学位論文要旨



No 216725
著者(漢字) 成田,貴則
著者(英字)
著者(カナ) ナリタ,タカノリ
標題(和) メダカゲノムリソースの構築 : 大規模EST解析とメダカおよび近縁種のゲノムワイドな系統解析
標題(洋) Construction of comprehensive genomic resources for medaka, Oryzias latipes : Large-scale EST analysis and genome-wide phylogenetic study of the medaka and its relatives
報告番号 216725
報告番号 乙16725
学位授与日 2007.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16725号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 井尻,憲一
 東京大学 講師 成瀬,清
内容要旨 要旨を表示する

 現在、メダカやゼブラフィッシュのような小型魚類は生物学のさまざまな分野でモデル動物として広く使われている。両種のドラフトゲノム配列はUTゲノムブラウザやEnsemblゲノムブラウザ上にも公開され、すでに多くの研究者に利用されている。人為的な突然変異体誘発実験も行われ、ともに1,000種類を超える突然変異体が収集され、原因遺伝子の同定が精力的におこなわれている。

(1)EST解析によるメダカゲノムリソースの作成

 しかし私がこの研究を開始した2000年当時、メダカで利用可能なゲノム資源はHd-rRおよびCab系統のBACライブラリー、ゲノム全体をカバーする連鎖地図及び千件ほどのEST配列だけであった。我々の研究室でもメダカを脊椎動物のモデルとして、初期発生に異常を示す突然変異体のスクリーニングを開始していた。しかし、ゲノムリソースが不足していたため突然変異体の表現型解析やポジショナルクローニングを行うことはかなり困難をともなう作業であった。このような現状を打開するため、私はまずメダカゲノムリソースの整備を行うことが重要であると考えた。EST解析は大量かつ高速にゲノム情報を収集することができる方法として知られている。そこで私は初期発生と器官形成にターゲットを定めてEST解析をおこなった。まず異なる3つの発生ステージ(ステージ23(体節形成期)、ステージ35(器官形成期)およびステージ40(稚魚期))の胚より5種類のcDNAライブラリーを作製した。それぞれのライブラリーから1万クローン以上をランダムに選び、両端の塩基配列を決定した。その結果合計で132,082クローンの塩基配列を決定した。3'末端配列の相同性を用いて分類を行ったところ、12,429の異なった塩基配列をもつクラスターに分かれた。脊椎動物の遺伝子数は20,000-30,000と考えられるため、いまだ飽和には達していないと考えられるが、少なくとも初期胚で発現する遺伝子の多くは網羅されており、現在でも多くの発生異常変異体の解析に有効なリソースを提供している。次に今回得られた大量のEST配列を利用して、同時に多くの遺伝子の発現を解析できるマイクロアレイを作製した。8,092クラスターの3'末端配列中から60塩基の領域を選択し、DNAを人工合成後スライドグラス上にスポットした。EST解析に用いた胚と同じステージに由来するRNAを用いて発現量を解析したところ、同一クラスター内に含まれるクローン数とマイクロアレイによる発現量は高い相関を示した。このことから、このマイクロアレイは有効に機能することが示された。また、発生とともにその発現が変動することが分かっているI-FABP遺伝子の発現量を調べたところ、その変化を定量することができた。このマイクロアレイは、現在では遺伝子発現変化を調べる様々な研究に応用されている。

(2)メダカ及びその近縁種のゲノム情報の収集

 私がおこなったEST解析の後、2002年からメダカゲノムプロジェクトが開始され、私も主要なメンバーとして参加した。この研究では南日本集団由来の近交系であるHd-rR系統のゲノムDNAを用いて配列決定が行われた。Hd-rR系統が選ばれた理由は、近交系であるため系統内の多型性がないこと、主な突然変異体スクリーニングプロジェクトで南日本集団由来の系統を用いていたことがあげられる。このプロジェクトでは、地域集団間の多型を調べ、その情報から高密度連鎖地図をつくることを目的として、北日本集団由来の近交系であるHNI系統の塩基配列決定も行った。メダカの南日本集団と北日本集団間は2-3%の多型があることがすでに知られていたことから、両者を比較することで全ゲノム領域において多数の多型が見つかることが予想された。実際に解析の結果、1,600万のSNPsと280万の挿入/欠失の多型を見つけることができた。このSNPs情報を用いて全ゲノム領域をカバーする2,500以上のDNAマーカーをもつ高密度遺伝地図を作成し、ゲノムアセンブラーが生成した塩基配列scaffoldをこの連鎖地図上にならべることでドラフトレベルのゲノム解析を完了することができた(論文改訂中)。

