学位論文要旨



No 216736
著者(漢字) 福元,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) フクモト,ケンタロウ
標題(和) 立法の制度と過程
標題(洋)
報告番号 216736
報告番号 乙16736
学位授与日 2007.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 第16736号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 蒲島,郁夫
 東京大学 教授 加藤,淳子
 東京大学 教授 長谷部,恭男
 東京大学 教授 大串,和雄
 東京大学 教授 石川,健治
内容要旨 要旨を表示する

 本稿は、「制度は過程に影響するが、制度設計者が意図した通りとは限らない」ということを、近代日本の立法を例として実証的に論じる。すなわち、立法における様々の制度が、実際の政治過程において、必ずしも期待通りには機能してこなかったことを明らかにする。かねてより、二院制をはじめとした国会改革論が繰り返されてきたものの、その多くは制度の趣旨について理念的に論じるのみで、制度から帰結する過程に関する裏付けを欠いているため、いかなる政治的立場からなされたものも地に足のついた議論になっていない。本稿は、立法をめぐる制度改革論に対して、実証的な知見を提供する。

 さらに分析手法に関して、議事録検索や情報公開請求などの質的分析だけでなく、ゲーム論や統計分析(簡単な記述統計に始まって生存分析などの応用的手法まで)などの量的分析をも駆使して、議会を研究する際のアプローチに幅広いレパートリーが備わっていることを示す。各章の具体的内容は概略以下の通りである。

 序章では、問題意識を説明する。まず第1項で「制度が過程に影響する」という考え方を強く打ち出した新制度論について、立法以外の日本政治への適用を中心にして概観する。次いで第2項で「制度は過程に影響するが、制度設計者が意図した通りとは限らない」事例を指摘した後に、その要因として、合理的政治アクターの戦略的行動、その他の制度との間で相互作用、制度の内生的変化、を挙げる。その後第3項は、焦点を本稿が扱う日本の立法分野における制度と過程の問題に絞る。まず、議院内閣制やコンセンサス型民主制などの政治体制によって立法過程を説明するのは、限界があることを確認する。その上で、政府・与党・野党の相互関係や、下位レヴェルの立法に関する制度の働きにもっと注意する必要があることを述べる。これらを踏まえて第4項で、本稿が具体的に扱う3つの制度、すなわち政府法案提出手続、二院制、定足数を、以上の文脈に位置づけ、次章以降の構成を紹介する。末尾で本稿で使用するデータの概要を略述する。

 第1章では、政府法案提出手続という制度が戦中に始まって1961年に確立するまでを歴史的に検討する。内閣は国会で重要法案が廃案となる事態(過程)を避けるために、予算国会への提出予定法案件名・要旨調及び提出時期等調を整え、重要法案を選別して提出期限をかける制度により、法案数を削減しようとした。しかし内閣には、各省庁が重要でない法案や期限に違反した法案を提出するのを止める政治力はなかった。他方で提出期限に遅れることは重要法案でないというシグナルであったので、国会はこれらを廃案とすることが比較的多かった。つまり政府法案提出手続は期待通りには機能しなかったが、想定外の形でその目的を果たした。そのために、この制度は(ゲーム論で言うベイジアン完全均衡として)今日まで定着してる。以上を、情報公開法などにより入手した公文書を通じて明らかにする。

 第2章は、二院制という制度が意図した政治過程を生まなかったことを論じる二院制論批判であり、本稿の中心をなす。何故二院制が必要かという繰り返される疑問に対する答えは、1つは議員構成の面において上院(戦後日本では参議院)が年長で経験や知識に富むという意味でよりシニアな議員を擁することであり、もう1つはそうであるが故に法案審議の面において上院が慎重かつ充実した高い水準を示すことである、とされてきた。しかしどちらの主張も、戦後日本の衆議院と参議院とを統計分析によって比較すると、実証的には支持できない根拠薄弱なものでしかない。

