学位論文要旨



No 216722
著者(漢字) 小野瀬,直美
著者(英字)
著者(カナ) オノセ,ナオミ
標題(和) 石膏に対する斜め衝突クレーター形成において発生する破片の速度質量分布 : 2つの破片群の定義とその放出機構
標題(洋) Mass-velocity distribution of fragments in oblique impact cratering on gypsum : Two groups of fragments and their ejection mechanisms
報告番号 216722
報告番号 乙16722
学位授与日 2007.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16722号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 比屋根,肇
 名古屋大学 助教授 荒川,政彦
 東京大学 教授 早川,基
 東京大学 教授 加藤,學
内容要旨 要旨を表示する

 固体表面を持つ天体の表面に無数に存在するクレーターは、これらの天体の表面が衝突により変化し続けてきたことを物語っている。衝突により砕かれ放出された岩石が、再び天体表面に降り積もることができれば、その表面に衝突クレーター形成由来のレゴリスが形成されることになる。小型の小惑星のように自己重力の小さな天体での衝突レゴリス形成をはじめとする天体表面の進化を考えるにあたっては、衝突クレーター形成によって放出される破片の速度と質量の分布を、遅い破片にも着目して求めることが必要である。しかし、多孔質固体に対する衝突クレーター形成実験における破片速度の計測例はまだ少なく、破片の放出に関するモデルも、クレーター周縁部から放出されるSpall破片に対するものしかない。

 本研究では石膏targetに対して4km/secで直径7mmのNylon球を0〜60度で衝突させてcrater形成実験を行い、発生した破片の速度、target表面からの放出時刻、そして破片の初期位置を高速度カメラの画像を用いて測定した。これらの破片は、放出時刻、速度、ならびに初期位置より、衝突の初期に放出されるSpall破片を中心とする「早期放出破片群」と、やや遅れてtarget表面と垂直方向に数多く放出される「後期放出破片群」とに分けることができる。(図.1)これらのうち、早期放出破片群は、Melosh(1984)に述べられているSpall破片に対応すると考えられる。一方で、後期放出破片群は本研究で初めて識別された。後期放出破片群の特徴は、衝突から5msec以降に、crater中心にある楕円形のpit(深さ24mm、半径13mm)から、放出速度12m/s以下で、target表面から垂直に、多数の細かい破片が放出されるというものであり、これらを、Z-model(eg.Maxwell 1973,1977)などの既存の理論で説明することは困難である。

 後期放出破片群あるいはこれに相当する比較的低速度でターゲット表面と垂直な方向に放出される破片が見られるのは、石膏に対するクレーター形成のほか、玄武岩に対する衝突クレーター形成においてであり、砂に対する衝突クレーター形成や、ターゲット底面が破壊されるような衝突においては、これに相当する破片の放出は認められなかった。従って、後期放出破片群の放出においては、衝突により発生した衝撃波に対するターゲットの弾性的応答が重要であることが示唆される。

 衝突後のtargetを飛翔体の弾道を含む平面で切断すると、衝突により形成されたcraterと、それを取り囲む剪断破壊かつ圧密された石膏の層、さらにその外側に剪断破壊のみされた石膏の層が見られる。これらの剪断破壊された領域の外側には、数本のradial crackはあるが比較的ダメージが少なくhoop stressを支えることができる領域が存在する。これらの領域の境界は、12mmの深さの点を中心とするほぼ同心円状に分布している。したがって衝突により形成された等圧核の中心はtarget表面から12mmの深さにあり、衝撃波はここから放射状に伝播し、中心から半径約20mmにある破壊強度を持つ領域と持たない領域の境界(以後SF面と呼ぶ)において、石膏の圧縮破壊強度(12MPa)まで減衰したと考えることができる。本研究においては、craterを取り囲む比較的ダメージの少ないtarget物質の衝突に対する弾性的な振る舞いによって後期放出破片群が放出された可能性を考える。衝突により発生した弾性波がSF面に垂直外向きに作用することにより、SF面よりも外側にある石膏は周方向に引っ張り応力を受け、弾性歪みが生じる。弾性波の通過後SF面に外力が加わらなくなると、targetに加えられた周方向の弾性歪みの回復に伴いSF面は中心に向かう速度を持ち、その内側に存在する剪断破壊された石膏を加速する。石膏粉に加えられる加速度のうち中心軸に向かうものは互いにうち消し合い、残ったtarget表面に垂直な速度成分により石膏粉が放出され、後期放出破片群として測定されたとする。(図.2)衝突時におけるCrater底の弾性的回復は、カナダのCharlevoix craterの観測においても示唆されている(Dence 2004)。また、Kadono et al.(2005)においても、低速度の衝突破壊によって放出される破片が、弾性エネルギーを保持していることが示唆されている。

