学位論文要旨



No 216738
著者(漢字) 木原,民雄
著者(英字)
著者(カナ) キハラ,タミオ
標題(和) 知の創発環境構築のための多人数インタラクティブ映像システムの研究
標題(洋)
報告番号 216738
報告番号 乙16738
学位授与日 2007.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16738号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 助教授 広田,光一
 東京大学 講師 青木,輝勝
内容要旨 要旨を表示する

 生活環境の中で映像を表示するディスプレイの数は急速に増えてきており,人々の暮らしの利便性を向上させている.映像ディスプレイの大型化や高精細化が進み,公共空間においてもその役割の重要性は増している.しかしながらこれまでは,たいていの場合,映像ディスプレイに提示される情報は,一方的に視聴されるだけであったり,パーソナルコンピュータ(PC)を利用する場合でも,1つの映像ディスプレイに向かってひとりの人間が作業をしたり,創作をしたり,情報を得たりするだけのものであった.つまり,人々からの指示を受け付けないものであったり,たかだかひとりの人間の意図が明示的に指示された場合にのみそれが反映されるものであったりしかなかった.特に,PCの利用に際しては,映像ディスプレイの情報に対する指示は,入力デバイスであるキーボードやマウスを介して手指によって行われており,そのインタラクティブ性は1対1で閉鎖的であった.公共空間に設置された大型の映像ディスプレイについても,その場にいる人々の動作や属性によって映像内容を切り替えたり変化させたりすることは行われていなかった.また,現実の大きな領域の空間に複数の映像ディスプレイを設置して,その場の人々の位置や移動経路によって映像内容を連動させたりすることも行われていなかった.

 もし,多人数に対応した多様なインタラクティブ性を備えた映像のある大きな空間があって,人間の自然な行動そのものによって,つまり,身体全体を使った動きによる入力や,複数の人間の状態を同時に勘案して映像の選択や変化が行われれば,より豊かな情報利用の環境が実現できる.この環境により,場や人々の行動を活性化することで,一般の人々にも抵抗少なく自然に創造性が発揮できたり,映像を介して楽しくダイナミックにコミュニケーションが図れたり,気づきや誘導によってきめ細かく消費行動を支援したりできる.

 このような知の創発環境を構築するためには,多人数の人々の動きや位置や移動をリアルタイムにセンサ類で捕捉して統合集約し,映像に対しての入力,すなわち選択や変化への指示命令となるように解釈し変換する必要がある.また,多人数の人々が一時に対峙できる大型画面や,提示内容の連携を前提とした複数の映像ディスプレイを設置することで,統合的に映像を出力する空間を構成する必要がある.さらに,これらの入力と出力を高度に連携させる必要があり,このとき,映像の内容を構造化しておき,どのようなアクションをするかというルールを記述しておく必要があるなどの課題がある.創作活動のために利用したり,公共空間における情報システムとして利用したりするには,運用ツールの提供やノウハウの蓄積も必要である.

 そこで本論文では,多人数が同時に利用するインタラクティブな映像システムを構成する技術について,これを実現するにあたっての課題を整理し,具体的な複数の方式を提案し,複数の適用例を示すことによって,その解決策を明らかにした.

 本論文の第1章では,「はじめに」と題し,本研究の目的および目標,研究課題について述べ,本論文の構成を示した.

 第2章では,「背景と関連研究」と題し,まず,映像ディスプレイの普及や社会状況について概観し,バーチャルリアリティやインタラクティブアートにおける映像利用の手法について整理した.次に,映像のインタラクティブ性に関する研究,つまり人間の動作による様々な入力方法や,大きな空間に映像を構成する方法などについて,現状と課題を明らかにした.さらに関連して,消費行動におけるマーケティング手法について,現状と課題を示した.

 第3章では,「多人数インタラクティブ映像システム構成技術」と題し,本論文で検討するテーマの概要を説明した.この技術に関する提案内容の全体像を示し,その有効性について明らかにするアプローチについて示した.

 第4章では,「多人数ジェスチャ入力統合方式」と題し,複数の人間がリアルタイムで同時に利用することができる3次元的なジェスチャによって映像に対する指示命令を行う方法を提案した.大きな映像をキャンバスとして身体全体を使って描画するペイントシステムを適用対象として,複数の事例により一般の人々にも抵抗なく創造性が発揮できることを示した.

 第5章では,「大型インタラクティブ空間構成方式」と題し,複数の人間の動きに対応するために,複数のセンサ類を統合し,複数の映像出力を組み合わせ,これらをダイナミックに連携させて映像の内容を選択したり変化させたりすることで,大型のインタラクティブ空間を構成する方法を提案した.オープンな公共空間で不特定多数の人々が行き交う場を主な適用対象として,具体的な事例によりダイナミックにコミュニケーションが図れることを示した.

