学位論文要旨



No 216752
著者(漢字) 佐藤,俊明
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,トシアキ
標題(和) 点・線・面を生成元とする有向ネットワークボロノイ図の生成とそれを利用した解析手法およびそのツールの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 216752
報告番号 乙16752
学位授与日 2007.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16752号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
 東京大学 助教授 石川,徹
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は,道路網のようなネットワーク空間上で,そのネットワークの方向性や地物の幾何学的形状を考慮した空間解析手法およびそのツールの開発を行い,実データを用いた解析を通して,その有効性を示すことである.

 第1章では,既往の研究レビューおよび本論文の目的と意義を示した.

 従来の空間解析手法では,解析対象となる空間を均質な二次元平面であると仮定し,解析に用いるパラメータとして直線距離を用いるものが多かった.しかし,都市空間での人や物の移動は道路網などに規定される.そのため都市解析においては,直線距離ではなく,経路距離を用いたネットワーク空間上の解析手法の方が,より現実空間に即した解析が可能となる.また,近年,縮尺が1/2,500のような詳細なネットワークデータの整備やパソコンなどのハードウェアの発達により,以前では実現が困難であったネットワーク空間上での解析手法も実用的となってきた.このようなことから今日では,ネットワーク空間解析手法の開発やこれらを用いた研究も徐々に増えてきた.

 ところで,これまでのネットワーク空間上の解析手法を用いた研究は,その対象空間であるネットワーク空間の進行方向が,双方向であると仮定していることが多かった.しかし都市空間においては,人や物の移動は,道路網などの規制情報で規定されることがある.その一つである一方通行規制は,双方向の場合と比べて経路距離が大きく異なる可能性があるため,一方通行規制がかかる市街地などに対して,双方向空間であると仮定した解析を行うことは,より現実空間に即した解析を行うという意味においては,適切な解析を行っているとは言い難い.

 また,従来のネットワーク空間解析では,その解析対象となる地物を点としてみなすことが多かった.しかし,都市空間において,店舗などの分布は,主要道路のような線的な施設や公園などの面的な施設による影響を大きく受けていることはありうるため,このような線的施設や面的施設に対する空間解析手法の開発も重要な課題である.

 なお,有向ネットワーク空間を考慮することや線的または面的施設に対する空間解析に関しては,概念的には古くから存在するものである.しかし,これらのことに対応した解析プログラムを開発する際,必要となる詳細な処理に関する文献や,実際にツールを開発して解析を行った例は極めて少ないといえる.概念的に認識されている手法の中には,実装する段階で,そのアルゴリズムが現実的であるとは限らないものもあるため,実装化の考察やツールの開発を行い,実際のデータを用いて検証することは重要である.

 以上のことを踏まえ,本研究では,第2章から第5章にかけて,様々な解析に応用が可能な,点,線および面に対するネットワークボロノイ図(以降,NVD)の生成アルゴリズムを考え,これらを応用した点分布解析が可能な新たな手法の提案を行い,これらのツールを実際に開発し,それぞれ実データを用いた解析を行って,その有効性に関して考察を行った.

 第2章では,圏域解析において最も利用される手法の一つであるボロノイ図を有向ネットワーク空間に拡張した場合,生成に必要なアルゴリズムを考え,それによるツールの開発を行った.

 まず,有向NVDには母点への到達最短経路域を示す内向きNVDと母点からの最短経路域を示す外向きNVDがあることを述べ,これらの定義を示した.次に,有向NVDを生成するためのアルゴリズムを示した.従来の概念的に存在する有向グラフボロノイ図(有向グラフVD)と,本論文による有向NVDの処理で異なる点は,有向グラフVDの場合は,その対象がグラフのノードまでであるが.有向NVDはネットワーク上の全ての点を対象とすることである.そのため,有向グラフVDを生成した後に,リンクの両端のノードが異なるボロノイ領域に属するボロノイブリッジにおいて,このリンクが無向リンクの場合は,母点からの等経路距離点でこのリンクを分割して別々のボロノイ領域とし,有向リンクの場合は,このリンクの進行方向の端点までが同一のボロノイ領域になるという処理を行う必要があることなどを述べた.次に,前述のアルゴリズムをもとにしたプログラムを作成し,実際の道路データを用いて無向NVDと有向NVDとの比較を行った.その結果,今回の事例では,無向NVDと有向NVDでは,ボロノイ母点数が増えるにつれ,ある程度までその差分が大きくなることや,少なくとも一方通行を考慮するとしないでは得られるボロノイ領域が大きく異なる可能性があることなどを確認した.