 私は、このようにして大量に得られたHd-rR(南日本集団)とHNI(北日本集団)のゲノム情報を用いることで、メダカ系統内の多様性をさらに知ることができるのではないかと考えた。これまでのメダカ種内の系統関係はアロザイム、ミトコンドリアDNA等を用いて解析されてきた。その結果、メダカ自然集団は4つの地域集団(北日本集団、南日本集団、東韓集団、中国―西韓集団)に分けられることが知られていた。ゲノム解析によって南日本集団由来のHd-rRと北日本集団由来のHNI間のゲノム配列には平均3.4%の相違があることは分かったが、その他の集団間の比較は行われていなかった。そこで、私はメダカのもつ24対の染色体から4ヶ所ずつ、合計96の領域を増幅することができるプライマーを用いて、各地域集団由来のゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、ダイレクトシーケンス法でそれらの塩基配列を決定した。最終的に、4つの地域集団に属する12系統から47組の配列(1系統あたり約20k bpの塩基配列をゲノムよりサンプリング)を決定することができた。これらの配列を多重整列したところ948のSNPサイトを同定した。このデータを用いて近隣結合法により系統樹を作成したところ大きく4つの集団にわかれた。各集団の単系統性は高いブートストラップ値(100%)によって支持された。今回の解析で認められた4つの単系統集団はミトコンドリアDNAの塩基配列に基づいて分類された南日本集団、北日本集団、中国―西韓集団及び東韓集団と完全に一致した。多型サイトの分布を調べたところ集団内多型が小さいのは北日本集団と東韓集団であった。中国―西韓集団と南日本集団は比較的大きな遺伝的多様性をもっていた。核遺伝子とミトコンドリア遺伝子それぞれから得られた系統樹は概ね同一の樹型を示したが、中国―西韓集団内の樹型だけは異なっていた。ミトコンドリアではKunming系統が最初に分岐しているのに対し、核遺伝子ではTaiwan系統が最初に分岐していた。この結果はKunming系統でのミトコンドリア移入の可能性を示唆している。これは系統解析にミトコンドリアとともに核遺伝子を用いることの重要性を示した一例でもある。

 メダカのモデル動物としての優位性は、飼育しやすい、毎日採卵可能、胚が透明、短い世代時間、トランスジェニック技術が確立している、ゲノム配列が決定されているなどであろう。しかし、このような特徴は他のモデル動物にもあてはまる。ではメダカがマウスやゼブラフィッシュなどの他のモデル動物と大きく異なる点はなんであろうか。私はメダカの自然集団がもつ大きな遺伝的多様性(メダカはいままで知られている脊椎動物では最大の種内変異をもつ)と近縁種が存在し、系統保存されていることであると考える。メダカとその近縁種はダツ目メダカ科(Adrianichthyidae)に含まれるが、いままでに4属26種が記載されている。これらの系統関係は、核型、アロザイムおよびミトコンドリア塩基配列によって解析されてきた。最新の研究では、メダカとその近縁種は3つのグループ(latipes, javanicusおよびcelebensisグループ)に分けられることが示されている。これら3グループ内の単系統性は高いブートストラップ値(97-100%)によって支持されている。しかし、これら3つのグループ間の系統関係はいまだ十分には分かっていない。私は、今回設計したプライマーをメダカ近縁種に応用することによって、メダカ近縁種のゲノム情報を収集するとともに、その塩基配列から3者の系統関係を明らかにすることを試みた。それぞれの種から抽出したゲノムDNA を鋳型として種内変異の解析に用いたプライマーによってそれぞれの種から相同な領域を増幅した。その後ダイレクトシーケンス法によって増幅したDNA断片の塩基配列を決定した。得られた配列からエキソン領域を特定し、配列を結合して系統解析を行った。しかし、これら3グループ間の系統関係はいままでの報告と同程度の精度であった。その理由は、系統解析に十分量の相同なエキソン領域の塩基配列を、外群にもちいたミドリフグのゲノム情報から同定することが困難であったためである。しかし、核遺伝子配列を用いて得られた系統関係は、これまでの解析と矛盾する部分がないことから特定の系統間での大規模なミトコンドリア遺伝子移入などの現象は起こっていないと考えられる。今回の解析では、メダカを外群として、スラベシ島内に生息するメダカ近縁種(celebensisグループに属する)の系統関係も解析した。celebensisグループ内の系統関係はグループ内の遺伝的分化が乏しいために十分な解像度が得られていなかった。私は約13kbpの塩基配列を用いて、celebensisグループ内の系統解析をおこなった。X. oophorusとX. sarasinorumは形態的に類似しているため、同じ属に分類されている。しかし、私の解析からX. oophorusとX. sarasinorumは単系統ではないことがあきらかとなった。この結果は両者で共通にみられる「孵化まで卵を腹部で保育する」という生殖様式は沖合を生息域として、回遊するという生態に適応したことによる収斂の結果であることが示唆された。今回の解析から3つのグループを区別することができる分子的な共有派生形質(特定のグループがのみがもつ欠失/挿入)を多数同定することもできた。このことは塩基配列の類似性だけではなく、塩基の挿入/欠失という現象から見た場合にも3つのグループが単系統性を示すことを示唆している。興味深いことに6ヶ所の独立な欠失がjavanicusとcelebensisグループで共有されていた。この結果といままでに報告されている系統関係とを考え合わせるとjavanicusグループとcelebensisグループが共通祖先をもつことを示唆しているのかもしれない。

