学位論文要旨



No 216744
著者(漢字) 下迫,健一郎
著者(英字)
著者(カナ) シモサコ,ケンイチロウ
標題(和) 混成防波堤の滑動安定性に関する信頼性設計
標題(洋)
報告番号 216744
報告番号 乙16744
学位授与日 2007.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16744号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 石田,哲也
 東京大学 講師 田島,芳満
内容要旨 要旨を表示する

 混成防波堤の滑動安定性に関する設計法については,長年にわたって研究が進められており,現在ではほぼ確立された段階にある.ただし,その基本的な考え方は古くから変わっておらず,設計波を対象として,波力による外力と直立部の重量による抵抗力を考慮して安定性を判断するものである.すなわち,防波堤が変形しないことを前提とした静的な力の釣り合い式に基づく設計法であり,堤体がわずかでも動いた場合は被災とみなされる.しかしながら,仮に滑動が生じた場合でも,滑動量が大きくない限り防波堤としての本来の機能が損なわれるわけではない.したがって,機能を損なわない程度の多少の滑動を許容することができれば,より経済的な設計が可能となる.近年,このような多少の変形を許容する信頼性設計法に関する研究が進められつつあるものの,種々の条件設定等が複雑なため,実際の設計に適用するには至っていない.本研究では,滑動量を考慮した信頼性設計法を確立し,実際の現地の設計に導入することを目的として,防波堤の滑動安定性に関する種々の検討を行った.

(1) 衝撃砕波力に対する防波堤ケーソンの動的応答特性

 混成防波堤の直立部には,海底勾配あるいは捨石マウンドの形状(高さおよび前肩幅)によっては,非常に強大な衝撃砕波力が作用する場合がある.こうした衝撃砕波力は,強大ではあるが作用時間がきわめて短い.そのため,ケーソンはマウンドおよび海底地盤と一体となって振動し,滑動に寄与する有効波力,すなわちケーソン底面に作用するせん断力はあまり大きくならないことが知られている.そこで,こうした動的応答特性を明らかにするため,地盤の非線形性を考慮したFEM解析プログラムを用いた数値計算および水理模型実験を実施し,衝撃砕波力によるケーソンの加速度や変位,ケーソン底面に働くせん断力に関する詳細な検討を行った.

 衝撃砕波力に対する動的応答効果により,滑動に対して有効なケーソン底面に働くせん断力は,衝撃砕波力のピーク値よりも大幅に減少することが明らかになった.特にその効果は現地においてより顕著であり,現地における防波堤に働くせん断力は,直立壁面の単位面積あたり3ρ0gH程度(ρ0は海水の密度,gは重力加速度,Hは波高)が上限と考えられる.

(2) 防波堤ケーソンの滑動量の算定

 ケーソンの滑動量は,ケーソンに働く波力の時間変化がわかれば,ケーソンの運動方程式を積分することによって計算することができる.そこで,まず滑動のメカニズムを明らかにするために水理模型実験を実施し,1波での滑動量を計算するための波力の時間変化モデルを検討した.その結果をもとに,衝撃的成分と重複波的成分を考慮した実際の波形に近い波力の時間変化モデルを用いて滑動量の計算を行った.ケーソンの滑動量は,一般に滑動安全率が同じであれば重複波のほうが砕波に比べて大きくなる.適用した滑動モデルは,このような重複波と砕波の波力および滑動特性を適切に再現できることが明らかになった.

 次に,防波堤の耐用期間全体での滑動量を計算するため,モンテカルロ法を用いて耐用期間中に作用する波を再現し,累積滑動量を計算する方法について検討を行った.まず1波ごとの滑動量の計算を繰り返して1回の高波による滑動量を求め,この計算を耐用期間分行うことによって総滑動量を求める.モンテカルロ法では,波浪変形や波力等のばらつき(確率分布)を考慮するために,何回も繰り返し計算を行う必要がある.そこで,耐用期間分の計算過程を1回の試行として,さらに乱数を変えた試行を5000回程度繰り返し,累積滑動量の平均値(期待滑動量)や滑動量の超過確率を求めた.また,潮位,沖波の推算,波浪変形,波力,摩擦係数などの変動が期待滑動量に及ぼす影響についても検討し,計算において標準として用いるべき変動係数を定めた.

 さらに,現行設計法に基づく滑動安全率S.F.=1.2および1.0の断面における期待滑動量について検討を行った.S.F.=1.2の断面では,波高水深比の小さい重複波領域の場合を除くと,期待滑動量は数cm程度と非常に小さく,きわめて安定性が高い.また,重複波領域では,砕波領域に比べて期待滑動量が大きく,滑動安全率が同じであっても,安定性に違いがある.これは,波力の時系列モデルの特性上,非砕波の場合には1波当たりの滑動量が砕波の場合に比べて大きくなること,また,水深が小さいと波高の上限が砕波で規定され,あまり大きな滑動は生じないのに対し,水深が大きいと確率は低いものの設計波を大きく上回る波が発生する可能性があり,その場合には滑動量がきわめて大きくなることが原因である.この結果は,水理模型実験結果や実際の現地における被災事例の傾向とも一致しており,計算方法の妥当性が検証された.