 まず第1節では、議員構成について衆参どちらがシニアかを考察する。全ての衆議院議員と参議院議員とを比べると、年齢については後者がシニアだが、学歴と在職年数については前者がシニアであり、知的専門職は職種によって異なることがわかる。憲法や公職選挙法は参議院議員をシニアにするための制度をいくつか用意していたものの、設計時の意図通りに機能したのは6年の固定任期が個々の在職年数を伸ばした点だけであった。全国区・比例区の存在や被選挙権の高めの下限年齢などは、全く効果がなかった。むしろ影響力が大きかったのは、制度よりもその政治的運用であり、参議院議員としてのシニオリティを評価しない自民党政権の人事慣行や、参議院における独自会派(緑風会等)や無所属の多さは、参議院をジュニアにする効果があった。

 続く第2節では、衆参の法案審議を比較する。全ての内閣提出法案を分析すると、衆参の審議過程は相互補完よりも重複が圧倒的に多いことが分かる。更に、概して衆議院の方が参議院よりも、先議院の方が後議院よりも、衆院先議法案の方が参院先議法案よりも、高い傾向にあり、二院制の意図とは逆の結果が生じている。さらに、何度も参議院改革の処方箋として唱えられてきた、参議院の先議案件の増加、審議日程の確保、予備審査の活用は、必ずしも有効ではなく、衆議院の優越を規定した憲法に原因がある訳でもないことを、実証する。

 二院制がその趣旨通りに機能していないのは、同じ公選制の下で、議員や審議が異なる2つの議院を作るという、根本的な矛盾に起因すると私は考える。つまり、非選出部門であった貴族院を、選出部門である参議院に衣替えしつつ、かつ同じく選出部門である衆議院との差別化を図るという憲法の制度設計には、そもそも無理があるということである。

 なお生存分析はなじみのない読者も多いと思われるので、補論で入門的な解説を付した。通常とは逆に、離散時間モデルの極端な場合として連続時間モデルを説明しているところが特徴である。

 第3章は、定足数という制度を俎上に載せている。建前として、定足数は与野党を問わず議員に登院を促すためにあるはずだが、議員が選挙区活動その他の政治活動のために国会を欠席しても、多くの場合それらは見過ごされる。実際には、与党議員の出席が少ない時に野党が審議を中断する国対戦術の一手段として用いられてきた。以上を、先例集とという資料を用いつつ明らかにする。

 終章では、以上の要旨をまとめた上で、序章で述べた政党の戦略的行動を確認し、制度改革には実証研究が不可欠であることを、本稿の含意として述べる。

 なお本稿は、著者が作成した2つのデータ・セットを用いている。1つは内閣提出法律案(閣法)のデータである。これは第1回特別国会(1947年)から第147回通常国会(2000年)までの間に、内閣が提出した全8090本の法律案を対象にしている。もう1つは国会議員のデータである。これは現憲法が施行された1947年4月以降1990年6月までに在職した全ての衆議院議員(2072名)と参議院議員(1178名)を対象にしている。なお従来の研究で資料操作の手続が不明なものもなくはないので、この点について厳密を期すため、使用した変数の正確な定義と典拠資料について、巻末の付録で詳述した。

 さらに議員データについて、簡単な記述統計(集計値)により、どのような前歴・属性を持った者が選挙を経て国会議員としてリクルートされるのか、国際比較を交えつつ検討している。従来のように議員の前歴を1つに限るのではなく、複数の前歴を考慮することで相互の連関を分析している。その結果、新たな知見として、定年制のため公明党と共産党の引退年齢が若いこと、公明党は若年層・地方議会議員出身が多いこと、社会党において議員ポストが労組幹部の上がり職と化していったこと、民社党はともかく共産党も社会党ほど官公労に人材を依存していないこと、地方政治家が国会議員になる上で県議を経ることが重みを年々増してきたこと、などが明らかになる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近代日本の立法制度の成立とその変化についての実証研究であり、また政治における制度とそれが生み出す過程に関わる理論的研究である。制度は立法過程に影響を与えるが、それは制度設計者が意図したとおりとは限らない。すなわち、立法における様々な制度は、必ずしも期待通りには機能してこなかった。この実証事例に丁寧に沿う形で、本論文は、政治制度の形成と政治過程との関係という政治学の重要課題に取り組むとともに、現代日本政治研究としても、制度の帰結についてさらなる実証が求められる国会研究の間隙を埋めるものである。本論文は、制度設計者の意図と実際の制度の運用の齟齬に着目し、政治的制度と政治過程の関係について理論的実証的な知見を提供する。

