学位論文要旨



No 216731
著者(漢字) 周郷,司
著者(英字)
著者(カナ) スゴウ,ツカサ
標題(和) オーファンG蛋白質共役型受容体の内因性リガンドの探索
標題(洋)
報告番号 216731
報告番号 乙16731
学位授与日 2007.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16731号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高崎,誠一
 東京大学 教授 新井,博由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

 近年、ゲノム解析の進展に伴い、機能未知の遺伝子が多数発見されるようになっている。そのような遺伝子の中には、7回膜貫通型の構造を持つ新規G蛋白質共役型受容体(GPCR)も多数報告されている。これらのGPCRは、そのリガンドが未知であることからオーファンGPCRと称されている。現在上市されている薬物の多くはGPCRを標的とした薬物であることから、オーファンGPCRも重要な創薬ターゲットとなる可能性が考えられるが、これらの創薬ターゲット化には多くの困難がある。オーファンGPCRの受容体特異的リガンド活性を見出せるか、そしてそのリガンド活性を精製出来るか、が最も困難な部分である。この部分を突破できた場合にも創薬に繋げるためには、まず基礎的な情報を明らかにし、拮抗薬の評価系を設定し、薬物の合成研究を完成するためにはさらに長い年月を要するので、可能な限り創薬の可能性まで含めてオーファンGPCRを検討しておくことが必要と考えられる。

 本研究では、受容体の配列モチーフを徹底的に検討すること、相同性のある受容体を考察すること、さらに、創薬上の可能性を受容体の発現部位から推測することで、リガンドの発見の可能性が高く創薬化の期待が持てると考えられるオーファンGPCRとしてGPR34, GPR14が適切であると考えた。これらの受容体に対するリガンド活性の鋭敏な検出のため、安定な発現細胞の作製、スクリーニングに適した安定発現細胞のクローニングを行った。また、リガンド探索源として組織抽出液をスクリーニングしたが、その際に非特異的活性の影響を避けるため、組織抽出液の細分画をHPLCにより行い、妨害物質の少ない状態で各種臓器の抽出液画分の受容体刺激活性を検討していった。その結果、GPR34, GPR14に対するリガンド活性を見出すことができた。

1) GPR34

 GPR34はマスト細胞に高発現であり、低分子リガンドの受容体に相同性があることから、そのリガンドは炎症反応に関連性のある低分子物質である可能性が考えられた。GPR34発現CHO細胞に対するcAMP合成抑制活性を指標にリガンド活性を検討した結果、ブタ、ラット脳抽出液のHPLC画分に見出されたGPR34特異的刺激活性は、lysophosphatidylserine (lysoPS)であることが初めて明らかになった。LysoPSはラット腹腔マスト細胞に対する活性化因子であることが1979年から知られていたが、マスト細胞上にlysoPSに対する受容体が存在することを示したのは本報告が初めてである。LysoPSのGPR34発現CHO細胞に対するcAMP合成抑制活性は、EC(50)値270 nM,であり、構造類似のリゾリン脂質には活性が観察されなかった。マウスGPR34発現CHO細胞、モルモットGPR34発現CHO細胞においても、lysoPSはcAMP合成抑制活性を示し(順にEC(50)値49nM,EC(50)値240 nM)、リガンド活性が種を超えて保存されていることが判明した。また、lysoPSはGPR34発現細胞膜画分に対してGTPγS結合促進活性を示した。この反応系でGPR34活性化におけるlysoPSの構造要求性を調べたところ、カルボキシル基、アミノ基、L型の絶対配置を持つセリン、炭素数14以上の脂肪酸側鎖が活性発現に重要であり、lysoPSのマスト細胞の脱顆粒反応増強活性に対する構造要求性とほぼ同等であったことから、lysoPSの脱顆粒シグナルを媒介する候補受容体の一つと考えられた。げっ歯類とヒトではマスト細胞の性質が大きく異なることが知られていたため、GPR34を創薬ターゲットにするためにはヒトにおけるGPR34に関しての情報が必須である。ところがlysoPSのマスト細胞活性化作用はげっ歯類以外では報告が無かった。そこで本研究ではGPR34の発現、lysoPSの作用がヒトにおいても保存されているかという点を検討した。その結果、ヒト臍帯血由来培養マスト細胞やヒトマスト細胞株LAD2細胞においてもGPR34が高発現していることを示し、さらにヒトマスト細胞株LAD2細胞においてlysoPSが濃度依存的に脱顆粒を惹起することが判明した。この反応は百日咳毒素処理により消失し、アミノ基、カルボキシル基、セリンのL型の絶対配置が必要であったことから、ヒトGPR34を介して反応が起きていることが示唆された。ヒトにおいてlysoPSがマスト細胞を活性化することを示したのは、ラットマスト細胞での報告がなされて以来、26年目にして本報告が初めての報告である。これらの結果はヒトにおける抗炎症薬の開発に寄与するものと考えられた。

