学位論文要旨



No 216750
著者(漢字) 関根,賢太郎
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,ケンタロウ
標題(和) 場所打ち杭を利用した地中熱空調システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 216750
報告番号 乙16750
学位授与日 2007.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16750号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究目的

 地中熱空調システムは、夏季冷房時に土壌をヒートポンプの放熱源、冬期暖房時には採熱源として利用することで、季節間を通した排熱の有効利用を図り、省エネルギーや二酸化炭素排出削減に貢献する空調システムである。また建物からの空調排熱を大気に放熱しないため、都市部におけるヒートアイランド防止にも寄与するものと期待できる。

 本システムは、寒冷地である欧米では広く普及し、我が国でも古くから研究され、適用物件もわずかではあるが増えてきている。しかし、地中熱交換器を埋設するための地盤掘削費が非常に高価であることからイニシャルコストの増大を招き、単純投資回収年数の面で従来の空調システムと比較すると不利となり、適用物件増加の障害となっている。

 そこで地盤掘削費削減のため、建物の基礎杭を地中熱交換器として利用するシステムが提案され、モデル建物が各地で試験的に実用化されつつある。しかし、その熱的有効性や設計・施工方法,イニシャルコストの詳細な検討を反映した投資対効果などに関しては未解明な部分が多く、手探りの状態で進められているのが現状である。また現在、建物の基礎杭を地中熱交換器として利用するシステムのほとんどが既製杭と呼ばれるコンクリート杭や鋼管杭を利用したものである。しかし、既製杭搬入時の交通事情や杭部分のコスト削減の観点から、近年利用が増加している場所打ち杭を用いた地中熱交換器の導入・検討はなされていない。

 本研究は、省エネルギー技術である地中熱空調システムを日本の都市部で利用できる技術として確立することを主目的とし、まず近年、都市部で利用が増加している場所打ちコンクリート杭を地中熱交換器として利用した新たな地中熱利用方式の提案を行い、その熱特性の把握や施工方法の確立を行う。次に都市部で竣工物件数が多い事務所ビルでの採用を目指し、東京を例とし冷房負荷が暖房より多い場合の地中熱利用を含む空調システム全体の設計方法,運転方法およびイニシャルコストを反映した投資対効果などの検討を行った上で、現在広く用いられている空気熱源ヒートポンプを用いた空調システムと比較し、省エネルギー率(電力量削減率)30%,単純投資回収年数10年以内とした空調システムとして確立することを目的とする。

2. 場所打ち杭を利用した地中熱交換器の概要

 図-1に場所打ち杭を利用した地中熱交換器の概要を示す。直径800〜4000mmの場所打ち杭の外周部に樹脂製のU字型の熱交換用配管を複数本設置する。熱交換用配管は、場所打ち杭の構造用鉄筋(鉄筋かご)に設置されている偏芯防止用のスペーサーに取り付ける。この方式を取ることにより、熱交換用配管が構造上決定された杭径内部ではなく杭径外周部に設置されることとなり、構造設計上の断面欠損を回避できる。また杭外周部に設置することにより、できる限り熱交換用配管同士の熱干渉を抑え、採放熱量を最大化させることを意図している。熱交換用配管の本数は、杭径と地中採放熱量との関係から最適な本数を選択する。熱交換用配管は、樹脂製配管を使用するため半永久的に利用可能である。

3. 実大モデルによる実証実験

 提案した地中熱交換器を実際に設置した実大実験装置により、事務所を模擬した年間での実負荷運転実験を行い、採放熱特性・地中温度変動などの把握を行った。

(1) 実験サイトによる地中採放熱量は、最大260〜280 W/m(Uチューブ1対当たり32〜35 W/m)、期間平均で170〜190W/m本(22.5W/m対)であることを確認した。

(2) 杭長を20mとすると1本当たり3.4〜3.8kWの熱量が地中から期待できる。6×6mスパン(36 m2)で空調面積60%(22 m2) 、空調負荷を100W/m2とすると2.2kWの負荷となるため、杭1本で約2フロア分の空調を負担することが可能である試算となる。

