira et al.[2000]は四国沖で沈み込む海山の場所では固着が強くなっており,沈み込んだプレートの形状が固着状態に大きな影響を与えることを示しており,同様な事がここでも起こっていると考えられる.また,本研究と同じデータを用いて行われた地震波走時インバージョン法を使った研究の結果,北部の陸側マントルウェッジ内に高Vp/Vs比の領域がある事が分かった.このような場所はマントルウェッジが蛇紋岩化していると考えられ,南北での応力場の違いがある原因の一つとして,陸側マントルウェッジが蛇紋岩化しているか,していないかの違いが考えられる.

5. まとめ

・ 海底地震観測を行う事により,日向灘における精度の良い震源分布と発震機構解を求めた.

・ 上記により,深さ15kmから40km程度までの日向灘におけるプレート境界面の位置を推定した.

・ 日向灘における応力場の空間的変化を求めた.その結果,プレート境界面を挟んで応力場が大きく異なっている事が分かった.スラブ内は深さ20km から40kmの範囲でもDown dip tension の応力場である事が分かった.

・ θの値とプレート間の結合状態との間に相関がある事が分かった.すなわち,非地震性の滑りを起こす場所ではプレート境界面での剪断応力が小さく,地震時に滑る場所では相対的に大きい事が分かった.

・ 日向灘におけるプレート境界面の剪断応力は北緯31.8度付近を境として北部で小さく,南部で大きい事が分かった.北部で剪断応力が小さくなっている原因として,陸側マントルウェッジ内に存在する蛇紋岩の影響が考えられる.南部で大きくなっている原因として,九州-パラオ海嶺の沈み込みの影響が考えられる.

6. 謝辞

 日向灘海底地震観測にあたっては,長崎大学水産学部・長崎丸の船長を始めとした乗組員皆様と合田政次教授にお世話になりました.また,本研究を行うにあたり,鹿児島大学,高知大学,東京大学,気象庁,防災科学技術研究所のデータも使用しました.

図1 観測点分布図.黄色:OBS,赤色:陸上臨時点,黒色:定常点

図2 プレート境界面における最大圧縮軸とプレート境界面の法線ベクトルのなす角.コンターはYagiet al.(2001)などから求めた滑り分布.黒丸は1923年1月14日から2006年11月6日までのマグニチュード7以上の地震の震央分布(気象庁カタログより).

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章は、序論として、日向灘におけるプレート間結合の研究の背景、本論文研究の既往研究の中での位置づけと、研究の目的が述べられている。九州東方に位置する日向灘では,フィリピン海プレートが南海トラフより年間約5cmの速さで沈み込み,北西-南東方向の走向を持つフィリピン海プレート上の九州-パラオ海嶺が,九州弧の下に沈み込んでいる。フィリピン海プレートと陸側プレートの境界で発生する地震の発生様式は,四国沖から豊後水道,そして日向灘にかけて大きく変化しており,それに対応するようにプレート間の固着状態も変化している。本研究は,稠密・広域の海底地震観測によって,日向灘における沈み込むプレート境界近傍の応力場を精度良く求め,プレートの結合状態と応力場の空間的変化の関係を明らかにすることを目的として行われた。

 第2章では、学位申請者の行った海底地震観測とそのデータ処理について述べられている。長崎大学水産学部の長崎丸を用いて,2002年より毎年約二ヶ月間、各年23台の海底地震計(OBS)によって自然地震観測を行った。本論文の解析には2002年から2004年のデータが用いられた。

 第3章では、データの解析方法と結果が述べられている。まず、OBSのデータを用いて精密な震源決定行い、さらに九州東部及び四国西部の海岸線に近い陸上観測点も加えて震源と発震機構解を求めた。求められた震源は,171個で,そのうち152個については発震機構解が求められた。次に、Horiuchi et al.(1995)の方法を用いて応力テンソルの解析を行い、3つの主応力軸の向きと,主応力の大きさの比(R)を推定した。推定値の誤差を、Bootstrap法によって評価した。応力場の空間分解能を上げるためにOBS観測期間外の陸上観測データも用いた。その際,OBSを用いて決めた精度の良い震源位置より求めた観測点補正値を用いることにより震源位置の補正を行った。応力場は,対象域内にグリッドを設定し,グリッドを中心とした水平方向約37km,深さ方向20kmの領域内の地震を選択して,各グリッドでの応力を求めた。Rの値及び主応力軸の向きは,場所により変化していることが分かった。

 第4章では、本論文によって得られた解析結果と、既往研究を比較して、プレート間結合の状態を議論している。先ず、海底観測データから求めた精度の良い震源分布と発震機構解を用いて,深さ15kmから40km程度までのフィリピン海プレートの上面の位置を求めた。その結果、プレート境界を挟んで陸側プレート内と沈み込む海洋プレート内では応力場が異なっていることが分かった。スラブ内の最小圧縮軸はスラブが沈み込む方向に平行であること(Down dip tension)が分かった。また,最大圧縮軸はプレート境界面に対してほぼ垂直であるが,空間的にその角度は変化していることが分かった。そこで,プレート境界面の法線ベクトルと最大圧縮軸の向きのなす角度θを求めた。その結果、1996年の日向灘地震の余効すべり量が最大の場所でθが小さく,1968年日向灘地震(Mw7.5)のアスペリィ領域では周辺に比べると優位にθの値が大きいことが分かった。これは、余効すべり域では相対的に剪断応力が小さく、アスペリティ領域では相対的に剪断応力が大きいことと調和的である。また,北緯31度50分を境として,北側ではθは20°以下であるのに対し,南側では30°以上と相対的に大きいことが、本論文の研究によって初めて分かった。これは,プレート境界面に働く剪断応力が相対的に北側では小さく南側では大きい事を示している。南のθが30°以上の領域ではこれまで滑り分布は求まっていないが,この領域では,固着が北部域より強い事が推定される。

 以上の研究によって、日向灘における応力場の空間的特徴が明らかになり,プレート間の結合状態と応力場の間に相関がある事が分かった。すなわち,非地震性の滑りを起こす場所ではプレート境界面での剪断応力が小さく,地震時に滑る場所では相対的に大きい。さらに、日向灘におけるプレート境界面における剪断応力は北部で小さく,南部で大きい事が分かった。これらの成果は、地球物理学の研究に新たな知見を与えた。

なお、本論文の第2、3章は、日野亮太・山田知朗・望月公廣・篠原雅尚・中東和夫・金沢敏彦・馬越孝道・合田政次・八木原 寛・宮町宏樹・後藤和彦・清水 洋・松尾〓道(物故)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって数値のモデル定式化、データ解析および論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク