学位論文要旨



No 216730
著者(漢字) 西城,忍
著者(英字)
著者(カナ) サイジョウ,シノブ
標題(和) 疾患モデルマウスを用いた関節炎発症機構の解析
標題(洋)
報告番号 216730
報告番号 乙16730
学位授与日 2007.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16730号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 渡邊,すみ子
 東京大学 教授 三宅,健介
内容要旨 要旨を表示する

序論

 関節リウマチ(RA)は多発性関節病変を主徴とする全身の異常を伴う炎症性疾患で、自己免疫疾患の一つである。患者は人種にかかわりなく世界中に分布しており、人口の約1%、日本では約70万人程度の患者がいるとみられている。RAは代表的な多因子疾患で、いくつかの要因が組み合わさって発症していると考えられ、遺伝的要因としてこれまで連鎖が示された遺伝子座はヒトではHLA-DR4、HLA-DR1などの特定のクラスII主要組織適合抗原(MHC)、また PADI4などが挙げられる。環境要因として、ウイルスや細菌、マイコプラズマなどの感染も発症に関与しているのではないかと考えられている。しかし、病態については未だ不明な点を多く残し、根本的な治療法は存在しない。

 本研究では、RAの治療薬の新しい標的を見いだすことを最終目的とし、成人T細胞白血病ウイルス(Human T-cell Leukemia Virus Type 1; HTLV-I)のtaxを発現するトランスジェニック(Tg)マウス(HTLV-I-Tgマウス)およびInterleukin 1 receptor antagonist (IL-1Ra)の遺伝子欠損(KO)マウス(IL-1Ra KOマウス)の2種類の関節炎モデルマウスを用い、関節炎の発症機構の解析を行った。その結果、主に1)HTLV-I-Tgマウスでは骨髄細胞が関節炎の発症に重要であること、2)HTLV-I-Tgの関節炎の発症はIL-1の欠損により抑制されること、3)C型レクチンの一つであるDectin-1は真菌感染防御に重要であると共に、関節炎の発症にも関与していること、の3点を明らかにした。

 HTLV-Iは成人T細胞白血病の原因ウイルスとして知られるレトロウイルスで、そのゲノム中にはLTR, gag, pol, envといったレトロウイルスに共通な遺伝子の他にこのウイルスに特徴的なpXと呼ばれる領域が存在する。このpX領域にコードされるTaxタンパク質は転写活性化能を持ち、ウイルス自身のLTRに働き転写を活性化させる他、サイトカインやサイトカインレセプターを始めとする種々の宿主遺伝子の転写も活性化することが報告されている。そこで、このTaxが宿主に与える影響を調べる目的で、Taxを発現するTgマウスを作製したところ、このマウスがRA様の関節炎を発症することが明らかとなった。HTLV-I-Tgマウスは4週齢を過ぎる頃から関節炎を自然発症し、その病理像はヒトのRAと良く似ており、関節滑膜細胞の増殖と炎症性細胞の浸潤、骨、軟骨の破壊などが観察され、いわゆるパンヌスを形成していた。また、血中ではリウマチ因子(RF)などの自己抗体が検出されると共に、関節局所でTNFやIL-1、IL-6といった炎症性サイトカインの発現が亢進しており、病態形成との関与が示唆された。

 RAの発症におけるサイトカインの重要性は多くの研究者によって指摘されて来た。実際、TNFやIL-1、IL-6などを標的とした生物製剤の有効性が報告されている。またIL-1Ra KOマウスは関節炎を自然発症することを宝来らと共に報告した。しかし、これらのサイトカインが単独で、あるいは互いに誘導することにより相乗効果を発揮する、いわゆる「サイトカイン・ネットワーク」を形成することにより病態形成に関与しているのか、またはこれらのサイトカインが免疫担当細胞で発現することが重要なのか、あるいは局所での炎症反応に関わっていることが重要なのかといった問題はまだ解決されていない。そこで、本研究では疾患モデル動物を用い、関節炎発症機構の解析を行った。

