学位論文要旨



No 216733
著者(漢字) 松原,亮介
著者(英字)
著者(カナ) マツバラ,リョウスケ
標題(和) エミナド、エンカルバメート類を求核剤として用いる触媒的不斉付加反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 216733
報告番号 乙16733
学位授与日 2007.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16733号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 有機反応の中でも炭素―炭素結合生成反応は最も基本的かつ重要な反応である。これまでに数多くの炭素求核剤が開発されてきたが、その中でも特にカルボニル化合物から誘導される求核剤は様々な合成において汎用されている求核剤である。エノールはカルボニル化合物と溶液中にて常に平衡関係に有り、カルボニル化合物が求核性を示す時の真の活性種である。エノールは通常ケト化合物に比べて不安定であり、平衡はケト化合物に偏っている。エノラートは主にカルボニル化合物のα位の水素を強塩基で引き抜くことで調製され、高い反応性を示すことが知られている。ビニルエーテルは、酸素状にアルキル基が置換した化合物であり、エノール型を強制的に実現しているため求核剤として用いることができる。カルボニル化合物とアミンから脱水的に調製されるエナミンはStorkらによりその高い求核性が報告されてから、有用な求核剤として多く用いられている。

 このように、種々のカルボニル化合物誘導体が求核剤として知られており汎用されているが、不斉求核反応に着目した場合、エナミン類を求核剤として用いる報告は他のものと比較して少ない。エナミン類を求核剤として用いた場合、(1)窒素原子を生成物に導入できる、(2)窒素原子と酸素原子の差によって新たな特徴を発見する、といった可能性が考えられ興味深い研究となることが期待されたため、筆者はエナミン類を求核剤として用いる触媒的不斉反応の開発に着手した。

 筆者は、N-アシルイミノエステルを求電子剤として用いて反応条件の検討を行ったところ、図1に示すようにキラル銅触媒存在下エナミドが円滑に反応し、高い収率、選択性でアシルイミン体を与えることを見いだした。本反応の基質一般性の検討を行ったところ、種々のエンカルバメートを用いても反応は円滑に進行した(図2)。

 次にエチルグリオキシレートを求電子剤として用い、エナミド、エンカルバメートの求核付加反応を検討した。種々の検討の結果、銅(I)-ジイミン錯体を触媒として用いることで反応は円滑に進行し、高い選択性で目的の付加体を得ることができた(図3)。

 さらに置換基を有するエンカルバメートを用いたところ、E体からはanti付加体が、Z体からはsyn付加体が高選択的に得られた(図4)。基質一般性も広く、触媒量を0.1 mol%にまで減じても反応は円滑に進行した。このことより現在のところ、エンカルバメートの窒素原子上の水素原子を介した協奏的環状遷移状態により本反応は進行しており、高い立体特異性が発現しているものと考えている(図5)。

 次に筆者は、アルデヒド由来のエンカルバメートを求核剤として用いるアルドール型反応の検討を行った。アルデヒド由来のエノラートを用いるアルドール反応は、過剰反応が進行しやすいなどといった問題から報告例は少ない。本反応を制御し良好に進行させることができれば、種々の化合物の合成を立体選択的に行うことができる。

 まず筆者は、エンカルバメート10aを用いるエチルグリオキシレートへの求核付加反応を検討した。しかしながら、銅触媒存在下原料のエンカルバメート10aの消失は確認されるものの複雑な混合物がNMRで確認された。検討の結果、この複雑な化合物は付加体であるアシルイミン体がさらに付加体のアルコールと反応しN,O-アセタールを形成している化合物であることが分かった。そこで、系中にあらかじめアルコールを添加し生成するアシルイミンを効果的に捕捉する試みを行ったところ、中程度の収率ながら目的の化合物を得ることができた(図6)。なお、アルコールを添加しない場合において得られる複雑な混合物に、反応後Sc(OTf)3存在下アルコールを作用させることで11へと変換することができた(図7)。

 本反応の基質一般性を検討した(図8)。フェニルグリオギザールを求電子剤として用いても反応は円滑に進行した。また触媒量を0.1 mol%まで減じても良好な結果を与えることが分かった。さらに置換基を有するエンカルバメートを用いた場合、Z体からsyn体の付加体が、E体からanti体の付加体がそれぞれ優先して得られることが分かり、本反応も協奏的環状遷移状態で進行している可能性が高いことを示唆する結果となった。

 次に、エンカルバメートとアゾジカルボキシレートとの反応を検討した。本反応で得られる付加体は、1,2-ジアミン誘導体であり有用な化合物である。検討の結果、銅(II)-ジアミン錯体を触媒として用いることで高い収率、選択性で付加体が得られることが分かった(図9)。本反応の基質一般性は広く、選択性も高いことが分かった。

図9

[a] Reactions conducted with 1.1 equiv of 12 relative to enecarbamate in toluene (0.067 M in substrate). [b] -10 ℃. [c] MS 3Å was added (100 mg/mmol). [d] 13: Acylimine (No treatment); 14: Ketone by hydrolysis; 15: 1,2-Diamino derivative by reduction (syn/anti = <5/>95). [e] Ligand 3a was used instead of 3c. [f] Syn/anti = 28/72. [g] MS 3Å was added (50 mg/mmol).

