学位論文要旨



No 216723
著者(漢字) 武田,佳宏
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ヨシヒロ
標題(和) 金微粒子とレーザーを組み合わせたDNAとタンパク質の分析法の開発
標題(洋) Developments of Bioanalyses for DNA and Protein by Combination of Gold Nanoparticles and Laser Techniques
報告番号 216723
報告番号 乙16723
学位授与日 2007.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16723号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 濱口,宏夫
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 磯部,寛之
内容要旨 要旨を表示する

1、序

 本学位論文では、生命科学で用いる新しい分析法の基礎になりうる成果を目指して研究を行った。金属微粒子技術、レーザーなどの物理化学的手法を有機的に組み合わせながら分析の極微量化と迅速化を軸に、研究を展開した。

 1)溶液中の蛍光色素の単一分子検出と分光のための共焦点蛍光顕微鏡の開発 共焦点蛍光顕微鏡装置の油浸対物レンズを用いてアルゴンイオンレーザーを色素溶液中に絞り込み、色素からの蛍光シグナルの光子計数をおこなった。色素溶液の濃度を10(-10) M程度に下げていくと、観測領域にブラウン運動で入ってきた色素分子が励起光吸収と蛍光放出を繰り返し、108個s(-1)の光子を放出することが観測された(蛍光バースト)(図1)。さらにダイクロイックミラーを用いて、溶液中の単一色素分子からの蛍光シグナルを、蛍光スペクトルの中心に対して短波長側と長波長側とに選別し、別々の光検出器で光子計数をおこなった。

 2)単一分子DNAの高次構造変化を検出する計測法 カバーガラス上に伸長固定化されたDNAにおいて、そのワトソンクリック塩基対面は伸長方向に対して垂直にそろっているため、塩基対面の方向エントロピーは溶液中の自由なDNAよりも低い。固定化伸長DNAの高次構造が変化すると、塩基対面の方向がばらつき、方向エントロピーが増加する(方向エントロピー生成)。この方向エントロピー生成量はDNAにインターカレションしたTOTO-1色素の配向変化によって検出する。これをDNA上にマッピングすることにより、DNA中の高次構造変化の位置を決定する。

 3)生体高分子の計測と反応に有用な金属微粒子をプローブとして用いる技術の開発 蒸留水中に金プレートを置き、Nd:YAGの基本波1064nmをレンズで絞り、プレート表面に焦点をあわせてスパッタリングを行うことにより水中にゼータ電位がほぼ0の金微粒子を作製した。またクエン酸による還元法で合成した金微粒子を分散した水溶液に、末端をアルカンチオール化したプローブDNAを添加し、金微粒子に結合したプローブDNA(バルキープローブ)を作成した。

 4)金属微粒子へのレーザー照射により生成する超微小領域プラズマを反応場として用いる方法論(ナノ反応場)の開発 金属微粒子の表面プラズモン共鳴波長に近い波長のレーザーを溶液中の金属微粒子に照射した。金属微粒子の多光子吸収励起が起こり、金微粒子の温度は104〜105 Kまで上昇し、金属微粒子からシード電子が放出される。この電子が周囲の原子分子と衝突してイオン化し、電子なだれを起こす(プラズマ状態)。この領域は数十nmから数百nmと考えられる。

2、グリセロール気液界面における色素分子のダイナミクス

(発表論文3)

 グリセロールにローダミン6G(R6G)を2.5×10(-9)M溶解し、その半球液滴をカバーガラス上に形成した。光軸方向に対物レンズの位置を上下することにより、励起レーザー光の焦点位置を調節して、観測位置(液滴の気液界面、内部、など)を選択し、R6G分子を単一分子レベルで蛍光検出した(図2)。内部にあるR6G分子からの蛍光バースト高は40カウント以下である。一方、気液界面にあるR6G分子の蛍光バースト高は40カウント以上のものが多く、R6Gは凝集体を形成している。この凝集体中のR6G分子の数は〜7.5×102となる。蛍光バーストの時間発展を解析した結果、R6G分子の半球グリセロール液滴内部での拡散係数Db=1.1x10(-12)m2/s、界面における凝集体の拡散係数はDs=1.6x10(-11)m2/sであり、内部の拡散係数の15倍の大きさであることがわかった。

