No | 216748 | |
著者(漢字) | 鳩山,紀一郎 | |
著者(英字) | Hatoyama,Kiichiro | |
著者(カナ) | ハトヤマ,キイチロウ | |
標題(和) | 歩行者の心理的負荷を重視した総合的な信号交差点設計・制御ガイドラインの構築に関する研究 | |
標題(洋) | Guideline Formulation for Signalized Intersection Design Considering Impacts on Pedestrians' Psychology | |
報告番号 | 216748 | |
報告番号 | 乙16748 | |
学位授与日 | 2007.03.16 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第16748号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、交通空間において歩行者や自転車の安全性や快適性への配慮がなされるようになってきた。しかし、依然として交差点、とりわけ大規模な信号交差点は自動車にとっても歩行者にとっても交通処理上の隘路であり、交通事故の多発する箇所である。これに対して従来は、安全性を追求するために利用者の円滑性を犠牲にするという対策がなされてきたが、結果として利用者が苛立ち、無理な行動をとるなど、安全性に悪影響が生じる可能性が明らかになってきた。従って今後は、安全性と円滑性を両立させるようなハード・ソフト両面の交通対策が必要とされる。 わが国の大規模信号交差点の安全性・円滑性に関する重要課題の一つに、信号サイクル長の短縮が挙げられる。従来から欧米諸国などと比較しても長めに設定されているわが国のサイクル長は、利用者の心理や、交通容量、環境に対して悪影響があることが指摘されており、短縮が望まれている。しかし、歩行者の横断時間確保の原則が各現示時間設計上の足かせとなり、結果として長いサイクル長による信号制御を余儀なくされてきたのである。従って、高齢時代を迎えたわが国において、サイクル長の短縮は単純には望ましくない可能性があり、歩行者の特性に充分配慮した方策が必要となる。 本研究では、横断歩道に中央帯を設け、中央帯を積極的に利用した二段階横断方式と合わせてサイクル長を短縮することが、以上の社会的ニーズに適う交差点設計であると考え、歩行者の挙動特性や生理心理(「苛立ち」、「慌しさ」及び「不安」)特性を詳しく把握した上で、歩行者と自動車の双方の観点から交差点を評価できるモデルを構築し、両者にとって安全かつ円滑な交差点設計制御方策をガイドラインとして提案することを目的としている。また、歩行者の特性を把握するための実験を補助する装置として、歩行者がVR実験空間内を実際に歩くことのできるヴァーチャル歩行シミュレータPedECSを、歩行者と自動車の双方へのサイクル長の短縮効果を測定するためのソフトウェアとして、歩行者と自動車の双方のシミュレーションを行うことのできる総合交差点設計制御評価モデルCEMIDをそれぞれ開発した。 本研究によって得られた結論は、以下のとおりである。 (1) 歩行者横断行動原理の解明 実際の交差点における観察実験の結果から、歩行者の横断行動は、『交差点に至る前から、残っている歩行者現示時間と距離を推測しながら、ある程度の速度の範囲内で歩行速度を調節しながら歩く』という行動原理によって説明できることを示した。この原理に基づくと、歩行者の時空間ダイヤグラム上には、安心して歩き続けられる「安心領域」、少し走らないと渡りきれない「焦燥領域」、走っても信号に間に合わない「断念領域」の3種類の心理的時空間領域が形成されることになり、歩行者はこの領域ごとに行動を変化させると考えることができる。 (2) 信号待ち時間の際の歩行者の苛立ちの把握 信号待ち時間時の歩行者の苛立ちを計測するため、歩行シミュレータPedECSを用いて非高齢者・高齢者を被験者に実験を行い、以下を明らかにした。これにより、歩行者の苛立ちは非高齢者、高齢者それぞれについて、待ち時間のみの関数として定義可能であることが示された。 (1) 非高齢者・高齢者ともに、待ち時間が長くなるにつれて苛立ちを感じていく。 (2) 高齢者よりも非高齢者の方が、待ち時間に対する感度が高く、苛立ちやすい。 (3) 苛立ちの感じ方は、横断歩道の距離には依存しない。 (3) 中央帯滞留時における不安感の把握 また、様々な中央帯における歩行者の滞留時の不安感を計測する実験も行い、以下を明らかにした。この結果から、歩行者が不安感を感じない中央帯とするには、3.5m以上の幅員を確保するか、2.5m以上のものに防護柵を設ける必要があるようである。 (1) 中央帯の幅員が広くなるにつれて歩行者の感じる不安感は軽減される。 (2) 防護柵の設置には、1.0m程度の中央帯幅員の拡幅効果が認められる。 (3) 中央帯における歩行者の不安感を軽減するには、中央帯を頑丈なものにするだけでなく、他者から視認されやすくする、親しみやすいものにするといった工夫が必要である。 (4) 中央帯の幅員は、苛立ちの感じ方にはあまり影響を与えない。 (4) 残り時間に関する情報提供効果の把握 更に、残り時間表示器を設置した場合における歩行者の歩行行動変化を計測する実験についても行い、以下を明らかにした。結果として、情報提供の効果は明らかになったものの、歩行者の慌しさを心理的に計測するのは困難であることがわかった。 (1) 情報提供により歩行者は横断中に歩行速度をあまり変動せずに歩行できる。 (2) 歩行者の慌しさをVR空間内の実験から主観的尺度を用いて説明するのは難しく、実際の歩行速度に強く依存する可能性がある。 (5) シミュレーション分析によるサイクル長の短縮効果の把握 そして、総合的な交差点設計制御評価モデルCEMIDを用いて、様々な交差点構造・交通量・サイクル長におけるシミュレーション分析を行い、歩行者に関する指標(待ち時間・苛立つ人の割合・慌しさの代替的指標であるエネルギー代謝量)、自動車に関する指標(待ち時間・CO2排出量・エネルギー代謝量)を算出して比較した。その結果以下が得られ、サイクル長の短縮効果とその実現可能性が明らかになった。 (1) サイクル長の短縮は、交差点に負担がかかる時間帯には適当ではない。 (2) 負担がかからない限り、サイクル長の短縮は自動車にとって大きな効果がある。 (3) 歩行者の観点からは、非高齢者・高齢者によって反応は異なるが、交通量の微調整や現示の切り分けなどの工夫を行うことで、サイクル長の短縮は充分に実現可能である。 (6) 信号交差点の設計・制御ガイドラインの提案 以上の結果を総合的に判断して、歩行者が走ったり自動車と錯綜したりする影響を考慮した『調整歩行速度』という概念を定義した上で、以下の項目を信号交差点でサイクル長の短縮を行うためのガイドラインとして提案した。なお、歩行速度1.2m/sでの横断時間が確保不可能の場合は残り時間表示装置を設けることが望ましいことを別途記述している。 (1) 交差点の飽和度が0.75程度以下であり、自動車への負荷がかからないこと。 (2) 調整歩行速度0.9m/sでの横断時間が確保できない場合には中央帯を設置可能なこと。 (3) 中央帯を設ける場合は幅員を3.5m以上とするか、2.5m以上で防護柵を設置可能なこと。 (4) 非高齢者の調整歩行速度1.5m/sでの横断時間を確保できること。確保できない場合には、現示の切り分けを行うか、従道路の交通量を調整できること。 今後の展開にあたっては、以下の課題に関して更に取り組む必要がある。 第一に、研究手法上の課題である。本研究は基本的にはVRを用いた室内実験とシミュレーションに基づいているため、ガイドラインに基づく交差点の設計・制御が実用に適うかを、実際の交差点における試行的実施から検証していく必要がある。その際、本研究では充分に扱っていない複数の交差点群について、サイクル長の短縮を行って効果を確認しておく必要がある。 第二に、法令上の課題である。現行法上、中央帯の利用に関しては明記されていないため、歩行者が横断を中断することのできる場所として中央帯が存在することを明確に定義すべきであろう。特に、歩行者の青点滅信号の意味については、「中央帯がある場合は中央帯で停止すること。」などという記述が求められることになる。 第三に、情報提供方法に関する課題が挙げられる。信号現示に関する情報を歩行者が充分に認識できる状況を創出するためには、カウントダウン式の残り時間表示装置を設置するなど、より解像度の高い正確な情報提供方法が求められる。しかし、技術上の理由によりわが国では正確な情報が必ずしも出せない場合がある。この状況を改善する技術を開発すること、また、残り時間表示には青点滅時間に関する情報も提供できるようにするが今後求められるものと思われる。 第四に、管理体制上の課題である。本研究で提唱した二段階横断方式とサイクル長の短縮の導入のためには、中央帯の整備を道路管理者(国道の場合は国土交通省)が、信号制御の改変及び残り時間表示装置の導入を交通管理者(警察)が行う必要がある。そのため、財源の統合化など、両者のより一層の協力体制を確立することが求められるものと思われる。 本研究は、既存の交差点に対してサイクル長の短縮を実施する場合、或いは道路を新設してサイクル長の短い交差点を設置する場合に、二段階横断方式の導入を含めてどのように設計・制御すべきか、その方法論を提案したものである。これによって、都市部に存在する多くの交差点においてサイクル長の短縮が実現され、歩行者にとっても自動車にとっても安全かつ快適な交通空間を提供することができるものと考えている。 | |
