学位論文要旨



No 216746
著者(漢字) 田中,伸治
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,シンジ
標題(和) 新たな路上駐車スペースの創出を軸とした路上駐車管理方策に関する研究
標題(洋)
報告番号 216746
報告番号 乙16746
学位授与日 2007.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16746号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 上田,孝行
 東京大学 助教授 清水,哲夫
 東京大学 助教授 加藤,浩徳
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、駐車政策の中で路上駐車の役割を正当に位置づけることが重要であるとの認識に立ち、新たな路上駐車スペースを創出する方法を中心に路上駐車管理方策のあり方に関する提案を行い、その実現可能性について、主に円滑性と安全性の観点から交通シミュレーションおよびドライビングシミュレータを利用して評価を行ったものである。

 平成18年6月より改正道路交通法が施行され違法駐車対策が強化されたこともあり、路上駐車に対する社会の関心は非常に高い。違法な路上駐車は、交通渋滞の悪化、空間利用の非効率化、事故の危険性の増加、緊急車両の通行阻害、公共空間の私的利用、利用者間の不公平感の増大、運転モラルの低下といった様々な問題を引き起こしている。我が国の駐車政策では、駐車は路外で処理するべきものとされており、都市内は原則としてほぼ全面駐車禁止規制が行われてきた。しかし実態としては違法駐車が蔓延しており、駐車に関する秩序は失われた状態にある。違法駐車取締りの強化はそれに対する有効な対策の一つであるが、その一方で路上駐車は、物流車両の荷捌きなど、都市の社会・経済活動を支える重要な役割を担っていることも事実であり、取締りの強化とあわせて駐車できる場所が提供されなければ、社会的に受容される施策とはなり難い。

 このような背景を踏まえ、本研究では駐車政策において路上駐車の役割を正当に位置づけ、必要な路上駐車は適切な管理の下に適切な措置を伴って認めることが重要との認識に立つ。その上で、メリハリのある駐車規制や新しい路上駐車スペースの提供を含む路上駐車管理方策の提案を行い、それを実現するための技術的な課題について検討を行うことを目的とする。この路上駐車管理方策の目指すところは、渋滞や交通事故のリスクを現状より増加させることなく路上駐車の恩恵を享受できるようにすることである。これが実現することにより、上記の社会・経済活動上のメリットを享受できることはもちろん、適正なルールの遵守とコストの負担を通じて不公平感が是正され、駐車に関する秩序が回復することが期待される。

 以下に、本研究の構成に従い、その内容を要約して示す。

 第1章では路上駐車を取り巻く背景について説明し、本研究の目的および本研究を実施することにより期待される効果について述べた。

 第2章では既往の研究のレビューを行い、路上駐車に関してこれまでにどのような研究が実施されているかをいくつかの異なる観から分類して整理した。これを通じて、路上駐車のあり方については各方面から提言があり、必要な路上駐車は認めるべきという意見もほぼ共通していることを確認した。それとともに、具体的に路上駐車スペースをどのように提供すればよいか、あるいは路上駐車スペースを設計するために利用できる指針を示している研究はほとんど見られないことを指摘した。

 第3章では現状の把握として、我が国の路上駐車に関連する現行の法令・制度を整理し、諸外国のそれと比較することにより、問題点および課題を抽出した。そのうちの最も重要なものとして、我が国の制度上、路上駐車は路外駐車場が整備されるまでの暫定的な位置づけにあり、それ故、路上駐車を適切に管理するために有効な制度が確立されていないことを明らかにした。あわせて諸外国における路上駐車管理のための実務上の工夫事例を整理して我が国への適用可能性を検討したところ、そのうちいくつかは我が国でも制度上は実現可能であったり類似の事例が存在したりするが、路上駐車の位置づけの不確かさも一因となり、十分な機能を発揮しているものは少ないことが分かった。

 また、現状の実態調査として、路上駐車による交通流への影響のうちこれまで検討がなされていなかった交差点下流側の路上駐車の影響を、観測調査を行うことにより分析した。その結果、交差点下流側の路上駐車も上流側と同様、交差点の交通流率に影響を与えており、渋滞発生の原因となりうることが明らかになった。ただし、影響の度合いは交差点特性にも依存し、その交差点での右左折率や並行する歩行者数によって変化することも示唆された。

 これらの現状の課題を踏まえ、第4章ではこれを解決する新たな路上駐車管理手法の提案を行った。まず基本的な考え方として、都市交通政策の中で路上駐車が果たすべき役割を明確にし、路上駐車を主要な駐車方式の一つとして位置づけることの重要性を主張した。すなわち、路上駐車を優先的に利用すべき車両を明確にし、目的と時間と場所を限定して路上駐車を認める、メリハリのある路上駐車管理の必要性を述べた。このように路上駐車を認める場所を設けることにより、真に影響の大きい箇所での路上駐車を排除することが可能になり、また施策の社会的な受容性も向上するものと考えられる。続いてこの方針を実現するため、路上駐車による問題が顕在化している都市部の幹線道路を念頭に、路上駐車スペースを創出する方法を提案した。そして、路上駐車スペースを実際に設計する際の指針となる、交差点から必要なクリアランス距離を求める方法を理論的に提示した。必要なクリアランス距離は、交差点上流側では交差点容量と信号青時間に、交差点下流側では交差点および路上駐車断面の容量比と信号青時間に比例する。すなわち、信号のスプリットが同じ場合は、サイクル長が短いほど必要なクリアランス距離は短くなる。

 しかし、このような路上駐車スペースを整備することで、渋滞が悪化したり事故の危険性が増したりすることがあってはならない。こうした側面からの実現可能性について、円滑性の観点からは第5章で、安全性の観点からは第6章で、それぞれ検討を行った。