 第6章では,「スポット情報ナビゲーション方式」と題し,現実の空間の事物に関連付けられた複数の映像ディスプレイを分散的なスポットに配置することで大きな領域の空間を構成し,同時に多人数の人の動作や移動を捉え,映像の提示タイミングや内容を変化させることによって情報への気づきや作用を及ぼす方法を提案した.スーパーマーケットにおける購買を主な適用対象として,具体的な事例により消費行動を支援できることを示した.

 第7章は,「まとめと今後の課題」と題し,本論文で提案した多人数インタラクティブ映像システム構成技術に関するまとめを行い,総合的に評価し,この技術がより豊かな情報利用の環境の実現に重要であることを示した.今後としては,この技術を基本として,広い都市空間で同時に多くの人々の意識や選択を反映するようなエリアマーケティングなどへの応用などが考えられ,それらを中心に将来研究の方向性について述べた.

 以上のように,多人数インタラクティブ映像システム構成技術について,その目標と要件を明らかにすると共に,これを実現する方法として新規性のある複数の方式提案を行い,複数の具体的適用事例によって評価を行い,その有効性を考察した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「知の創発環境構築のための多人数インタラクティブ映像システムの研究」と題し,これまで,生活環境の中での映像ディスプレイの役割がユーザにとって1対1で閉鎖的で,多人数に対して同時にインタラクティブでなかったことを課題と捉え,この問題の解決として,知を創発するための環境としての多人数インタラクティブ映像システムの構築が必要かつ有効であることを主張するとともに,その具体的な複数の実現方式を提案し,複数の適用事例によって検証している.

 本論文の新規性として顕著な部分は,第一に知の創発環境構築のために必要な多人数によるインタラクティブな映像システムを構築するための要件の整理を新たに試みた点にあり,第二にこの要件を満足するシステム構築のために具体的に3つの方式提案を行った点にある. 本論文では,上記2点の論点に加え,公共空間において実際に利用される実証実験を複数実施し,これによる知見を得て評価検討を加えている.

 本論文の第1章では,「はじめに」と題し,本研究の目的および目標,研究課題について述べ,本論文の構成を示している.

 第2章では,「背景と関連研究」と題し,まず,映像ディスプレイの普及や社会状況について概観し,バーチャルリアリティやインタラクティブアートにおける映像利用の手法について整理している.次に,映像のインタラクティブ性に関する研究,つまり人間の動作による様々な入力方法や,大きな空間に映像を構成する方法などについて,現状と課題を明らかにしている.さらに関連して,消費行動におけるマーケティング手法について,現状と課題を示している.

 第3章では,「多人数インタラクティブ映像システム構成技術」と題し,本論文で検討するテーマの概要を説明している.この技術に関する提案内容の全体像を示し,その有効性について明らかにするアプローチについて示している.

 第4章では,「多人数ジェスチャ入力統合方式」と題し,複数の人間がリアルタイムで同時に利用することができる3次元的なジェスチャによって映像に対する指示命令を行う方法を提案している.大きな映像をキャンバスとして身体全体を使って描画するペイントシステムを適用対象として,複数の事例により一般の人々にも抵抗なく創造性が発揮できることを示している.

 第5章では,「大型インタラクティブ空間構成方式」と題し,複数の人間の動きに対応するために,複数のセンサ類を統合し,複数の映像出力を組み合わせ,これらをダイナミックに連携させて映像の内容を選択したり変化させたりすることで,大型のインタラクティブ空間を構成する方法を提案している.オープンな公共空間で不特定多数の人々が行き交う場を主な適用対象として,具体的な事例によりダイナミックにコミュニケーションが図れることを示している.

 第6章では,「スポット情報ナビゲーション方式」と題し,現実の空間の事物に関連付けられた複数の映像ディスプレイを分散的なスポットに配置することで大きな領域の空間を構成し,同時に多人数の人の動作や移動を捉え,映像の提示タイミングや内容を変化させることによって情報への気づきや作用を及ぼす方法を提案している.スーパーマーケットにおける購買を主な適用対象として,具体的な事例により消費行動を支援できることを示している.

 第7章は,「まとめと今後の課題」と題し,本論文で提案した多人数インタラクティブ映像システム構成技術に関するまとめを行い,総合的に評価し,この技術がより豊かな情報利用の環境の実現に重要であることを示している.今後としては,この技術を基本として,広い都市空間で同時に多くの人々の意識や選択を反映するようなエリアマーケティングなどへの応用などが考えられ,それらを中心に将来研究の方向性について述べられている.

 本論文の研究は,日常生活のリアルでオープンな場において,人々が集まって知の創発を生むための環境を実現することに関するものであり,特に,多人数による映像のインタラクティブ性に焦点をあて,その目標と課題を明確にして要件を整理している点,これを実現する構成技術として新規性のある複数の具体的な方式提案を行っている点,更に,公共空間において実際に人々に利用される実証実験を複数実施し,これによる具体的な知見を得て評価検討を加えている点,以上の3点において非常に意義がある研究であると考えられる.

 よって,本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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