3、エントロピー生成マッピング法の開発-DNAとDNA作用因子の相互作用検出

(発表論文1)

 TOTO-1色素をインターカレーションしたDNAをカバーガラス上に伸長固定化した。このDNAへのヒストンの作用によるエントロピー生成量をDNA上にマッピングし、相互作用位置を決めた。ヒストンタンパク質とDNAとが相互作用している領域では、ヒストンタンパク質がその周りにDNAをまきつけるので、引き伸ばされて揃っていたDNA塩基対面の向きがばらばらになり、TOTO-1色素の蛍光強度の励起光偏光面角度依存性が消失する(図3)。この領域におけるエントロピー生成量は0.65cal/mol Kであった。一方、ヒストンタンパク質が結合していない部分は偏光面依存性が保たれており、その向きが塩基対面のレベルで揃っていることがわかる。この相互作用していない領域ではエントロピー生成量は〜0cal/mol Kであった。

4、3次元DNAネットワークの構築

(発表論文2)

 TOTO-1色素分子をインターカレーションしたλDNAの溶液にCaCl2を加え、λDNAを不溶化し、λDNAがカバーガラスの表面に吸着、固定化されやすくした。このλDNAの溶液を蛍光顕微鏡用の2枚のカバーガラスを重ねた隙間にしみ込ませた。次に、牛胸腺ヒストンタンパク質の溶液をカバーガラスの隙間にしみ込ませ、3次元DNAネットワーク構築をした。倒立型レーザー蛍光顕微鏡の対物レンズの位置を変えながら、TOTO-1色素分子の蛍光像を観察し、3次元DNAネットワークが構築されていることを確認した。また3次元DNAネットワークの構造解析の結果、連結点の部分では、ヒストンタンパク質とλDNAとが結合して、ヒストンオクタマータンパク質の周りにDNAがまきついた構造になり、λDNAの塩基対面の方向がばらばらになっており、2次元ネットワークのDNAバンドルの部分は偏光角依存性があることから、DNAバンドルがその方向に伸ばされていることがわかった。

5、金微粒子結合プローブDNAのハイブリダイゼーション反応に対する標的DNAの立体障害の効果

(発表論文6)

ハイブリダイゼーション反応の標的DNAは7249塩基の一本鎖のDNAである。プローブDNAIは標的DNAの中心部位と塩基対を組むように、プローブDNAIIは標的DNAの端と塩基対を組むように設計し、DNAIとIIのバルキープローブを作成した(バルキープローブIとII)。標的DNAとバルキープローブDNAIまたはIIのハイブリダイゼーション反応速度定数はk(b1)=(3.92±0.53)×102/mol・sまたはk(b2)=(1.66±0.26)×104/mol・sと求めたられた(図4)。k(b2)はk(b1)の42.2倍大きい値となった。これは標的核酸の立体障害によりバルキープローブIはバルキープローブIIよりも、標的DNAのハイブリダイゼーション部位に接近しにくく、ハイブリダイゼーション反応が抑制されるためと考えられる。さらに、ハイブリダイゼーション反応速度定数に関する定量的なモデルを構築し、微粒子に結合していないプローブDNAIとDNAII(スモールプローブIとII)のハイブリダイゼーション反応速度を求めた。その結果DNAIの場合はk(s1)=1.12×105/mol・s、DNAIIの場合はk(s2)=2.29±×105/mol・sとなり、ハイブリダイゼーション反応の速度比はk(s2)/k(s1)=1.36倍となった。このように、バルキープローブを用いることにより、標的部位の位置によるハイブリダイゼーション反応速度の差を拡大することができた。

6、金微粒子へのレーザー照射により生じるナノプラズマを用いたタンパク質の分解

(発表論文5)