 第5章ではまず走行車両が路上駐車を回避する行動をモデル化し、既存の追従タイプのミクロ交通シミュレーションモデルに組み込むことで、路上駐車が存在する交通状況を表現可能な交通シミュレーションを開発した。構築した路上駐車回避行動モデルは、従来の交通シミュレーションではあまり考慮されていなかった、車線単位ではなく横方向に連続的な走行位置を表現できる点で、特徴的である。またこれを用いた適用計算を行うことにより、交通処理能力の観点から評価を行った。路上駐車スペースを設置した場合の円滑性への影響は、クリアランス距離と信号サイクル長に依存することを示し、これらを適切に設定することにより円滑性を損なうことなく路上駐車スペースを設置できるという可能性を明らかにした。

 一方第6章では、ドライビングシミュレータを用いた安全性の検討を行った。具体的には、路上駐車区間が設定された道路を被験者に走行させる実験を実施し、ドライビングシミュレータで記録される走行データと走行後に被験者に対して実施するアンケートの回答に基づき、提案した路上駐車スペースの安全性に関する分析を行った。実験の結果、走行データからは、車線幅が狭くても車線数が維持される路面標示において、急激な操作が少なく危険性が低いと見られる結果を得た。一方、走行後のアンケート回答からは、車線数が減少しても車線幅が広い路面標示の評価が高く、車線幅が狭い状況は運転者に好まれないことが窺われた。またいずれの結果からも、通常の路面標示に駐車車両が存在する違法駐車状態では評価が低く、駐車車両が存在する道路において明示的に路上駐車スペースを確保することの正当性が示唆された。

 第7章は本研究のまとめとして、本研究で得られた結論を整理した。そして本研究で残された課題および今後の研究の展望について述べた。

 以上のとおり、本研究では必要な路上駐車は時間や場所を限定して認めるべきとの立場に立ち、それを実現するための方策として交差点間の単路部に路上駐車スペースを創出する方法を提案し、その実現可能性を検討した。今後、駐車秩序を回復する一つの方策として、また道路の多様な使われ方に対応する手段として貢献するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、新たな路上駐車スペースを創出する方法を中心に路上駐車管理方策のあり方に関する提案を行い、その実現可能性について円滑性と安全性の観点から、交通シミュレーションおよびドライビングシミュレータを利用した評価を行ったものである。路上駐車、特に交差点周辺の駐車車両は、交通渋滞の悪化、事故の増加といった様々な社会問題を引き起こしているが、一方では物流車両の荷捌きなど、都市の社会・経済活動を支える重要な役割を担っていることも事実である。このような背景を踏まえ、本研究では駐車政策において路上駐車の役割を正当に位置づけ、必要な駐車を具体的に路上のどこに・いつ設置することができるのかを提案し、技術的な評価を試みている。時宜を得たきわめて社会的意義の高い主題である。

 まず我が国の路上駐車に関連する現行の法令・制度を整理し、諸外国のそれと比較することにより、問題点および課題を抽出している。そのうちの最も重要なものとして、我が国の制度上、路上駐車は路外駐車場が整備されるまでの暫定的な位置づけにあり、それ故、路上駐車を適切に管理するために有効な制度が確立されていないことを明らかにした。

 これらの現状の課題を踏まえ、新たな路上駐車管理手法として以下について具体的な提案を行っている:

・ 路上駐車を優先的に利用すべき短時間駐車などの車種、トリップ目的

・ 路上駐車を認めても差し支えない時間帯および路上駐車場所

特に、一般街路のボトルネックである信号交差点周辺について、交差点近傍以外のどの位置であれば路上駐車が交通容量に影響を与えないかを、道路幾何構造と信号制御パラメータに関連づけて明らかにし、交差点から必要なクリアランス距離を求める方法を理論的に提示している。また、これらの具体的な提案の円滑性・安全性・快適性への影響を定量的に評価している。

 まず円滑性評価であるが、走行車両が路上駐車を回避する行動をモデル化し、路上駐車が存在する交通状況を表現可能な交通シミュレーションを開発した。構築した路上駐車回避行動モデルは、従来の交通シミュレーションではあまり考慮されていなかった、車線単位ではなく横方向に連続的な走行位置を表現できる点で、特徴的である。これを用いた適用計算を行うことにより、路上駐車スペースを設置した場合の円滑性への影響は、クリアランス距離と信号サイクル長に依存することを示した。

 一方、安全性・快適性に関する評価であるが、ドライビングシミュレータを用いて検討を行っている。路上駐車区間が設定された道路を被験者に走行させるドライビングシミュレータ実験を実施し、ドライビングシミュレータで記録される走行データと走行後の被験者アンケートに基づき、提案した路上駐車スペースの安全性・快適性に関する分析を行った。その結果、路上駐車区間における交通状態と道路幾何構造(車線数、車線幅員など)との関連性において、一定の定量的な知見を得た。すなわち、通常の路面標示に駐車車両が存在する現状の路上駐車状態では安全性と快適性に問題が多く、路上駐車を認める区間においては、マーキング等を工夫して路上駐車スペースを明確に設定することの正当性が示唆された。

 以上のとおり、本研究では駐車政策において路上駐車の役割を正当に位置づけ、必要な路上駐車は適切な管理の下に適切な措置を伴って認めることが重要との認識に立ち、それを実現するための具体的な路上駐車管理策方策の提案と定量的評価を行っている。本研究の成果は、これからの駐車管理に有用な知見を与えるだけでなく、駐停車という機能を含めた道路設計にも大きく寄与するものと期待され、学術的・実務的な独創性と有用性が十分認められる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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