 本モデルでは、第一次近似としてSF面を代表する半径20mmの球形の空洞を持つ無限弾性体を考え、この球空洞の表面に内側から外側に向かって圧力10MPa、継続時間3μsecの弾性矩形波が作用すると仮定し、SF面の変位と速度をGreen関数を用いてもとめた。実際のcrater形成ではSF面の内側には剪断破壊された石膏の層が存在するが、本モデルでは単純化のため矩形波の通過後のSF面を自由端と仮定した。石膏のヤング率を2x109Pa、ポアソン比を0.25、密度を092g/ccとすると、弾性波の通過直後のSF面の半径方向の速度は内向きに1.2m/sである。

 SF面で生じた内向きの速度は、剪断破壊された石膏の中を音速で伝わり、これが出口に通じる表面に達した時点で、石膏粉のうち表面に位置するものから順に放出されると考えられる。Teramoto et al.(2004)によると、粉体の音速は固体のそれと較べて粒径が小さくなるほど遅くなる傾向がある。彼らのデータを粒径、物質に関して外挿すると、5μmサイズの石膏粉の音速は約25m/sとなる。よって、深さ32mmのSF面で発生した上向きの速度が、飛翔体の潜り込み深さ9mmまで伝わったと仮定すると、後期放出破片のうち最も表面に近い位置にあったものの移動開始時刻は1msecである。これにより、後期群のうちもっとも上部に存在したと考えられる10-12m/sの破片の放出時刻の平均2.5msecのうち、初期深さからtarget表面まで移動するのに必要な時間0.8msecとを合わせて、この群の放出時刻の遅れのうちの70%を説明することができる。また、この後期放出破片群の放出速度は、実験結果のヒストグラムより斜め衝突においてはやや減少するようにも見える。後期放出破片群の放出角度は、斜め衝突においてはわずかに下流方向に傾くが、その変化は衝突角度の変化に比べると微々たるものである。

 本研究で定義づけられた後期群の存在を考えあわせることによって、自己重力の小さな天体上にも粒径の小さなレゴリスが衝突により形成される可能性が示唆される。

図.1 左から、石膏に対する4.2km/secの垂直衝突により形成されたクレーター、破片の軌跡から推測される破片がターゲット表面を離れた時間と初期位置、放出時刻ビンごとのヒストグラム

図.2 上:target断面、下:弾性的応答の模式図

図3. 初期条件を変化させたときのSF-面の跳ね返りの速度とその継続時間

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章から構成されている。第1章は序説である。小惑星上のレゴリス形成過程として、衝突クレーター形成により放出された破片の再集積によるものと考え、衝突クレーター形成に関する実験的研究、ならびに破片の放出モデルに関する過去の研究を紹介している。小惑星の脱出速度は小さいため、レゴリス形成には、放出される破片の速度がその脱出速度より小さいことが必要である。しかしながら、今までの実験的研究においては、一実験あたりの速度計測破片数が少なく、放出破片の全貌が捉えられていないこと、また、クレーター中心部にある深いpit領域からの破片放出を記述するモデルが存在しないことから、既存の研究結果を、そのまま小惑星に対する衝突クレーター形成に応用することは困難であることを指摘している。これらの問題解決のためには、小惑星を模擬した多孔質物質に対する衝突クレーター形成実験を行い、放出破片速度を低速度のものに留意して計測する必要性、ならびにpit部分から低速度で放出される破片放出機構をモデル化する必要性が述べられている。

