学位論文要旨



No 216726
著者(漢字) 五十嵐,大亮
著者(英字)
著者(カナ) イガラシ,ダイスケ
標題(和) 植物の光呼吸によるアミノ酸代謝制御に関する研究 : ペルオキシソーム局在グルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子の同定と機能解析
標題(洋) Regulation of amino acid metabolism that is affected by photorespiration in plants : Identification and functional analysis of the peroxisomal glutamate : glyoxylate amino transferase (GGAT) gene
報告番号 216726
報告番号 乙16726
学位授与日 2007.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16726号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 助教授 澤,進一郎
 東京大学 助教授 野口,航
内容要旨 要旨を表示する

〔序論〕

 アミノ酸はタンパク質,核酸,2次代謝産物など種々の窒素化合物の生合成における初発物質となることから生物にとって必須な化合物であり,食品(調味料)・医薬品等,様々な用途で利用されている.本研究は植物による効率的なアミノ酸生産技術の開発を目的とし,アミノ酸代謝制御に関わる因子の同定を目指した.種々のアミノ酸生合成におけるアミノ基供与体となるグルタミン酸やグルタミンは主に光呼吸系で生合成代謝されることから(図1),光呼吸系のアミノ酸生合成および蓄積制御機構を明らかにすることが効率的なアミノ酸生産技術につながると考えられた.

 グルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ(GGAT)はペルオキシソームで働く光呼吸系酵素(図1)であり,アミノ酸代謝制御において重要な役割を担っていると予想された.そこで,GGATに着目しその遺伝子同定と,過剰発現株を用いたアミノ酸代謝制御における役割を検討した.

〔結果と考察〕

GGAT遺伝子の同定

 GGAT遺伝子を同定するにあたり以下の既知情報を基に候補を絞り込んだ.(1)アラニンアミノトランスフェラーゼ(AOAT)活性とGGAT活性はタンパク質分画すると挙動を供にする.(2)多くのペルオキシソーム局在タンパク質にはペルオキシソーム移行シグナル(PTS1,PTS2)が存在する.シロイヌナズナのゲノムとESTのデータベースを探索し,2種のGGAT候補遺伝子を見出した.これらはAOATとアノテートされており,C末端にPTS1様配列が存在した.GFPを用いた局在解析からGGAT1はPTS1様配列に依存してペルオキシソームに局在した(図2).レポーター遺伝子(GUS)を用いた解析からGGAT1,GGAT2共に葉組織で発現することが示された(図3).発現量の多いGGAT1遺伝子の破壊株をタグ挿入系統からスクリーニングし,単離に成功した.この遺伝子破壊株(ggat1-1)は以下の特徴を示した.(1)葉内のGGAT活性が1割程度に低下する(図4).(2)通常の栽培条件では生育が抑制されるが,光呼吸抑制条件である高CO2条件では生育が回復する(図5).(3)GGAT反応の前駆体である基質であるGluとその前駆体であるGln含量の増加,生成物であるSer, Gly含量の減少が認められ,その傾向は光強度に依存する(図6).これらの結果からGGAT1は光呼吸系のGGAT反応を担う酵素をコードしていることが明らかとなった.

GGAT1過剰発現株の解析

 GGAT1の機能と発現強化の効果を明確にすることを目的として,GGAT1ゲノム領域を導入した形質転換体を独立42系統作出した.得られた42系統の形質転換体は全て過剰発現株であり,さらにSer,Gly含量が顕著に増加した(図7).次にGGAT1の発現量の異なる9系統を選抜し,地上部における酵素活性とSer,Gly含量を測定,比較した.その結果,これらのアミノ酸含量とGGAT活性は高い相関を示した(図8)ことからSer,Gly含量の増加はGGAT1過剰発現の直接の結果であることが示された.またSer含量が直接の生成物であるGly含量よりも高い相関性を示した(図8)のは Gly→Ser反応が細胞内で積極的に行なわれており,Serが蓄積形態となった為と考えられた.これらのアミノ酸蓄積が光呼吸依存的であるかを検証する目的で高CO2条件下における葉内のアミノ酸含量の変化を調べた.その結果,通常の栽培条件と比較し高CO2条件では蓄積量が減少することが示された(図9).これらの結果からGGAT1が光呼吸に依存したアミノ酸生合成代謝において主要な役割を果たすことが示された.

〔結論〕

 光呼吸系のGGAT反応を担う酵素遺伝子を同定し,その遺伝子破壊,過剰発現株は光呼吸に依存してアミノ酸蓄積量が変化することを示した.この結果からペルオキシソームにおける光呼吸依存的アミノ酸代謝制御機構が個体レベルでのアミノ酸蓄積に大きく寄与していることが示唆された.

図1 光呼吸経路とGGAT

光呼吸はRubiscoのoxygenase活性で生じたGlycolate2-phosphateを代謝する経路である.GGATはペルオキシソームにおけるアミノ基転移反応を担う酵素であり,光合成組織におけるアミノ酸代謝制御において主要な役割を果たすと考えられる.従ってGGATは有用な酵素であるが,コードする遺伝子は未同定であった.

