学位論文要旨



No 216734
著者(漢字) 熊谷,一清
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,カズキヨ
標題(和) パッシブ型換気量測定法の基礎的研究
標題(洋)
報告番号 216734
報告番号 乙16734
学位授与日 2007.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第16734号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳澤,幸雄
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景と目的

 近年,シックハウス問題が顕在化してきている.その理由の1つとして,省エネルギーや内部結露防止等の観点から住宅の気密化が進み,計画換気を伴わない住宅における換気不足が考えられる.この問題を解決するためには,実際の住宅の居住状態における換気性状を把握する必要があるが,実際に調査されたものは数少ない.また,一般に換気量測定には様々な機器が必要で煩雑であり,居住状態の測定では居住者への負担が大きい.現在,設置が簡便で,居住者にも負担の少ないPFT法と呼ばれる簡便な換気量測定法があるが,実測結果・測定精度に関するデータが不十分である.PFT法における問題点として,実大空間における測定精度の検証が行われていないこと,測定器の設置位置は経験と勘によるところが大きく明確な基準がないことである.

 また,大空間での換気量測定を行う場合,大量のトレーサーガスの使用が想定され,従来使用されているSF6やN2Oなどは,地球温暖化係数が非常に高く,地球環境保全の意味で好ましくない.また,トレーサーガス濃度分布のある空間の換気性状評価に必要となる排気口濃度や,空間平均濃度の測定は,従来型の測定機器では困難である.

 本研究ではPFT法の実用化を目的として環境条件を制御した実大実験棟におけるPFT法の測定精度の検証,実測に基づく,住宅及び小学校における換気性状の把握と,PFT法を用いる際の問題点の把握,および人体呼気中のCO2を用いる可能性を検討した.

 また,OP-FTIR(Open Path Fourier Transform InfraRed spectroscopy)を用いてCO2濃度分布がある室内の換気性状評価を試みた.OP-FTIRとは,赤外線吸収濃度計における装置内検出光路部を直接測定対象空間に設定する装置であり,光路間のトレーサーガス平均濃度の測定が原理的には可能である.大空間において,この装置を用いれば空間平均濃度の測定による換気量や室平均空気齢等の換気性状の評価が期待できる.

2. PFT法測定精度検証実験

 PFT法を気象条件や換気経路の変化の影響がある住宅実測等に用いる前段階として,気象条件を制御した実大実験棟において測定器の精度の検証を行う.制御された空間を対象としてPFT法を用いて換気量測定を行い,従来の測定法の測定結果と比較することで測定精度を検証する.その発展的な内容として,PFT法ではトレーサーガスを数種類使用した場合,これまでの測定法では測定困難であった室間の換気量を得ることが可能になる.4種類のトレーサーガスを使用して実験棟を対象に室間の換気量をファンで制御した状態を作り,PFT法により制御した室間換気量を測定することができるかを検証する.

2.1 人工気象室におけるPFT法測定精度検証実験

2.1.1 実験概要

 実験は東北工業大学の人工気象室にておいて行った. PFT法は9点で,ステップダウン法(以後,SD法)は27点で測定を行った.室の換気回数が0.5回/hになるようにファンの風量を調節した.また,内外室は等温に設定し測定を行った.

2.1.2 実験結果

 SD法とPFT法を比較した結果,排気口直下に設置された測定点aを除くと,PFT法は測定誤差10%以内でSD法の測定結果と一致した.測定点aの換気回数が大きい原因として,パッシブサンプラーが排気口の吸込み気流の影響を受け,ガスがうまく捕集できなかったと考えられる.

3. 4種類のトレーサーガスを用いたPFT法実験

3.1 実験概要

 実験は東北大学の換気実験棟にて行った.1階と2階ともに廊下を挟んで左右にそれぞれ同じ大きさの部屋を設けている.1階と2階は吹き抜けによって空間的につながっている.延床面積は78.9m2,室容積は163.9m3,相当隙間面積は3.30cm2/m2である.換気実験棟をトレーサーガスが4種類あるため,実験棟内を4つのゾーンに分ける.1・2階共に西部屋の扉をスタイロフォームで塞ぎ,それぞれ1つのゾーンとする.東部屋の扉は開放し,廊下と併せた1つのゾーンとする.ゾーン間のスタイロフォームには小型ファンを取り付け,換気量を制御した.1階と2階間の吹抜け部分も同様に,ファンを取り付けたスタイロをはめ込み換気量の制御を行った.換気方式は第1種換気システムで,1・2階のすべての部屋に機械給気をし,1・2階の西部屋より機械排気を行った.換気システムの風量,室間ファンの風量はそれぞれの室の換気回数が0.5回/hになるように調節した.各室の温度は各室備付けのエアコンで16℃に一定とした.

 給排気口,室間ファンの風量は風量計を用いて,外気導入量は一定濃度法によって測定した.トレーサーガス源の設置場所は各部屋の給気点であり,サンプラーの設置場所は部屋の中央である.今回はドーザー,サンプラー共に高さ1.8mに設置した.