(3) 冷房・暖房時の地中熱源ヒートポンプの効率と同じ運転期間を想定した空気熱源ヒートポンプとの効率の比較を行った結果、冷却,加熱COP平均は、地中熱源HPは4.65(冷却),4.00(加熱)と空気熱源HPの2.87(冷却),2.71(加熱)よりも50〜60%程度高く、効率の良いシステムであることが確認できた。

(4) 実験開始時の地中温度を基準温度として、それぞれの年の冷・暖房運転開始時の地中温度を差し引いた基準温度差で比較すると、冷暖房それぞれの期間での採放熱の影響により、冷蓄熱および温蓄熱効果がみられ、地中熱利用による期間蓄熱運転が可能であることを確認した。

(5) 2003年,2004年とも冷房時の放熱量が暖房時の採熱量よりも多く、採放熱比は0.51,0.69となったが、運転時間や中間期の運転停止などすることにより、採放熱比が1(放熱量合計=採熱量合計)とならない場合でも、地下水流により地中温度を適正な温度域に保つことができることを確認した。

4. 実建物へのシステムの適用

 提案した地中熱交換器を実施適用した物件での施工方法やイニシャルコストの分析、問題点や改良点の検討を行った。システムは、1階エントランス部分(約100m2)の空調(冷却:2.5kW,加熱:2.8kW)に用いるために、場所打ち杭(直径:1.5m,杭長:18m,1本)に熱交換用配管(高密度ポリエチレン管 U字管20A)を外周に8対設置した熱交換杭の施工を行った。結果、地中熱交換用配管を設置しない通常杭と比較すると施工時間および施工人工の増加により、約1.5万円/mの増となったが、一般的なボアホール方式と比較すると、単位採放熱当り72円/mとなり、ボアホール方式の300円/mの約1/4 となった。

5. 地中熱交換器の低コスト化の検討

 提案した地中熱交換器のさらなるイニシャルコスト削減を目的に施工方法や工法に適した配管材に関して簡易モデルを用いた施工実験による検討と配管材の熱応力解析を行った。

(1) 場所打ち杭の鉄筋かごは、杭長に対して搬送しやすいように10m以内に分割されたものを繋いで掘削穴に挿入される。そこで、事前に地上部で鉄筋かごに配管を取り付け、鉄筋かごを繋ぐ際に配管も繋ぐ低コスト施工法(配管接続工法)を提案した。

(2) 低コスト施工法に対応できる配管材および接続方法を施工実験で検証した。結果、耐衝撃性硬質塩化ビニル管(溶剤接着)と金属強化ポリエチレン管(圧縮継手)が施工に適した配管材および配管接続方法であると判断した。

(3) 耐衝撃性硬質塩化ビニル管を使用した場合、先端形状や拘束点(固定点)を適切にし、かつ必要吸収代を確保できる緩衝材を2mm程度先端部に巻き施工することにより、熱応力による応力破壊を防ぐことが可能であることを確認した。

(4) 耐衝撃性硬質塩化ビニル管を用いた場合は6,153円/mとなり試験適用時の約60%のコストダウンとなった。

6. 地中熱交換器形状の最適化の検討

 場所打ち杭を熱交換器として利用する場合、計画地の土壌条件や杭間隔・杭長などを考慮して杭周囲に配置する熱交換用配管の本数や配管内の流速などを考慮した最適な熱交換器形状を決定する必要がある。そこで作成した地中熱移動シミュレーションに基づく採熱量予測モデルを用いて、実際に本システムの採用検討を行った物件をモデルとして地中熱交換器形状の最適化の検討を行った。

(1) 杭周囲の配管を4対・8対・16対とした場合、冷房時に地中熱交換器出口温度が平均して低く、暖房時に高い8対がヒートポンプ効率を考えると最も適した形状となった。