方法

動物:HTLV-I-TgマウスはIwakuraらによって作製されたものをBALB/cに12世代以上戻し交配したものを使用した。IL-1KOマウスはHorai、Asanoらによって作製されたものをBALB/cに4世代以上戻し交配したものを使用した。Dectin-1 KOマウスはES細胞を用い定法に従い作製し、C57BL/6JあるいはBALB/cAマウスに8世代以上戻し交配を行い、使用した。

骨髄細胞の移植:6〜8週齢のHTLV-I-Tgマウスと野生型マウスを骨髄細胞のドナーとして使用した。レシピエントマウスはドナーマウスと週齢、性をそろえ、7.5Gyの放射線を照射し、6時間後に107個の骨髄細胞を尾静脈より移植した。

関節炎の評価:マウスは1週間に1回観察を行い、肉眼的に関節炎の程度を評価した。四肢それぞれに0点から3点の点数で評価し、その後合計した。

結果および考察

 まず、HTLV-I-Tgマウスの免疫担当細胞を野生型に置き換えることにより、関節炎の発症を抑えることが可能であるかどうかを検討する目的で、致死量の放射線を照射したHTLV-I-Tgマウスに野生型マウスの骨髄細胞を移植した([non-Tg→Tg]マウス)。その結果、[non-Tg→Tg]マウスでは、関節炎の発症を完全に抑えることが示され、また逆にHTLV-I-Tgマウスの骨髄細胞を野生型マウスに移植([Tg→non-Tg]マウス)ことにより、病態を再現出来ることが明かとなり、HTLV-I-Tgマウスの異常は骨髄細胞にあることが示された。次に、この移植された細胞がどのような臓器に分布したのかを確認するために、レシピエントマウスにおける導入遺伝子の発現を移植後6ヶ月の時点で確認した。その結果、[Tg→non-Tg]マウスのT細胞、腹腔マクロファージで、導入遺伝子の強い発現が認められたが、[non-Tg→Tg]マウスでの発現は消失していることが示された。一方で、関節での発現を調べたところ、[Tg→non-Tg]マウスでは発現が確認されたものの、[non-Tg→Tg]マウスでの発現は完全に消失しておらず、関節の滑膜細胞は一部がドナー由来の骨髄細胞から置換されるに過ぎないと考えられる。これらの結果から、関節滑膜に常在する細胞ではなく、T細胞、B細胞、マクロファージなどの骨髄由来細胞が関節炎発症の原因となっていることが示唆された。さらに、HTLV-I-Tgマウスとヌードマウスの交配実験(HTLV-I-Tg-nu/nu)の結果、コントロールのHTLV-I-Tg- nu/+の発症率が5ヶ月齢で約84%であったのに対し、胸腺を欠損するHTLV-I-Tg-nu/nuの発症率は約14%と有意に低下し、骨髄由来細胞のうち、特にT細胞の異常が関節炎発症の原因となっていることが強く示唆された。

 次に、HTLV-I-Tgの関節で発現の亢進していたIL-1に着目し、IL-1 KOマウスと交配し、IL-1の欠損が関節炎の発症に及ぼす影響を検討した。その結果、6ヶ月齢での関節炎発症率は野生型のHTLV-I-Tgで約80%であったのに対し、HTLV-I-Tg-IL-1 KOマウスの発症率は約53%で、有意に低下すると共に、RFや抗2型コラーゲン抗体と言った血中の自己抗体の量も低下し、さらにリンパ節細胞の2型コラーゲンに対する反応性も低下していた。これに関連し、当研究室のNakaeらは、IL-1がT細胞上のCD40LやOX40といった副シグナル分子の発現を高めることにより、T細胞の反応性を高めることを報告している。そこで、HTLV-I-Tgマウスの関節炎発症におけるIL-1の役割を検討する目的でT細胞上のCD40LとOX40の発現を確認した。その結果、野生型マウスのリンパ節細胞は、2型コラーゲンに反応し、CD40LとOX40の発現が亢進していたが、HTLV-I-Tg-IL-1 KOマウスでは、これらの分子の発現亢進がみられず、IL-1はT細胞の活性化を介して、関節炎の発症に関与している可能性が示唆された。また、これらの結果から、IL-1は治療薬の標的となり得ることが示された。