3.2 実験結果

 小型ファンを使用して制御した室間の空気交換量と一定濃度法による外気導入量の実験結果を,にPFT法による空気交換量の実験結果を示す.実験結果を比較するとPFT法の1階の空気交換量が制御した風量に比べて若干大きい値となったが,それ以外は比較的良好な対応を示した.

4. 居住状態における住宅の換気性状把握

4.1 実測概要

 次に,気象条件の変動や換気経路の変化などの影響が考えられる実際の住宅においてPFT法を用いて換気量測定を行い,換気性状を把握すること,および実現場でPFT法を用いる際の問題点について検討した.調査は2001〜2005年に39戸の住宅であり,その気密性能は約9割の住宅で5cm2/m2以下の気密住宅であった.調査ではPFT法と一定濃度法によって換気量測定を行った.

4.2 測定結果

 一定濃度法では約5割の住宅において換気回数が0.5回/hを下回る換気不足が生じていた.PFT法では換気回数0.5回/hを下回る例が少なかった.また,PFT法の測定結果より換気回数が1.5回/h以上と非常に大きい住宅がみられた.これらの住宅では測定時に窓開けが行われたため,換気経路が変化し,換気回数が過大評価されたと考えられる.

4.3 一定濃度法とPFT法の比較

 同時期に測定した一定濃度法とPFT法の測定結果の比較を示す.一定濃度法とPFT法の換気回数の誤差は最大で約40%程度であったが,回帰分析を行ったところ有意確率1%以下であり,有意な関連が見られた.35邸は測定時の風速が強かったため,一定濃度法による測定がうまく行えず換気回数を過大に評価してしまった.

5. 居住状態における小学校の換気性状把握

5.1 実測概要

 教室の適正な換気方法について,明確な設計指針が定められていない.以下では,児童が在室状態での小学校教室の実態調査を行い,在室人数や窓,扉の開閉記録とCO2濃度から小学校教室の換気性状の把握を目的とした.測定は神奈川県の小学校計4校で2004年11月から12月にかけて比較的外気が温暖な時期に実地した.学校の形状は,小学校で典型的な片廊下型南向き教室の校舎で行い,各校,普通教室2室,特別教室1室の計3室,普通教室は校舎中央の上下階に位置する教室,特別教室は校舎の端部上階に位置する教室を対象とした.測定項目はCO2および温湿度のほか,窓,扉の開閉状況,児童人数は,授業毎に測定者が校舎を回り,目視で記録した

5.2 結果および考察

 教室内CO2濃度の経時変化 CO2濃度が1500ppmを超える頻度に関し,時限による傾向をみるため,全データの時限別平均をとった.休みのない時間に連続する授業の場合は,時間経過に伴いCO2濃度は上昇し1500ppmを超える傾向がみられる. CO2濃度と在室者及び窓,扉の開放面積との関係について検討した.その結果,児童が滞在する時間は,CO2濃度が蓄積され徐々に濃度が高くなる.このように教室内のCO2濃度には,児童数のみならず,濃度の蓄積効果が無視できない.

 続いて,各校各室の窓,扉の開放面積の一週間平均と換気回数を逆数濃度平均法により検討した結果,窓,扉の開放面積と換気回数には相関が見られ,特別教室は開放面積が小さく,換気回数も少ないという結果となった.

 以上より,窓の開閉状況と換気回数のある程度の相関を得るなど,呼気中のCO2濃度の測定による空間の換気性状評価の可能性が示唆された.

6. OP-FTIRを用いた換気性状評価に関する基礎的研究

6.1 背景および目的

 OP-FTIRは光源から赤外光を射出し、離れた位置に設置したコーナーキューブ型反射鏡により反射された光を再び集光する。入射、反射赤外光の測定により、測定光路上のトレーサーガスにより減衰する特定波長の、透過光強度および、入射吸光度と透過光強度の比の対数関数である吸光度が把握される。この値をベールの法則により濃度換算し、測定光路上のトレーサーガス平均濃度を算出することから,OP-FTIRにより光路間の空間平均濃度の測定,そして大空間の換気性状評価への適応の可能性について検討を行った.

6.2 光路長による濃度補正

 測定対象トレーサーガスとなるCO2濃度と吸光度の検量線を作成する.ベールの法則により光路長が固定されていれば,吸光度と濃度は比例関係となる.気密チャンバーの中にOP-FTIRをセットし,チャンバー内のCO2濃度を0〜3000ppmとして,濃度と吸光度の関係から固定光路長(1.21m)当たりの吸光度とCO2濃度の検量式を得る.一方,空間内を一様混合状態としたCO2ガスを対象にこの式を用いて濃度換算すると,OP-FTIRによる濃度はCO2濃度計によるものより高くなったが,その差は光路長との相関が見られた.そこで,補正値と光路長の対応関係を回帰式で表し,回帰式による補正を加えたところ,OP-FTIRによる濃度は濃度計のものと比較的良好に対応したが,個別に見ると濃度レベルによって過大過小評価する傾向が見られた.そこで,引き続き吸光係数による補正を試みる.