(2) 8対で管内流速をパラメータとした場合、管内流速が最も早いケースで地中熱交換器出口温度が運転期間中低く、ヒートポンプ効率を考えると最も適している結果となった。しかし、流速を早くした場合は、配管の摩擦損失水頭が増え、ポンプ動力が増える結果となり、ポンプの初期投資およびランニングコストが増えることが懸念される。配管内の流速はRe数が乱流(Re>2100)となる流速にし、循環水と地中の温度差が大きくなるような計画が必要である。

(3) 地中熱交換用配管の埋設長さを約半分の18mとした場合、地中熱交換器出口温度の期間平均は37mに比べると冷房時高く、暖房時に2.5〜3℃低くなり、ヒートポンプ効率を下げる原因となる。

7. システムの最適運転手法の検討と各種評価

 場所打ち杭を熱交換器として利用した地中熱空調システムと他の熱源を用いた空調システムとのフィージビィリティスタディを行い、ライフサイクルなどの各種評価を行った。さらに、地中熱空調システムの運転月や運転時間を考慮した運転手法に関する検討も併せて行った。比較を行う空調システムは、熱源機器を台数分割して設置した中央熱源方式とし、一般的な空冷ヒートポンプを設置した空冷システム,空冷ヒートポンプを台数分割した1台を基礎杭利用の地中熱交換器で地中と熱交換を行った熱源水を利用する水冷ヒートポンプに置き換えた地中熱システム,同じ水冷ヒートポンプを用いて、熱交換を冷却塔で行う冷房専用機とした水冷システムの3システムとした。地中熱システムは、運転時間・月の違いで2ケースの設定とした。

(1) 空冷システム,水冷システムと比較すると地中熱システムが最も省エネルギーとなり、空冷システムと比較すると6〜7%の削減効果となった。

(2) 地中熱システムの運転方法は、6〜8月の3ヶ月間,9〜18時までの運転よりも、6〜9月,10〜17時の運転を行うことでさらに省エネルギーとなる。ただし、暖房時との採放熱量のバランスを保つ範囲で運転期間を長く、1日の運転時間を短く、外気温度が高い時間帯に運転することが望ましい。

(3) 6〜9月,10〜17時の運転とし、低コスト施工法(配管接続工法)を用いた地中熱システムの単純投資回収年数は8.0年となり、開発目標とした10年以内を達成した。

(4) 空冷システムと比較すると地中熱システムは、LCCO2が冷房運転期間を6〜9月,運転時間を10〜17時にした場合は、7.1%の削減、同様にLCEも7%の削減効果があることを確認した。これより地中熱システムは地球環境保全の立場からも有効なシステムであると言える。

 今後、日本の代表的な都市の土壌性状や冷暖房負荷・建物規模などを考慮したシステムの検討や竣工物件の継続的なデータ収集による運転実態のフォローなどを行うことにより、信頼性やシステムの認知度を高め、普及を図っていきたい。

図-1 地中熱交換器の概要

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、省エネルギー技術である地中熱空調システムを日本の都市部で利用できる技術として確立するため、場所打ち杭を利用した新たな熱交換器の提案、実大実験による熱特性の把握・低コスト施工法の検討・採放熱量予測モデルを用いた地中熱交換器の最適化の検討・東京の事務所ビルをモデルとしたフィージィビリティスタディを行い、技術資料として整備したものである。

 地中熱空調システムは、恒温性のある土壌をヒートポンプの採放熱源として利用することで、季節間を通した排熱の有効利用を図り、省エネルギーや二酸化炭素排出削減に貢献するシステムであるとともに、都市部におけるヒートアイランド防止にも寄与するものと期待できる。しかし、日本では地中熱交換器を埋設するための地盤掘削費が高く、適用の障害となっている。

 そこで本論文では、掘削費削減のため、都市部で利用が増加している場所打ち杭を地中熱交換器として利用するシステムについて検討を行う。さらに日本独特の地質性状を考慮した熱特性や設計・施工方法,イニシャルコストを反映した投資対効果などについても検討を行った。

