学位論文要旨



No 216751
著者(漢字) 吉中,進
著者(英字)
著者(カナ) ヨシナカ,ススム
標題(和) 分散型MTMDによる大スパン建築構造の振動制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 216751
報告番号 乙16751
学位授与日 2007.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16751号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,健一
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 塩原,等
内容要旨 要旨を表示する

 本研究で対象とする大スパン建築構造,特に曲率を持った大屋根構造は軸力などの面内力によって抵抗する形態抵抗構造であり,荷重伝達性能に優れるため,曲げを主な荷重伝達法とする梁構造と比較して自重が軽く,地震時の安全性が高いというのが旧来の認識であった。しかし,近年に発生した大震災における調査の結果,構造体の軽微な損傷や天井材・吊り物の落下被害など,仮に構造体の大きな被害が見られない場合においても,重要な機能である避難場所としての使用が出来ないケースが多いことが分かった。さらに橋梁や大スパン床スラブなど,その他の大スパン構造においても,交通振動や歩行者振動などの環境振動に対する振動被害が生じていることが分かった。これらの構造物は,サスティナブル建築などの社会的な要求や,建築用途のコンプレックス化などにより,今後ますます増加するものと思われる。

 そこで本論文では,建築土木構造物の制振に実績のあるTMD(Tuned Mass Damper)を用いた新しい制振設計法を提案する。制振装置としてTMDを選択した理由は,TMDが特に大スパン軽量構造物の制振に対する実績に優れていること,TMDは設置にあたり支点が必要でないため設計の自由度が高く,形状が複雑で意匠性に対する要求の高い大屋根構造への適用性に優れていると思われるためである。さらに既存構造物の制振補強に対する施工性にも優れていると思われる。

 大スパン建築構造の中で,特に大屋根構造は,重層式骨組構造と比較して幾つかの大きく異なる振動性状を示す。本研究ではこれらのうち,特に以下の2点に着目して新しい設計法を提案する。

 ・かなり高次のモードを含む複数の振動モードが卓越し易いこと

 ・複数の振動モードの固有振動数が近接していること

 本論文で提案する設計法は,図1に示すように,小型のMTMD(Multiple TMD)を空間に分散配置することにより,固有振動数の近接した複数の振動モードを制御するものであり,本論文では分散型MTMDと呼んでいる。分散配置したMTMDは小型であるため,図1の右側に示すように,骨組の中空部に埋め込むなど意匠性を考慮した適用方法も考えられる。

 MTMDの基本的な原理は,単一の振動モード制御を目的として,東京大学大学院社会基盤学専攻の藤野教授らにより提案されたものであり,一般的なTMD設計法である通常TMDが図2に示すように,構造物の制御モードの固有振動数に同調させた1個のTMDを設置するのに対して,制御モードの固有振動数の近傍に固有振動数を意図的にずらした複数個のMTMDをある特定のバンド幅を持たせて設置するものである。

 本論文ではMTMDの持つ重要な特性の一つである同調比に対するロバスト性,言い換えると構造物の固有振動数変動に対するロバスト性に着目し,固有振動数が近接した複数の振動モードをまとめて制御することにより,従来の設計法に比較して制振効率に優れ,さらにMTMDを分散配置させることにより,構造物全体をバランス良く制御することが可能な設計法を提案する。

 具体的には,本論文で固有振動数の近接した複数の振動モード制御を目的としたMTMD空間配置と設計パラメーターの設定法を新たに提案する。

 本論文は,以下で述べる10章で構成される。

第1章では,大スパン建築構造の制振設計法の開発に関する研究概要を述べ,研究対象である大スパン建築構造を大きく(1)大屋根構造,(2)その他の大スパン建築構造に分類した。

第2章では,研究の背景として,(1)大スパン建築構造の振動被害,(2)大スパン建築構造の振動性状,(3)制振技術の実施例と既往の研究を述べ,大スパン建築構造に適した新たな制振設計法を開発する必要性と,制振設計法を開発するにあたって留意すべき点を明らかにした。

上述した背景を基にして,以下の研究目的を設定した。

固有振動数の近接した複数の振動モードが励起し易い特徴を持つ大スパン建築構造の振動性状に適した新しいTMDの制振設計の手法を提案し,その効果を解析的及び実験的に確かめること。

第3章では,既往のTMD設計法をまとめた。本論文では,既往の単一振動モード制御用のMTMD法を応用していることから,設計パラメーターの設定方法について詳述した。さらに,複数振動モード制御に応用するときに重要となる,最適バンド幅の設定と同調比に関するロバスト性に関する考え方をまとめた。