6.3 室平均空気齢の測定

 室の換気性状の評価には空気齢の測定が多用されるが,濃度分布がある室の平均空気齢は,多点の空気齢測定値の平均を取るか,排気口濃度の時間一次モーメントで求めるのが一般的である.OP-FTIRでは,空間平均濃度の直接測定が可能なので,平均濃度による室平均空気齢の測定を試みた.また,光路長による補正を行った場合との比較も行った.実験対象空間を2部屋に仕切り,空間における濃度のばらつきを模擬する.インバーターとファンを使用し,測定室内の空気を一箇所に集め排気した.OP-FTIRで求められる室平均CO2濃度と,CO2濃度計で求められるA室B室の平均濃度,また排気口のCO2濃度によりそれぞれCO2濃度の減衰過程から室平均空気齢を算出した.CASE1では,仕切りでA室とB室の容積比を1対1とし,CASE2では,1対2とした.測定光路長間に濃度分布がある場合でも,OP-FTIRによる測定結果とCO2濃度計での測定結果はほぼ一致した. OP-FTIRによる室平均空気齢測定結果は,CO2濃度計による室平均空気齢測定結果と概ね対応した.

7. まとめ

 環境を制御した実大実験棟においてPFT法は一定の精度で測定ができることを確認した.実際の建物において換気量測定を行ったところ,多くの住宅において換気不足が生じていたことと,現場でPFT法を用いる際の問題点について明らかにした.

 小学校教室の室内空気環境に関し,呼気中のCO2濃度を測定して逆数濃度平均法を適用することにより,換気回数の測定が可能となり,CO2の蓄積の影響は,児童数によって考慮される.また,逆数濃度平均法により得られた換気回数と窓,扉開放面積には相関が見られた.

 OP-FTIRは空間においてCO2濃度のばらつきがある場合も,空間平均CO2濃度測定が可能であり,室平均空気齢測定などに用いることができる.また,OP-FTIRによる測定結果は,ベールの法則に対応しないが,補正に際しては,光路長による補正を行うことにより高精度の濃度測定が可能となることを確認した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章から成る。第1章では、室内空気汚染による健康被害を防止し、室内空気環境改善のためのもっとも有効な対策としての換気があることを示している。換気の測定法にはさまざまなものがあるが、それらの種類や長所と短所をレビューし、本研究で取り上げている室平均空気齢による測定法の必要性を明らかにしている。

 第2章では、室平均空気齢測定に使用するトレーサーガス法の一つであるパーフルオロカーボン(PFT)をトレーサーガスとして用いたPFT法のドーザー、サンプラー、および分析手法について検討を行った。主要な室内汚染物質である揮発性有機炭化水素類(VOCs)とトレーサーガスを同時捕集できるようにPFT法のドーザー、サンプラーを改良し、VOCsとPFTの同時測定法を開発した。改良に市場流通品を使用することにより、副次的効果として消耗品費の削減を図ることが出来た。

 第3章では、第2章で開発したPFT法のドージング法について、外乱のない制御環境下で実験的に検証を行っている。その結果、PFT法は基準となるステップダウン法(SD法)との測定誤差が10%以内と良好に一致したことを示した。

 第4章では、第3章で測定精度を検証したPFT法をさまざまな外乱がある実環境下で実測を行うことにより、測定に与える外乱の影響について検討した。その結果、基準とした一定濃度法に対しPFT法の換気回数の誤差は最大で約40%程度であったが、回帰分析を行ったところ有意確率1%以下であり、有意な関連が見られた。

 第5章では、室平均空気齢の測定に別のトレーサーガス法としての居住者が排出する呼気中のCO2を用いることについて検討した。居住者の体表面積、代謝量が比較的そろっている小学校をフィールドとして選択した。その結果、逆数濃度平均法を用いることにより、居住者が排出する呼気中CO2がトレーサーガスとして利用できることを確認した。

 第6章では、OP-FTIRを用いて室平均空気齢の測定が可能であるかについて制御環境下で実験的に検討している。その結果、室内のトレーサーガス濃度に分布がある環境下でも室平均空気齢の測定が可能であること、実環境下に存在する干渉物質である水蒸気、粉塵などは測定に影響を与えないこと、そしてOP-FTIRによる室平均空気齢の測定結果は基準となる測定法との誤差が10%程度であったころから、本測定法は実用可能であることを明らかにした。

 第7章では、本論文のまとめとして、PFTおよび居住者が排出する呼気中二酸化炭素をトレーサーガスとして、OP-FTIRによる計測を適用することにより、従来の換気量測定法では困難であった大空間での室平均空気齢測定をパッシブ的に、より簡便に測定することを可能にしたことを述べるとともに、OP-FTIR法による室平均空気齢測定法の今後の課題についてまとめている。

 以上より、本論文では新規の換気量測定法を提案していることから、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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