審査要旨 | 近年、交通空間において歩行者や自転車の安全性や快適性への配慮がなされるようになってきた。しかし、依然として交差点、とりわけ大規模な信号交差点は自動車にとっても歩行者にとっても交通処理上の隘路であり、交通事故の多発する箇所である。これに対して従来は、安全性を追求するために利用者の円滑性を犠牲にするという対策がなされてきたが、結果として利用者が苛立ち、無理な行動をとるなど、安全性に悪影響が生じる可能性が明らかになってきた。従って今後は、安全性と円滑性を両立させるようなハード・ソフト両面の交通対策が必要とされる。 本研究では、横断歩道に中央帯を設け、中央帯を積極的に利用した二段階横断方式と合わせてサイクル長を短縮することが、以上の社会的ニーズに適う交差点設計であると考え、歩行者の挙動特性や生理心理(「苛立ち」、「慌しさ」及び「不安」)特性を詳しく把握した上で、歩行者と自動車の双方の観点から交差点を評価できるモデルを構築し、両者にとって安全かつ円滑な交差点設計制御方策をガイドラインとして提案している。 本研究によって得られた主な結論は、以下のとおりである。 1) 第4章における観察実験の結果から、歩行者の横断行動は、『交差点に至る前から、残っている歩行者現示時間と距離を推測しながら、ある程度の速度の範囲内で歩行速度を調節しながら歩く』という行動原理によって説明できることを示した。この原理に基づくと、歩行者の時空間ダイヤグラム上には、安心して歩き続けられる「安心領域」、少し走らないと渡りきれない「焦燥領域」、走っても信号に間に合わない「断念領域」の3種類の心理的時空間領域が形成されることになり、歩行者はこの領域ごとに行動を変化させると考えることができる。 2) 第6章において、歩行シミュレータPedECSを用いて非高齢者・高齢者を被験者に実験を行い、歩行者の苛立ちは非高齢者、高齢者それぞれについて、待ち時間のみの関数として定義可能であることを示すことができた。 3) 第7章において、様々な中央帯における歩行者の滞留時の不安感を計測する実験を行い歩行者が不安感を感じない中央帯とするには、3.5m以上の幅員を確保するか、2.5m以上のものに防護柵を設ける必要があることを示すことができた。 4) 第8章においては、残り時間表示器を設置した場合における歩行者の歩行行動変化を計測する実験を行い、情報提供の効果は明らかになったものの、歩行者の慌しさを心理的に計測するのは困難であることがわかった。 5) 第10章では、総合的な交差点設計制御評価モデルCEMIDを用いて、様々な交差点構造・交通量・サイクル長におけるシミュレーション分析を行い、歩行者に関する指標(待ち時間・苛立つ人の割合・慌しさの代替的指標であるエネルギー代謝量)、自動車に関する指標(待ち時間・CO2排出量・エネルギー代謝量)を算出して比較した。その結果、サイクル長を短縮することによる効果と実現可能性が明らかになった。 6) 以上の結果を総合的に判断して第11章では、歩行者が走ったり自動車と錯綜したりする影響を考慮した『調整歩行速度』という概念を定義した上で、以下の項目を信号交差点でサイクル長の短縮を行うためのガイドラインとして提案した。なお、歩行速度1.2m/sでの横断時間が確保不可能の場合は残り時間表示装置を設けることが望ましいことを別途記述している。 以上のような結論を導いた本研究は、次のような点において新規性と完成度が高いものとなっている。第一に従来、特にわが国では道路交通工学において看過されてきた、歩行者交通及び歩行者心理の解明とその実用面での応用に着目していること、第二にCO2排出量の削減や「都市的いらだち」の緩和といった現代的な目的意識に立って従来等閑視されてきた信号サイクルタイムの大幅短縮の実現を指向していること、第三にPedecsと呼ぶ歩行者用VR環境再現システムを開発し実験によって歩行者の横断行動の解明に努めていること、第四に基礎研究的な研究成果に満足することなく、実際の道路交差点への適用性のチェックに十分に配慮し具体的で効果的な交差点改良の指針を与えていること、などである。 以上より、本研究は博士(工学)の学位を授与するのに十分な内容と成果を持つものと、審査員一同一致して判断する次第である。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/38190 |