また,実際の大スパン建築構造を想定した40mスパンのアーチモデルの単一振動モード制御に,集中配置したMTMDを適用して解析的検討を行い,MTMD法の大スパン建築構造に対する適用性を確認した。

第4章では,前述した本論文で提案している分散型MTMDについて,MTMD空間配置と設計パラメーターの設定に関する基本的な考え方を述べた。

第5章では,固有振動数の近接した大スパン建築構造の複数振動モード制御に対する分散型MTMDの適用性を確認するために,形状が簡易でアスペクト比の異なる2つの矩形平板を対象に,解析的検討を実施した。ここでの設計パラメーターの設定は,既往の単一振動モード制御における手法を準用した形とした。

解析の結果,(1)空間領域で構造物全体の振幅のバラツキが小さく,(2)周波数領域でMTMD設定バンド幅の内側における応答のバラツキが少ないという,分散型MTMDの特徴的な性状が確認された。

さらに,同一の合計質量を持つ通常TMDと比較して,制振効果に優れ,大スパン建築構造の複数振動モード制御に対する分散型MTMDの適用性が確かめられた。

また,分散型MTMDおける複数の振動モード制御のための等価質量の算定法として,平均等価質量を提案した。

第6章では,9質点系の基本モデルを対象に,不規則励振として基本的な白色雑音を入力し,分散型MTMD設計法におけるMTMD空間配置と設計パラメーター設定に関する解析的検討を行った。

検討の結果,提案したMTMD空間配置法の有効性が確認された。

さらに,複数振動モード制御のための設計パラメーターの設定法を理論的に確立し,振動数領域から分散型MTMDの適用範囲の目安を設定した。

本章での検討結果から,分散型MTMDの基本的な設計法を確立した。

第7章では,代表的な大スパン建築構造である単層円筒ラチスシェルとドーム状スペースフレーム構造を対象に,実際の構造物を想定し,地震外力に対する分散型MTMDの制振効果を確認した。

単層円筒ラチスシェルのように制御モードの固有振動数が分散している場合,ドーム状スペースフレーム構造のように制御モードの有効質量比が大きく異なる場合における制振設計の考え方も同時に示した。

本章では,特に構造物全体における制振効果の確認に重点を置き,分散型MTMDが構造物全体をバランス良く制御することに優れていることが確かめられた。

また観測地震波に対し,全体構造質量に対するMTMDの合計質量比が2〜3%程度で,最大応答の低減効果,加力時間全体に亘る制振効果ともに,優れた制振効果が得られることが分かった。

第8章では,分散型MTMDを大スパン建築構造へ適用した場合の効果と,複数振動モード制御のための基礎データを得ることを目的として,小規模のアーチモデルと簡易なTMD及びMTMD模型を製作し,振動台実験により分散型MTMDの制振効果を確認した。

その結果,調和外力に対して分散型MTMDは広い外力周波数で安定した高い制振効果が得られること,不規則励振に対する分散型MTMDの高い制振効果が確認された。

またMTMD法を複数の振動モード制御に応用するときに重要な性質である固有振動数変動に対するロバスト性が高く,且つ理論上のロバスト余裕を超えても急に制振効果が低下することが無いことが確かめられた。

第9章では,前章までの検討結果を総合して,分散型MTMDの基本的な設計法とその効果をまとめた。特に,"制御モードの選択とグループ分け","MTMDの設計"において注意すべき点をまとめた。

第10章では,本論文の結論を以下のようにまとめた。

 1. 固有振動数の近接した複数の振動モードが励起し易い特徴を持つ大スパン建築構造の振動性状に適した,新しいTMDの制振設計法として,分散型MTMDを提案した。

 2. 分散型MTMDの(1)MTMD空間配置と(2)設計パラメーターの設定に関して,実際の大スパン建築構造の設計に際して基本となる設計法をまとめ,その根拠を理論的に明確に示した。

 3. 分散型MTMDの大スパン建築構造における制振効果を解析的及び実験的に確認した。

図-1 分散型MTMD(9個のMTMDを用いる場合)