 第2章は実験方法が記述されている。多孔質な模擬物質として使用した石膏ターゲットの作成方法とその物性、飛翔体の物性とその加速装置の概要、衝突条件ならびに撮影条件について述べている。石膏の密度は920kg/m3、空隙率は60%、飛翔体は直径7mmナイロン球、衝突速度は4.2km/sec、高速度ビデオカメラの撮影速度は3000から30000 コマ/秒である。また、破片の検出率を上げるための工夫も述べられている。

 第3章では、実験結果の解析方法ならびに取得されたデータについて述べている。石膏ターゲット上に形成されたクレーターとターゲット断面に見られる特徴、およびこれらを特徴づける変数の定義を行い、これらの変数の、衝突速度、飛翔体サイズ、衝突角度に対する依存性が示されている。石膏ターゲットに形成されたクレーターは、中心部の深いpit領域と、それを取り囲む引っ張り破壊を示す浅いspall領域とに明確に区分される。また、ターゲット断面からは、pit領域を取り囲む剪断破壊された領域とこれを取り囲む遠方領域との境界が見られる。衝突実験後に回収された破片を、spall破片と剪断破壊破片とに分類し、破片速度の計測法および破片速度の実測値が示されている。本研究では、動画上の破片の輪郭をトレースし、この面積重心の移動から破片軌跡を求める手法を用いている。そのため、放出速度、破片がターゲット表面から放出された時刻および初期位置、破片の質量を、同一の破片に対し求めることが可能となった。また、非接触であるため、低速度のものを含む広い速度範囲を持つ破片を多数計測することが可能となった。本研究においては、0.06mg以上の質量を持ち400m/sec以下で放出される破片を、合計5437個、一実験につき最大1200個計測している。

 第4章は議論である。石膏の空隙率が、クレーター体積、衝突発生圧力および衝撃波の減衰に与える影響について述べている。測定された破片が、その破片速度、放出時刻、初期位置から、早期に放出される破片群と後期に放出される破片群の2群に分けられることを示した。早期放出破片群は、衝突の直後に衝突点を頂点とする逆円錐状に放出される比較的高速度の破片であり、spall破片に相当する。一方で、クレーター形成の後半に見られる、多数の細かい破片がターゲット表面と垂直方向に放出される後期放出破片群は、本研究で初めてspall破片と分離して定義されたものである。この破片群は、クレーターのpit領域から放出されており、この放出を既存のモデルにより説明することはできない。本論文では、後期放出破片群の放出を、ターゲットの遠方領域の弾性的応答によるものとし、Green関数を用いてモデル化している。このモデルに、本実験の変数を代入すると、跳ね返りの速度は1.5m/secとなり、実際の後期群の速度が2から4m/secを中心とすることと調和的である。ターゲット強度、クレーター半径を変化させて計算した結果は、玄武岩での実験ならびに小さな飛翔体を用いて行った実験での後期群の速度の変化と定性的に一致する。衝突角度が大きくなるとともに後期群の放出時刻が早まり、放出角度がやや下流よりになることなどの衝突角度の効果についても明らかにした。また、小惑星表面上でのレゴリス形成への応用について述べられている。

 第5章は、本論文のまとめであり、得られた結果が簡潔にまとめられている。

 なお、本研究の一部は藤原顕教授との共同研究による結果も含んでいるが、論文提出者が主体的に実験条件の設定、実験、解析、モデルの構築ならびに解釈を行っており、その寄与は十分と判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49017