No | 216721 | |
著者(漢字) | 佐々木,亘 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ササキ,ワタル | |
標題(和) | 西部北太平洋における夏季の有義波高の経年変動と将来予測に関する研究 | |
標題(洋) | Study of interannual variability and future projection of summertime significant wave heights in the western North Pacific | |
報告番号 | 216721 | |
報告番号 | 乙16721 | |
学位授与日 | 2007.03.02 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第16721号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに 波高は船舶の航路の選定や海上の構造物の設置,オペレーションにとって重要なファクターである.過去の波高の変動を理解し,将来予測に応用することによって長期的な海上安全の維持に貢献できると考えられる.Wave and Storm in the North Atlantic(WASA) Project以降,北大西洋の波高の経年変動の解析,および将来予測は行なわれているが,他の海域についての波高の経年変動についての研究は非常に少ない.気候変動に伴ない,気象擾乱の頻度や強度の変化を通じて波候も変動するため,両者の関係を理解することで波候変動の総合的な理解が深まり,将来予測に関する知見を得ることが可能となる. 特に夏季の西部北太平洋沿岸は台風による高波によって甚大な被害を受けるため,夏季の波候の経年変化の把握とその将来予測は非常に重要な課題である. 本研究では,過去の西部北太平洋における夏季の有義波高の経年変動の特性の解明と,その将来予測への応用を目的とし,(1)平塚沖における夏季の波高の経年変動と熱帯低気圧の活動度の関係の解明,(2)西部北太平洋の夏季の波高の経年変動と気候変動の関係の解明,(3)西部北太平洋における夏季の波高の将来予測を行なった. 2.平塚沖における夏季の波高の経年変動と熱帯低気圧の活動度の関係 平塚沖観測塔における波浪,海上気象データを用いて夏季の有義波高の経年変動と熱帯低気圧の活動度についての解析を行なった.平塚沖観測塔において夏季の波高の高い年はうねりが卓越するため,波浪エネルギースペクトルの時間変化に対してSnodgrass et al.(1966)の手法を適用し,うねりの波源を推定した(図1).その結果,うねりの波源は北緯20 度付近にあり,その励起源は中心気圧が約980hPa以下に発達した「強い熱帯低気圧」であることが分かった.平塚沖観測塔の夏季の波高は強い熱帯低気圧の頻度と有意な相関(r=0.6)をもつが,熱帯低気圧の発生頻度とは相関がない(r=0.2).また,この強い熱帯低気圧のトラックが平塚沖の波高の高い年には西部北太平洋全域に分布し,低い年にはまばらとなることから,平塚沖の夏季の波高は西部北太平洋の波高と同様の経年変動をもつことが示唆された. 3.西部北太平洋の夏季の波高の経年変動と気候変動の関係 ERA40 再解析データ,および,最適内挿法を施したTOPEX/Poseidonの有義波高データから作成した月間の90パーセンタイル値の夏季(6〜8月)平均値(H(90))を用いて,西部北太平洋におけるH(90)の経年変動と気候変動の関係を明らかにした.ERA40のH(90)のEOF第1モードおよびそれに付随する大気海洋偏差を図2に示す.H(90)の第1モードは全分散の50.1%を説明し,西部北太平洋全域でエルニーニョが発達する年(1972,1982,1986,1997,2002年)に波高の高い傾向がある(図2a,b).