 政治学における新制度論においては、歴史社会学的アプローチと合理的選択論アプローチが対立してきたが、近年になって、両アプローチの分析手法を組み合わせ、それぞれの知見から学ぶことでさらに実証研究を発展させることが提唱されるようになった。本論文はこうした最新の研究動向を踏まえ、議事録検索や情報公開請求の結果得た一次資料の解読による歴史過程の再構成や解釈に加え、ゲーム論や生存分析などの応用的統計手法をも駆使して、議会と立法過程の実証分析を行っている。各章の具体的内容は概略以下の通りである。

 序章では、政治的制度と過程に関わる問題意識を設定する。まず「制度が過程に影響する」という新制度論の考え方に焦点をあて、その日本政治への適用を中心として概観する。次いで制度設計者の意図と実際の制度の運用の齟齬を説明する要因として、戦略的行動、その他の制度との間で起こる相互作用、制度の内生的変化を挙げる。そして、日本の立法分野における制度と過程の問題に絞り、議院内閣制やコンセンサス型民主制などの政治体制によって立法過程を説明する限界を確認した上で、政府・与党・野党の相互関係や、立法に関する制度の働きの詳細にさらに焦点をあてる必要があることを述べる。これらを踏まえて、本論文が具体的に扱う3つの制度、すなわち政府法案提出手続、二院制、定足数を、以上の文脈に位置づけ、次章以降の構成を紹介するとともに、本論文で使用するデータの概要も紹介する。

 第1章では、政府法案提出手続という制度が戦中に始まって1961年に確立するまでの歴史的事例を扱う。内閣は、国会で重要法案が廃案となる事態を避けるため、予算国会への法案提出に際し、重要法案を選別して提出期限をかける制度により法案数を削減しようとした。しかしながら、内閣には、重要でない法案や期限に違反した法案を各省庁が提出するのを止める政治力はなかった。その意味で現行閣法提出手続は(当初意図されたような形では)遵守されてこなかった一方、重要法案の審議が妨げられることは稀で年間平均閣法数は一定の水準に落ち着いている。本章では、その理由をシグナリングゲームを使って説明する。たとえば、提出期限に遅れることは重要法案でないというシグナルであり、これを受け国会はこうした法案を後回し(結果として廃案)とし重要法案の審議に集中する傾向がある。この例に見られるように、政府法案提出手続は制度設計者の期待通りには機能しなかったが、個々の法案の提出・審議過程を通して、想定外の形でその目的を果たしてきた。これをゲーム論で言うベイジアン完全均衡として説明する。情報公開法などにより入手した公文書による歴史過程の再構成からあぶり出した制度と現実の過程の齟齬に、ゲーム論という全く異なる手法で答えをだしたところに本章の特徴がある。

 第2章は、二院制という制度が意図した政治過程を生まなかったことに焦点をあて、二院制をめぐる国会改革論に新たな視座を設定する。何故二院制が必要かという理由としては、しばしば、議員構成の面において上院(戦後日本では参議院)が有識者として経験や知識に富む議員を擁すること、そうであるが故に上院が下院とは異なる側面や観点から法案審議にのぞむことを期待できること、という二点があげられる。しかし制度設計時に期待されたこれらの点も、衆議院と参議院とを生存分析等高度な統計分析によって比較すると、実証的には支持できない根拠薄弱なものでしかない。議員構成の相違に関して、設計時の意図通りに機能したのは6年の固定任期が個々の在職年数を伸ばした点だけであり、全国区・比例区の存在や被選挙権の高めの下限年齢などは、全く効果がなかった。むしろ影響力が大きかったのは、制度よりもその政治的運用であり、自民党の人事慣行や、参議院における独自会派(緑風会等)や無所属の多さは、衆議院議員と比較した場合、参議院議員の政治的キャリアの形成やその継続を妨げる効果があった。立法における相違に関しても、衆参両院の内閣提出法案審議過程は相互補完よりも重複が圧倒的に多いことに加え、概して衆院先議法案の方が参院先議法案よりも審議活動の水準が高い傾向が観察され、二院制設置の意図とは逆の結果が生じている。本章は、制度設計者の意図に反して制度が運用される興味深い事例として、地道な実証分析により二院制をとらえ直し、制度改革に関する論議の間隙を埋めている。