 リゾチームとレーザースパッタリング法で合成した金微粒子を含む溶液を光学セルに入れ、溶液のpHを11.0または4.9に調整した。これに、波長532nmのパルスレーザーを照射し、ナノプラズマを生成した。その後、リゾチーム分解量の定量をおこなった。リゾチームの等電点は11.0であるため、溶液のpHを11.0に調整した場合にリゾチームの持つ総電荷量が0に近くなり、リゾチームが凝集体を形成し金微粒子の疎水性表面に吸着し、ナノプラズマによる分解効率が高くなる一方、溶液のpHを4.9にした場合にはリゾチームは溶液中で電荷を帯び単分散しているためナノプラズマによる分解効率は低い。さらに2種類のタンパク質(リゾチーム、BSA)を混合した溶液のpHを変えてレーザー照射をおこなった。pHを11.0にした場合はリゾチームが選択的に分解され、pHを4.9にした場合は、等電点の近いBSAが選択的に分解された。(図5)

7、金微粒金のレーザーアブレーションによる金属‐DNA複合体の形成

(発表論文4)

 λDNA、金微粒子、塩化カルシウム、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを混合した溶液に波長532nm、17mJ/pulseのパルスレーザーを照射した。レーザー照射後の可視紫外吸収スペクトルには360nm付近に新たな吸収が観測された。このピークは、DNAの塩基部分とアミンとAu(III)イオンとの間の配位結合が形成され生成した新しい配位複合体(Au(III)(DNA-base)2(amine)L)におけるアミンの窒素原子上の孤立電子からAuイオンへのp→d電荷移動吸収 (LMCT)に帰属できた。この反応の機構を次のように推定した。まず、多価陽イオンがDNAの負に帯電したリン酸基に結合することによってDNAが中性化され、これが金微粒子の表面に疎水性相互作用で吸着しDNA-金微粒子縺れを形成する。さらにナノ反応場中の硬い酸であるAu(III)イオンが必須因子として添加したアミン類の窒素原子と反応し、さらにDNA塩基部分の窒素部分と金微粒子の表面近傍で反応する。

8、まとめ

 本研究では、位置特異的な単一分子検出のための共焦点蛍光顕微鏡を開発し、グリセロール溶液の内部と気液界面における単一色素分子の蛍光シグナルを分けて検出した。また、塩基対の方向エントロピー生成の量をDNA上にマッピングすることによりDNA中のDNA結合因子の相互作用位置を決定する新規な計測法を開発した。さらにこの方法を3次元DNAネットワークの構造解析に適応した。また嵩高いプローブDNAのハイブリダイゼーション反応速度の測定によりハイブリダイゼーションの位置の計測が可能となった。また金微粒子にパルスレーザーを照射し、ナノ反応場を生成した。このナノ反応場によりタンパク質を選択的に断片化する反応やナノ反応場に生成する微粒子構成原子のイオンとDNAとの配位錯合体の形成反応を見出した。

図1 蛍光バーストの濃度依存性

図2 対物レンズの各位置での蛍光バースト(a)気液界面 (b)グリセロール溶液内部 単一R6G分子の蛍光バーストの一部を矢印で示す

図3 (a)TOTO-1色素をインターカレーションしたDNAをガラス基板上に伸長し、ヒストン蛋白質を相互作用させてから1時間後の蛍光顕微鏡像 (b)(a)中の領域A、B、Cの蛍光強度の励起光偏光面角度依存性

図4 ハイブリダイズの確認のためアガロースゲル電気泳動写真(a) このゲルにUV照射した時のゲルの写真(b) ゲルの上部は保留時間(分)Refは標的DNAのみ

図5 溶液のpHを11.0または4.9に調整した場合の蛋白質の分解量の検出のためのSDSゲル電気泳動の写真 矢印AはBSA、矢印Bはリゾチームのバンド ゲルの上部はレーザー照射時間(分)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は8章からなり、(株)コンポン研究所における研究の成果をまとめたものである。第1章は序文であり、レーザーや金微粒子を用いる生体高分子の分析法の問題点と本論文の意義が述べられている。

 第2章ではレーザー共焦点蛍光顕微鏡による単一分子検出法のグリセロール気液界面における色素分子のダイナミクス研究への応用について述べられている。気液界面にあるR6G色素分子は凝集体を形成しており、その拡散係数は内部のR6G分子の拡散係数の15倍の大きさであることを明らかにしている。