2) GPR14

 GPR14は神経性組織、筋肉系組織に発現があり、ペプチドリガンドの受容体に相同性があることから、そのリガンドは神経ペプチドである可能性が考えられた。GPR14発現CHO細胞に対するアラキドン酸放出活性を指標に、ブタ脊髄抽出液からGPR14特異的新規リガンド(GPTSECFWKYCVおよび、GPPSECFWKYCV)を精製、発見した。このリガンドは魚類のペプチドホルモンurotensin II (UII)のオルソログであるとわかった。UIIがGPR14のリガンドであるという報告は、本報告を含めて殆ど同時に4件の報告がなされたが、哺乳類にもUIIが存在することを実際に精製して証明したのは本報告が唯一の報告である。合成ペプチドを用いた検討から、N末の異なるブタUII (GPTSECFWKYCVおよび、GPPSECFWKYCV)、ヒトUII (ETPDCFWKYCV)、ハゼUII (AGTADCFWKYCV)とも、ラットGPR14発現CHO細胞に対するアラキドン酸代謝物放出活性のEC50値は1.0nMであり、C末のジスルフィド結合により生じる環状構造が活性に重要であることがわかった。

 創薬の過程でげっ歯類を実験動物として用いる必要性から、げっ歯類UII前駆体遺伝子を検討した。しかし前駆体からペプチドホルモンを生成するために必要な、典型的なプロセシング配列KKRが保存されておらず、げっ歯類ではKQHであった。このためげっ歯類でUIIが成熟ペプチドとして生成するかという点が不明確であった。そこで、ラット全脳に検出されていたUII様免疫活性を精製したところ、UIIに配列が類似する新規ペプチドホルモンACFWKYCVを見出し、urotensin II-related peptide (URP)と命名した。URPはラット、ヒトGPR14発現細胞に対して、ヒトUIIと同等以上のCa動員活性を有し、[(125)I]URPを用いた結合実験からUIIと同様にGPR14に結合する内因性リガンドであることを証明した。またラット、マウス、ヒトURP前駆体遺伝子をクローニングしたところ、prepro-URPはprepro-UIIと殆ど相同性がなく、それぞれが全く異なる前駆体蛋白質から生成することが明らかになった。Prepro-URPにはラット、マウス、ヒトにおいてもプロセシング配列が保存されていて、どの種においてもURPが生成することが示唆された。これらの結果から、ヒトではGPR14は2つのリガンドによって刺激を受けることが示唆され、従来UIIのみで進められてきた研究の流れを一新する発見となった。げっ歯類においては、プロセシング配列が一般的でないprepro-UIIからの成熟UIIペプチドの生成が確認できないならば、ヒトUIIの機能は、モデル実験動物を用いたUIIの研究からは推定がが容易では無いと考えられる。げっ歯類とヒトに共通して存在するURPから研究を進めるべきで、その際、ラット脳から精製されたGPR14リガンドはURPのみであったという著者の結果を考えれば、げっ歯類の脳がGPR14研究に適していることを示唆した。この結果を受けて脳室内にGPR14リガンド類を投与すると不安作用を惹起するという結果が続いて同研究室から報告され、GPR14拮抗薬を抗不安薬として開発出来る可能性が示された。

[総括]

 オーファンGPCRのリガンドを見出し、その基礎的研究を行うことによって新たな創薬ターゲットを創出できると考えた。その考えを実践するため最も適切と考えられる受容体としてGPR34, GPR14を選択しリガンド探索を行った結果、GPR34リガンドとしてlysoPSを、GPR14リガンドとしてUII及びURPを同定した。これらのリガンドの受容体はこれまで知られておらず、生物学における新規知見である。また、本研究で見出されたURPは、新規ペプチドホルモンである。

 リガンドの同定によって、これらの受容体をターゲットとしたヒトでの創薬研究に道を拓いた。GPR34をターゲットとしたヒトでの抗炎症薬、GPR14をターゲットとした抗不安薬等は、従来これらの分野で想定されていなかったものであり、新規の創薬ターゲットとしての可能性を示した。これにより、オーファンGPCRのリガンド発見〜創薬ターゲットの提案という創薬分野の研究手法が実際に有効であるということを2つの受容体で実証した。これらの手法は新たな創薬ターゲットを開発していく上で重要な手法となることを確信している。

審査要旨 要旨を表示する

 ゲノム解析の進展に伴い、7回膜貫通型の構造を持つ新規G蛋白質共役型受容体(GPCR)が多数報告され、その多くリガンドが未知であることからオーファンGPCRと称されている。現在上市されている薬物の多くはGPCRを標的としており、オーファンGPCRも重要な創薬ターゲットとなる可能性が考えられるが、これらの創薬ターゲット化には多くの困難がある。特に、オーファンGPCRの受容体特異的リガンド活性を見出せるか、そしてそのリガンドを同定できるか否かが鍵となる。本研究では、受容体の配列モチーフを徹底的に検討すること、相同性のある受容体を考察すること、さらに、創薬上の可能性を受容体の発現部位から推測することによって、リガンドの発見の可能性が高く創薬化の期待が持てると考えられるオーファンGPCRとしてGPR34とGPR14が適切と考え、これらの受容体に対するリガンドの探索を実施した。