 次に、HTLV-I-TgマウスとIL-1Ra KOマウスの2種類の関節炎モデルマウスを用い、新たな治療薬の標的分子を見いだす目的で、マイクロアレイを用いた関節炎発症関連遺伝子の網羅的な探索を行い、その結果関節炎発症との関連が示唆されたDectin-1に注目し、Dectin-1のKOマウスを作製することにより、生理的・病理的役割を検討した。

 Dectin-1はC型レクチンファミリーの一員で、細胞外に糖鎖認識領域を一つ、細胞内に活性化シグナルを伝えるimmunoreceptor tyrosine-based activation motif (ITAM) 領域を有する。マウスでは6番染色体のテロメア側に位置し、近傍では樹状細胞(DC)やマクロファージに発現するC型レクチン遺伝子が多くコードされ、クラスターを形成している。C型レクチンの役割は多岐に渡るが、微生物由来の糖鎖をパターン認識分子(Pathogen Associated Molecular Pattern; PAMPs)として認識する分子や、自己の分子を認識することにより、自己・非自己の区別を担っている分子などが存在することが知られる。Dectin-1も当初、T細胞上の未知のリガンドに結合し、増殖刺激を伝えていることが示唆されたが、その後、真菌類の細胞壁の構成成分の一部である、βグルカンを認識していることが示された。

 βグルカンはキノコ、酵母を含む真菌類の細胞壁の主要な構成成分である。キノコや酵母から抽出されたβグルカンは、免疫調節物質として古くから使用され、特に、βグルカンとマンナン、キチンを主成分とする混合物であるザイモサンはDCやマクロファージに対し、サイトカイン産生を促進することが報告されている。このザイモザンを用いた実験で、Dectin-1はTLR2/MyD88と協調して、TNFやIL-12といった炎症性サイトカインの分泌に関与している可能性があること、Sykのリン酸化を介して、IL-10やIL-2の分泌に関与している可能性があることが報告されていた。そこで、本研究では、Dectin-1 KOマウスの骨髄由来DC(BMDC)と、Sparassis crispa(S.cripsa)から抽出したβグルカンであるSCGを用い、Dectin-1のDCにおけるサイトカイン産生とDCの成熟化における役割を検討した。その結果、野生型のDCではSCGの用量依存的にTNF、IL-12、IFN-γの産生が見られたのに対し、Dectin-1 KOマウス由来のBMDCでは、これらのサイトカイン産生は全く見られなかった。さらに、MyD88 KOマウス由来DCでは、野生型のDCと同等にサイトカイン産生が見られたことから、DCでは、Dectin-1がβグルカンの単一のレセプターであることが示唆された。

 また、βグルカンは病原性真菌の細胞壁にも存在し、PAMPsとして感染免疫応答との関与が注目されている。そこで、Dectin-1の真菌感染における役割を明らかにする目的で、Pneumocystis carinii(P.carinii)の感染実験を行った。マウスを免疫不全の状態にするため、酢酸コルチゾンを投与したマウスに経鼻的に1.7x104のP.cariniiシストを感染させ、その42日後に肺中でのシスト数を計数した。その結果、野生型マウスでは、平均2.6x104のシストが検出されたのに対し、Dectin-1 KOマウスの肺では、平均9.3x105のシストが検出され、Dectin-1はP.cariniiの排除に重要な役割を果たしていることが示された。また、in vitroでの共培養の実験結果から、マクロファージに発現するDectin-1はP.cariniiによる活性酸素種(ROS)の産生に必須であることが示され、自然免疫においても重要な分子であることがわかった。

 次にDectin-1の関節炎発症における役割を検討する目的で、コラーゲン誘導関節炎(CIA)の誘導を行った。その結果、野生型マウスでは、約67%のマウスが関節炎を発症したのに対し、Dectin-1 KOマウスでの発症率は約21%と、有意に抑制していることが示された。ところが、抗原として用いた、2型コラーゲンに対する抗体価や、リンパ球の反応性などは野生型マウスとDectin-1 KOマウスでの差は認められず、Dectin-1は、抗原特異的な液性免疫、細胞性免疫を介さずに関節炎の発症に関与していることが示唆された。