 第3章ではエントロピー生成マッピング法の提案とそれをDNAとDNA結合因子の相互作用検出に応用した例について述べられている。ヒストンタンパク質とDNAとが相互作用している領域では、ヒストンタンパク質がその周りにDNAをまきつけるので、引き伸ばされて揃っていたDNA塩基対面の向きがばらばらになり、DNAにインターカレートしたTOTO-1色素の蛍光強度の励起光偏光面角度依存性が消失したことを明らかにしている。

 第4章では3次元DNAネットワークについて述べられている。蛍光顕微鏡用の2枚のカバーガラス間にTOTO-1色素分子をインターカレーションしたDNAの3次元DNAネットワーク構築している。倒立型レーザー蛍光顕微鏡の対物レンズの位置を変えながら、TOTO-1色素分子の蛍光像を観察し、3次元DNAネットワークを確認している。

 第5章では金微粒子結合プローブDNAのハイブリダイゼーション反応に対する立体障害の効果について述べられている。プローブDNAIとIIは標的DNAの中心部位または端と塩基対を組むように設計し、DNAIとIIの付加した金微粒子、バルキープローブIとIIを作成している。バルキープローブIIのハイブリダイゼーション反応速度定数はバルキープローブIのそれの42倍大きい値となった。これはバルキープローブIの方がバルキープローブIIよりも標的DNAの立体障害が大きいためであることを明らかにしている。

 第6章では金微粒子へのレーザー照射により生じるナノ反応場を用いたタンパク質の分解について述べられている。金微粒子、リゾチーム、BSAを混合した溶液のpHを変えてレーザー照射をおこなうと、pHを11.0にした場合は等電点の近いリゾチームが選択的に分解され、pHを4.9にした場合は、等電点の近いBSAが選択的に分解されることを明らかにしている。

 第7章では金微粒金のレーザーアブレーションによる金属-DNA複合体の形成について述べられている。λDNA、金微粒子、塩化カルシウム、ヒドロキシメチルアミノメタンを混合した溶液にパルスレーザーを照射している。レーザー照射後の可視紫外吸収スペクトルには新しく生成した配位複合体(Au(III)(DNA-base)2(amine)L)におけるp→d電荷移動吸収が360nm付近に観測されることを明らかにしている。

 第8章では本研究のまとめと今後の研究の展望が述べられている。

 以上のように、本論文は先ず、レーザー共焦点蛍光顕微鏡による単一分子検出法を用いて、グリセロール気液界面における色素のダイナミクスを測定している。グリセロールは水素結合のネットワークを形成し、大きな粘性を有する液体であるが、その気液界面での物理化学的性質はバルクの性質と大きく異なると考えられる。その特異な環境における色素の挙動を初めて検出した研究として意義深い。

 また、伸長したDNAの塩基対面の方向を測定することにより、DNAとDNA結合因子の相互作用を検出する新しい方法を提案しているが、これは、これにまでになかった新規な方法論である。さらに、これをガラス基板上に伸長固定化した特殊な条件下のDNAについてではあるが、この方法の応用可能性を示唆する結果を得ている。今後は、さらに一般的な条件下のDNAについてこの方法を適応する必要がある。

 また、金微粒子の付加した嵩高いプローブをハイブリダイゼーションの反応に応用し、ハイブリダイゼーションの位置による反応速度定数の違いを大きくする方法を見出している。この方法を用いて、ハイブリダイゼーションの反応速度定数を測定することにより、逆にハイブリダイゼーションの位置を簡便に推定する方法へと発展すると考えられる。

 さらに、金微粒子にレーザーを照射することに生じる高温高圧のナノ反応場をタンパク質の選択的断片化法に初めて応用している。さらに、ナノ反応場中の金イオンとDNAとの配位錯合体の形成反応を初めて見出している。

 このように、生体高分子の分析法や反応に関する新しく重要な知見を得る事に成功している。よって、本論文が博士(理学)を授与するのにふさわしい研究であることを審査員は全員一致で認めた。

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