 第3章では,線および面を生成元としたネットワークボロノイ図に関して,その生成アルゴリズムを考え,それによるツールの開発を行い,本ツールと実際のデータを用いた応用解析を行った.

 まず,線的施設に対するNVD(線NVD)および面的施設に対するNVD(面NVD)の定義を示した.なお,この際,NVDの利点の一つである有向ネットワークを考慮した線NVDの定義を行った.また面NVDに関しては,面を構成する外側の辺を母線とした線NVDとみなすことが可能で,その定義はNVDと同一として示せることを述べた.次に,線NVDを生成するためのアルゴリズムを考え,実際にツールを開発した.更に,実際の有向ネットワークデータ上で,主要道路に対するひったくり犯罪地点の分布を調べるために,本ツールを用いて,主要道路に対する無向線NVD,内向きNVDおよび外向きNVDを生成し,この結果を用いてモンテカルロシミュレーションによる最近隣距離法の応用解析を行った.この結果,今回の事例では,内向き線NVDでは,主要道路付近でひったくり犯罪が発生しているといったことが確認された.

 第4章では,線的または面的施設に対する点分布性状を把握することが可能な新たな手法の提案とそのツールの開発を行った.

 都市解析において,鉄道駅やランドマークなどのような長期的に変わらない空間基盤的な施設(基盤施設)は,コンビニエンスストアやファストフード店などのように短期的に盛衰する施設(非基盤施設)の分布に影響を与える可能性が強いことから,基盤施設に対する非基盤施設の分布性状を把握することは重要な課題である.このような解析を行う場合,従来の条件付ネットワーク最近隣距離法(条件付NND法)が有効であるが,この手法は点的施設同士の分布性状を示すのものであった.しかし,都市空間では主要道路のような線的な基盤施設や広場などの面的な基盤施設も存在するため,このような基盤施設に対する解析手法を開発することは重要である.そこで,本章では,こうした線的や面的施設に対する点分布性状を定量的に把握するための新たな空間解析方法として,線または面に対するネットワーク最近隣距離法(線NND法および面NND法)の提案とそのツールの開発を行った.

 まず,従来の条件付NND法と本手法の異なる点は,本手法では基盤施設上にも非基盤施設が存在することがありえる点で,この点を考慮した計算式を導き出した.次に,計算式に従った線NND法による解析ツールを開発した.また,このツールと実際のデータを用い,主要道路に対するコンビニエンスストア,ひったくり犯罪地点,駐車場の三つの非基盤点の分布性状を求めた.この結果,今回の事例では,コンビニエンスストアは主要路線上に極めて多く立地していること,ひったくり犯罪地点は必ずしも主要路線で多く発生しているわけではなく,一方通行を考慮した場合,主要路線近辺に発生していることなどが確認できた.

 第5章では,ネットワークボロノイクロスK関数法(NVCKF法)の提案とそのツールの開発に関して述べた.

 従来の条件付ネットワーク最近隣距離法などは,基盤施設に対する非基盤施設の分布性状を大まかに把握するには便利な手法である.しかし,これらの手法は,非基盤施設が基盤施設からどれくらいの距離にどのように分布しているかを詳細に把握することもは不可能である.この部分を補うために従来の手法にはクロスK関数法やネットワーククロスK関数法がある.しかし,これらの手法も,基盤施設に対してあまり関係が少ないと思われる遠方の非基盤施設に関しても計算対象とするため,その影響が結果に現れる可能性があることが指摘されている.平面空間上では,この点を改良するために,解析対象をボロノイ領域に限定し,遠方の影響を取り除くことによって,より近隣の分布性状を把握することが可能なボロノイクロスK関数法が提案されているが,本章では,この手法をネットワーク空間へ拡張することによる新たな手法の提案とツールの開発を行った.

 まず,基盤施設が点的なものである場合の点NVCKF法と,線的なものである場合の線NVCKF法の定義を行い,期待値曲線と,棄却域曲線を求める式を示した.次に,本手法によるツールを開発し,実際のデータを用いて,点NVCKF法および線NVCKF法の解析を行った.その結果,今回の事例では,警察署に対する車上ねらいの犯罪地点の分布は,点NVCKF法を用いると,警察署からやや離れた場所に発生しているといったことが確認できた.

 第6章では結論として,本論文で開発した手法およびツールを用いた解析結果は,従来の解析手法では得ることのできなかった結果であり,これらの結果から新たな知見を得る可能性があることから,この意味において,本手法は有効であることなどを述べた.また,今後の研究の方向性と拡張性に関して述べた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,有向ネットワークボロノイ図と線および面に対するネットワークボロノイ図の生成に関して,これらの実装に必要な処理を明確にし,これらのネットワークボロノイ図を応用することによる新たなネットワーク空間上の解析手法の提案とそのツールの開発に関して述べられたものである.