図-2 通常TMDとMTMD

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「分散型MTMDによる大スパン建築構造の振動制御に関する研究」と題し、全10章から構成されている。本論文では、固有振動数の近接した複数の振動モードが励起し易い特徴を持つ大スパン建築構造の振動性状に適した新しいTMD制振設計法として、MTMDを空間に分散配置した分散型MTMDを提案している。設計パラメーターの設定には、東京大学の藤野教授らにより提案された単一振動モード制御用のMTMD(Multiple TMD)法を応用し、複数の振動モードを効率的に制御するための手法を提案している。さらに本論文では、空間的な広がりを持つ構造物を対象としていることから、構造物全体の応答をバランス良く効率的に制御するためのMTMDの空間配置を提案している。本論文の提案手法が、従来のTMD設計法と比較して、大スパン建築構造用の制振手法として優れていることを解析と実験により明らかにしている。

 第1章「序論」では、本研究の特徴など、本論文の研究概要を述べている。

 第2章「研究の目的と背景」では、大スパン建築構造の振動被害、振動性状、制振技術の実施例と既往の研究を述べ、大スパン建築構造用に新たな制振設計法を開発する必要性と、設計法を開発するにあたって留意すべき点を明らかにし、研究目的を設定している。

 第3章「単一振動モード制御のための既往のTMD設計法のまとめ」では、既往のTMD設計法をまとめている。本論文では、既往の単一モード制御用のMTMD法を応用していることから、設計パラメーターの設定法や、最適バンド幅の設定、同調比に関するロバスト性の考え方をまとめ、大スパンアーチモデルの単一モード制御用に集中配置したMTMDを適用して解析的検討を行い、MTMD法の大スパン建築構造に対する適用性を確認している。

 第4章「複数振動モード制御のための分散型MTMDの提案」では、大スパン建築構造用の振動制御手法として、MTMDを空間に分散配置した分散型MTMDを提案し、MTMDの空間配置と設計パラメーターの設定に関する基本的な考え方を示している。

 第5章「分散型MTMDの大スパン建築構造への適用性の確認」では、固有振動数の近接した大スパン建築構造の複数振動モード制御に対する分散型MTMDの適用性を確認するために、矩形平板を対象として解析的検討を実施している。本章での設計パラメーターの設定は、既往の単一モード制御手法を準用している。解析の結果、分散型MTMDの特徴的な周波数応答性状と大スパン建築構造の複数モード制御に対する分散型MTMDの適用性を確認している。

 第6章「不規則励振に対する分散型MTMDのパラメーター設定法」では、基本モデルを対象に、不規則励振として白色雑音を入力し、MTMD空間配置と設計パラメーターの設定に関する解析的検討を行っている。その結果、提案したMTMD空間配置の有効性を確認している。さらに、複数振動モード制御のための設計パラメーターの設定法を提案し、周波数領域から本手法の適用範囲の目安を設定している。本章での検討結果から、分散型MTMDの基本的な設計法を確立している。

 第7章「大スパン建築構造における分散型MTMDの制振効果に関する解析的検討」では、代表的な大スパン建築構造である単層円筒ラチスシェルとドーム状スペースフレーム構造を対象に、地震動に対する分散型MTMDの制振効果を解析的に検討している。単層円筒ラチスシェルのように制御モードの固有振動数が分散している場合、ドーム状スペースフレーム構造のように制御モードの有効質量比が大きく異なる場合における制振設計の考え方を提案している。解析の結果、分散型MTMDが構造物全体をバランス良く制御でき、合計質量比2〜3%程度で、最大応答の低減、加力時間に亘る制振効果ともに、優れた制振効果が得られることを確認している。

 第8章「アーチモデルを用いた振動台実験」では、分散型MTMDを大スパン建築構造へ適用した場合の効果と、複数振動モード制御のための基礎データを得ることを目的として、小規模のアーチモデルと簡易なMTMD模型を製作し、振動台実験により単一振動モード制御時における制振効果を確認している。その結果、本手法は広い外力周波数に亘り安定した制振効果が得られること、不規則励振に対する高い制振効果を確認している。さらに複数モード制御に応用するときに重要な特性である固有振動数変動に対するロバスト性が高く、且つ理論上のロバスト余裕を超えても急に制振効果が劣化しないことを確認している。

 第9章「分散型MTMDパラメーター決定法のまとめ」では、前章までの検討結果を総合して、分散型MTMDのパラメーター決定法をまとめている。

 第10章「結論」では、本論文で提案した事柄と、検討の結果得られた結論を総括している。

 本論文は、大スパン建築構造に特有の振動性状を考慮した新たな制振設計法として分散型MTMDを提案し、複数モード制御のための設計パラメーターの設定法やMTMDの空間配置、本手法の適用範囲の目安を提案し、数値解析や振動台実験によりその効果を確認したものであり、大スパン建築構造の振動制御分野の発展に大きく貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42887