 本論文の構成は、第1章の研究背景と目的を含め、全8章から構成される。

 第2章は、これまでの研究と地中熱交換方式をまとめ、問題点を整理している。また場所打ち杭を利用した新たな地中熱交換方式の提案を行っている。この方式は、直径800〜4000mmの場所打ち杭の外周部に樹脂製の熱交換用配管を複数本設置する。杭径外周部に設置することにより、構造設計上の断面欠損を回避し、熱交換用配管同士の熱干渉を抑え、採放熱量を最大化させることを意図している。熱交換用配管は樹脂製配管を使用し、半永久的に利用可能としている。

 第3章は、提案した場所打ち杭を利用した地中熱交換器の熱特性(地中採放熱量)の把握や各種データの収集を目的に実大実験装置を構築し、事務所ビルを想定した冷房・暖房実験を行った結果を述べている。その結果、(1)平均採放熱量は170〜190W/m本(22.5W/m対)となり、杭長20mの場合、杭1本で約2フロア分の空調負荷を負担できる。(2)熱源COPは、4.65(冷却),4.00(加熱)となり、空気熱源ヒートポンプと比較すると50〜60%効率が良いことを明らかにしている。

 第4章は、提案した地中熱交換器を実際の建物で施工し、知見の収集やイニシャルコストの算出を行っている。その結果、(1)通常杭と比較した場合、施工時間および人工が増え、約1.5万円/mのイニシャルコスト増となる。(2)一般的なボアホール方式と比較すると単位採放熱当りのコストは72円/mとなり、ボアホール方式の約1/4であることを明らかにしている。

 第5章は、地中熱交換器のイニシャルコスト削減に向けた新たな施工法と工法に適した配管材に関する検討を行った結果を述べている。その結果、(1)地上部で鉄筋かごに熱交換用配管をあらかじめ取り付けておく工法(配管接続工法)を提案した。(2)配管接続工法に適した配管材および接続方法の検討を行った結果、耐衝撃性硬質塩化ビニル管(HIVP)が適している。(3)HIVPの場合、先端部に緩衝材を2mm巻くことで熱応力による疲労破壊を防げる。(4)イニシャルコストは6153円/mとなり、試験適用時の約60%の削減が可能であることを確認している。

 第6章は、モデル建物での地中熱交換器の最適化の検討を地下水流も考慮した地中熱移動シミュレーションを用いた採放熱量予測モデルで行った結果に関して述べている。その結果、(1)杭周囲の配管対数(4・8・16対)を比較した結果、熱源水温度が冷房時低く、暖房時高い8対が最も適している。(2)管内流速(1/2・1・2倍)を比較した結果、2倍が最も適しているがポンプ動力が増えるため、乱流(Re>2100)となる流速とし、循環水と地中の温度差を大きくすることが重要であることを確認している。

 第7章は、東京の中規模事務所ビルをモデルとして、地中熱空調システムと他熱源システムとのフィージブルスタディを行い、ライフサイクルなどを評価している。その結果、(1)空冷ヒートポンプシステムを100%とした場合、地中熱システムは7%のエネルギー削減効果がある。(2)ランニングコストは約30万円/年のコストダウンとなる。(3)熱交換杭を配管接続工法にした場合、単純投資回収年数は8.0年となる。(4)LCCO2は7%の削減となり、地球環境保全の立場からも有効なシステムであることを確認している。

 第8章は、結論と今後の展開を述べ本論文のまとめを述べている。

 以上を要約すると、本論文は地中熱空調システムを日本の都市部の事務所ビルで利用できるシステムとして確立するために、掘削費削減を目的に近年利用が増えている場所打ち杭の周囲に熱交換用配管を設置した新たな熱交換器の提案を行い、実大実験による熱特性の把握や利用配管材も含む施工法の検討を行ったことは、システムの普及に資するところが極めて大きい。さらに熱交換器形状の最適化の検討を日本独自の地層状況である地下水流を加味したシミュレーションにより行い、最後にモデル建物でのフィージブルスタディにより運転月や時間を考慮することにより、従来50〜60年と言われている投資改修年数が10年以内となることが可能であることを示したことは、今後の地中熱利用システムの設計・検討資料として極めて重要かつ有効であり、建築環境工学に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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