1) GPR34

 リガンド活性の鋭敏な検出、スクリーニングに適したヒトGPR34を安定発現するCHO細胞を作製した。また、リガンド探索源としてブタ、ラットの組織抽出液を用いたが、その際に非特異的活性の影響を避けるため、組織抽出液の細分画をHPLCにより行い、妨害物質の少ない状態で各種臓器の抽出液画分の受容体刺激活性を検討した。その結果、脳抽出液のHPLC画分にGPR34発現CHO細胞に対するcAMP合成抑制活性を見出し、その本体はlysophosphatidylserine (lysoPS)であることを明らかにした。マウスやモルモットのGPR34発現CHO細胞においても、lysoPSはcAMP合成抑制活性を示し、種を超えてリガンド活性を示すことを明らかにした。ラット、マウスのGPR34のmRNAをリアルタイムPCR法で定量したところ、マスト細胞に高発現していること、lysoPSがラット、マウスのマスト細胞に対し、ERKの活性化や脱顆粒促進作用を示すこと等から、マスト細胞上にlysoPSに対する受容体が存在することを初めて示した。げっ歯類とヒトではマスト細胞の性質が大きく異なることが知られているため、GPR34を創薬ターゲットにするためにはヒトにおけるGPR34に関しての情報が必須である。ところがlysoPSのマスト細胞活性化作用はげっ歯類以外では報告が無かった。そこでGPR34の発現、lysoPSの作用がヒトにおいても保存されているかという点を検討した。その結果、ヒト臍帯血由来培養マスト細胞やヒトマスト細胞株LAD 2細胞においてもGPR34が高発現していることを示し、さらにヒトマスト細胞株LAD 2細胞においてlysoPSが濃度依存的に脱顆粒を惹起することを明らかにした。ヒトにおいてlysoPSがマスト細胞を活性化することを示したのは、ラットマスト細胞での報告がなされて以来、26年目にして初めてである。これらの結果から、GPR34がヒトでの抗炎症薬開発の標的と成り得ることを示唆した。

2) GPR14

 GPR14は神経性組織、筋肉系組織に発現があり、ペプチドをリガンドとする受容体に相同性が高いことから、そのリガンドは神経ペプチドである可能性が考えられた。GPR14発現CHO細胞に対するアラキドン酸放出活性を指標に、ブタの臓器抽出物をスクリーニングした。その結果、ブタ脊髄抽出液のHPLC画分に活性を認め、GPR14特異的新規リガンドを単離し、それらの構造(GPTSECFWKYCVおよびGPPSECFWKYCV)を決定した。このリガンドは魚類のペプチドホルモンurotensin II (UII)のオルソログであり、哺乳類にもUIIが存在することを実際に精製して証明した唯一の報告となった。次に、創薬の過程でげっ歯類を実験動物として用いる必要性から、げっ歯類UII前駆体遺伝子を検討した。しかし前駆体からペプチドホルモンを生成するために必要なプロセシング配列が保存されておらず、げっ歯類でUIIが成熟ペプチドとして生成するかという点が疑問として浮上した。そこで、ラット全脳に検出されていたUII様免疫活性分子を精製したところ、UIIに配列が類似する新規ペプチドホルモンACFWKYCVを見出し、urotensin II-related peptide (URP)と命名した。URPはラット、ヒトGPR14発現細胞に対して、ヒトUIIと同等以上のCa動員活性を有し、結合実験からUIIと同様にGPR14に結合する内因性リガンドであることを証明した。またラット、マウス、ヒトURP前駆体遺伝子をクローニングした結果、URPはUIIとは異なる前駆体蛋白質から生成することを明らかにした。これらの結果から、ヒトではGPR14は2つのリガンドによって刺激を受けることが示唆され、従来UIIのみで進められてきた研究の流れを一新する発見となった。げっ歯類においては、プロセシング配列が一般的でないprepro-UIIからの成熟UIIペプチドの生成は確認できていないこと、ラット脳から精製されたGPR14リガンドはURPのみであったという結果から、げっ歯類の脳がURPを用いたGPR14研究に適していることを示唆した。この結果を受けて脳室内にGPR14リガンド類を投与すると不安作用を惹起するという結果が得られ、GPR14拮抗薬を抗不安薬として開発出来る可能性が示された。

 以上、本論文はオーファンGPCRとしてGPR34, GPR14を選択しリガンド探索を行ない、GPR34リガンドとしてlysoPSを、GPR14リガンドとしてUII及びURPを同定した。これらのリガンドの受容体はこれまで知られておらず、また、URPは新規ペプチドホルモンであった。新規リガンドの同定によって、これらの受容体を標的とするヒトでの創薬研究に道を拓いたものであり、博士(薬学)の学位授与に値すると判断した。

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