図2 GGAT1のペルオキシソーム局在

GGAT候補遺伝子とGFPを融合させ,タバコBY-2細胞内で発現させた.またC末端のペルオキシソーム移行シグナル(PTS1)を欠くGGAT1ΔCも同様に発現させた.GFP蛍光の解析からGGAT1はPTS1に依存してペルオキシソームに局在することが示された.

図3 GGAT1の葉組織での発現

GGAT1,GGAT2のプロモーターとレポーター遺伝子GUSを融合させ,植物体に導入した.GUSシグナルの解析からGGAT1,GGAT2は共に葉組織で強く発現することが示された.

図4 GGAT1遺伝子破壊株における酵素活性の低下

GGAT1遺伝子破壊株を単離し,地上部の酵素活性を調べた結果,GGAT活性が顕著に減少していた.残りの活性はGGAT2に依存した活性であると考えられる.HPR(hydroxypyruvate reductase)をコントロールとした

図5 GGAT1遺伝子破壊株の生育抑制と回復

GGAT1遺伝子破壊株は通常の栽培条件下で顕著な生育抑制を示した.光呼吸抑制条件である高CO2条件下で生育は回復した.このことからGGAT1遺伝子破壊株が光呼吸系欠損株であることが示された.

図6 GGAT1遺伝子破壊株のアミノ酸含量変化

GGAT1遺伝子破壊株ではGGAT反応の前駆体であるGlu,Gln含量が増加し,生成物であるGly,Ser含量が低下した.また,Glu,Glnの蓄積量は弱光下で低下した.この結果から,光呼吸に依存してアミノ酸含量が変化したこと,GGAT1が光呼吸系で働くGGATをコードしていることが示された.

図7 GGAT1遺伝子過剰発現株におけるSer,Glyの蓄積

GGAT1遺伝子過剰発現株を作出し,アミノ酸含量を測定した.得られた42系統全ての形質転換体はGGAT1遺伝子が過剰発現しており,Ser,Gly含量が増加した.野生株と比較してSer含量は最大20倍,Gly含量は最大10倍に増加した.

図8 GGAT1遺伝子過剰発現株における酵素活性とアミノ酸蓄積の相関

GGAT1遺伝子過剰発現株のうち発現量の異なる9系統(GTox)についてGGAT活性とSer,Gly含量を比較した結果.高い相関が認められた.この結果からアミノ酸含量の変化はGGAT1過剰発現の直接の結果であることが示された.

図9 GGAT1遺伝子過剰発現株のアミノ酸蓄積

光呼吸抑制条件である高CO2条件下でGGAT1遺伝子過剰発現株(GTox-17)はSer,Glyの蓄積量が減少することが示された.このことから,過剰発現株のアミノ酸含量の蓄積は光呼吸系の強化によるものと考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、4章からなり、第1章は、イントロダクション、第2章は、シロイヌナズナでのグルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子の同定とその単離について述べられ、第3章はグルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子の過剰発現植物での発現の動態について解析したものである。第4章は全体の考察と研究の全体的意義について述べられている。

 第2章においては、従前の酵素活性の追跡の研究からアラニンアミノトランスフェラーゼには、求めるグルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ活性が認められていたことから、シロイヌナズナゲノム中にアラニンアミノトランスフェラーゼ遺伝子を探索したところ4種の遺伝子が同定された。その内2種にはペルオキシダーゼ移行シグナルあることから、これが求めるグルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子ではないかということで追求を行なった。追求の方法は、蛍光標識した遺伝子産物が、細胞内でどのような挙動を示すかであったが、その産物は、ペルオキシゾームへ移行していた。また、レポーター遺伝子を用いて発現部位を調べると、その発現部位は葉であった。一方、この遺伝子の破壊株はグルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ活性が一割程度に低下していた。この植物体は通常の条件では成育が阻害されたが、光呼吸抑制条件である高炭酸ガス濃度では成育の回復が見られた。更に、グルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ酵素反応の前駆体であるグルタミン酸等を定量したところ増加しており、一方その産物であるセリン、グリシンは減少していた。それらは、光強度に依存していた。これらの結果は、単離したグルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子が求めるものであったことを示している。

 第3章では、単離されたグルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子を導入した形質転換体を作出したところ、その中には過剰生産株が見られ、植物体中のセリン、グリシンの含量が増加していた。グルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子の直接の産物である、グリシンよりセリンの方が多かったが、それは細胞内で、積極的にグリシンよりセリンへの転換がなされているからであることが確認された。

 この研究は、光合成の炭酸ガス固定を担うリブロース2リン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼから派生して、光呼吸に関連して重要な働きを行うグルタミン酸グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子を同定したもので、この酵素によりペルオキシゾームで光呼吸依存的にアミノ酸代謝が制御され合成されていることを明らかにした。特に、この一連の反応の結果、細胞内で発生するアンモニアを回収し、それをアミノ酸合成に利用するという重要な反応サイクルを明らかにしたことの意義は高いといえる。なお、第2章は、三輪哲也、関原明、小林正智、加藤友彦、田畑哲之、篠崎一雄、大住千栄子との共著、第3章は、土田博子、宮尾光恵、大住千栄子との共著であるが、論文提出者が主体となって、実験、観察および考察をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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