(3) 滑動量を考慮した信頼性設計法

 滑動量を考慮した信頼性設計法を実際の設計へ適用する方法について検討した.滑動量を考慮した設計を行うためには,現行の設計法における滑動安全率に代わる新たな指標が必要である.そこで,滑動量に関する各種の指標とその特徴を明らかにし,最適な指標の設定方法を検討した.滑動量を考慮した設計法における指標として考えられる期待滑動量,確率波に対する平均滑動量,滑動量の超過確率は,高波の出現特性や水深によってそれらの相関関係が大きく変化する.そこで,複数の滑動量に対して超過確率を設定し,構造物の重要度に応じてその許容値を変える方法を提案した.この方法を用いると,高波の出現特性や水深によって断面を決定する滑動量の条件が異なり,どのような設計条件でもほぼ同じような安全性を有する,精度の高い設計が可能となる.

 また,高知港三里地区東第一防波堤を対象として,現行設計法による防波堤断面と滑動量を考慮した性能照査型設計法による断面を比較した試設計を行った.その結果,滑動のみを考慮した場合,現行設計法に比べて堤体幅を約2割小さくできることが分かった.実際の堤体断面はマウンドの支持力で決まるものの,それでも約14%縮小することができた.

 本研究により,滑動量を考慮した防波堤直立部の信頼性設計法を,実際の現地の設計に適用する具体的な手法が確立された.これにより,防波堤の建設コストの縮減が期待される.また,本設計法は新規防波堤の完成断面に対する検討だけでなく,実際の施工期間に合わせた施工途中の断面の検討や,被災した既設防波堤の再現計算にも利用可能である.今後,各種不確定要因の推定精度が向上すれば,滑動量の計算精度がより高くなり,条件によってはさらに経済的な断面が得られる可能性がある.

審査要旨 要旨を表示する

 混成防波堤の滑動安定性に関する設計法については,長年にわたって研究が進められており,現在ではほぼ確立された段階にある.ただし,その基本的な考え方は古くから変わっておらず,設計波を対象として,波力による外力と直立部の重量による抵抗力を考慮して安定性を判断するというものである.すなわち,防波堤が変形しないことを前提とした静的な力の釣り合い式に基づく設計法である.しかしながら実際の防波堤では,仮に滑動が生じた場合でも,滑動量が大きくない限り防波堤としての本来の機能が完全に損なわれるわけではない.したがって,機能を損なわない程度の多少の滑動を許容することができれば,より経済的な設計が可能となる.近年,このような多少の変形を許容する信頼性設計法に関する研究が世界的に進められつつあるものの,種々の条件設定等が複雑なため,実際の設計に適用するには至っていない.本論文は,滑動量を考慮した信頼性設計法を確立し,実際の現地の設計に導入することを目的として,防波堤の滑動安定性に関する種々の検討を行ったものである.

 論文は6章で構成されており、第1章と第2章で混成防波堤の設計に必要な諸概念と諸技術体系を整理したうえで、第3章では、衝撃波力と防波堤ケーソンの応答の動的解析法が提案されている。これは、地盤の非線形性を考慮したFEM解析プログラムを用いた数値計算および水理模型実験を実施し,衝撃砕波力によるケーソンの加速度や変位,ケーソン底面に働くせん断力に関する詳細な検討を行ったもので、防波堤の滑動における衝撃波力の役割を世界で初めて定量化したものである.第4章では、ケーソンの滑動量算定法が提案されている。これは、諸係数の統計的変動性を考慮しながらケーソンの運動方程式を積分することによって変位を計算するものであり、水理実験や現地計測例などを用いてその妥当性が検証されている。第5章では、滑動量を考慮した信頼性設計法が提案されている.滑動量を考慮した設計を行うためには,現行の設計法における滑動安全率に代わる新たな指標が必要であるため、滑動量に関する各種の指標とその特徴を明らかにし,最適な指標の設定方法が提案されている.また,高知港防波堤を対象として,現行設計法による防波堤断面と滑動量を考慮した性能照査型設計法による断面を比較した試設計が行われており、本手法で滑動のみを考慮した設計を実施した場合,現行設計法に比べて堤体幅を約2割小さくできることが分かった.

 以上,要するに,本研究により,滑動量を考慮した防波堤直立部の信頼性設計法を,実際の現地の設計に適用する具体的な手法が確立された.これにより,防波堤の建設コストの大幅な縮減が可能となった.また,本設計法は新規防波堤の完成断面に対する検討だけでなく,実際の施工期間に合わせた施工途中の断面の検討や,被災した既設防波堤の再現計算にも利用可能であり,極めて実用性が高い.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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