 以上、筆者はエナミド、エンカルバメートの求核剤としての有用性を検討し、種々の触媒的不斉反応を開発した。エナミド、エンカルバメートは他の求核剤とは異なる性質を有しており、今後さらに興味深い知見が得られるものと期待している。

図1

図2

図3

Cbz = Benzyloxycarbonyl. PMP = p-Methoxyphenyl. PCP = p-Chlorophenyl. PMeP = p-Methylphenyl. 2-Nap = 2-Naphthyl.

図4

a Isolated yield of ketone product. b Determined by HPLC. c Ee of the major diastereomer, determined by HPLC. d -20 ℃. e 1 mol% of catalyst was used. f 0.1 mol% of catalyst was used. g Aldehyde (1.0 eq.) and 9 (2.0 eq.) were used.

図5

図6

a EtOH was added after the addition of enecarbamate

b Catalyst (1 mol%) was used.

c Not determined.

図7

図8

[a] The yield of isolated compound 20. [b] D.r. ratio was determined after reduction of 20. [c] E.e. of the major diastereomer. [d] 'PrOH (1 equiv) was added in the copper-catalyzed reaction. [e] 18 was slowly added over 2 h.

審査要旨 要旨を表示する

 炭素―炭素結合生成反応は、有機反応の中でも最も基本的かつ重要な反応であり、これまでに数多くの炭素求核剤が開発されてきた。本論文は、これまで比較的報告例の少ないエナミン類を求核剤として用いる反応に着目し、エナミドおよびエンカーバメートを用いる初の触媒的不斉反応の開発を行ったものである。

 第一章では、エナミドおよびエンカーバメートを用いる触媒的不斉Mannich型反応の開発について述べている。求電子剤としてN―アシルイミノエステル、触媒として銅(II)―ジアミン錯体を用いてエナミン類の触媒的不斉付加反応を検討した結果、通常のエナミン用いた場合には、反応は円滑に進行するものの選択性は全く発現しないのに対し、窒素原子上にアセチル基と水素原子を有するエナミドを用いた場合、高収率かつ高エナンチオ選択性をもって目的とする付加体が得られることを見出している。本反応は基質を添加するとほぼ同時に完結し、高いエナンチオ選択性が発現することも明らかにしている。さらに、置換基を有するエンカルバメートを用いて反応を検討し、Z体、E体のどちらを用いた場合にもsyn体が優先して得られ、特にE体を用いた場合に高い選択性が発現することを明らかにしている。また、N―アシルイミノエステルが銅触媒に配位し活性化され、その後、求核剤が求核攻撃することで双性イオン中間体を与えること、またこの過程は可逆であり、窒素原子上に水素原子を有する場合、速やかに水素原子の移動が起こり目的物を与える触媒サイクルを提唱している。さらに生成物であるアシルイミン体は、ケトン体ばかりでなく単離精製を行わず直接還元条件に付すことにより1,3―ジアミン誘導体へと容易に導くことができること、この時、適切な還元条件を選択することでanti選択的に還元を行うことができることも明らかにしている。

 第二章では、エナミド、エンカルバメートのアルデヒドへの付加反応の検討を行っている。本反応は、アルドール型反応と考えることができ、不斉点を効率よく構築することができる。まず、置換基を有さないケトン等価体のエンカルバメートを用いて検討を開始し、種々の触媒を探索したところ、エチルグリオキシレートとの反応において、1価の銅塩とジイミンリガンドから調製される錯体を触媒として用いることで、高い収率、選択性で反応が進行することを見いだしている。また、1 mol%まで触媒量を減じても高いエナンチオ選択性を保つことができることを明らかにしている。次に置換基を有するエンカルバメートを用いて反応を行い、E体のエンカルバメートからはanti体の付加体が、Z体のエンカルバメートからはsyn体の付加体がそれぞれ高収率、高立体選択性をもって得られることを明らかにしている。

 さらに本反応は、エンカルバメートの窒素原子上の水素原子を介した、協奏的環状遷移状態を経由して進行しているものと推定している。

 続いて本論文は、アルデヒド由来のエンカルバメートを用いるアルドール反応を検討している。アルデヒド由来のエノラートとアルデヒドとの求核付加反応、いわゆるクロスアルドール反応は、原型のアルドール反応であるが反応の制御が難しいためその成功例は少なく、特に触媒的不斉反応は数例しか報告されていない。種々の検討を行い、系中にアルコールを添加し、さらに反応終了後ルイス酸存在下エタノールを作用させると、高収率をもって目的化合物であるN,O―アセタール体が得られることを見いだしている。この反応は、広い基質一般性を有すること、触媒量を0.1 mol%まで減じても反応は円滑に進行すること、さらに置換基を有するエンカルバメートを用いた場合においては、E体からはanti体がZ体からはsyn体がそれぞれ優先して得られることを明らかにしている。

 第三章では、エンカルバメートを用いる触媒的不斉アミノ化反応を検討している。アミノ化剤としてアゾジカルボキシレート、触媒としてCu(II)-ジアミン錯体を用いることで収率、選択性良く目的のアシルイミン体が得られることを見いだしている。本反応では触媒量を0.2 mol%まで減じても高い選択性で目的物を与えること、また、エンカルバメートの適用範囲は広く、芳香族ケトン、脂肪族ケトン、環状ケトン、アルデヒド由来のエンカルバメートを用いても良好な結果を与えることを明らかにしている。

 以上、本論文は、エナミド、エンカルバメートの求核剤としての有用性を検討し、種々の触媒的不斉反応を開発したものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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