 一連の研究によって私はESTを中心としてメダカゲノムリソースを整備することができた。またメダカゲノムから特定領域を増幅できるプライマーを用いて、南北日本集団のみではなく、東韓集団、中国―西韓集団を含むメダカ全体の遺伝的多様性の概要を示すことができた。またメダカ近縁種を特徴づける分子的な共有派生形質を多く見つけるとともに、いままで明らかでなかったcelebensisグループ内の新たな系統関係を示すことができた。これらの情報はメダカとその近縁種をともにもちいたモデル動物の確立に貢献すると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、EST解析によるメダカゲノムリソースの構築、メダカゲノム情報を用いたメダカ集団の遺伝的多様性の解析、近縁種の系統関係の解析の3部よりなる。

 第1部の研究は2000年当時まだ十分ではなかったメダカゲノム情報を発現遺伝子と言う側面から解析し、メダカゲノム情報の網羅的取得と解析に先鞭をつけた。この研究で作られたESTリソースはその後おこなわれたメダカゲノム塩基配列決定とともにメダカゲノムリソースとして最も多くの研究者に使用されている。この研究では132,082クローンの両端配列を決定し、12,429種類の転写産物をカタログ化した。この情報をもちいて初期発生で発現する遺伝子を中心に8000種以上の転写産物の発現量を解析できるマイクロアレイを開発し、その有用性を検証した。これはメダカでは初めての実用的なマイクロアレイであり、突然変異体での遺伝子発現変化の解析にも応用されている。

 申請者は2002年から開始されたメダカゲノム解析プロジェクトにその初期段階から参加した。この研究では南日本集団由来の近交系であるHd-rR系統と北日本集団由来の近交系であるHNI系統が用いられた。両者の比較から1,600万のSNPsと280万の挿入/欠失の多型を見つけることができた。このSNPs情報を用いて全ゲノム領域をカバーする2,500以上のDNAマーカーをもつ高密度遺伝地図を作成し、塩基配列決定と組み合わせることでドラフトレベルのゲノム解析を完了することができた。第2部の研究として申請者はこのようにして得られた大量のHd-rR(南日本集団)とHNI(北日本集団)のゲノム情報をもちいて、メダカの種内変異を更に解析した。ミトコンドリアDNAの塩基配列をもちいたこれまでの研究からメダカ自然集団は4つの地域集団(北日本集団、南日本集団、東韓集団、中国―西韓集団)に分けられることが知られていた。ゲノム解析によって南日本集団由来のHd-rRと北日本集団由来のHNI間のゲノム配列には平均3.4%の相違があることは分かったが、その他の集団間の比較は行われていなかった。そこでメダカのもつ24対の染色体から4ヶ所ずつ、合計96の領域を増幅することができるプライマーを作成し、4つの地域集団を代表する12個体(4系統のメダカ近交系を含む)をもちいて、地域集団内及び集団間での核遺伝子塩基配列の多様性を解析し、系統樹を作成した。この結果、ミトコンドリア遺伝子の多様性から分類された4つの地域集団は核遺伝子によっても同様なクレードに分けることができた。この研究の中で特に興味深いのは中国―西韓集団内の系統関係である。この集団では核遺伝子の塩基配列を用いた系統樹とミトコンドリア遺伝子の塩基配列をもちいた系統樹が、それぞれ高い統計的信頼度をもちながら相互に異なった樹型を示した。これはこの集団で過去にミトコンドリアの移入が起こったことを示唆しており、自然集団の形成史を考える上で興味深い。また、核とミトコンドリアを共に解析することの重要性を示している。この研究から比較的大きな遺伝的多様性をもつ南日本集団と中国―西韓集団及び遺伝的変異をあまりもたない北日本集団と東韓集団という姿が核遺伝子を通して明らかとなった。この研究は自然集団の形成史だけではなく、メダカ突然変異体の原因遺伝子をポジショナルクローニングによって同定する際にどのような交配を用いれば最も効果的かという点にでも重要な情報となる。

 第3部では第2部の結果をうけて核遺伝子による系統解析法を近縁種に応用した。その結果、メダカ種内変異を解析するために作成したプライマーでも、その5割程度は近縁種でも相同な領域を増幅できることが明らかとなった。これにより20-30K bpというかなり大きなデータを用いて系統解析をおこなうことが可能となった。これを利用して遺伝的分化が小さいために不明であったセレベス島に分布するメダカ属の系統関係をはじめて明瞭に示すことが出来た。この解析からX. oophorusとX. sarasinorumは単系統ではなく偽系統であること、両者に共通の形態や生殖様式が沖合を回遊すると言う生態への適応という平行進化の産物であることが明らかとなった。

 申請者はEST解析による発現遺伝子の網羅的解析、メダカ種内変異に関するゲノムワイドな多型情報収集、メダカ近縁種をもちいたモデルシステム構築のための基礎的系統情報の収集など広い分野にわたる研究をおこなった。

 なお、本論文の第1部分は、木村哲晃、神藤智子、成瀬清、小林大介、北川忠生 新井理、小原雄治、嶋昭紘、坂口拓也、三谷啓志、武田洋幸との共同研究、第2部及び第3部は竹花佑介、James Albert、笠原雅弘、佐々木伸、山田智之、相馬 温彦、森下真一、小原雄治、武田洋幸、成瀬清との共同研究であるが論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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