 第3章は、定足数に関わる制度をめぐる慣行を先例集等資料を用いつつ分析する。議員が選挙区活動その他の政治活動のために国会を欠席しても多くの場合それらは見過ごされ、この制度は、実際には与党議員の出席が少ない時に野党が審議を中断する国対戦術の一手段として用いられてきた。すなわち、定足数確保は議会運営上の問題であるにもかかわらず、現実にはその責任は与党におわされており、野党は与党を攻略しその譲歩を引き出す手段として定足数を使っており、ここにも制度本来の目的と政治過程での帰結の間に矛盾が見られる。

 終章では、以上の要旨をまとめた上で、制度設計とその運用に関わる政党の戦略的行動を中心に、政治的制度と過程に関する理論的含意をまとめる。制度設計者の意図は、その制度が運用される過程で政治的行為者の戦略的行動による影響を受け、立法制度と過程の場合は政党がその有力な行為者として考えられる。本論文における事例から得られる含意をまとめながら、制度改革にはこうした戦略的行動に留意した実証研究が不可欠であることを主張する。

 本論文の貢献は、以下の三点である。

 第一に、異なる分析手法を組み合わせ、実証分析を行っている点である。分析手法を組み合わせることは、政治学の方法として有効であると広く合意が成立している一方で、同一の研究者が実際に異なる手法を使いこなすことが難しいために、内外の研究においてもその例はあまりみない。その意味で、本論文は稀有な例の一つである。しかも、歴史的分析においては既存研究が用いていない一次資料を用い、また、分析手法として、生存分析およびシグナリング・ゲームという高度な手法を十全に駆使しており、これは政治学方法論および新制度論研究両者における重要な貢献である。

 第二に、実証分析の結果から、それの持つ現実の制度改革における含意まで議論を発展させた点である。国会改革においては、様々な立場から様々な改革案が提唱されてきたが、それは現行の制度の設計から運用、および両者の関係についての、実証分析に裏打ちされたものでなかった。本論文は、こうした現実の改革論議を踏まえつつ、その前提となる実証分析を手堅く行った点で、高い評価を与えることができる。

 第三に、今後国会研究を行う研究者が十分追試できるよう、使用したデータ、手法について明確な形で定義を行っていることである。著者が作成した2つのデータ・セットについて、変数の正確な定義と典拠資料について詳しく述べられており、また統計分析に関しても、手法の細部にわたる選択、プログラムについても詳述している。歴史的叙述に使用した一次資料についても同様である。これは、学界における研究蓄積のための公共財の提供であるとともに、本論文において地道かつ着実に分析が行われた証左でもある。

 しかしながら、本論文においても問題点がないわけではない。本論文における最も特筆すべき特徴である、政治学方法論および新制度論研究における貢献については、実は論文中では強みとして提示されておらず、これは論文の説得力を不当に減じる結果になっている。強固に支えられた方法論的基盤を持ちながら、それを明示的な形で提示しないまま個々の論点を展開したため、研究動向や方法論にあまり配慮することなく主張を展開したかのような印象を与えた点が非常に惜しまれる。また、異なる分析手法の一方に集中した場合には、本研究者の力量をもってすれば、さらに分析を洗練させることができた可能性も否定できない。歴史的分析においても、たとえば、政府提出法案提出手続成立までの叙述は詳細かつ緻密であるが、その運用過程についての叙述はそこまでのレベルに達していない。ゲーム論による説明においても、抽象的な理論体系であるゲームが現実の過程の説明に、どれだけ有効であるかを必ずしも全ての読者に理解できるような形で示していない。たとえば、シグナリングゲームにおいては、シグナルの意味については共通の認識がある一方、シグナルの内容についてはシグナルを送る側と受け取る側において情報の非対称性があることが前提となるが、これが実際の事例では必ずしも厳密な意味で成立していないのではないかという疑問が残ることは否めない。

 しかしながら、これらの問題点は、その学問的貢献に比較すれば格段に小さい。本論文は、日本政治研究、日本の立法過程の研究にとどまらず政治学研究一般としても、学界における理論的実証的貢献が大であるとして高く評価することができ、博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定される。

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