結論

 疾患モデル動物を用いた一連の研究から、1)HTLV-I-Tgマウスの関節炎発症には骨髄由来細胞が重要であること、特にT細胞の異常が関与している可能性があること、2)HTLV-I-Tgマウスの関節炎はIL-1を介したT細胞の活性化が重要であること、3)関節炎発症関連遺伝子の網羅的探索によって見いだされたDectin-1は真菌感染防御に重要であると同時に関節炎の発症にも関与していること、を明らかにした。これらの結果からIL-1やDectin-1は関節炎治療薬の標的となる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、成人T細胞白血病ウイルスのtaxを発現するトランスジェニック(HTLV-I-Tg)マウス、およびインターロイキン1レセプターアンタゴニスト遺伝子欠損(IL-1Ra KO)マウスの2種類の関節炎モデルマウスを用い、関節炎の発症機構の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.HTLV-I-Tgマウスの骨髄細胞を致死量の放射線を照射した野生型マウスに移植すると関節炎を発症すること、また逆に野生型マウスの骨髄細胞をHTLV-I-Tgマウスに移植すると関節炎の発症を抑制出来ることから、骨髄由来細胞が関節炎の発症に重要な役割を果たしていることを示した。

2.HTLV-I-Tgマウスの骨髄細胞を移植したマウスで導入遺伝子の発現を調べたところ、T細胞、B細胞、マクロファージで強い発現を認めた。一方、野生型骨髄細胞を移植したHTLV-I-Tgマウスでは、リンパ球はドナー由来細胞に置き換わっていたが、関節滑膜細胞はレシピエント由来のままであった。これらの結果から、関節に常在する細胞ではなく、骨髄由来の免疫担当細胞が関節炎発症の原因となっていることを示唆した。

3.HTLV-I-Tgマウスとヌードマウスとを掛け合わせ、HTLV-I-Tg-nu/nuを作製して関節炎の発症率が有意に低下することを見いだし、T細胞の異常が関節炎発症に関与していることを示した。

4.HTLV-I-TgマウスとIL-1 KOマウスを交配してIL-1欠損HTLV-I-Tgマウスを作製したところ、関節炎発症率が有意に低下することを見いだし、IL-1が病態形成に重要な役割を果たしていることを示した。

5.HTLV-I-TgマウスではT細胞上のCD40LやOX40の発現が亢進しており、IL-1を欠損させると発現が正常化することから、このマウスではIL-1が過剰に産生され、CD40LやOX40などの副シグナル分子の発現が亢進するために、自己免疫を発症していることを示唆した。

6.HTLV-I-TgマウスとIL-1Ra KOマウスの2種類の関節炎モデルマウスを用いて発現遺伝子の網羅的解析を行い、Dectin-1の発現が亢進していることを見いだした。

7.Dectin-1 KOマウスを作製し、骨髄由来樹状細胞(BMDC)やマクロファージをβグルカンで刺激してサイトカイン産生やBMDCの成熟を検討し、Dectin-1がβグルカンの唯一のレセプターであることを示した。

8.Dectin-1 KOマウスを用いてPneumocystis carinii (P. carinii) 感染実験を行い、肺におけるシスト数が有意に増加することから、Dectin-1がP. cariniiの感染防御に重要な役割を果たしていることを示した。

9.Dectin-1 KOマウスを用いてコラーゲン誘導関節炎を誘導したところ、KOマウスでは関節炎の発症率が有意に低下していることを見いだし、Dectin-1が関節炎の発症に重要な役割を果たしていることを示した。

 以上、本論文は疾患モデルマウスを用いて関節炎発症機構の解析を行い、発症における、骨髄由来細胞の役割やIL-1の役割を明らかにした。さらに関節炎で発現亢進の見られたDectin-1についてもKOマウスを作製し、その生理的・病理的役割を初めて明らかにした。本研究は関節炎発症機構の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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