 第1章では,研究背景,従来のネットワーク空間上の解析手法の問題点および本研究の目的が述べられている.本章では,近年の空間データ整備やコンピュータの発達などによって,以前では困難であった経路距離を用いたネットワーク空間上の解析も可能となってきており,これに関連する解析手法などの研究が徐々に増えてきたことが述べられている.しかし,これらの解析手法は,ネットワーク空間の進行方向が双方向であると仮定しているものや,解析対象を点的なものとして仮定するものが多く,一方通行などの規制や様々な形状の地物が存在する都市空間を解析対象とする場合,より現実空間に即した解析を行うという意味において,問題であることが述べられている.そこで,本論文では,様々な解析手法に応用可能なネットワークボロノイ図に着目し,ネットワークの方向性および生成元の幾何学形状を考慮したネットワークボロノイ図生成の実装方法を明確にすることと,これらのネットワークボロノイ図を応用した線的または面的地物に対する点分布パターンを解析する手法の開発を行うことが目的として述べられている.

 第2章では,有向ネットワーク空間におけるネットワークボロノイ図の生成に関して述べられている.従来の有向グラフボロノイ図はその対象がノードのみであり,ネットワーク上の全ての点を対象としていない.そのため,都市空間などで圏域解析を行う場合,ネットワーク上の全域を対象とする有向ネットワークボロノイ図を用いる必要がある.しかし,この有向ネットワークボロノイ図の生成に必要な処理に関して詳しく研究されたものはなかった.本章では,有向ネットワーク空間におけるネットワークボロノイ図生成のためのアルゴリズムが明らかにされ,実際にプログラムの開発が行われている.また,実データを用いて無向ネットワークボロノイ図と有向ネットワークボロノイ図の比較などが行われ,その違いの傾向などが明らかにされている.

 第3章では,線または面を生成元としたネットワークボロノイ図に関して述べられている.市街地のような道路網が発達した空間での人や物の移動を考慮した圏域解析を行う際,従来の平面空間上での直線距離を用いる線分ボロノイ図や面ボロノイ図では,現実に即した解析が困難であった.本章では,経路距離を用いた線または面を生成元としたネットワークボロノイ図の生成アルゴリズムが明らかにされ,ツールの開発も行われている.これにより,市街地のような都市空間における線的または面的地物に対する,より現実空間に即した圏域解析が可能となった.また,線に対するネットワークボロノイ図の応用解析例として,モンテカルロシミュレーションによる最近隣距離法を用いて,主要道路とひったくり地点の関係が調べられ,線に対するネットワークボロノイ図の有効性が高いことが述べられている.

 第4章では,ネットワーク空間における線的または面的地物に対する点分布関係を把握するための新たな解析手法の提案とツールの開発が行われている.従来の手法には線的または面的地物に対する分析手法が少ないが,都市空間においては,主要道路のような線的な基盤施設や広場などの面的な基盤施設も存在するため,このような基盤施設に対する解析手法を開発することは重要であった.本章では,このような地物に対する新たな空間解析方法として,線または面に対するネットワーク最近隣距離法が提案され,ツールの開発が行われている.また実際のデータを用いて解析も行われ,本手法の有効性が明らかにされている.

 第5章では,最近隣地物の影響だけを考慮し,それに対する点分布パターンを把握することが可能なネットワーク空間における解析手法の提案が行われている.具体的には,従来の平面空間上の手法であるボロノイクロスK関数法をネットワーク空間へ拡張することによる新たな手法の提案である.本章では,基盤施設が点的なものである場合の点ネットワークボロノイクロスK関数法と,線的なものである場合の線ネットワークボロノイクロスK関数法の定義が行われ,期待値曲線と棄却域曲線を求める式が提案され,更にツールの開発も行われている.また,実データを用いて,警察署に対する車上ねらいの犯罪地点の分布傾向などが明らかにされ,本手法の有効性が高いことが述べられている.

 第6章では,本論文で開発した手法およびツールにより,従来の解析手法では得ることのできなかった結果を得ることが可能となったことが述べられ,また今後の研究の方向性が示されている.

 本論文は,様々な解析に応用可能な有向ネットワークボロノイ図と線または面を生成元とするネットワークボロノイ図の生成処理を明確にしたことと,線的または面的施設に対する点分布を把握することが可能な新たな解析手法を開発したことにより,ネットワーク空間上での解析手法の幅を広めたといえ,博士論文としてふさわしいものである.よって,本論文を博士(工学)の学位請求論文合格として認める.

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