第1モードに付随する大気海洋偏差はNino-3.4のSST正偏差,および西部北太平洋における低気圧性の海上風偏差で特徴づけられ(図2c, d),特に領域5°N-15°N,130°E-160°Eで平均した東西風(U(10N))はH(90)のPC1の経年変動と非常によく対応している(図2b).ERA40,TOPEXのH(90)のEOF第1モード,および回帰分析によって同定された付随する大気海洋偏差はほぼ同じであった. H(90)の第1主成分(PC1)が大きい年は小さい年に比較して熱帯低気圧の発生位置が東へ約5度,南へ約3度ずれるとともに中心気圧が980hPa以下に発達した「強い熱帯低気圧」の頻度が増える(図3).H(90) のPC1は強い熱帯低気圧の総継続時間と有意な相関(r=0.63)をもつが,熱帯低気圧の発生数とは無相関であった(r=0.02).これは平塚沖の夏季の波高が強い熱帯低気圧の頻度と有意な相関をもち,熱帯低気圧の発生数とは相関をもたない事実とよく合致している. 4.西部北太平洋における夏季の波高の将来予測 西部北太平洋における夏季の波高を予測する線形回帰モデルを提案するとともに,その予測可能性に関する評価を行なった.また,温暖化タイムスライス実験で得られた海上風と線形回帰モデルを用いて西部北太平洋における夏季の波高の将来予測を行なった. U(10N)とH(90)のPC1との関係はERA40,TOPEXの2つの異なるデータでほぼ同じであった(図4).U(10N)とH(90)のPC1が非常に強固な関係をもつことから,U(10N)をその予測子とし,線形回帰モデルによる再構成値と真値との間の二乗平均平方根(RMS)誤差をもとにその予測可能性を評価した.その結果,RMS誤差は東シナ海において0.3mを越えるものの,H(90)の標準偏差と比べ,ERA40再解析データでは最大40%,TOPEX波高データでは最大70%減少することが分かった. 現在のSST,および,二酸化炭素倍増時のSSTのもとでの海上風は大気大循環モデルを用いたタイムスライス実験によって算出した.すなわち,現在のSST はERSSTの1985-1995年の気候値,二酸化炭素倍増時のSSTはGFDLによるGreenhouse-gases Plus Sulfates(GPS)実験から得られたSSTの2055-2065年の気候値を用いてそれぞれ大気大循環モデルを11年分駆動した.このタイムスライス実験により得られた大気海洋偏差は西部北太平洋におけるH(90)の第1モードに付随する大気海洋偏差とよく似たパターンを示し,U(10N)インデックスの値は約2m/s増大した.これによれば西部北太平洋における夏季の10年平均のH(90)が最大で45cm程度上昇することが予測された(図5). 図1:平塚沖観測塔における1997年6-8月の(a)波浪エネルギースペクトルE(logE,cm2s),(b)風向風速,(c)気圧(hPa),(d)有義波高(cm).(a)の赤線はSnodgrass et al.(1966)による波源推定. 図2:(a)H(90)のEOF第1モードの空間パターン(m).(b)H(90)のPC1(実線)とU(10N)(点線).(c)H(90)のPC1とSSTの回帰係数(degC).(d)H(90)のPC1に対する海上風(m/s),海面気圧(hPa)の回帰係数.陰影は1%信頼限界で有意な領域を示す. 図3:H(90)のPC1が(a)大きい7年と(b)小さい7年での熱帯低気圧の伝播経路.丸印は熱帯低気圧の発生位置,トラックの赤い部分は中心気圧が980hPa以下となった区間を示す. 図4:H(90)のPC1とU(10N)の関係.■はERA40再解析データ,○はTOPEXの有義波高データとNCEP/NCAR 解析データに基づくU(10N).実線と破線は最小二乗法によって得られるERA40,TOPEXの回帰直線.◇,◆はそれぞれERA40再解析データ,NCEP/NCAR再解析データによるU(10N)の夏季気候値.▲,●はそれぞれコントロールラン,2×CO2ランによる10年平均のU(10N). 図5:タイムスライス実験,および,統計モデルによって予測された10年平均のH(90)の変化(2065-2055 minus 1985-1995).矢印は海上風の変化を表す. | |
審査要旨 | 海洋表面波の有義波高は船舶の航路の選定や海上の構造物の設置、運用にとって重要な要素である。したがって、過去の有義波高の経年変動の特性を解明し、将来予測に応用することによって長期的な海上安全の維持に貢献できる。Wave and Storm in the North Atlantic (WASA) Project以降、北大西洋の有義波高の経年変動および将来予測に関する研究は精力的に行われているが、他の海域についての研究は非常に少ない。気候変動に伴い、気象擾乱の頻度や強度の変化を通じて波候も変動する。したがって両者の関係を理解することで波候変動の総合的な理解が深まり、将来予測に関する知見を得ることが可能となる。特に夏季の西部北太平洋沿岸は台風による高波によって甚大な被害を受けるため、夏季の波候の経年変化の把握と将来予測は非常に重要な課題である。本論文は、夏季の西部北太平洋における有義波高の経年変動の時空間特性と気候変動の関係を調べることによって、当該海域における夏季の有義波高の将来予測への貢献を目的としたものである。 本論文は5つの章から成立している。まず、第1章は導入部であり、北大西洋を中心とした波候研究の歴史、および、西部北太平洋における波候の経年変動の研究の現状を述べた後に、本論文の内容と目的が述べられている。 第2章では、西部北太平洋における夏季の有義波高と熱帯低気圧の活動度の関係を明らかにする第一歩として、平塚沖観測塔における波浪および海上気象現場観測データを用いて夏季の有義波高の経年変動と熱帯低気圧の活動度に関する解析を行っている。波浪エネルギースペクトルの時間変化に対してSnodgrass et al.(1966)の手法を適用し、うねりの波源を推定したところ、波源は北緯20度付近にあり、その励起源は中心気圧が約980hPa以下に発達した「強い熱帯低気圧」であることが明らかになった。平塚沖観測塔の夏季の有義波高はこの強い熱帯低気圧の頻度と有意な相関をもつが、熱帯低気圧全体の発生頻度とは相関がない。また、平塚沖の有義波高の高い年にはこの強い熱帯低気圧の移動経路が西部北太平洋全域に分布するのに対し、有義波高の低い年にはまばらであることから、西部北太平洋全域の有義波高は平塚沖の夏季の有義波高と同様の経年変動をもつことが示唆された。 第3章では西部北太平洋全域の有義波高の経年変動と熱帯低気圧の活動度、および太平洋熱帯域の大気海洋変動との関係を、衛星データおよび再解析データを通して調べている。その結果、エルニーニョの発達年に北緯10度付近の西風偏差が強化するのに伴って熱帯低気圧が平年よりも東よりの海域から発生し、上陸または消滅までの長い継続時間の間に強化するため、西部北太平洋の有義波高が高くなることを明らかにした。また、夏季の平塚沖有義波高の経年変動と同様に、西部北太平洋における夏季の有義波高の経年変動は「強い熱帯低気圧」の継続時間と強く相関するものの、熱帯低気圧の発生数とは相関をもたないことを示した。この結果をもとに、西部北太平洋の夏季の有義波高を予測する統計モデルを導入し、その予測可能性に関する評価を行った。その結果、東シナ海で若干の誤差が残るものの、この統計モデルは西部北太平洋の有義波高を予測する有効なモデルとなることが示された。 第4章では第3章で得られた統計的予測モデル、および、タイムスライス実験の結果を用いて、二酸化炭素倍増時の西部北太平洋における夏季の有義波高の将来予測を試みている。その結果、熱帯太平洋中部の水温正偏差に応答した北緯10度の西風偏差強化に伴って、西部北太平洋において10年平均で最大45cmの上昇が予測された。 このように、本論文は西部北太平洋における夏季の有義波高の経年変動の時空間特性と気候変動、および、熱帯低気圧の活動度の関係を初めて明らかにするとともに、それに基づいて有義波高を予測する統計モデルを提案することで西部北太平洋の波候研究に大きく貢献した。これは海洋物理学上の重要な成果であるだけでなく、従来、局所的な観点から扱われることの多かった波候研究をグローバルな観点から位置付けることで、その予測精度向上への道を新たに切り拓いた成果として高く評価できるものである。 なお、本論文の第2章は岩崎伸一氏、松浦知徳博士、飯塚聡博士、渡部勲氏、第3章は日比谷紀之教授,第4章は日比谷紀之教授,栢原孝浩氏との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったものであり、その寄与が十分であると判断できる。従って、審査員一同は、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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